第10話 学園大体育祭③

 ミナがビリーから逃げようとしている頃。

 リエサもまた、ルークから逃げる算段を立てていた。


「逃さねェ、つってんだろォ!」


 結晶の壁を展開。しかし、ルークはそれを素手で叩き割った。防壁は完全に展開される前だったからだ。

 思うに、彼の能力は増強系ではない。応用の結果だろう。つまり、彼の反応速度は自前である。


「──っ!」


 結晶を操作し、リエサはルークを拘束すべく鞭のようにそれをしならせる。結晶の鞭が彼の手足に巻き付こうとした。が、そうなる前に異変は訪れていた。

 結晶の鞭は、ルークを拘束することなく、体に当たる前に止まった。感覚としては何かに押されているような感じだった。そしてその抵抗力は増している。

 やがて、鞭はその謎の力に耐えられずに砕かれてしまった。


(さっきの破壊力。そして今の感覚。まるで⋯⋯そうか!)


 リエサは結晶の生成速度を利用し、ルークから距離を取った。そうすれば彼はリエサとの距離を詰めるべく、能力を使った。

 ルークは走ることはなかった。引き寄せられるかのように、彼はリエサに迫って来ていた。

 そして、今ので確信した。


「──距離! その関係の能力ですか!」


「⋯⋯ほう」


 リエサは空気中に大量の結晶の弾丸を生成した。もしルークの能力が予想通りであれば、このくらいわけないはずだ。だが、これの対処方法によって、彼の能力の程度がわかる。

 レベルは5。全部砕かれたっておかしくない。


「正ッ解ッ!」


 ルークは何かに引っ張られるように、後ろに飛んだ。そうすることで結晶の弾道から逃れたのである。

 今ので分かった。彼の能力は触れるか、触れないかで発動対象が変化するということが。


「教えてやるよ一年生」


 ルークはゆっくりと歩きながらリエサに迫って来ている。また、彼は自分の能力についての情報を開示し始めた。これによるメリットは彼にはない。あるいはブラフか。しかし、リエサには彼が嘘を吐くような人間には見えなかった。彼は良くも悪くもプライドが高そうだ。


「俺の能力は『距離変化チェンジ・ディスタンス』。設定した対象と俺とのあらゆる距離を変えることができる。例えば⋯⋯」


 ルークは適当に地面から石を拾って手に取った。


「この石を対象にし、距離を離せば」


 石は上空に向かって飛んだ。その勢いは凄まじく、人に当たれば言うまでもない。


「距離を離すというのなら、その方向はどうなんですか」


「いい質問だなァ。少しは頭が回るみたいか。ああ。方向も決められる。この石をお前の方に向かって飛ばすことも勿論できる」


 リエサの頭の真横を石が猛スピードで通過して行った。彼女は見切っていて、だから何もしなかった。


「⋯⋯それで、わざわざ触れる意味は? 能力の発動に接触は必須ではないでしょう」


「ああ。視界内にあり、かつ半径十五メートルが射程だ。が、触れることで、俺の能力の欠点を無視できるようになる」


 ルークの能力の欠点。それは距離を測る基準点は自分でなければいけないこと。自分以外のもの同士の距離までは操作できないのである。

 ただし、この欠点は触れることによって克服できるのである。


「触れたものをマーキングすれば、それを新たに基準として使うことができるっつうわけだ」


 応用することで、物体の半分のみをマーキングし、もう半分との距離を離せばそれを切り裂くことができる。

 これを短時間で連続的に発動させることにより、ルークはリエサの結晶を砕いたのである。


「⋯⋯ただ、便利なものではないでしょう。そのマーキングは一度に一回のみ」


「勘がいいな」


 超能力にはリキャストタイムがあるものも多い。ルークもそうだが、再発動までの時間はほぼなかった。なら、連続発動すれば人間一人を地面に何度も叩きつけることくらいできたはずだ。

 それだけではない。この能力を上手く利用する方法はいくらでもある。


「あなたは私の結晶に対処するために、そうせざるを得なかったのでしょう?」


 結晶を砕く為には、このマーキングは必要だ。下手に使えないのなら、そういう方法で利用しないのと辻褄が合う。


「ははは。やるじゃねェか。⋯⋯そう来なくちゃァ、なッ!」


 ルークは地面を踏んだ。到底人間が引き出せる力ではなかったようで、地面はなんと隆起し、砂が空中を舞う。


「⋯⋯! 不味い!」


 ルークの能力の操作技術は分からない。

 ただ、彼の能力は、ミナのようなレベル5と比べるとどうしても劣っているように思われる。確かに強力だが、範囲も、その性質も、レベル4が妥当だろう。

 ならばなぜ、彼はレベル5に評価されているのか。

 そう。彼は能力の精度と即応力がずば抜けて高いのである。

 空中に舞っている砂の粒は無数だ。それを一つ一つ数えることも、ましてや認識なんてできるはずがなかった。

 しかし、ルークはそれが可能だった。だから、結晶を砕くことができたのだ。

 ──砂の散弾が、リエサを襲った。


「結晶。氷のような性質。だが硬度は氷なんかとは比べ物にならねェ。いくら高速で放ったとしても、砂では貫通なんてできないだろうよ」


 ルークはリエサとの物理的距離を縮める。そうすることで彼女の対応よりも早く、攻撃を叩き込むために。


「だから、お前は防御し⋯⋯」


 結晶を殴り付ける。が、それは砕けず、代わりに吹き飛ばされる。その裏側に居たリエサは結晶を叩きつけられた形だ。


「砕いたところにカウンターを叩き込もうって思ってたろ?」


「──いえ。それを読んだ上で、ただ殴り付けるだろうと予測しました」


 声がした方向は、上だった。空中に結晶を生成し、そこにリエサが立っていた。距離は十五メートルよりも離れている。能力の範囲外だ。

 結晶の弾丸をまたもや複数生成し、射出。勿論、同じように避けられ、避けきれないものは触れられ、破壊される。距離を離したところでベクトルは変わらないため、こうしなければならなかった。

 アイスダストが宙を舞っている。


「⋯⋯あなたの能力、そして精密動作性。凄まじいものでした。本気で倒す気で来られていたら、負けていたのは私だったかもしれません」


「⋯⋯何言ってやがる。まるで勝ちを確信したような物言いだなァ?」


「クレバーなあなたなら、もう気づいているのでは。これが詰みの状況であるということを」


「⋯⋯⋯⋯」


 そうだ。ルークの周りにはアイスダストが舞っている。それは、彼が砕いたものではない。彼が砕いた結晶は別にあるし、石ころ程度の大きさである。

 ルークが結晶の弾丸を処理しているときに、同時にリエサはこれを準備していた。

 彼が砂を武器に使ったから、リエサは思い付いたのだ。


「⋯⋯お前の能力と俺の能力。どちらの瞬発力のほうが優れているかを試そうってことかァ?」


 奇しくも、互いの得意分野だ。

 ルークはアイスダストを遠ざけ続けなければ、全身を貫かれる。かと言って遠ざけ続ければ、リエサの結晶の弾丸に貫かれる。だから、一瞬だけアイスダストを遠ざけて、続く弾丸が彼を射抜く前に、リエサを戦闘不能にしなければならない。


「⋯⋯⋯⋯。──ッ!」


 ルークは能力によってアイスダストを遠ざけた。続いて、彼はリエサとの距離を縮めた。アイスダストはルークに向かって行っている。そして、結晶の弾丸も放たれた。

 ルークの拳がリエサの顔面を狙った。それが一瞬で彼女に迫った。避けることはできなかった。防御するにも間に合わない。

 ⋯⋯だけれども、拳が届くことはなかった。


「⋯⋯⋯⋯」


 結晶の弾丸がルークに辿り着くほうが速かった。弾丸は彼を貫くことこそなかったが、代わりに彼を結晶漬け、氷漬けにした。

 意識までは奪っていない。動こうとすれば動けるだろう。だが、半身がそうなった彼には、リエサを追い掛ける体力は残されていなかった。


「⋯⋯お前の勝ちだ。月宮リエサ、だったか」


 リエサはすぐに走り出そうとした。少なからず、既に先に進んでいる走者がいるはずだ。彼らを追い越さなければならなかった。

 でも、その前にルークが口を開いた。


「はは。まさか一年に負けるとは思わなかったぜ⋯⋯。⋯⋯俺を負かしたんだ。お前が一位にならなければ、俺のプライドが許さねぇからなァッ!」


 能力を行使。最大の出力で、リエサとルークの距離は離された。

 とてつもない力によって押し出されたリエサは、これ以上にないスタートダッシュを見せた。

 能力を連続使用し、彼女はスピードを維持したまま走り出した。


 ◆◆◆


 発想を得たミナは自らの身体能力を強化した。

 ビリーはそんなミナを見て、本気でやらないと負けると確信した。組付きのみで勝てるような相手ではなくなった、と。

 だから先制はビリーが打った。

 拳を何もないところに突き出した。しかし生じた風圧がミナを吹き飛ばした。体制を崩すどころか、彼女の体は空を舞った。

 ビリーは脚部に能力を使用し、ミナに一気に近づき、今度は本気で殴り付ける。顔は避けられているが、容赦はなく腹を狙っていた。

 ミナはこれを能力で爆裂を生じさせ、カウンターする。ビリーの拳が焼けるも、ダメージ自体は通せた。

 互いに空中での衝突。両者の力により、どちらも吹き飛ぶ。


「────」


 燃えた拳を振り払い、火を消すビリー。

 瞬間、ビリーの真横まで瞬間移動が如く現れたミナ。彼は反応し、拳を振り下ろしたが既にそこには居なかった。

 跳躍している。回し蹴りがビリーの頭にぶちかまされた。同時、爆裂による追撃が加えられた。

 腕をガードに使ったが、痛みに悶えるような暇も余裕もない。足技には掴み返すことが有効的。ビリーはミナの足を掴み、ぶん投げる。近くにあった木に当たるよりも先に能力で衝撃を相殺し、ビリーの周りに星屑を撒き散らす。


「っ⋯⋯」


 出力は調整されている。普通の人間なら全身大火傷。ビリーなら衝撃で気絶程度。まともに当たればの話だが。

 つまるところ、ビリーには当たらなかった。何とか範囲内から逃れていたが、ミナから距離を取ってしまった。

 爆裂が連鎖する。その度にどんどんと距離を離される。そうなればなるほど、ミナに有利に働いてしまう。

 星屑がビリーの間の前で展開。爆裂までの間に、それに反応し、拳を突き出すことはどう足掻いても不可能。

 が、彼は山勘でそのタイミングに合わせて拳を突き出して、星屑を離散させた。


「⋯⋯!?」


 ミナは動揺を隠せない。こうして星屑を散らされたことはなかったからだ。が、それで無くなったわけではない。

 威力は落ちるが、爆裂は発生した。勿論、ビリーの全身を焼き、衝撃を与える。

 

「ぐ⋯⋯っう⋯⋯」


 能力の性能の違いを、文字通り体に刻まれた。ビリーの能力よりも、ミナの方がいくらも優れている。

 長い間足止めされていて、ミナは焦ってきている。出力の調整はきちんと行われているが、対人に使うことに躊躇いが無くなってきていた。


(距離を詰めなければ。このまま何度も爆撃されてしまえば、削り殺されるのは僕だ)


 しかし、ミナは戦闘の天才だ。近づくことは困難だし、近づけたとして有効打を打ち込めるほど彼女に近接で圧倒はできていない。


(ルーちゃんの方がどうなっているか分からない以上、僕は倒れるわけにはいかない。星華ちゃんは生半可なダメージでは倒れない。⋯⋯だったら)


 やるとすればダメージ覚悟のカウンターだ。

 それでミナを気絶、ダウンさせなくても良い。そこまでする余裕がない。

 倒せないのなら──体育祭、障害物競争のルールを利用すれば良い。


(⋯⋯僕の全力の拳で、星華ちゃんをコースアウトさせて、失格にするしかない!)


 勝つ方法は、既に一つしかなかった。

 

(星華ちゃんは僕を気絶させようとしている。だったら、この誘いに乗るはず!)


 ビリーは脚力を強化し、コースを進む。勿論、ミナはそれを追いかけて来た。飛行に使っていた能力を推進力として利用した今、ミナは彼に追いつくほどのスピードだった。


「はあああああっ!」

 

 ミナはビリーに追い付いた。瞬間、ビリーは振り返り、拳を突き出した。避けるためにミナは姿勢を低くする。拳は空振った。

 膝蹴りがヒリーの腹を打ち抜いた。鈍重な痛みだが、腹筋に力を入れることでダメージは最小限に抑えた。

 ビリーは彼女の肩を押し退け、後ろに周り、拳を追撃に叩き込む。

 が、的確な爆撃のカウンターガードが炸裂する。弾かれ、胴体が空いてしまう。

 

「な!?」


 驚愕するビリーにミナは能力を、自分ごと範囲に入れて展開する。そして次の瞬間、大爆裂が発生した。先程よりももっと出力が上昇していた。

 巻き上がった砂埃が落ちて、視界が明瞭になった時、そこには未だ二つの人影が立ったままだった。


「⋯⋯⋯⋯」「⋯⋯⋯⋯」


 優勢なのはミナのように思われるが、実際の所、二人は同程度に消耗している。

 ミナは能力を使い過ぎたこと、そして慣れない能力の使い方をしたことでオーバーヒートにも良く似たことが起こりかけている。これ以上酷使すれば、能力が一時的に使用不可となるだろう。

 対してビリーは、ミナの爆裂と打撃を何度も受けてしまっている。体へのダメージが深刻であり、あと一度でも食らえば立てなくなるかもしれない。

 あと一度の技の応酬で勝負が決着するだろう。


「──火力勝負、といきましょう」


 両者、構える。

 ミナは両手を前に突き出し、そこに星屑を纏める。これを圧縮し、球体とすることで、超高密度のエネルギーの塊を作り出す。

 ビリーは腰を捻り、拳を大きく振りかぶった。体全体で能力の全出力を発揮し、全身を使ってストレートをブチかまそうとしている。

 何がトリガーとなったかは分からない。けれど、二人は全く同じタイミングで、己が全てを引き出した。

 ミナとビリーの能力が衝突する──その、瞬間。


「──二人共、そこまで」


 ──二人の能力が封じられて、盛大に空振った。


「⋯⋯先生!?」


 そこにいつの間にか現れていた、イーライによって、ミナとビリーの能力は封殺されたのだ。


「お前らみたいな高出力能力者同士がぶつかったら、被害が尋常じゃない。下手すれば二人共大怪我だ。⋯⋯全く、仕事中にいきなり呼び出されたから何事かと思えば⋯⋯」


「すみません」「ごめんなさい」


 呆れたようにイーライはため息を吐いて、それから二人に、危険行動を理由に失格の旨を伝える。渋々受け入れた彼らは、怪我のため医務室に連行された。


「⋯⋯はあ。手の掛かる生徒だ。⋯⋯さて、仕事に戻るか」


 ──これにて、エヴォ総合学園の出場者、ビリー及びルークはリタイア。他にも多数の学校の出場者たちもリタイアしており、残るは少数。

 例年より波乱万丈としていた障害物競争は、次の関門が最終だ。

 遂に佳境を迎える第一種目。観戦場所の熱気は最高に盛り上がっていた。

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