第7話 体育祭の準備
ミース学園の学区内にあるとある病院にて。
ミナはそこに通院していた。これと言って包帯を巻いているとか、骨が折れているとかはもうなかったが、念の為の検診だ。
「⋯⋯うん。もう大丈夫そうだね」
病院の医師である小柄なお婆さんは、ミナの体にあった傷の箇所を見て、そう判断した。
下着姿だったミナは服を着直した。
「可愛いお顔なんだから、あまり無茶して傷つけちゃ勿体無いよ? 私の能力でも限度はあるんだから」
医師のお婆さんも超能力者である。今では珍しい、初期の超能力者だ。開発技術は当時より今の方が優れているが、超能力自体はそこまで差がない。今のほうが効率よく超能力を得られるというだけだ。
お婆さんの超能力は『
「⋯⋯気を付けます。先生、ありがとうございました」
「いえいえ。お大事に。また世話にならんようにね。あんたじゃあ、近いうちに来そうだけども」
「あはは⋯⋯。はい。本当に、気を付けます」
ミナは医師にお礼を言ってから、その場を立ち去る。
通院は今日で最後だ。傷も完全に治りきっている。だからミナはこれからメディエイトに顔を出すつもりだ。
病院近くの駅から電車に乗り、揺れること十分。また、しばらくそこから歩いて、ミナはメディエイトの事務所に到着する。靴を見る限り、既に全員集まっていて、彼女が最後に来たらしい。
「こんにちは」
メディエイトの事務所は六角形の建物である。二階建てであり、応接間──普段アレンたちがいる場所は二階にある。
他にも休憩室やシャワー室、射撃訓練施設、書斎など⋯⋯一通りの施設は整っており、暮らそうと思えば暮らすことができる。実際、アレンは別に自宅を持っているが、メディエイトで生活している期間のほうが長いとかなんとか。
応接間には、ソファがテーブルを挟んで二つ。アレンが普段座っているデスク。観葉植物が部屋の隅にあり、脇には書類が纏められたラックがある。
アレンはデスクに座っており、他の面々はソファに座っていたり、持ってきた椅子に座っていたりしている。
「星華。傷はもう大丈夫なのか?」
「はい。傷跡もありません」
「そうか。なら良かった」
アレンはそう言ってから立ち上がる。ミナが来たことで話を始めるようだ。それを察して、全員、アレンに注目した。
「さて。これから皆知っての通り、学園都市で体育祭が開かれる。学園都市中の高校が集まっていてやる大規模な催し物だ」
学園都市が発足し始めた一九四○年。その十年後から始まった学園大体育祭。今やルーグルア国の一大イベントとして、国内、国外問わずに注目されるようになった。
その日だけは、学園都市に一般人でも入ることができる。
ただ、普通の体育祭をやるだけではここまでは注目されない。
「超能力の、基本制限ありとはいえ使用が許可される日。故意、偶然問わず事件が起こりやすくなる。そして、外部の人間を迎える以上、治安悪化、犯罪行為の多発も危惧すべきだ」
学園都市の超能力技術は、よくも悪くも外の世界から注目される。それを実際に目で見ることができるのだ。
過去には能力者の誘拐事件なんてものさえあった。外に流出することはなかったとはいえ、凶悪犯罪もあり得るのだ。
「以上のことから、学園都市の理事会からメディエイトに、体育祭時の治安維持⋯⋯要は普段以上のパトロールの頼まれた。しかし、メディエイト一つだけでは到底できるはずがない。そういうわけで、今回はチームアップすることになった」
「チームアップ、ですか」
アルゼスはメディエイトに一年ほど所属している。チームアップなども何度もやったが、大抵メディエイトと同じ特異機関だった。
「ああ。今回の相手は、今回の体育祭の主催主でもあるエヴォ総合学園の風紀委員会だ」
しかし、こうして学校の委員会とチームアップするのは初めてであった。
「レオン君の高校だね」
エヴォ総合学園。超能力だけでなく、軍事や医療、工業などを始めとしたあらゆる科学技術を網羅する高校だ。
そして⋯⋯、
「⋯⋯エヴォ総合学園⋯⋯か」
嫌な顔をしたのはリエサだった。その意味を知るのはミナと、あとレオンである。その他の面々は、彼らがなぜそんな顔をしているのか分かっていなかった。
「何か嫌なことでもあったんですか?」
ヒナタは三人に向かってそう聞いた。ヒナタの問に対して、レオンが答える。
「オレ個人としては気にしてないんだけど、エヴォ総合学園とミース学園は仲が悪いんだ」
レオンの説明に補足するように、リエサが続けた。
「ミース学園は宗教系の学校で、古きを重んじる校風。対してエヴォ総合学園は時代の最先端を追い求める校風。昔、両学校がその価値観の差から衝突した。そのせいで互いに毛嫌いしている感じでね⋯⋯」
エヴォ総合学園の科学技術発展の為の開発事業。それがミース学園には気に入らなかったらしい。これが両学校の仲の悪さの原因だ。
ミナとリエサ、レオンはそういう衝突を知らない世代だし、それぞれがその学校に入った理由は自分に合っているからだ。
しかし、親がその学校出身であるとか、身内全員その学校に行っているとか、学校の校風に惹かれてとかでその学校に行く人たちは特に、互いを嫌悪している傾向にある。
「風紀委員会は自分の学校を好き好んでいるから、ミース学園所属の二人を毛嫌いする可能性はある。勿論、そういうのは少数だし実際に手を出してくるのはもっと少ないとは思うんだけどな」
「何事もなければ良いんだけどね」
と、一抹の不安を抱えつつもメディエイトは自治委員会と協力することになった。
「で、だ。明後日の金曜の昼からエヴォ総合学園の自治委員会と面会する。それぞれの学校には既に連絡してるから問題ないが、一応担任に確認だけしといてくれ」
五人はアレンに「分かりました」とだけ伝えて、日々の業務を始める。
その日は何も事件がなかった、わけではない。迷子とか落とし物とか喧嘩とか、ありはしたがそこまで大きいものはなかった。
放課後から始まるため、帰るのは夜。寮のご飯の時間に間に合うように、ミナとリエサは急いで帰った。
◆◆◆
時間は過ぎて翌々日の昼前。午前中の授業を終えてから、ミナとリエサはエヴォ総合学園に向かう。
学園都市は広大であり、メディエイトがある場所まで行くには電車が必須だ。それでも半時間あれば十分である。
駅から徒歩五分の場所に目的地である学校はあった。H型のビルのような特徴的な外観をしている。
「全員居るな。じゃあ行こう」
レオンを除いた残りのメンバーの集合を確認し、集合場所である三階の会議室に向かう。道中、何人かの学生がミナとリエサに目を付けていたが、特に何事もなく会議室前に辿り着いた。
そして、アレンが扉を開いた時だった。
──雷を纏った釘が飛んで来た。
反射的にミナは爆裂を発生させ、その釘を爆散させる。
「ちっ⋯⋯ミース学園の野郎め⋯⋯」
電流を利用し、釘を射出する。今のは所謂レールガンというものだった。軌道上には誰も居らず、ミナが爆散させずとも被害はなかったが、やって良いことと悪いことがある。
「何やってるんだ、エドワード」
「しかし委員長! ミース学園の奴が居るんですよ!? 協力なんて⋯⋯!」
エドワードと呼ばれた長身の男子生徒が、レールガンをぶっ放した輩の名前らしい。金髪、赤色の目。風紀委員共通の制服を着ている。
そして、その男子生徒を咎める女子生徒がエヴォ総合学園の風紀委員長。白髪に紫色の目。小柄な少女であるが、威圧感からか、実際より大きく見える。
「これはとんだ失礼を。申し訳ありません。アレン・T・エドワーズ機関長」
風紀委員長は謝罪の言葉と共に頭を下げる。エドワードはその様子に酷く動揺したらしく、慌てていた。
「そちらの方も、すまなかった」
彼女はミナの方にも謝罪した。
「いえ⋯⋯」
危惧していたように、突然手を出されたかと思えば、次の瞬間には謝罪の言葉が述べられている。ミナからすれば困惑でしかなかった。
そうこうありつつも、ミナたちは会議室に入り、それぞれの椅子に座る。メディエイトの面々と、四人の風紀委員が対面に、上座、下座にそれぞれアレンと風紀委員長が座る形だ。
全員の着席を確認してから、凛々しい顔立ちの紫髪の女子生徒が司会を担当する。
「これより、風紀委員会とメディエイトの、体育祭時共同パトロールについてお話致します。では、風紀委員長、お願いします」
「メディエイトの皆様、本日はご足労頂き、ありがとうございます。そして改めて、先の無礼、お許しください」
委員長に二度も謝らせたためか、エドワードの顔がどんどんと青くなり、表情も強張ったものになっていく。まるでこの後説教が、それも並々ならぬものが待っているかのようだ。
「まずは自己紹介から始めましょう。私は風紀委員長を務めさせていただいている
エヴォ総合学園、風紀委員長、白石ユウカ。
レベル6超能力者の一人であり、その序列は第七位。しかし、実力主義のエヴォ総合学園の風紀委員長をやっていることからも分かるように、彼女の戦闘能力は同じレベル6でも頭一つ抜きん出ている。
世間では、彼女よりも強い能力者は第一位を除いて存在しないと言われるほどの実力者だ。
ユウカの後に、それぞれ自己紹介を続けた。
司会役のアイリス・ド・アズナヴァール。紫色のボブヘアが特徴的な、凛々しい顔立ちの女子生徒。
エドワード・ベーカー。金髪に赤色の目。良くも悪くも普通の印象がある。しかし先の行動でそんな印象はまるでなくなった。
ハリー・ワトソン。眼鏡をかけた大人しそうな男子生徒。背も高くない。焦げ茶色の長髪で、髪を結んでいる。
ライナー・ミュラー。短めの黒髪で、緑色の目をしている。逞しい体付きをしており、顔つきからも同学年とは思えない。
「自己紹介も終わったことですし、早速本題に入りましょう。まずは巡回場所ですが⋯⋯」
「一ついいか?」
アイリスの言葉に、ライナーが疑問を呈した。彼女はライナーに目を向け、無言で了承の意を示す。
「すまない。少し遮らせてもらう。⋯⋯例年通りなら、体育祭のパトロールは我々だけで十分だ。過去の他の学校主催の体育祭でも、その学校の風紀委員会などで問題なかった。ならなぜ今回はこうしてメディエイトと協力することになっているんだ? ああ、メディエイトと協力することに不満を持っているわけではないが⋯⋯」
風紀委員会は、何もここに居る彼ら四人だけが所属する委員会ではない。実際にはもっと多くの人員が居る。彼ら四人は、風紀委員の幹部のようなものだ。
そんな質問にアイリスが答えるよりも、先にアレンが答える。
「君たちも風紀委員なら、『能力覚醒剤』を知っているはずだ。近頃、覚醒剤を使用した犯罪行為が数多く発生していることも」
「⋯⋯勿論、知っています」
「まあ、つまりだな。要約すれば⋯⋯体育祭中に、その取引が行われることが分かった」
この情報はメディエイトの面々にも伝えられていなかったものだ。アレン以外の全員が、程度に差はあれど驚きを隠せなかった。
「⋯⋯わざわざこの会議室を指定したのも、もしかして⋯⋯」
ここで話をすると言ったのは誰でもない、アレン自身だった。
そしてこの会議室は、防音設備が整っている。盗聴対策も万全で、万一漏れるとすればこの会議室に居る人物が言いふらすぐらいだ。
「S.S.R.F.が学園都市の理事会と協力し、覚醒剤に関する情報を集めた。その一つには取引の日時、場所もあった。⋯⋯今まで仲介人を何人も挟んだ取引は見つかっていたが、今回のは特別でな」
「それってまさか」
「そのまさかだ。アルゼス。大元が絡んでいる」
事件が深刻化してから早二ヶ月。遂に彼らは『能力覚醒剤』の大元にまで辿り着いた。この捜査を成功させれば、組織のアジトも割り出せるだろう。
そして今回、その重役を任されたのはメディエイト及び風紀委員会だったというわけだ。
「風紀委員会がパトロールをしてたって、不自然じゃない。警戒こそされはするだろうが、取引中止まではいかないはずだ。そこをメディエイトと協力し、取引現場を抑える」
絶対に失敗できない任務だ。この体育祭の裏際で行われている取引を見つけ出し、流通源を特定しなければ、学園都市の治安はより悪化していく。
「現場は三ヶ所に絞れている。今日は誰がどこを担当するかを決める。何か異論や質問がある者は?」
アレンの問には誰も何も言わなかった。
「⋯⋯何もないな。⋯⋯では、始めてくれ」
「⋯⋯あ、はい。じゃあ⋯⋯そうですね、こうしましょう」
アイリスは手元にある資料──おそらく各人の能力などの情報を見ながら、チーム分けの提案をした。
その後、微調整、修正をしつつ、当日に向けての準備を終わらせていく。
全部終わったのはそれから三時間後。丁度、学校が終わろうとする時間だった。
メディエイトは現地解散し、各々自分の寮に戻っていった。
──そして一週間後、様々な思惑が入り混じった体育祭が始まる。
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