第12話 学園大体育祭⑤

 ミナと別れて、リエサとバルバラは二人でエヴォ総合学園の敷地内を回っていた。

 会場の外には多くの出店や学生の出し物があった。全部周っていれば半日なんてすぐに過ぎそうだ。そのため、二人は気になった場所だけ周るようにした。

 目に入った出店で、リエサとバルバラはクレープを購入し、近くにあったベンチに座った。

 リエサはチョコとホイップクリーム。バルバラはフルーツミックスのものをそれぞれ味わった。

 甘くて、美味しい。生地も良いのか、ふわふわな食感だった。見たところ学生が作っていたものであったが、おそらくは調理科の生徒だろう。手際も出来栄えも素人のそれではなかった。

 学園都市の特色上、学校には専門科というものが非常に多い。外の学校では珍しいものから、存在しないものまで多種多様。高校まで来れば、むしろ普通科の方が少ないほどである。


「おいしー!」


「そうね」


 バルバラはクレープの味を存分に楽しんでいるが、リエサは周りの様子を注意しながら食べていた。

 メディエイトとエヴォ総合学園風紀委員会共同のパトロールだが、メディエイト所属のリエサは、見て分かるようなパトロールはしてはならない。

 もし犯罪者が居たとすれば、あからさまに警戒されてしまい、見逃す可能性があるからだ。

 バルバラと同行したのはそういう理由もあるが、他にも彼女の身を案じた部分もある。

 というのも、昼休憩の時、午前中にパトロールしていたヒナタとレオンから、怪しい人物が歩き回っているという連絡があったのだ。

 特徴も把握している。背丈は160cm後半。細身の男子生徒である。制服からは普通の学校の生徒であると分かった。大きな学生バックを肩に掛けており、周りの目を気にするように歩いているらしい。

 見かけたのは十一時ほど。場所は大通りである。そのため、周辺を歩き回っている可能性があるとのこと。

 この辺りをパトロールしているのはミナとリエサの二人組だ。


(ミナは私と別れてそこら辺歩き回っているんでしょうね。多分、路地裏とか、人通りの少ないところを。なら私は逆に人通りの多いところを警戒する手筈)


 バルバラと一緒に店を周り始めてから一時間が経過していた。

 今まで、怪しそうな人物は見つからなかった。⋯⋯だが、


(⋯⋯ビンゴ)


 リエサに特にそう言った確証があったわけではない。しかし、経験則というものか。怪しい人物の特徴を聞いたとき、思ったことがある。

 それはテロを狙っているのではないか、と。


(特徴も⋯⋯合っている。能力者としても⋯⋯レベルだと5ってところか)


 リエサが目の端で追っている男子生徒は挙動不審だった。そして彼女が知らない人物であった。

 中学時代、リエサはよく学園都市に登録されている能力者のデータを見ていた。風紀委員をやる上で、能力に関する情報は、時として一命に関わるものとなるからだ。

 能力の種類。応用の幅。射程や破壊力の程度。その能力者の対処法。他にも能力発動の条件等々。少なくとも知っておいて損はなかった。

 そして、リエサは高位能力者の情報は網羅している。最悪を想定するなら、例えばテロリズムに向いている能力は特に覚えるようにしていた。


「リエサさん? どうかしましたか?」


「なにも。⋯⋯もう食べ終わったし、次のところに行こうか。あそこの珈琲店とかどう?」


「うーん。私、苦い物苦手で⋯⋯」


「大丈夫。ミルクと砂糖を入れれば飲めるから。それに甘いものもあると思う」


 半ば強引であるが、リエサは怪しい男子生徒を追いかける為に近くの珈琲店に向かった。

 手早く注文を終わらせ、珈琲の出来上がりを待ちつつ、やはりリエサは警戒していた。


(⋯⋯周りを、さっきよりも見ている?)


 明らかにキョロキョロと周囲を見て、誰も自分を見ていないとでも思ったのか、バッグからとあるものを取り出した。

 それは何の変哲もない、ぬいぐるみだった。ぬいぐるみを彼は店の裏側に、まるで忘れ物かのように置いていき、その場を離れた。

 しばらくして注文した珈琲が出来上がったため、リエサたちは受け取った。


「クリームにチョコレート。甘い珈琲があってよかったです」


「良かったね」


「リエサさん、ブラック飲めるんですね」


「うん。風紀委員やってた時、目覚ますために飲んでたら、いつの間にか、ね」


 片手間感覚に喋りながらも、リエサはぬいぐるみの方に歩いて行った。


「⋯⋯何か考え事でも? さっきから、なんというか⋯⋯」


「⋯⋯バルバラ、そこで止まって」


「え?」


 ぬいぐるみはただのぬいぐるみだ。目で見てわかるような異変はなかった。けれど、怪しい。警戒すべきだ。


「⋯⋯あれ、ぬいぐるみ? リエサさん、これ、落とし物でしょうか」


「バルバラ。それに近づかないで」


「⋯⋯えぇ? どうして──」


 ああ、何の変哲もないぬいぐるみだ。能力の干渉を受けている様子も、中に何か仕込まれているわけでもなかった。

 ──そう、この瞬間までは。

 突如として感じた能力の干渉。ただし、元からのセンスと訓練で、そういうものに敏感になったリエサでさえ、違和感程度だった。

 つまり、これは誰にも直前まで分からなかった。


「バルバラ!」


 ぬいぐるみの内側から突然、熱と衝撃が生じた。小さなものではなく、十分に人を殺すことができる破壊力。近くにあった出店は木っ端微塵となり、周囲の人を何人か爆殺していただろう。

 勿論、バルバラもそうなっていた。リエサが爆発の瞬間にそれを結晶漬けにしなければ。

 音は漏れていない。辺りはいつも通りだ。


「え? ⋯⋯え? リエサ、さん? 今、何が⋯⋯?」


 バルバラは状況を把握できていなかった。目の前のぬいぐるみが振動したかと思えば、次の瞬間にはリエサの能力で結晶に包まれていたからだ。


「⋯⋯多分、それ爆弾。だから離れて」


「⋯⋯!? ば、爆弾!?」


「騒がないで。犯人、近くに居るだろうから」


「じゃあどうするんですか⋯⋯?」


「とりあえずバルバラはここから離れて。犯人らしい奴はさっき見かけたから、追い掛けないと」


 リエサはバルバラから離れて犯人を追跡するために路地裏に行こうとした。が、


「わ、私も行きます。リエサさんを一人になんてできません」


 バルバラは彼女にそう言った。


「⋯⋯あんたは一般人よ。危な過ぎる」


「うっ⋯⋯でも」


「心配してくれてありがとうね。⋯⋯大丈夫。言っとくけど、私結構強いから」


 バルバラはただの学生だ。一般人だ。ましてやレベル1の能力者。おそらくレベル5の犯人とは対峙することも憚れる。

 何よりも、友達を危険な目に遭わせるほど落ちぶれちゃいない。


「リエサさん⋯⋯」


 バルバラに背を向けて、リエサは犯人を追いかけ始めた。


 ◆◆◆


「もしもし、ミナ? 犯人見つけた。場所は敷地内の大通り。そう、出店が多いとこ。そこの公園近くの路地裏。先まわ⋯⋯はいはい。⋯⋯うん。勿論遠ざけた。⋯⋯問題ない。⋯⋯じゃ、切るよ」


 ミナへの連絡は済ませた。あとは追跡のみ。

 容疑者は大通りから路地裏に入った。流石にこれに付いていけばバレるだろう。だが、もしそうなっても問題は既にない。ミナには先回りを頼んでいる。それに、逃げられる前に拘束してしまえば良い。


「⋯⋯気づかれた。随分と用心深いようね」


 思っていたよりも早くに尾行がバレてしまった。容疑者である男子生徒は走って逃げようとした。

 が、それよりも早くリエサは能力を行使。路地裏ここならば能力に制限をかける必要はない。

 男子生徒の足を結晶で掴み、転ばせた。


「そこまで。あんた、さっきぬいぐるみ置いたよね? 何しようとした?」


「な、なんだお前! 突然追いかけて来たかと思えば転ばせやがって!」


「私はメディエイトだ。まずは質問に答えろ。あんたはさっき、何をしようとした? なぜあんな場所にぬいぐるみを置いた?」


 メディエイトの名は良く知られている。男子生徒も、被害者面はできないと悟ったようで反論はしなくなった。

 いや、反抗はしようとした。

 自らの足を拘束する結晶に触れると、次の瞬間爆発した。それにより拘束を外し、再び逃げようとした。


「逃げるな!」


 リエサは結晶の弾丸を飛ばし、男子生徒に直撃させる。殺すことも、体を貫通することもなかったが、痛みで怯んだ。

 その隙に行く手を阻むように結晶の壁を生成する。


「もう逃げられないでしょ。大人しくしなさい」


「⋯⋯っ!」


 男子生徒はポケットから取り出した石をリエサの方に投げた。それは彼女に当たることはなく、横を通り過ぎる。

 けれど、男子生徒はニヤリと笑った。その次の瞬間、石は爆発した。リエサの間近くで、C4爆薬並みの爆発が生じた。当然、直撃すれば即死だ。


「はは! 油断するからだ、メディエイト!」


 男子生徒は結晶に触れて、それを爆発させ、開通させようとする。しかし、一回の爆発では抉るだけに留まった。壁はかなり分厚いようだ。


「⋯⋯ふーん」


 壁を破壊して逃げようとした男子生徒だったが、その時背後から声がした。

 聞き間違えるはずがない。だって、聞いたばかりだったからだ。だからこそ、疑ってしまった。


「⋯⋯な!?」


「本気で殺すつもりだったね? 全く⋯⋯」


 そこには、結晶の障壁で爆発から身を守ったリエサが、無傷で立っていた。


「な⋯⋯なんで。今の、絶対防げなかったのに⋯⋯!」


「私が何も考えずに居たらね。そんなわけないんだけど」


 男子生徒の半身が結晶漬けになる。手だけは結晶漬けにならなかったが、どこも触れるような状態ではなかった。


「ぬいぐるみさ、あれ中に何もなかったでしょ? 爆発の瞬間に能力の干渉を感じたから」


 リエサは、男子生徒を拘束しているもの以外の周りの結晶を消滅させた。


「まあ、爆弾仕込んで電子系の能力で遠隔発動させたって線もあったけど、それはあんたが足元の結晶を爆発させた時点で無くなった」


「⋯⋯! すみません! つい、魔が差して⋯⋯体育祭を台無しにしてやろうって⋯⋯」


「⋯⋯あんたの能力、触れたものを爆弾にするってところでしょ? ⋯⋯私ならさ、さっきの石みたいにそこら辺のもの爆弾にして、いつでも起爆できるように保険掛けとくかな」


「⋯⋯ッ!」


 図星だったようだ。見るからに表情が、繕っていた反省の顔が変わった。


「⋯⋯だったら、何だ? 石ころを防げたからって、僕の能力が怖くないって!?」


 男子生徒は能力を発動させようとする。


「うん。あんた程度の爆発系能力、全然怖くないよ」


 ──しかし、男子生徒の能力が発動するよりも先に、爆発物全てが第三者によって破壊された。しかも、爆裂によって。


「だって、私の親友はあんたよりずっと強いしコントロールもできるから」


「これは⋯⋯まさか⋯⋯『仄明星々スター・ダスト』!?」


 同じ爆発系能力者として、そして、完全な上位互換であるこの能力を、男子生徒はよく知っていた。

 恐れ、卑屈、劣等感。様々な負の感情が彼の心の中を渦巻いた。


「大人しくして。そうすれば痛い目は見させないから」


 結晶の壁を飛んで超えてきて、背後からミナが歩いてきた。

 脅すつもりはなかった。だが、先の連続爆裂で男子生徒は下手に動けないでいた。

 ミナの能力の練度は、まるで熟練の能力者だ。異なるのは、それは鍛錬と経験だけではなく、ほとんど才能が占めた結果であるということ。

 速さも、精密性も、そもそもの能力としての格も、何もかもが男子生徒よりも上だった。

 今でさえ、そうだと思えてしまう。


「⋯⋯僕は⋯⋯僕は! レベル5になったんだぞ! それなのになぜ!」


 男子生徒はバッグからぬいぐるみを取り出した。当然、触れている。彼はそれを足元で爆発させようとした。おそらくは自爆するため。そうすればリエサもミナも防御しなければならない。そして、能力者は、自分の能力にはある程度の抵抗力や無意識の防御能力を有している。

 つまり、彼は自爆することで逃げようとした。二人が防御してしまえば、その隙を与えることになるだろう。

 ならばどうするか。答えは単純である。


「っ!」


 星屑の力を体に回すことで、身体能力を向上させる技。先の障害物競争でビリーから学んだものだ。

 ミナは既にそれを使いこなしていた。身体強化を施し、彼のぬいぐるみを蹴り上げる。

 上空で爆発したぬいぐるみだったが、ミナにもリエサにも、男子生徒にも被害はなかった。


「⋯⋯僕の能力の対象、なんだと思う」


 だが、それをするためにミナは男子生徒に近づいてしまった。


「⋯⋯⋯⋯」


「全部だ。物も人も! 全部爆発物に変えられる! そして爆発物に変えてしまえば、それがどれだけ硬かろうと必ず破壊できる!」


 ──男子生徒はミナの首に触れていた。

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