第13話 学園大体育祭⑥

 ロン・グレインジャーは私立の能力科に通う高校三年生だった。

 彼の能力は『爆弾作成メイク・ボム』。触れたものをマーキングし、能力発動時にそれが爆発するようになる。

 マーキングされたものは、調べたとしても能力的干渉を検出することは困難であること。同時に爆発物にし、起爆できる数には制限がないこと。マーキングすればどんなに離れていても起動できること。この三つが、今の彼の能力の主な特徴だ。

 しかし、元々のレベルは2だった。

 マーキングすれば能力的干渉を、能力者なら誰でも感知できる。数も三つまで。射程距離は精々五十メートル。そして爆発の威力もそこまでなく、至近距離で爆発させてようやく人が大怪我する程度。

 彼の超能力は決して強くなかった。超能力は努力次第で伸びるとされているし、学校でもそう教わっているが、やはり才能に格差はある。


(同じ時間、同じ努力をしても、センスある奴はすぐに伸びて、僕みたいな奴はいつまで経っても変わらない)


 もし彼に能力の才能が無ければ、早々に諦めてしまっただろう。

 だが彼には中途半端に才能があってしまった。レベル2だって、世間ではまだ少数側の人間だ。大多数はレベル1なのだから。


(⋯⋯それが例え薬によるものでも、僕は⋯⋯!)


 とある人から渡されたことがキッカケだった。

 この『能力覚醒剤』さえあれば、中途半端な自分でも変われるのだと知った。

 才能のある者たちに追いつき、追い越せるとさえ思った。


「少しでも動けばこいつを殺す! あっちを向け!」


 ミナの首元に触れ、爆弾にし、人質とする。

 ああ、やってやるさ。どんなに優れた能力者でも首が吹き飛べば死ぬ。どんなに格上の能力者でも、条件を整えれば彼の方が先に能力を発動できるはずだ。


「⋯⋯⋯⋯そう」


 ロンはリエサを脅すが、彼女はその指示に従わなかった。動きもしなかったが。一体何を考えているのか。


「何やっている! こいつがどうなっても良いのか!」


「多分あんた、薬やってるでしょ? その上人質取って⋯⋯ホントに救いようがないな」


「⋯⋯は?」


 あまつさえ、リエサはロンを挑発さえした。彼女の友達をいつでも殺せるというのに。

 なぜだ。なぜそんなことができるのか。もしかすれば、リエサは、ロンが何もしないと思っているのか。

 あるいは、


「高レベルの能力者にコンプレックスでもあるの? そんなことで、こんなテロまがいの事を? はは。笑えない」


「──何言ってんだ。こっちは人質取ってんだぞ。いつでも殺せるんだぞ! そんな調子乗ったこと言ってると⋯⋯!」


「じゃあやれば? あんたにそんな度胸あるとは思えないけどさ」


「⋯⋯⋯⋯!」


 リエサについ先程投げた爆弾化した石。確かにあれは殺すつもりの威力に調整していた。

 けれど、心のどこかでこうも思っていた。リエサは防御、抵抗するし、仮に防御が間に合わなければ爆発の威力を直前で弱めただろう、と。

 所詮は口だけだ。


「⋯⋯お前に⋯⋯お前に僕の何が分かるってんだ!」


 度胸がないだろうって? ああ、そうだろう。ロンには人を殺す度胸がなかった。彼は本当の意味で狂うことができなかった。

 テロもそうだ。陳腐な計画だけ立てたいきあたりばったりの、抜け穴だらけの愚策そのもの。

 どこかで阻止されるお粗末なもの。⋯⋯だからこそ、実行に移せた。


「うん。何も分からないよ、あんたのことなんて。なんでこんな馬鹿なことしたんだろって思ってる」


「だったら黙れ! だったら⋯⋯消えろ! 僕の前から!


「それで何が変わるの? あんたより優れてる奴なんでいくらでもいる。薬に手を染めて得た能力でもそうだ! いつまでもコンプ抱えて、周りを拒絶してさ。黙れ消えろって言い続けるの? ほんっと、分からないな、その考え方」


「レベル4の才能ある奴に言われる筋合いはない!」


「そうやってレベルを言い訳にするのが分からないって言ってんの。じゃあ私がレベル3なら、2なら、1なら、言える権利があるっていうの? あんたが嫌がってるのは私の正論でしょ?」


 最早、ロンには能力を発動させるという選択肢はなかった。突きつけられた真実を、何とかして否定しようと足掻くだけだった。


「じゃあなんだ! コンプレックス抱えて悪いのか! 恵まれてる奴を妬んで悪いのか! 僕がどれだけ努力しても追いつけないことを突きつけたのはお前たちだろ!」


「うん。全部あんたが悪い。理解できない。だって、あんたは私だから」


「⋯⋯⋯⋯何、言ってんだ?」


「上目指すのがあんただけだと思ってんの? 努力しても追いつけない? そりゃそうさ! だってあんたの周りもあんたと同じ努力してんだから。スタートラインが違うんだから、同じ努力で追いつけるわけがない。恵まれてない奴が追い越したいなら、恵まれてる奴よりもっと努力しろ。二倍でも三倍でも。そうするしかないんだよ」


「⋯⋯ッ!」


 ロンは能力を発動させようとした。

 けれど、それよりもずっと、リエサの能力の発動の方が早かった。

 瞬間、ロンの全身は結晶に包まれた。耐えられず意識を失ったことで、彼は能力を発動できなかった。


「⋯⋯リエサ」


 ミナが見た彼女は、普段とは少し違った印象だった。三年間ずっと一緒にいたが、こんな様子の彼女は初めてかもしれない。


「⋯⋯少し感情的になっただけ。ごめん。危険な目に遭わせた」


「いや、大丈夫。能力は抵抗して無効化していたから」


「そう。相手はレベル5なのに」


「まあね。同じ系統だったのもあるし、こういう能力での変化はかなり無効化しやすいものだし」


 超能力者の原理的に、能力者本人に能力を直接影響させることは、例え相手が自分より下のレベルでも非常に困難だ。

 だから、もしロンがミナの体を爆弾に変えるようなことはせず、単に爆発物を首元に持ってこられていたら、今よりも厄介だった。


「だとしてもよ。触れている間はずっと抵抗しっぱなしだったんでしょ? 現実改変に抵抗しやすいと言っても、キツイことには変わらない」


「そうかな? 結構簡単だと思う。というか、抵抗しっぱなしってわけでもないしね。能力を発動しそうになったら微弱な反応が変わるから。強制力っていうの? 改変力が変わるような⋯⋯」


「分からなくもないけど⋯⋯うん。そこまでハッキリとは。やっぱあんたは天才側の人間ね」


「そうなの?」


「私じゃ彼の能力の発動は直前まで分からないからね」


 ミナは不思議そうにしている。ただ、これはいつものことだ。ミナは能力をほとんどセンスのみで使っている。どうやって能力を使っているのかと聞けば、言語化できなくて悩むだろう。


「とりあえず風紀委員に連絡しよう」


「連絡先知ってるの? わたし知らされていないんだけど」


「まあ、あんたの管理能力の無さは良く知られているからね」


「え?」


「冗談。普通に私が伝え忘れていただけ。はいこれアズナヴァールさんの連絡先」


「リエサが悪いんじゃん、もう。⋯⋯うん。ありがと」


 リエサはアイリスに連絡し、ロンの身柄を確保するように手筈を整えた。あとしばらくもすれば来るだろう。

 その間、万が一に備えて二人は現場で待機していた。


「⋯⋯ねぇ、リエサ」


「なに?」


「超能力のレベル一つで、皆こうやって暴れてしまうの、どうにかできないのかな」


 ミナにとっては純粋な疑問だった。能力のレベルが原因で狂うことが、彼女には理解できなかったからだ。これは決して彼女がドライなわけではない。ただ、


「⋯⋯嫉妬は誰にでもあるものだから。⋯⋯燻っていたそれが、何かの切っ掛けで燃えてしまった。火をつけたのは例の薬だけど⋯⋯」


「⋯⋯?」


「⋯⋯いや、何でもない。⋯⋯今は、こうして『能力覚醒剤』の使用者の検挙と、流通元を潰すことに尽力するしかないよ」


「だね」


 ◆◆◆


 エヴォ総合学園の委員会にはそれぞれ専用の建物がある。委員会活動は基本的にそこを拠点として行われていた。

 風紀委員会も例外ではない。委員会の中でも特に設備の整った建造物である。というのも、風紀委員会がそもそも巨大な組織であること。留置所としての機能も持ち合わせているということ。この二つが大きな理由だ。

 勿論、尋問室もあった。無機質な部屋。机が一つと椅子が向かい合わせで二つ。また、尋問内容を記録する係のための机と椅子が追加でワンセット。そして尋問の様子を外部から見られるように窓があるような部屋。

 現在、内部には記録係の他につい先程身柄を拘束したロン・グレインジャーと、此度の尋問官となった風紀委員会委員長、白石ユウカが居た。

 ユウカが尋問官に選ばれたのはたった一つの理由故。ロン・グレインジャーが暴れたとしても問題なく対処できるからだ。


「⋯⋯さて、尋問を始めよう。とは言っても聞くことはたったの二つ。まず一つ目。ロン・グレインジャー、なぜ君はテロ行為をした?」


 紫色の目が、ロンを貫く。威圧感が凄まじい。言葉遣いも、声も、全部平然だというのに、そこに含まれている何かに、彼は圧倒されていた。

 それでも、答えることはできた。


「⋯⋯それは⋯⋯ただ、滅茶苦茶にしてやりたかった」


「何を? どうして滅茶苦茶にしたかった?」


「この、体育祭を。⋯⋯憎かった。僕より努力してないのに、僕よりレベルが高い連中が、気に食わなかった。⋯⋯だから、その⋯⋯痛い目にあわせよう、って⋯⋯」


 要はただの逆怨みだ。動機としては十分。これ以上深堀する意味もない。

 そう判断したユウカは次に進む。


「では二つ目の質問。君はどこから『能力覚醒剤』を手に入れた?」


 ユウカは透明な小袋に入った粉をロンに見せた。これが『能力覚醒剤』だ。経口摂取により能力の増強という作用をもたらす。


「⋯⋯言え、ない」


「残念だけど、君に黙秘権も拒否権もない。私の質問の全てに答える必要がある」


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯だんまりか」


 ユウカも、ロンも、互いに表情を変えず、しばらく沈黙する。

 本当にしばらく。だが時間はわからない。一分だったかもしれないし、十分だったかもしれない。

 やがて堪えられずに話を切り出したのはユウカではなく、ロンだった。


「⋯⋯なんで黙るんです」


「黙することも時には必要だと思うから。⋯⋯君は先程、答えることを迷った。迷った結果、喋らなかった。何か理由があるんじゃない? 今ので考えることはできたでしょう」


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯君がやったこと、確かに赦されないことだ」


「⋯⋯っ」


「でも、気持ちは分かる」


「⋯⋯え?」


「少し違うけどね。⋯⋯嫉妬のあまりにやってはいけないことをやってしまう。私には一人、そういう人物が居てね。その人物は私と同じような立場なのに、私とは違っていた。昔の私はそれが妬ましかった。『あの人はあんなにも自由奔放なのに、どうして私はこんなにも縛られているんだ』って。私はその人に厳しく当たってしまった。平等に接することなく、私個人の嫌悪だけが理由で」


 ユウカは自嘲しつつ、自らの過去を話した。それがどういうわけかロンには衝撃的だった。

 レベル6の能力者なのに、妬ましくなかった。彼女も一人の人間で、自分と同じような感情を抱くことがある。

 異なるのは、その感情を過去のものとし、反省し、その上でロンを赦そうとしていること。理解してくれようとしていること。

 その時、ロンはとある言葉を思い出した。


『──恵まれてない奴が追い越したいなら、恵まれてる奴よりもっと努力しろ。二倍でも三倍でも。そうするしかないんだよ』


 あの時は、見下されているようにしか聞こえなかった。

 お前みたいなやつが天才に追いつこうとするなら、二倍でも三倍でも努力しないと意味がない、と。


(⋯⋯ああ、そうか。今なら、分かる。あの、言葉は⋯⋯)


 やけに感情的だったリエサの表情を思い出した。見ていたのに、今の今までそれさえ分かっていなかった。

 ──言葉は、内容ではなく喋る者によって意味が変わる。


「⋯⋯委員長」


「何?」


 ユウカと、リエサの言葉。その意味。その意図。全部理解した上で、ロンの心の中にあった妬みは晴れていった。

 今では、その気持ちは恥ずかしくさえ思う。

 自分が持つこの情報は、きっとユウカたちにとって有益となるだろう。自分を救ってくれた恩人に話さないわけにはいかない。

 これで少しでも恩返しができるのなら、寧ろ喜んで話す。



「『能力覚醒剤』は、とある集団に渡されました。裏ルートで売人から購入したわけではありません」

 

「⋯⋯そうか。ありがとう。⋯⋯もっと詳しく話して欲しい」


「はい。話します。僕が知る限り、全部」


 ユウカはその後、ロンから彼の知る『能力覚醒剤』を渡してきた相手についての情報を全て話した。そしてその後、留置所に輸送されることとなった。彼は全く抵抗しなかった。それどころか謝りさえした。演技でも何でもなく、心の奥底からの言葉だとよく分かるものであった。

 ロンの処分は、軽くはないだろう。誰も殺さなかったとはいえ、誰かを殺していたかもしれない犯罪をした。

 しかし、それでも情状酌量の余地は十分にあった。

 当日の夜。情報提供の件も含めて、ユウカはロンの減刑を求めるための書類を作成していた。

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