第9話 学園大体育祭②
第一関門である綱渡りから第二関門までの間。リエサは早くもミナに追いつかれてしまっていた。
しかし、リエサは先程のような大規模な妨害工作は行わず、普通の競争のようにスピードを速めるだけだった。ここでミナを妨害したところで意味はない。けれど負けたくもないからこその行動である。
だが、単純なスピードだと、やはり飛行できるミナの能力の方が優れている。ミナの星屑は一種のガスのようなもの。これを能力を応用して凍らせることはできないでもないが、それだとミナは落ちてしまうだろう。
ならば、もっとスピードを上げるだけだ。スケートの要領で滑るよりも、速く。
「⋯⋯わお」
リエサは結晶を地面から押し出すように生成、操作した。彼女の能力は広範囲を急速に結晶化できる。つまり、生成速度もそれだけ速いということ。
これを利用し、押し出された結晶の先端を走り跳んでいくことでよりスピードを上げることができる。
能力者は能力を獲得した影響で身体に変化が起こるが、同時に身体能力全般も上昇している。それは身体強化系能力者ほどでなくても見られる現象だ。
だから普通の人間には無理な動きでもできる、というわけだ。そしてリエサは能力が能力であるため、体力、筋力などを鍛えていた。
だが、そこまでしても尚、リエサはミナを振り切れなかった。二人は横並びの状態で第二関門に辿り着いた。
「⋯⋯あれは⋯⋯警備ロボット?」
学園都市は外の世界よりも科学技術が進歩している。その一つに警備ロボットの存在があった。
警備ロボットにはいくつか種類があるが、登場したのは制圧用警備ロボット。つまり対人、対能力者仕様であるということ。
更に言えば、これらはエヴォ総合学園のエンジニア部が改造した法律ギリギリの個体だった。
見た目は人形、丸型、そして巨大型。巨大型は怪獣を思わせる形をしている。全高十メートル。全長ならばもっとあるだろう。
町にいるロボットは前者二つ。巨大型はエンジニア部の特注品だ。
そんなロボットたちがうようよ居る。これを突破しなければ、先には進めないという状態だ。
「うん? あ、ここ高度制限ない!」
高度制限を知らせる看板がなくなったことで、ミナは高高度まで飛行する。そうすればロボットは簡単に乗り越えられるからだ。
しかし⋯⋯この体育祭はそこまで甘いものではなかった。
「っ!? 重⋯⋯い!?」
ミナは華奢だ。胸以外。体重も平均かそれ以下である。ましてや自分の能力で体重を支えられないはずがない。
よって、考えられるのは一つ。
「⋯⋯重力が強まっている。どんな技術力?」
一定範囲内の重力を強める、重力増強装置がこのフィールド内にはいくつか設置されている。
超能力者の現実を歪める力を、人工知能技術と一緒に物体に落とし込み、技術として昇格させた。能力者ほど応用が効くわけでもないし、コストも馬鹿にはならないし、精密機械であり壊れやすい欠点があって実用し辛くまだまだ発展途上だが、運用できないわけではない。
そんな重力とロボットたちを対処していると、後続に追いつかれてしまった。
「追いついてきたし。また妨害も兼ねて」
「二度もさせるかよォ!」
追いかけて来たルークがリエサを狙って、着ていたジャージを投げつける。流石に女の子、しかも歳下を殴れるはずがなかったが、妨害としては十分。リエサは体制を崩し、能力の発動を止めてしまった。
「────」
ミナはルークの真後ろに居た。人を殺さず、傷つけもせず、衝撃で吹き飛ばすことを目的とした爆裂を発生させようとした。
だが、
「ごめんね。やめてくれるかな?」
ビリーはミナに組み付いた。
しかし、ミナは少しも動揺せず、冷静に対処する。無理矢理振り解いたのだ。ビリーもかなり手加減していたため、簡単に離してしまった。
「おっと。⋯⋯少し見くびっていた」
「先輩、ちょっとそこ退いてもらえますか?」
相対する二人。そこを狙う警備ロボットたち。ロボットは容赦なく外敵の排除行為を選択して、二人を襲った。
そして次の瞬間には粉々だった。一目もされず爆散し、見向きもされず片腕で粉砕された。
「うおおおお! どけどけどけ!」「俺か一位だ!」「私が勝つんだ!」「待てや!」
ミナがビリーと睨み合っている間にも、どんどんと追い抜かれていく。あれだけつけたはずのアドバンテージも、能力者たちには些細な差だった。
ビリーを相手にしているような暇はない。しかし、ここで抑えておかなくてはまた邪魔をされる。
だから、その両方ができる手段を取るのだ。
「⋯⋯!」
ミナは一気にビリーとの距離を詰め、至近距離で爆裂を発生させた。それには破壊力など無かったが、代わりに光度を増していた。謂わば閃光。目潰しのための技だ。ミナの優れた能力の精密動作性を証明している。
その目潰しによって生まれた隙を突いて、ミナはビリーより前に出る。一気に走者たちとの距離を縮め、追い付き、追い越した。
先頭に出てから、ミナはロボットの中でも特に巨大なロボットに狙いを付けた。いや、それ以外でも良い。とにかく数が必要だ。
「この障害物競争で、破壊行為は禁止されていない。あくまでも
ここはエヴォ総合学園の敷地内。草木生い茂る自然空間。公園のような場所。
つまり、ミナの能力とは相性の良い立地条件が整っている。ここならば、建物の崩壊の危険性は一切ない。
ミナの能力の最大範囲はおよそ二百メートル。他の走者への安全を考慮し、五十メートルへと範囲を絞る。
範囲内に確認できるロボットは非常に多い。
コースは決められており、そこから出ていくことは違反行為として失格する。これを示すように道の両脇にはコーンが設置されている。
ロボットが居るこの場所はコースより広い範囲を動き回れるが、勿論制限されている。
以上のことから考えられる、最も厄介な妨害工作は何か。既にそれは行われていた。
「──はは。凄いことを考える!」
コースを妨害するようにプログラムされた巨大ロボットを倒すことにより、そのルートを閉鎖する。
更に範囲内において無差別に爆撃を行うことで土煙を発生させ、場を混乱させたのだ。
事態を正確に把握できた人物は極わずか。
制限状態とはいえ、当たれば気絶必至の爆裂に当たり意識を失った者。土煙に巻かれ、混乱し、身動きが取れない者。倒れたロボットを超える手段がない者。
彼らは全員、この時点で走者ではなくなった。
「よし。これで」
大多数の参加者はこれで進行不可能になった。時間稼ぎもできる。その間にミナはもう一度差をつけようと走り始める。が、突如としてとんでもない風圧が彼女を襲った。
「きゃっ!?」
ミナの体が少し浮くほどだった。体制を崩し転がる。そのまま体制を直し、立ち上がる。
彼女の目線の先には、拳を突き出したビリーの姿が写っていた。
「ただの⋯⋯ただの、拳で?」
拳を突き出した。ただそれだけで人を吹き飛ばすだけの風圧を発生させたのだ。
レベル4とは言うが、ビリーの能力出力はレベル5基準でも上位だろう。
「手加減はできない。けど、君は厄介になりそうだからここで止めておかないといけないね」
超能力『
操作を誤れば肉体を破壊することになるが、それ相応の破壊力を有する。
(やっぱり速い!)
地面を踏み込むと、沈んだ。それほどの脚力。次の瞬間には正面だ。テレポート系能力者を相手にでもしたようだった。
そのまま腕を首に回し、足を払い、地面に叩きつけようとしている。だがミナは爆裂による反撃防御を行い、ビリーを退ける。
もう一度閃光を見せるが、ビリーは目を腕で隠して回避。しかしミナは回し蹴りを叩き込む。
が、蹴ったというのにビリーはまるで怯まなかったし、微動だにしなかった。まるで壁を思わせるほどだった。
すぐさまミナは距離を取る。
「⋯⋯女の子だからって、組付きしかしないなら同じですよ」
「流石に殴ったり蹴ったりはできないよ。君が女の子だからっていうより、怪我させちゃうから。君だってそうだよね?」
閃光をわざわざ使っている理由を当てられ、何も言えない。
ただ、確実に言えるのは、ミナはビリーに足止めされているということ。リエサがゴールしなければ、負けるのは自分たちである。
仮に逃げようにも、ミナはビリーより速く走れるとは思えない。かと言って彼を抑えることもできない。
(⋯⋯なんとかしないと。何か、現状を打破する方法は⋯⋯)
ビリーに中途半端な爆裂は通用しない。通用する爆裂を撃てば彼を怪我させてしまうだろう。そしてそこまでいくと、躱されてしまうだろう。
怪我承知なら兎も角、それさえ許されない状況だ。あくまでこれは体育祭。出血沙汰は避けるべきだ。
つまり、最善策はビリーから逃げること。しかし、身体能力で負けていて、重力の影響で飛べないミナが、なんとかして逃げる方法はないように思われた。
考えなくてはならないが、考えさせてくれるわけではない。ビリーは絶え間なくミナに組み付こうと迫ってくる。
ミナは何とかいなしつつあるが、体力がどんどんと削られているし、時間も稼がれている。
そんな一進一退を繰り返していると、ミナは遂にヒントを掴んだ。
「────!」
ビリーを見ていて思ったことが一つあった。それは、彼の身体能力への違和感だ。
適宜身体強化のために能力を使っている様子が見受けられる。だが、その様子がないときでさえ、彼の身体能力は普通の人間のそれではない。
能力因子による肉体変化と同一のものか? それもあるだろう。
しかし、覚える違和感。ただの肉体変化で片付けられる範疇を超えているという、勘。
「なら、こうすれば!」
ミナはビリーから得たヒントを、自らの能力に応用する。簡単にしてのけた。だからそれを見たとき、ビリーは驚いた。彼でさえこれを会得し、使いこなすのは一筋縄ではいかなかったからだ。
「能力の常時発動! 一部分だけでなく、全体の強化!」
肉体強化を常時発動させることで、基礎的な身体能力を向上させる。全身の筋肉に能力を適応させるという高難易度技だが、その分だけ強くなる。
ミナはこの使い方を、自分の能力でやってみせた。
「見ただけで盗むのにも驚きだけど、君の能力、爆裂を発生させるものじゃないの⋯⋯? え、どういうこと?」
「爆裂は能力操作の結果。わたしの能力は星屑みたいなこれを操るものです」
「⋯⋯?」
星屑は星屑だ。能力の名前の元でもある。通常は視認不可であるが、ミナの操作により反応を示したときにのみ、他の人間にも視認可能となる謎物質。
ミナは星屑を理解できているが、「炎とはなにか」を説明する際に熱と光を発するエネルギーであると言う以上ないように、星屑はそういうエネルギーであるとしか言えない。
「えー⋯⋯エネルギー? こう⋯⋯わたしにだけ扱える特殊なエネルギーというか、電気とか火とかと同じです」
「⋯⋯???」
「まあとにかくなんか凄いエネルギーです。ほぼ無尽蔵に引き出せて、爆裂させたり、体に回せば身体能力が上がるようなものなんですよ」
電気機器により強い電流を流せば、許容量を超えない限り性能がアップする。勿論人間に電流を流せば下手をすれば死ぬが、星屑というエネルギーは、電気機器にとっての電流と同じく、人間の性能をアップさせるものであった。
ただ、勿論許容量もあった。ミナはそれも感覚で把握できている。
能力の最大出力を100%とした時、自らの肉体に流せ、かつ問題ない最大出力は3%程度。無理をすれば5%まで引き出せ、一瞬だけなら7%だろう。これを超えると肉体が損傷する諸刃の剣となるかもしれない。
ミナが能力を使ったとき、彼女の体は少し輝いている。星屑のエネルギーが廻っているということなのだろう。
「よく分からないけど、どちらにせよ能力の常時行使は身体に大きな負荷が掛かる。そう長くは保たないよね。僕がそうだったから」
「問題ないです、先輩。あなたから逃げるくらいなら!」
現在の出力は3%。操作は全て勘もしくは感覚。
ミナはダッシュする。速い。
「だけど、追いつける!」
身体強化の倍率としてはビリーの方が高い。元の筋力でもそうだ。ミナが彼に対して身体能力で勝つことはできない。
しかしそんなことは想定済み。追いかけて来たビリーに対して、ミナは即座に反応する。
回し蹴り。ビリーはそれを受け止めた。だが、予想より遥かにパワーがあった。まず間違いなく、華奢なその体からは想像もできないほどだった。
(元の力。さっきのスピード。倍率を考えると、どう考えてもこの一撃のパワーは強すぎる⋯⋯まさか)
ビリーもやっていることだった。だから想像が付いた。でもこれは、彼が特訓してようやくものにできた技術。
それを、つい先程、能力を身体強化に応用し始めたミナが、殆ど感覚だけでやっているという事実。
インパクトの瞬間のみの、部分的な出力上昇だ。
耐えきれず、ビリーは蹴り飛ばされてしまう。ガードに使った両腕が痺れている。それほどのパワー。外見に似合わぬ超筋力。
「⋯⋯天才揃いのレベル5でも、別格なのは君で二人目かな⋯⋯」
ミナのことは女の子だからと、手加減はせずとも手段は考えていた。できるだけ痛い思いをさせないように組付きしかしないようにしていた。
しかし、もうそんな領域ではない。
彼女は天才だ。
この短期間で彼女は成長している。してしまっている。
これ以上は、なりふり構っていられない。
「正真正銘本気でやる」
精々、顔を殴らず、治らないような怪我をさせないように注意するくらいだ。
ビリーはようやく、本気となった。
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