第11話 学園大体育祭④
障害物競争、第三にして最終関門。それは、水中。コースは水の中に続いていた。勿論、ゴールもその中だ。
エヴォ総合学園の超巨大プール。全長一キロメートル。幅百メートル。ゴールに辿り着くには、この一キロメートルを泳がなければならなかった。
勿論だが、普通に泳いでいけるわけではない。水中には無数の水中地雷と、各所にある発射装置から魚雷が飛ばされる。殺傷能力はなく、音と多少の衝撃が発生する。
「⋯⋯どうしよう」
とある高校の一般的な女子生徒。彼女の名はバルバラ・コーエン。ベージュの髪を巻いており、目は蒼くて綺麗。可愛らしい顔付きをしているが、良くも悪くも普通の少女。
超能力に憧れ、学園都市に訪れた。能力開発を受けたが、彼女にはそういう才能がなかったようで、レベル1。つまり顕微鏡でもなければ観測できない程度の能力者に留まった。
ほぼ非能力者みたいな彼女だが、能力者蔓延る学園大体育祭に参加した。実際、彼女のような学生は数多く居る。この障害物競争にも非能力者の参加数は多かった。
大多数は能力者同士の妨害、そもそも追いつけないなどして脱落している。それが普通だし、妥当だ。
しかし、どういうわけかバルバラは、何と第三関門まで到着した。
突如現れた結晶の壁は、エヴォ総合学園の男子生徒によって破壊された。
第二関門はロボットが目の前で爆散したため急いで跳んだら、ゴール側に逃げ込むことができた。
そして今、第三関門に到着した。しかも、他の走者は疲弊しており、それなりに体力が残っていて足が速いバルバラは、なんと一位独走状態だった。
だが、目の前に現れた超巨大プール。バルバラは泳ぎがそこまで得意なわけではない。二十五メートルを泳ぎ切ることはできるが、百メートルは厳しいし、速いわけでもない。ましてや今は体操着。泳ぐのに適しているわけではない。
「うーん⋯⋯もういいや。いっちゃえ!」
意を決してプールに飛び込もうとした瞬間──結晶の道がそこにできあがった。
何事かと思って振り返ると、そこにはミース学園の制服を着た東洋人の女の子が走って、迫ってきていた。あまりにも速い。足の速度には自信があったバルバラでも、多分追いつけない。
流石は『三大学校』の一つ。身体能力も高いのかと彼女は思った。
一瞬でミース学園の女子生徒はバルバラを抜き去って、結晶の上を走って行く。
いや、見惚れている暇はない。追いつかないと。でも、あんなのに追い付けるわけがない。
迷った。が、バルバラはすぐに走り出した。負けたくないと思ったからだ。
「どうしようどうしよう! 怖い!」
結晶は氷のような性質を持っているようだ。とても滑る。何とか滑りつつ走っているが、少しでもバランスを崩せば落っこちそうだ。
あの女子生徒はこんな走り辛い所を、あんな速度で走っているのかと思うと驚嘆が出てしまう。
「──う、え?」
そんな時、バルバラの足元に突っ込んでくるものがあった。それは鉄でできていて、円柱の形状をしていて、水中を高速で進む兵器──そう、魚雷だ。しかも複数個あった。
魚雷は全てバルバラの足下で破裂。殺傷力はほぼ皆無だが、音と衝撃は十分にある。よって、彼女は見事にぶっ飛ばされた。
「うわあああああああっ!?」
「──は?」
ぶっ飛ばされたバルバラは、なんと的確にミース学園の女子生徒──リエサに激突する。予想外、バルバラを警戒していなかった、というか追いかけて来ていたことにも気づいていなかったリエサにそれを防ぐ術はなかった。
女子二人はまともに息も吸えずに水中の深くまで潜ってしまう。
「ぶびばべべん!(すみませええん!)」
(何が⋯⋯。この人にやられた? 能力者っぽくなかったけど⋯⋯)
リエサはバルバラを凝視している。それは警戒の意。バルバラが何をしてきても良いように、対処できるように、構えている。
が、当の本人はと言うと、
(まっずい! この人ってもしかして、あの結晶の壁とか作った人!? ミース学園ってレベル3以上しか入れないエリート学校よね!? そんな人を相手にした! しかも睨まれてる!)
(⋯⋯何もしてこない。何もできない⋯⋯ことはないはず。現に私を突き落とした。水中で有利な能力? 水操作系?)
(ごめんなさい! 何もしないでください! 何もできないので! 命だけは! 命だけは!)
(分からない。けど、何か策あってのこと)
(偶然なんです! 突き飛ばそうなんて思っていなかったんです! ましてや振り返った素振りに胸を触っちゃうつもりなんて、ええ! 一切ありませんでした! なので許してください!)
(一先ずは壁を展開しよう。水中ではやったことないけど、やれるはず)
(能力使うんです!? いや、助けて! わたし非能力者ですから、何かされたら致命傷になるんです! 能力で防御とかできないんですぅ!)
バルバラの心の声はまるで届かず、リエサは超能力を使おうとする。それを見た彼女は思わず目を閉じてしまった。
そして⋯⋯だが、能力はバルバラを襲わなかったし、妨害もしなかった。それよりも先に、リエサに魚雷が迫っていたからだ。
(魚雷! 私だけを追跡しているってことは⋯⋯能力の発動を感知しているのか! この人、まさかこれを狙って⋯⋯!)
答えは是。魚雷は水中での能力の使用を感知するか、水の変化を読み取って対象を選択する。優先されるのは前者であり、ここで狙われるのは勿論、リエサだった。
リエサの推測が間違っている点はたった一つ。バルバラは全然それを狙っておらず、完璧に偶然であるということ。
魚雷を対処するため、リエサは結晶を展開する。
(何? 何が起こっているの!? ⋯⋯もう、何が何だかわからない。⋯⋯いやでも、これはチャンス! なぜだかミース学園の人だけが魚雷に狙われているから、先にゴールできるかも!)
バルバラは泳ぎ始める。泳ぎが中途半端だったため、リエサよりも優先されるべき対象にはならなかった。もう少し離れれば、また別の魚雷に補足されるだろう。
そのはずだった。リエサが、魚雷の特性に気が付かなければの話だが。
能力行使を止め、動かないようにしたリエサを魚雷は標的から除外し、代わりに泳いでいたバルバラに向かっていく。気がつくのに遅れた彼女は見事に背中から爆撃された。
複数の魚雷が一度に爆破したことで、バルバラは凄まじい推進力を得た。泳いでいた時の姿勢が偶然、爆発の影響で飛びやすい格好だったこともあり、幸運にもゴール方向に飛んでいった。
(あっ⋯⋯追い掛けないと)
リエサは冷静に現状を分析し、結晶を足場に水面に浮上。ゴールの方へ走り出した。
対してバルバラはと言うと、
「うわあああああああっ!?」
本日二度目、絶叫タイムの真っ最中だった。
放射線状に吹き飛ぶバルバラ。落下地点を推測すると、そこにはなぜか魚雷の発射装置があった。無論、落下の衝撃を探知し、即座に魚雷が発射されるだろう。
魚雷に殺傷力はない。しかし痛いものは痛い。バルバラの背中は熱いと感じるくらいには痛くなっていた。
バルバラは最頂点を超えて、そのまま落下し始めた。その時だった。
「追いついたぞ!」
また別の高校の男子生徒が、バルバラとリエサに追い付いた。彼は右手を向けたかと思えば、そこから空気を押し出した。
「『
リエサは結晶の壁を生成し、噴射された空気を防ぐことができた。その防いだ風は両脇に流れ、バルバラに直撃。空気に押されて更に飛距離を伸ばした。
結果として、彼女の落下地点は当初予測されていたものからズレた。しかも、魚雷発射装置の探知範囲外だ。幸運だと思われた。
が、そこには水中魚雷があった。光学迷彩によって辺りの風景に溶け込み、よく見ても見なくても分からないようになっている水中地雷。殺傷力は当然無く、しかし、魚雷よりも衝撃は強い。
バルバラが水中の地雷の真上に着水。続いて沈下。彼女は藻掻くように身動きすると、地雷を踵で踏む。
カチ、という音。嫌な予感がした。反射的に足を上げてしまう。だが、それは地雷の作動を促した。
またもやバルバラは吹き飛ばされた。今度も、ゴール方向へと。しかもより強い勢いで。
三度目の叫び声を上げながらも、進路予測はゴールの真上を示している。つまり、このまま何もせずにバルバラはゴールするということだ。
実力でも何でもなく、全て運で。もし運が実力の内であるのならば、バルバラは相当な実力者と言えるであろう。
「嘘!?」
空圧の能力者は刹那で結晶を当て、プールに突き落としたが、バルバラはなぜかダウンまで持っていけなかった。
リエサの勘は言っている。あの女子生徒は運が良い。下手に干渉すれば、それは幸運となってしまう。
ならば最適解は、無視。バルバラよりも素早く先にゴールすること。
リエサは結晶生成を利用し、押し出されるようにしてゴールへ直行。
二人の少女がゴールへ向かう。そして、
「────ッ!」
勝者は──月宮理恵沙だった。
◆◆◆
「第一種目、障害物競争終了! 続いて第二種目である綱引きの前に、昼休憩を挟みます。昼からの種目は十二時半から開始します。綱引きに参加する生徒の皆さんは、十二時に待機場所まで集合してください」
午前十一時前。時間も良いため、一旦昼休憩を挟むこととなった。
リエサはミナが医務室に行ったと知って、慌ててそこへ走った。エヴォ総合学園の一階にあるらしい。
「ミナ! 大丈夫!?」
医務室の扉を開けると、そこには平然と立って、これから昼飯を食べに行こうとしていたミナが居た。
「あ、うん。大丈夫だよ」
包帯もなければ絆創膏もない。簡単な診察をした結果、特に問題なしと診断されただけ。
相当心配を掛けさせたと瞬時に理解したミナは、少し間が悪そうにそう言った。
「⋯⋯そうみたいね。⋯⋯はー、大怪我したんじゃないかと思った⋯⋯全く⋯⋯ミナったら⋯⋯もう⋯⋯」
「えへへ⋯⋯そ、それより、昼食べに行こうよ! ね?」
説教が始まりそうだと予感したミナは無理矢理にでも話題を変える。リエサがそのようなあからさまな誘導に気づかないはずがないが、溜息を吐いて諦めた。
「分かった。⋯⋯ミナ、奢って」
「え、なんで」
「心配料」
あまりの即答にミナは反論できず、というか反論させる気がないようで、渋々財布を取り出した。念の為に中身を見ておくが、断れるくらい貧相なものではなかった。
「⋯⋯奢らせるくらいお金には困っていないでしょ⋯⋯」
リエサの実家、月宮家は日本では超王手の建設系企業を運営している。つまり彼女は財閥の令嬢というわけだ。当然、お金に困っているわけがない。
「何か言った?」
「何も言っていません、月宮さん」
ミナはリエサの後をついていくようにして、エヴォ総合学園の食堂に向かった。
食券式であるようだが、全て無料。今日に限って言えば他の学校の生徒も無料で利用できる食堂だ。
ミナは唐揚げ定食(大盛り)。リエサはカルボナーラを選んだ。
(この子のどこに大量の唐揚げとご飯が入るんだろう⋯⋯)
大盛りとは言え、あまりにも多かった唐揚げとご飯の量に、リエサは唖然としていた。ミナは華奢だ。おそらくリエサより細い。高身長を加味しても、その食事量は太るのが普通だ。
だが、長年一緒に居るから分かる。ミナは平気で大盛りを平らげるが、体型は変わらない。全部胸に行っているのではないかと疑ってしまう。
「⋯⋯これだから才能ウーマンは」
「え? 何か言った?」
「なんでも」
二人は適当な席に座り、食事を取り出した。
「そういえば障害物競争どうだったの?」
「勿論、一位」
「本当? やったね!」
「誰かさんが失格していなかったら点数差付けられたんだけど」
「ごめんって」
と、何気ない会話をしている時だった。
「席、いいですか?」
この時間だと食堂はやはり混んでいた。相席もやむを得ない状態である。
「いいですよ」
「ありがとうござ⋯⋯あ」
「ん⋯⋯あ」
そこに居たのは、ゴールを奪い合った相手、バルバラだった。
「どうしたの? 知り合い?」
「障害物競争で最後競った相手」
「あ、そうなの」
特に気まずいとかはなかった。リエサからすれば。
しかし、バルバラは違った。
(わー! ミース学園のお嬢様だ! ピンクの髪の人って、見たことあると思ったらもしかして星華ミナさん!? わー! 本物だぁ! この人、星華さんと知り合いだったんだ! 羨ましいなぁ⋯⋯!)
「えっと⋯⋯わたしの顔に何かついてる? ずっと見てるけど⋯⋯?」
食事中の顔をずっと見られれば、流石のミナでも気にはする。そんなに変な顔をしているのかと。
「いえ! そんなことは! お綺麗な顔だと思ったので!」
「え、あ、うん。ありがとう。はい」
少し照れるミナ。何を言っているのかと困惑するバルバラ。
そして唯一冷静なリエサは思って、言う。
「⋯⋯あんた何照れてんの。ど直球な褒め言葉には本当に弱いな」
「う、え⋯⋯? ああ! そりゃそうじゃん! あんま言われないから! というかなんでいきなり日本語で話しかけてくるの?」
長いこと外国で暮らし、外国語で話していると、突然母国語で話しかけられても反応できないことがある。今のミナはそういう状態だった。
「え⋯⋯えぇ? 外国語?」
勿論、ルーグルア国出身であるバルバラには何を言っているのか分からない。
「こほん。えー、さっきはハラハラしたよ。えーっと⋯⋯」
「バルバラと言います。バルバラ・コーエン」
「急に話題変えたね!?」
「良い名前ね。私は月宮リエサ。で、こっちが星華ミナ。よろしくね」
「無視!?」
「⋯⋯よろしくお願いします」
バルバラはリエサのミナの無視っぷりに困惑しつつも会話を続けた。
「バルバラって呼んでいいかな? 私のことはリエサでいいから」
「え、はい」
何だかバルバラは威圧感を覚えた。
しかし、それはすぐになくなった。バルバラは気のせいにした。
それから三人は、どこの学校出身だとか、好きな食べ物は何かとか、他愛もない話題に花を咲かせる。
「お二人は昼から何かに出るんですか? 私出ないので、エヴォ総合学園を見て回りたいんですよ」
体育祭と言えど、注目されるのは競技だけではない。出店もあれば、エヴォ総合学園の出し物だってある。
バルバラは午後からエヴォ総合学園を歩いて回ってみるつもりだった。
「わたしはちょっとパトロールあって。ごめんね」
「私は暇よ。折角だし一緒に行く?」
「そうなんですか。是非。ありがとうございます、リエサさん!」
(本当はミナさんとも一緒に行きたかったけど、パトロールなら仕方ないよね。それにリエサさんと行けるなら⋯⋯いい!)
昼からの予定を決めたところで三人は食事を終えた。リエサとバルバラはそのまま二人で歩き回ることにした。
その際、ミナが近づいてきて、言った。
「頼むね」
「うん。まあ大丈夫でしょ」
「⋯⋯?」
何か意味深な会話があったが、バルバラは詳しく聞く気はなかった。
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