第6話 一件落着?

 超広範囲に渡る白結晶の展開。それは最早、擬似的な氷河期であった。

 リエサは男に走り出してきている。速い。だが問題なく対応できる。そう思った男は刃のある拳を突き出そうとする。


「む⋯⋯!?」


 しかし、リエサは、突如として空中に作り上げられた結晶を足場に跳躍し、男の拳を避けた。

 そして男の頭を蹴りつける。能力を応用した硬質化により防御したが、衝撃までは防ぎ切れなかった。

 更に落下しつつ殴りつける。拳には結晶で作られたメリケンサックを付けていた。


「くっ!」


 リエサの拳は傷ついた。結晶が割れるほど硬質なものを殴ったからだ。しかし、体に結晶を覆わせることによって冷却し、痛みを軽減する。


(こいつが適応しているのは結晶の強度と冷たさのみ。⋯⋯突破法は、適応されていない攻撃にて即座に葬ること。もしくは防御される前に殺すこと)


 結晶の操作パラメータは四つ。強度、温度、そして速度と範囲。速度は言い換えれば威力、範囲は物量と言える。

 つまり、リエサができる行動。それは、


(⋯⋯大質量の結晶を、最大スピードでぶつける。だけど⋯⋯)


 この辺りの住民は避難済みだ。おそらくリエサの全力でも、避難していない地域にまで攻撃の余波がいくことはない。

 ただ、それをやってしまえば辺り一帯が更地になる。

 あるいは、硬質化される前の生身の肉体に攻撃を加えることができれば良いのだが。


(周囲への影響を考えて、とりあえず今は物量で攻めよう)


 防御を突破することはせず、そもそも防がれる前に、つまり生身に攻撃を直接叩き込むのだ。

 リエサは近接戦を仕掛け、同時に結晶の弾丸を四方八方から撃ち込む。能力の演算による負荷は凄まじく、既に頭痛がする。その上、能力の過剰行使ラインは優に超えているため、体温の低下も問題だ。

 一か八かの最大火力を引き出す為の余力も考えれば、戦える残り時間は少ない。


「どうした! 動きが鈍ってきているぞ! 殺すんじゃなかったのか!」


「うる⋯⋯さいっ!」


 回し蹴りは回避されるのではなく受け止められてきている。結晶の弾丸も尽く弾かれている。

 動きが鈍くなっているのが実感できた。このままでは、切り札を切るしかなくなる。そうなれば、被害は尋常ではない。

 ただ、ここで死ぬよりは、この犯罪者を野放しにするよりは断然マシだ。

 あと一回のラッシュで仕留め切れなければ、やるしかない。


「これを耐えられたら⋯⋯殺ってあげる! さあ!」


 結晶の弾丸の生成数、速度──可能な限り。

 対象を中心に、四方八方、全方位に無数の弾丸を生成。そして即時、急加速し、敵を撃ち抜かんと飛来する。

 男は体全体を硬質化させることはできない。もししてしまえば、運動能力が失われ、そして一時的に硬質化が使用不可能になるからだ。

 何より、この攻撃のあとにあるであろう切り札。安い言い方をすれば必殺技を耐えるには、硬質化は必須。

 男はこの猛撃を完全に防ぐことは諦め、可能な限り弾くことにした。躱すことにした。

 刃物に変化させた両腕を振り回し、結晶を弾く。弾く。弾く。腕がどれだけ熱くなろうと、疲労で重くなろうと、弾き続ける。気合でどんどんと加速させていく。

 絶えず再生成する結晶弾丸。絶えず発射し続ける結晶弾丸。何度でも繰り返す。限界が来るまで、何度でも。

 時間と共に男の体は削れていく。しかし、倒れることはない。血を撒き散らしながらも、その場から動けないほどの物量に押されようと、確かに立ち、攻撃を弾き続ける。

 叫び声を上げ、終わるその時まで耐えきり──遂に、雨は止む。


「────」


 これは最後のラッシュであると同時に、時間稼ぎでもあった。リエサは同時進行でそれを作っていた。

 ──上空から迫り来る、超大質量の結晶の塊。それは冷たき隕石と表現すべき代物だ。そして既に、逃げることができないところまで迫って来ていた。

 リエサは自分の能力であるから、被害は全く受け付けないようにコントロールできる。だから自爆技ではないが、これを繰り出したから、動けなくなるくらい消耗した。

 これで終わりだ。


「それが! オマエの最大火力か! ならばこちらも⋯⋯!」


 男は全身を硬質化させる。これは適応だとかそんな次元の話ではない。

 この攻撃は、レベル6でも防ぐことが困難な領域だ。ましてや消耗している男がまともに防ぎ切ることはできないであろう。


「死ね」


 凍りつかせられない。物量で殺すこともできなかった。ならあとは、男を辺りごと叩き潰すのみ。

 ミナたちならばこの結晶の隕石を視認すれば、範囲外から逃れることはできる。誰も巻き込むことはないだろう。

 男は全身を最高硬度で硬質化させた。あとは耐えるだけ。

 もう少しで、隕石は男を叩き潰すべく衝突する。

 ──その、直前。


「──月宮さん、結晶を解除してください」


 リエサの肩を叩き、そう言われた。声の主は別れたはずのアルゼスであった。


「あとはオレがやりますから」


「⋯⋯⋯⋯」


 確信はなかった。けれど、リエサは不思議とアルゼスの言葉に嘘偽りはないように思えた。だから、躊躇いなく隕石を解除した。

 あれは幻覚だったのかと勘違いするくらい、一瞬で、隕石は消失した。


「⋯⋯ありがとうございます」


 アルゼスはリエサの前に出て、男と対面する。男は硬質化を即座に解除し、臨戦態勢へと入った。


「⋯⋯なんだオマエ」


「オレはアルゼス・スミス。メディエイトに所属するレベル6能力者です。⋯⋯それでは」


 アルゼスが言葉を言い終わったと同時、男は気絶していた。

 その場に彼は居なかった。男の懐にいつの間にか入っており、彼が反応する間もなく、その腹に拳を叩き込んでいたのだ。

 硬質化もしきっていない生身への攻撃は、適応も何もない。たった一撃で男は沈んだのだ。


「⋯⋯え?」


「終わりましたよ、月宮さん。⋯⋯すみません。助けるのが遅れました」


 リエサには今、何が起こったのか分からなかった。気づけば、アルゼスはあの男を一撃で仕留めていた。

 これが、レベル6の超能力者の実力、なのであろう。


「アレンさんの方も終わって、こっちに来てたみたいです。まあ大丈夫と伝えていましたから、とりあえずメディエイトに戻りましょう」


「あ、はい。⋯⋯こちらこそすみません。私にもっと実力があれば」


「いえ。レベル4⋯⋯いや、実質レベル5並の戦闘力であるとはいえ、今の男の相手はキツイかったはずです。むしろここまで生き残っていてくれて、時間稼ぎして貰えただけオレからすればありがたかったです」


 アルゼスの見立てだと、あの男はレベルで言うと6上位はあるだろう。身体能力も、能力のレベルも、リエサより格上だった。

 弱点をつけたからこそ、消耗していたからこそアルゼスは一撃で仕留められたのである。もしまともに戦っていれば苦戦は必至であったはずだ。


「月宮さん、助かりました」


「⋯⋯はい」


 これにて、銀行強盗犯全員の鎮圧が完了した。


 ◆◆◆


「⋯⋯メディエイト、か」


 ミース学園の入学式が終了し、二週間後。今日も授業は全て終わって、イーライは職員室に戻っていた。

 デスクの上に置かれているのは、メディエイトから送られてきた書類。保険関係とか、仕事の日程表とか、あと雇用の旨を伝える文と、その関係書類だ。

 あとはミナとリエサの担任であるイーライが承認すれば、正式に二人はメディエイトに所属する。とは言っても、二人が面接に行った時点で承認は確定していたから、イーライは迷い無く判子を押す。


「しかしまあ、面接初日から仕事。しかもハードなもの。そのせいで二人は三日ほど公休だった。全く、危険なところに行ったもんだな」


 S.S.R.F.に入るのが目的だと言っていた。それくらいはして貰わないといけない。しかし、これはいくらか見過ごすことはできない事案だ。


「説教はしたが、特に星華には意味なさそうだ」


 イーライはミース学園の教師だ。メディエイトに口出しする権利はない。生徒の自由意志を尊重するという教育方針である以上、個人の判断はできない。

 しかし、やりようはいくらでもあった。ミナやリエサのような将来有望株を、ここで使い潰すのはイーライからしてみれば勿体無かった。


「⋯⋯それにしても『能力覚醒剤』。近頃は特に増えてきたな」


 大人だけでなく、最近では学生にも流通が確認されるほど深刻化している問題だ。

 そのルートは未だ不明。というより、何人もの仲介人が居て、出所が特定できないのである。

 これを対処するため、S.S.R.F.は遂に財団にも捜査協力を頼むほどだ。財団が協力して捜査を始めてから、そろそろ半月は経つだろうか。


「RDC財団⋯⋯学園都市の理事長がトップの、都市の要とも言える組織。そこの協力があればなんとかなりそうだが⋯⋯」


 そんな時、イーライの携帯電話は着信音を鳴らした。ポケットから取り出し、画面を見ると携帯番号だけが表示されていた。

 番号に見覚えはないが、イーライは電話に出た。


『──突然のお電話、失礼しました。私はS.S.R.F.の者です』


 女性の声がした。勿論、聞き覚えは無い。そして、彼女は自分自身をS.S.R.F.に所属する者だと言った。

 S.S.R.F.を脱退した自分に何の用事があるというのだろうか。機密情報の漏洩などやった覚えはない。


『イーライ・コリンさんですね?』


「⋯⋯はい。何か、私に?」


『ええ。最近の『能力覚醒剤』の事件についてご存知ですね?』


 イーライは知っていると伝えると、女性は話を続けた。その話を要約すると、次のようになる。

 まず、財団と協力し、捜査するとある程度の流通源を特定できたということ。

 それは、ここ学園都市の至る所にある。

 学園都市は広大であり、ルーグルア国自体がただでさえ大きいというのに、広さはそのおよそ三割を占めるため、とてもじゃないが、現在の人員では短期間では調べきれない。

 しかし、この問題は学生の間にも広まっており、対処に時間をかけるわけにはいかない。何より、相手はこちらの捜索に気づいている可能性がある。

 それによりS.S.R.F.と財団が出した結論は、脱退した元隊員や実力者を社会人、一般人問わず、志願者を募るということだ。


「⋯⋯要は人集めってことですか」


『そうなりますね。当然、この話は他言無用です』


 財団とS.S.R.F.のことだ。情報規制、盗聴対策は万全に行われている。この、言ってしまえば徴兵行為が一般社会に知られることはない。

 心配すべきはそこでなく、


「それで、私に拒否権はあるのですか?」


『⋯⋯⋯⋯』


 イーライは元隊員だ。そして、その超能力は非常に強力なものとなる。

 なのに、自由意志が尊重されるとは思わない。

 いや、これだけならまだ良い。拒否権はあるのかとイーライは言っているが、元より拒否する気はなかった。

 彼が心配しているのは、もっと別のこと。


『⋯⋯すみません。上からはあなたを何としてでも説得しろ、と』


「でしょうね。⋯⋯それで、もう一つあるのでは?」


『どこまでもお見通しのようですね⋯⋯。はい。既にメディエイトを始めとする特異機関には連絡しておりますが、良い返事は、あまり⋯⋯。そこであなたの方から頼んでほしい、ということです』


 つまり、今回の作戦に子どもたちも投入したい、ということなのである。

 はっきり言って、できるわけがない。承諾など以ての外だ。言いたくもなかった。

 だって、彼らならばきっと協力すると言ってしまうから。あの子どもたちは、どこまでも優しいから。


「⋯⋯⋯⋯」


『⋯⋯良い返事を、待っております。詳細については後ほどメールにて送信いたします』


 その言葉を最後に、返答も聞かず、女性は電話を切った。

 その後、メールにて会議の日程や場所。現時点で判明している情報などが送られてきた。

 だが、イーライはそんな情報などに目もくれず、すぐに職員室から出ていった。

 イーライが廊下を歩いていると、青髪の男子生徒と出会った。彼はイーライが担当するのとは別のクラスだったが、救助科の生徒だ。

 確か名前は、


「空井リク⋯⋯だったか。どうした? こんな時間まで」


 現在時刻は十九時半。部活動でもこの時間まで残っていることは少ない。ましてや彼は制服を着たままである。


「忘れ物をしてしまって。それを取りに来ただけです」


「そうか。あまり夜に出歩かないほうが良いぞ。物騒だからな」


「はい。すみません」


 イーライはそれだけ言って帰ろうと再び歩き始めた。が、リクはそんな彼に話し掛けてきた。


「コリン先生、物騒と言えば近頃変な噂が学内で広まっているんですよ」


「⋯⋯⋯⋯?」


 リクは背を向けたまま話を続ける。


「学生が黒髪の男に殺された、という目撃情報。聞けば聞くほど、何人もの生徒が死んでいるようです。中にはミース学園の生徒らしい人も居たらしく⋯⋯コリン先生、何か知りませんか?」


「⋯⋯知らないな。⋯⋯なら尚更、夜出歩くのは避けるべきだと言わないと」


「ええ。そうですね。あ、だとすれば今度行われる体育祭ってどうなるんです? やっぱり中止ですか?」


 体育祭。毎年この時期になると開かれる、学園都市中の学校が参加する一大イベントだ。

 そういえば、そろそろそんな時期だった。イーライは体育祭が中止になるという話は一切聞いていなかった。


「体育祭は学園都市全体が盛り上がるイベントだからな。ルーグルア国だけでなく、海外からの観光客も招き入れるものだ。そう簡単に中止にはできないし、話は聞いていないぞ」


 体育祭は合計三日間行われる、学園都市でも特大の催し物。海外で言うところのオリンピックがこれに当たる。

 学園都市は同国のルーグルアからでさえ普段は入ることができない。海外からともなれば規制が敷かれているほどだ。入ることが許されているのは、事前に入学届を出した者くらいである。

 そんな場所に、一般人でも入れる日が体育祭が開かれる日。これは学生たちにとってのイベントには留まらず、大量の旅行客が来るため、経済が活性化する面もある。

 ただ、治安悪化や学園都市の科学技術の流出などの悪い側面もあるが、これは当日の警備や帰国時の検査を強化するなどして対応している。


「そうですか。楽しみですね」


「ああ。そうだな」


 イーライとリクは全く逆の方向へ歩いていき、別れた。

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