第8話 学園大体育祭①

 学園大体育祭、当日、午前九時半。

 会場となるエヴォ総合学園のグラウンドには大勢の生徒、観客、報道陣が集まっていた。

 皆が熱気に当てられ、体育祭の始まりを今か今かと待ち侘びている。

 頑張るぞ、とか。やってやるぞ、とか。気合のこもった声が至るところから聞こえてくる。それを聞けば聞くほど、体育祭に向けての熱意がどんどんと強くなっていくようだ。

 何せ学園都市中の学校が参加する催し物。ここでの勝利とは、即ち学園都市のトップであるという証明だ。


「うわぁ⋯⋯。凄いね。リエサ。今まで見ているだけだったあの舞台に、わたし達が立っているんだよ」


「そうね」


 体育祭ということで、生徒の服装も勿論体操着だ。学生服は個人によってデザインが違うが、体操着は同じ。

 ミース学園の体操着は基本的に白色。学年によってアクセントの色が異なるだけだ。

 ミナはジャージなどは着ておらず、そのまま夏服。リエサは上だけジャージを着ている。


「憧れてたわけではないけど、いざ立ってみると違う」


 いつもテンションが一定で、動じることも少なく、こうしたイベントでも浮かれることのないリエサでも、興奮は隠しきれないようだった。


「でも、気を抜いちゃいけないから」


 ミナたちは参加者であるが、同時にこの体育祭の裏で行われている『能力覚醒剤』の取引現場を見つけ出し、尻尾を掴まなければならない。


「分かってる」


 二人はそれから何気ない会話をしたりしていると、三十分はすぐに過ぎ去った。

 やがて、時間が来た。午前十時。学園大体育祭の開幕の時間となる。

 その瞬間、音楽が流れた。ファンファーレだ。人々の心に火を灯すような、期待感を刺激するような、煽るような。これがなくては開会式ではないと思わせてしまうような、そんな曲が流れた。

 空は青く澄み渡っている。雲一つない快晴。正に体育祭日和。

 先程まであった騒々しさは嘘のように消え去り、会場は静寂に包まれていた。その中、エヴォ総合学園の校長が登壇し、開会の挨拶する。それが終われば優勝杯を、昨年の優勝校ミース学園が返還する。


「あれは⋯⋯」


 優勝杯を持っていく生徒に、ミナは見覚えがあった。紫色のショートヘア。忘れることのない人物だ。


「知ってるの?」


「うん。二年前、わたしの命を救ってくれた人。ミース学園に入るきっかけになった人だから」


「へぇー。⋯⋯え、ミース学園に入ろうとしたのって、その人と一緒の高校に行きたかったから?」


「そう。⋯⋯変?」


「⋯⋯まあ、いいんじゃない」


 返還の次は宣誓である。

 エヴォ総合学園から、二人の生徒が登壇する。

 一人は風紀委員長、白石ユウカ。そしてもう一人は、茶髪の男子だった。身長はユウカほどではないが低い。しかし、ジャージに隠れて分かりづらいがかなり鍛えられている。


「選手宣誓」


 二人は声を合わせる。


「僕たち」「私たちは」


「チームメイトと力を合わせ、全身全霊、全ての種目に取り組み、一生懸命最後まで戦い抜くことを誓います」


 宣誓を終え、最後に閉式の挨拶が行われてから、早速次のプログラムが、司会者から発表される。


「一種目目は障害物競争です。エヴォ総合学園敷地内の決められたコースを走ります。勿論、超能力の使用は許可されていますが、飛行する場合は制限高度があります。また、器物の破壊も概ね認められておりますが、無闇矢鱈に破壊することは自粛してください」


 要はやりすぎなければ何やっても良いと言うことである。

 学園大体育祭が注目される最大の理由。それは超能力を制限ありとはいえ使用が許可されていること。

 障害物競争では、能力を使った奇想天外なこと、大逆転勝利などの手に汗握る展開が毎年起こっているため人気の種目である。


「ミナってこれに参加していたはずよね」


「うん。わたしの能力的に有利だし、何より楽しそうだったから」


「じゃあ勝負ね」


「⋯⋯え? リエサ、これには参加していなかったはずじゃあ」


「怪我で出場できなくなった人が居るらしくてね。代打で私が出ることになったの。というか知らなかったの?」


 ミナは完全にそのあたりを気にしておらず、今の今まで知らなかった。見れば分かるような傷ではない。その人は足を捻ったらしい。走れないことはないが、自主的に代打をリエサにお願いしたというわけだ。


「⋯⋯折角だし、賭け事しない?」


「⋯⋯乗った」


 二人は親友だ。だがライバルでもある。勝負するともなれば、こうしてよく賭け事をする。


「よし。じゃあ負けた方は勝った方の言うこと聞く。なんでも」


「ふふふ。ミナに何お願いしようかなっと」


 リエサは早くも勝者気分だ。色んなことを考えているのが目に見てわかる。


「わたしの方が有利なのに、そんな浮かれてていいの?」


「あんたの能力は良く知ってるからこそ。あと、私の能力も競争ならかなり強いから」


 二人は笑いながらも、負ける気はないと言外に表す。

 これほどの晴れ舞台。仕事もあるとはいえ、折角の体育祭、楽しまなければ勿体無い。

 ミナとリエサは、障害物競争の集合場所に向かった。


 ◆◆◆


 閉式から十五分後。遂に一種目目の障害物競争が始まる。

 総参加者数千名のうち、前日に行われた予選を勝ち抜いた五十名が本戦に参加している。

 コースはエヴォ総合学園の敷地内にある。事前情報は一切なく、走ってからのお楽しみだ。

 しかし距離と時間は伝えられている。その距離およそ十五キロメートル。制限時間は四十五分。しかし、四十五分が経過していなくても、先頭がゴールした場合、制限時間はその時点で残り十分となる。

 この競争には完走得点があるし、無視できたものではない。制限時間以内にクリアすることは必須事項だ。

 逆に言えば、先頭は他と大差を付けてゴールすることで、最初から点数をリードすることができる。

 つまり、この障害物競争は最初にして重要な種目であるのだ。


「⋯⋯いやー、凄い。ここにいる全員、高位能力者だよ」


 他の能力者のレベルを見ただけで分かる超能力者は珍しくない。ミナもその一人である。能力を見ればほぼ確定だ。強いて言うのであれば、戦闘能力や実用性を見てるだけであるため、研究価値は分からないこと。そのため、出会った頃、リエサのレベルは自分と同等であると思っていた。


「案外楽勝ってわけでもないかも。⋯⋯まぁ、負ける気は一切ないけどね」


 ミナが決心したところで、障害物競争の開始の合図が突然鳴った。カウントダウンもなかった。

 いつ始まったとしてもおかしくない⋯⋯この体育祭は、そういうものだ。

 だが、ここにいる人たちの中で、出遅れた者は居なかった。それどころか、この瞬間から戦いは始まっていたのだ。


「──っぱね!」


 一瞬にして、スタート地点の地面が結晶化した。その場に居た参加者の大半が足を取られてしまった。

 これができるのは、ミナが知る限り一人。


「悪いけど、下手に動けば皮が剥がれるから無理しないで」


 彼女ならば何かする。そう思ってミナは警戒していた。だから結晶化から逃れられた。


「リエサ!」


 ミナ以外にも何名かが結晶化を回避している。囚われたとしても結晶化から逃れていく人たちも居た。だが、大多数は逃れることができないでいた。

 戦闘を走るのはやはりリエサ。結晶は氷のような性質を持つ。当然、その上を滑ることも可能で、彼女は道を作り、スケートの要領で移動していた。

 いち早く対処したミナも能力を使い、飛行する。制限高度は示されているため、それ以上は上昇しないようにした。

 遅れて、何名かの参加者が走るなり飛ぶなりして追いかけてきた。

 完全に囚われた人たちは大幅な遅れを取ったり、場合によってはリタイアしていた。

 能力による妨害はありとは言え、例年、初っ端からリタイア者が何名も出ることはなかった。


「ふむ。これが第一関門ってわけか」


 先頭を走っていたリエサは、一つ目の障害物に辿り着いた。

 巨大な長方形の穴が空いていた。細い道がいくつか対岸に繋がっている。迂回を阻止するように柵が立て掛けられており、そこにはきちんと「乗り越え禁止」の看板がある。

 また、細い道は迷路のようである。一本道ではない。


「落ちれば強制リタイア。飛行能力があれば有利⋯⋯ミナなら、簡単に突破できる」


 勿論だがリエサは飛行できない。

 しかし、彼女は足場を自分で作ることができる。そして足場は自由に消失させられる。

 先程と同じように結晶の道を作り、滑っていけば何も問題はない。

 ──が、ここの障害物でもっとも危惧すべきは、そこではなかった。


「さっきはよくもやってくれたね、リエサ!」


「もう追いついてきた⋯⋯」


 そう、他の走者からの妨害である。

 ミナと同じように、リエサに追いついたのは彼女含めて五名。そして全員がリエサを最も警戒している。結晶化は妨害能力としては一番厄介だからだ。高度上限まで壁を作られただけで面倒極まりない。

 そしてリエサは、壁作りをやろうとしている。それも、体温を低下させることになるが、かなり大規模な範囲で。


「させるか!」


 とある男子生徒がそう叫び、作りかけられた結晶の壁を燃やそうとした。結晶を氷と判断し、溶かそうとしたのだろう。

 だが、結晶は表面が炙られるだけで溶けることはなかった。


「なっ!?」


「溶けない!?」


 リエサの結晶はそう簡単には溶けない。これが溶かせるのであれば、石ぐらい簡単に融解させなくてはならないだろう。

 いくら参加者の殆どが高位能力者であっても、文字通りリエサはレベルが違っていた。


「⋯⋯一応わたし達チームなんだから、協力すべきなんだけど」


 この体育祭は学校が一丸となって勝利を掴むルールになっている。競技の順位により、応じたポイントを獲得し、その総合点数がその学校の点数となる。

 つまり、この障害物競争ではミナとリエサの二人がトップツーを独占することが最善だ。ならば協力は必須事項である。


「ま、勝負だし。あと、それだけ信用しているってことね」


 ミナはリエサの結晶の壁に手の平を翳した。

 出力、最大。範囲を絞り、圧力を上昇させるよう操作する。

 爆裂が至近距離で発生したが、ミナは全くの無傷。そして結晶の壁には人一人が通り抜けられるくらいの大穴が空いた。


「⋯⋯柔らかい。硬度調整したね。これなら出力最大じゃなくても良かったかな」


 ミナは穴を通り抜ける。それを見た他の参加者もそこを通ろうとしたが、


「おっと、通らない方が良いよ」


 星屑が舞い、瞬間、爆裂が生じた。そして直後、結晶の壁の穴は塞がった。


「自動修復機能あるから。下手に通れば押しつぶされちゃうよ。死なないようにしているだろうけど、動けなくもなるはずだから」


 リエサの射程は無限。能力により結晶を生み出せる範囲は視界内か、座標を把握していなければいけないが、一度生み出した結晶は例え地球の裏側であろうと操作できるだろう。勿論離れれば離れるほど精度は悪化するが、0と1の操作ならばどんなに離れていてもできる。


「⋯⋯ミース学園の一年生。ピンク髪の女の子は有名なレベル5。もう一人の子は⋯⋯確かあの中学校の風紀委員長だったかな」


 開会式で、エヴォ総合学園の男子生徒代表として宣誓した人物。彼もこの障害物競争に参加していた。

 エヴォ総合学園の二年生。小柄ながらも筋肉質で、優しそうな顔つきの少年。その名は、ビリー・マクスウェル。


「凄いなぁ。一年生なのに、上級生全員置いてけぼりだ。これじゃあ恥ずかしいよ」


 言葉に反して、ビリーの口角は上がっている。彼はそういう人間だ。ピンチをチャンスに。

 

「だからまずは、この壁を⋯⋯」


 ビリーは能力を使った。その影響で、彼の右腕に赤い稲妻のようなものが走る。

 彼の能力は電気系か? 否。この稲妻は単なる現象。風圧とかオーラとか、それと同じ類だ。

 ビリー・マクスウェルの超能力は、非常にシンプル。シンプルな肉体強化系超能力。

 名を──『超筋力スーパー・パワー』。


「──ブッ壊す!」


 自動修復はリエサへの負担を軽減するため、はしていない。全体の結晶を流用し、空いた穴を塞いでいる⋯⋯つまり壁の質量自体は変わらない。破壊されれば、破壊されただけ質量は減っていくのだ。

 ビリーが能力を使い、拳を突き出す。たったそれだけで、結晶の壁全体にヒビが走り、瞬く間に崩壊した。自動修復は不可能なまでに破壊された。

 ビリー含めその場に居た全員が走り出し、二人を追い掛ける。


「ビリー、全部ぶっこわしちゃァ、邪魔が多くなるぞ? 良かったのかよ」


 障害物競争には一つの学校から二人が参加している。エヴォ総合学園も同じである。

 そのもう一人の男子生徒──同じくエヴォ総合学園二年生、ルーク・アラムディン。ビリーとは幼馴染であり、やや荒くたい性格をしているが、悪い人物ではない。


「あの先頭二人に勝つ為には、残りの走者全員を行かせたほうがいい。僕とルーちゃんだけで相手にしたら、結構厳しいと思うよ?」


「⋯⋯まあ、そうかもな」


「⋯⋯珍しい。いつもなら『んなわけねェだろ! 俺だけで十分だわ!』とか言うのに」


「俺を何だと思ってやがる!? そんな節穴じゃねェよ」


 星華ミナの『仄明星々スター・ダスト』と月宮リエサの『冥白結晶ホワイト・クリスタル』は、下手な三年生や二年生の超能力者──勿論『三大学校』所属のエリートたち──よりも厄介だ。


「お前のさっきのヤツ、そこそこ本気でやったろ」


「75%程度。ここまで出力上げたの、君と本気で喧嘩したとき以来だよ」


「⋯⋯建て替え前の校舎ブッ壊したあの時か」


 ビリーはこれがリエサの全力ではないことを薄々感じ取っている。だからこその判断であった。


「ささ、もっと早く走ろう。このままじゃ追いつけないよ」


「指図するな。置いていかれるなよ」


 ビリーは能力で脚部を強化し、ルークは引きつけられるかのような動きで先頭を追いかけるように飛行した。

 その速度は凄まじく、やがてすぐにリエサとミナに追い付くだろう。だが、他の走者も負けじと速度を上げる。様々な能力者が、多種多様なそれの使い方を見せた。

 これが学園大体育祭の醍醐味である。

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