第5話 氷河期を作る能力

 銀行強盗を働いた犯罪者三名は全員超能力者だった。

 それぞれの超能力は、体の一部を刃物に変えたり、体から刃物を出したりする『肉体刃ブレード・ボディ』。自分自身、もしくは触れたものの速度を上昇させる『加速アクセル』。触れたものを凍らせる『氷結フリーズ』。

 全員、現在逃亡中。『能力覚醒剤』を使用し、レベルは5以上となっている。能力因子は能力を得るだけでなく、肉体強化の作用もあるためか、彼らは能力関係なしに建物の屋根を跳んで逃げられるだけの身体能力を持つ。


「その人から離れろ!」


 ミナは能力を行使する。星屑と共に爆裂が生じた。出力は以前の戦いで掴んでいる。普通の人間なら木っ端微塵になっているだろう程だ。


「ガキ? ⋯⋯ふん」


 それぐらいの高火力でも、当たらなければ意味がない。

 逃亡者は男女。男の方が使った『加速アクセル』によって、ミナの攻撃は簡単に躱された。


(とすると、女の方が氷結能力。⋯⋯厄介なのは加速能力。男の方を優先して倒さないと)


 身体強化系能力ではないため、二人は明らかな異形ではない。だから目に見えて分かるような人体の変化は起きていない。が、ミナには何となく、彼らが人間の域を超えかけているような気がした。

 確かにレベルだけ見れば自分と同等程度だろうが、人体の構造が別物になっているような気がするのだ。


「⋯⋯なんであれ、ここであなたたちを捕まえる。大人しくしなさい」


「嫌だね。このまま海外に逃げるさ、俺達は。この薬さえあれば、俺達は止められない!」


 加速能力を行使。男はミナの目では見きれないスピードで迫って来て、拳を振りかぶる。

 弾こうにも速すぎてタイミングが掴めない。よってミナは避けることを選択した。

 男は勢い余って地面を殴った。すると、地面に亀裂が入った。あんなのをまともに受ければグチャグチャのミンチになっている。


「ほう。今のを避けられるか。ガキなのによくやるじゃないか」


「でも⋯⋯」


「⋯⋯っ!?」


 ミナは動けなくなっていた。足元が氷漬けにされていたからだ。遅れて冷たさを感じる。

 これは女の方の氷結能力だ。接触発動型であったはずだが、薬の影響で遠隔操作型になったのだろう。


「退け!」


 突然、強盗犯たちを吹き飛ばす暴風が吹いた。レオンが能力を使い、ミナを助けたのだ。


「ごめん。助かった」


「いいや、その足、どうす──」


 レオンが話し終わるより先に、ミナは凍らされた足の氷を溶かした。


「⋯⋯いや、大丈夫みたいだな」


「うん。⋯⋯それより今は」


 暴風によって吹き飛ばされた強盗犯。その後、地面に叩きつけられていた。普通なら気絶か動くのも辛くなっているはずだが、どうやらその普通は通用しなかったらしい。

 平然と立ち上がっていた。


「よくも⋯⋯やってくれたわね」


 女の方は手を伸ばした。嫌な予感がした二人はその場から離れると、そこに氷の針が飛び出していた。氷結能力の応用だろう。


「クソが⋯⋯いてぇ⋯⋯。痛かったぞ、クソガキ!」


 男はその巨体からは想像もできないスピードでレオンの方に突っ込む。

 スピードとはパワーだ。拳が捉えたのは腹。レオンはそのパワーに耐えられず、近くの建物の壁に叩きつけられる。壁にはヒビが入った。それほどの威力。


(ああ⋯⋯不味い⋯⋯)


 咄嗟に風を生み出し、操り、衝撃を相殺しようとしたが、間に合わなかった。多少はダメージを軽減できたものの、言ってしまえば何とか潰れなくなった程度。

 骨は何本か折れている気がする。不幸中の幸いか、アドレナリンが出ているおかげで痛みは麻痺していて感じ難い。

 ただ、動けないのだ。


「レオン君!」


「仲間を心配するより!」


 続いて、巨漢はミナを狙った。実戦経験があるミナはその動きに反応できて、爆裂を発生させることでガードする。本来ならこの爆裂はカウンターとなり、男の腕を爆ぜさせたはずだったが、多少火傷を負わせる程度だった。


「まずは!」


 そしてそんな火傷程度で巨漢の猛攻が終わることはなかった。パンチを何度も繰り返す。一発一発が強く、そして段々と加速していっている。

 いくらなんでも速すぎるし、強すぎる。ミナには最早、反応できない域まで達しようとしていた。

 そんな時に、氷結能力の妨害が入った。足がまた凍らされたのだ。


「しまっ」


「死ね!」


 腹部に拳がクリーンヒット。加速が重ねられたパンチは、人の内臓までを容易く潰すどころか貫通──するはずだった。

 拳が突き出されるより先に、既に、男は倒れていた。

 ミナが能力行使のための演算を終わらせた直後だった。

 一発の銃声が、それを知らせていた。


「⋯⋯アレン、さん⋯⋯?」


 拳銃にしては大きなシルエット。その銃の名は、M500。


「メディエイトの機関長⋯⋯! ⋯⋯無能力者の分際でっ!」


 アレン・T・エドワーズは非能力者だ。能力開発を受けていないし、仮に受けたとしても年齢的に厳しいだろう。

 だが、超能力のことは知り尽くしている。


「お前、遠隔の氷結は、座標を指定することでやってるだろ」


 アレンは少し動いただけで氷結から逃れた。能力の特性を見抜き、その上、発動タイミングまで読んだのだ。


「そして次は、範囲攻撃」


 彼の読み通り、女は周囲一体を氷漬けにしようとした。少々貯めが要るが、所詮はほんの一瞬だ。超能力者ならばともかく、非能力者にはどうしようもない。銃弾も、空気中の水分を氷結させ作った氷の壁で防げる。そう思っての判断。


「間違っちゃいない。通用しないが」


 女が作った氷の壁は薄かった。一発の弾丸を防ぐならば問題なかった。だが、アレンはその壁を突破する術を持っていた。

 シングルアクションのリボルバーを連射する技術。ファニング。彼は一瞬の間に三発の弾丸を発射した。しかも、二十メートルは離れている目標の、的確に同じ所を狙って。

 だから壁を貫通し、女に弾丸は命中した。


「非能力者だからって舐めないほうが良いぞ。得物は下手な超能力より火力はある」


 メディエイトなど、認定された治安維持組織には超能力の使用許可、及び銃火器類の発砲許可が与えられる。

 そして、殺害も認可される。超能力犯罪者に対してはそれくらいの気概でいかなくては、殺されるのはこちらの方だからだ。

 ただ、それでもアレンのように躊躇なく人を撃てる人間は数少ない。


「死なないように急所は外してる。勿論、あっちの男もだ。長生きしたけりゃ、二度とこんなことはしないように、な」


 アレンは倒れた呻いている女に近寄り、そう言った。それからミナに向かって、


「星華。命令違反で後で説教だ。⋯⋯が、先にソマーズの応急処置をしてくれ。俺はこの二人を手当する」


「わ、わかりました! ⋯⋯すみません。ありがとうございます」


「⋯⋯ああ。⋯⋯本当に、死ななくて安心したよ」


 後半のアレンの言葉は、彼の本心だった。

 あのとき、ミナとレオンがアレンの言葉に反して戦いを挑んだ。しかし、彼からすればそれは無謀でしかなかった。

 二人の超能力の本領は広範囲の攻撃。人質が居る状況下では実力を発揮しづらい。

 だからアレンは二人に撤退を命じた。生徒二人の命と、S.S.R.F.の隊員一人の命を天秤にかけ、前者を取ったのである。

 結果、全員負傷したものの生還。ただ、リスクは大きかった。

 もし、アレンが少しでも判断に遅れていたらこうはならなかった。ミナもレオンも死んでいたかもしれない。

 あるいは⋯⋯。


「俺もまだまだだな」


 生徒を制せなかったのは自らの能力不足が原因だ。二人の性格は分かっていた。こうなることも予知できたはずだ。能力相性が良いからという理由で組ませるべきペアではなかった。

 ブレーキ役としての役目を果たせなかった。今回の反省点だ。


「⋯⋯あと少しで生徒に人殺しをさせるところだった」


 アレンが強盗犯の手当を済ませる頃には、ミナもレオンの手当を済ませていた。呼んでいた救急車に全員を乗せた後、彼はすぐに走り出した。

 なぜなら、アレンはリエサから連絡を受け取ったからだ。


 ──メッセージなしの、応援要請の連絡のみを。


 ◆◆◆


 アルゼスと別れたのが間違いだった。

 逃亡中の強盗犯を追跡中。その進路を予測し、リエサはアルゼスに先回りを頼んだ。強盗犯は中々逃げるのが上手いようで、いくら追い掛けても捕まえきれなかったからだ。

 しかし、その作戦が裏目に出た。どうやら強盗犯はこうなることを予期していたようで、逃走を止め、リエサを奇襲したのである。


「っ!」


 強盗犯は右腕を刃物に変化させており、それでリエサを殺そうとしていた。彼女は空中に結晶を生成し、刃物を受け流す。

 リエサは男を結晶漬けにしようとした。が、避けられる。反応速度が桁違いだ。しかし、避けるために男は跳躍してしまった。

 結晶の槍を生成、操作し飛ばす。男は結晶の槍を切断しようとしたものの、できず、弾いてしまう。その反動で胴体ががら空きとなった。

 空中。隙だらけ。リエサの能力からすれば恰好の的だ。もう一度結晶の槍を生成し、発射した。今度は巨大な、ライフルの弾丸のような形状をしている。結晶操作によりライフリングも作った。

 結晶のライフル弾は強盗犯の腹にブチ込まれた。が、


(防がれた⋯⋯!?)


 男は能力を応用し、腹部に刃物を生成した。それにより結晶弾を受け止めたのだ。

 しかし、衝撃の全てを打ち消すことができたわけではない。男は少し苦しそうな表情を見せた。


「⋯⋯オマエ⋯⋯名前は?」


 男は急にリエサに対して名を聞いて来た。その意図が分からなかった。そして何より、


「答える義理なんてない」


「そうか」


 答えてはいけない気がした。

 問答はそれで終わり。今度は男から仕掛てきた。速い。身長が高く、筋肉質なこともあり、迫ってくるその姿には威圧感さえ覚える。

 男を迎撃するため、リエサは正面に対して結晶を扇形に展開する。これを避けるためにはやはり跳躍しかなく、


「いや違う!」


 男は結晶を砕きながら突っ込んできた。この結晶が完全顕現した時の硬度はどれぐらいだと思っている。

 それを易易と破壊してくるのにはどんな絡繰があるというのだ。つい先程は、壊せなかったろうに。


「ッ!」


 腕の刃物の刃渡りが急激に伸ばされる。目測にして十メートル。男はそれを横薙ぎにした。リエサは結晶で刃を逸しつつ姿勢を低くし回避。

 そのまま男に接近する。


「接近戦! 血迷ったか少女!」


 男は刃物の腕を振り上げ、反撃の準備を整えている。

 リエサは結晶を拳に纏わせる。ナックルのような形だ。男はそのタイミングに合わせて、完璧に対応してくる。

 だが⋯⋯リエサのそれはフェイント。振り下ろされる刃を身体を捻り躱して、回し蹴りを叩き込む。足に仕込んだ鋭利な結晶の針が、不意打ち気味に男の肩を突き刺した。

 針はそこで消失させることで、リエサはその場から離れた。


「っう⋯⋯! だがこの程度!」


 男は肩に結晶を突っ込まれた。怯みこそしたが、怯えず、リエサに突っ込んで来る。

 しかし、リエサは余裕そうだった。その様子に不信感を覚えた男は、瞬間、理解した。

 離れなくては。だが、


「もう、遅い!」


 男の肩に突き刺さった結晶の針が肥大化。内側から男の体を通って、反対側に突き出る。

 リエサの能力は遠隔でも発動できる。それが自分の能力により作り出したものであれば、サイズの変更を始めとしたどんな操作でも容易だ。

 そして、この操作技術はレベル4とは考えられないくらいの精度を誇る。


 ──男を取り巻くように、結晶の薔薇が咲いた。


「⋯⋯さて、と。これであんたの命は私の掌の上ってわけ。⋯⋯『能力覚醒剤』はどこから手に入れた? 入手経路を話せ」


 男は身動きもできない状態だ。結晶は氷のような性質を持つ。時間が経てば経つほど対処から熱を奪う。だが溶けず、氷のように脆くもない。

 対人に使える出力最大。拘束された状態では、より硬度を大きくしたこの結晶を破壊することはできないだろう。

 リエサの息は白くなっていた。体温が極度に低くなっており、冷気が漏れ出ているのだ。


「⋯⋯⋯⋯」


「答えないつもり? それとも、虚仮威しだとでも? 躊躇あるとでも?」


 結晶の薔薇はより強く、男を締め付ける。首が締められたことにより、男は苦しさを感じ、時間経過による凍傷が酷くなっていく。


「⋯⋯答えないのなら」


 リエサは出力を本当の最大限まで引き上げることで、この男を簡単に殺すことができる。

 そしてこの男は、生半可な攻撃では気絶もしない。つまり、殺すことが最善手だ。

 リエサにはミナのような崇高な思想はない。彼女にはそんな余裕なんてない。やれる全力を出さなくては、彼女らのような天才と肩を並べられないのだから。

 つまり、彼女の言葉に一切の偽りはない。


「──死ね」


 出力最大──摂氏マイナス百九十五度まで結晶の温度を引き下げようとした時だった。

 男は内側から、リエサの氷を破壊したのだ。それにより、拘束を脱出。アイスダストが散った。


「何⋯⋯!?」


 凍傷は受けている。確かに、男は直前まで拘束を破壊できなかった。なのにどうして?

 まただ。また、男は急に破壊力を──刃の硬度を上げてきた。それだけでない。反応速度も、肉体能力も、射程距離も上がっている。

 二度も同じことをされれば、リエサは確信した。この男の超能力『肉体刃ブレード・ボディ』の真骨頂。


「⋯⋯強化。相手の強さへの適応か」


 リエサの最大硬度の結晶は通用しない。最低温度はまだ発揮していないが、その付近までの温度には適応済みだろう。

 対処法は一つ。適応前に、最大火力による一撃で終わらせる。


「ククククク⋯⋯! さあ! 俺の刃は、オマエの首をいつでも狩れるぞ! どうする!?」


「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯あっ、そ」


 リエサが男に見せた表情は、氷のように冷たいものだった。

 躊躇いなんてなかった。男を殺す事自体には。だが、それ以外にはあったのだ。

 ──リエサの能力により生み出せる結晶に、範囲制限はない。質量にも、限界はない。強いて言うのであれば、リエサの体温が下がりきってしまえばそれ以上の能力行使は

 もし、その危険性さえ犯せば、彼女はどこまでやれるのだろうか?


「──あんたは三下程度にしか思ってなかった。でも、ここまでやらせるんだもの。⋯⋯あんたは、全力で殺さないといけない」


 星宮理恵沙。能力名『冥白結晶ホワイト・クリスタル』。その詳細レベル──4.9。

 レベルとは総合評価だ。リエサはその内の項目の『研究価値』が極端に低い。理由は歴然としており、現実に「溶けることがなく、消えることもない周りの温度を吸収し続ける物体」は存在しないからだ。これを研究したところで、意味はないからだ。

 いくらその他の項目で高得点を取ろうとも、一つの項目がほぼ零点ならばレベルは低くなる。

 そしてもしも、リエサのレベルを戦闘力のみを基準として測定するのであれば、きっと、彼女は既に⋯⋯レベル5に達している。


「この辺りの住民の避難は既に完了している。気にすることはない。そして⋯⋯これが、私のできる最大よ」


 ──リエサを中心として、辺り一帯が結晶に覆われていく。気温もそれに応じて、肌で分かるくらいの勢いで低下していく。結晶の弾丸が無数に作られていく。

 彼女の能力の最大射程距離は、ない。

 まさに、氷河期を作り出す超能力だ。

 リエサの体は一部が凍りつきつつある。だが男の体は、その大部分がすでに凍りついていた。

 適応するまでもなく、物量と速度と極低温により、殺される。そんな予感がした。


「私の全力で、あんたを殺す──!」

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