第4話 メディエイト

 月宮理恵沙ツキミヤリエサ。能力名『冥白氷晶ホワイト・クリスタル』。その能力は氷のように冷気を持つ白色の結晶を生み出し、操る。ただしその結晶は溶けることも、熱を帯びることもなく、リエサが消失させるまで常に熱を奪い続ける。冷たさはある程度コントロール可能で、氷程度の冷たさから液体窒素並みの冷たさまで変化させられる。

 成長の見込みもある超能力であり、レベル4であるものの、評価方法が違えばレベル5になり得たかもしれない。戦闘能力としての価値だけであれば、あの星華ミナに匹敵──


「──あるいは、上回る」


 ミース学園にも委員会はある。リエサはその中でも、中学時代と同じく風紀委員に所属しようとしていた。

 だが、それより早く、彼女はとある外部機関から勧誘された。

 ここ学園都市では、学生や生徒も社会のために働く。その多くは学校の委員会活動や部活を通して、である。

 ただ、勿論例外もあった。その一つが外部機関。つまりは、学校とは関係がない大人が運営する組織に所属し、仕事を行うということだ。こういった学生、生徒は総じて優秀な人物に当たる。

 委員会活動とは異なり、明確な賃金が発生する。その代わり仕事へ求められるパフォーマンスは非常に高く、また責任も大人と同じだけある。


「アレンさん、決まりましたか? 誰を勧誘するか」


「ああ。なんと三人だ」


「⋯⋯え。⋯⋯それマジですか?」


 外部機関と言っても、学生、生徒を雇用する都合上、学園都市の理事会からの認定が必要だ。所謂、これらは認定特異機関と呼ばれる。

 認定特異機関の中でも一際有名なものがある。

 その名は、メディエイト。それは、学園都市における様々な事件、事故、問題を解決する。主に学生、生徒のために活動する組織だ。

 そんなメディエイトの現在の機関長こそ、今、生徒の資料をいくつか、机の上において眺めていた男。アレン・T・エドワーズだ。

 彼は一年前にこの学園都市に来た外部の人間。年齢は今年で二十七歳。片目が隠れた黒髪に、空のように美しい青い目。白シャツ、黒パンツ、外に行くときにはコートを羽織っている中々悪くない顔立ちの男だ。

 学生でもないのに学園都市に来た変わり者だと思われがちだが、学園都市が呼んだ人物である。

 

「マジ。今、このメディエイトはとんでもない問題を抱えているからな。圧倒的人手不足」


「そりゃそうでしょう。元々メディエイトに所属していた人たちは卒業するか脱退して、一時は運営すらされていなかった。なのに、あなたがここに来てから雇用したのは俺だけ。度々臨時で、各学校から生徒が応援に来きてはくれますが⋯⋯」


「仕方ないだろ? 俺が求める人材のレベルを満たして、かつフリーな高学年なんていない。かと言って才能ある一年生も既に他の組織に所属していた。俺がここに来た時点でな」


「俺、レベル6なんですけど。あなたの求めるレベル高すぎません?」


「そうだ。高すぎた。じゃあ、レベル6は無理でも、レベル5ならいけるんじゃないかと思ったのが間違いだった。⋯⋯だからこそ、俺は今日この時を待っていた!」


 アレンが学園都市に来てから初めての新学期。つまり、フリーな高レベル能力者が沢山現れる時期。言ってしまえば就職活動の時期。

 これを逃してはならない。だからアレンは、メディエイトは、今年入学する新入生徒にターゲットを絞って勧誘したのである。


「⋯⋯三人。かなり楽になりますね」


「ああ」


「ちなみに誰なんです? 今年の入学者、特に『三大学校』のは一通り目を通していましたが、レベルは例年通り。良さそうなのは──」


「星華ミナ、月宮リエサ、レオン・ソマーズ。あと、勧誘したのは三人だが、入る予定の⋯⋯あっちから申請してきた人物が居てな。暁郷ヒナタっていうんだが」


 机の上の資料は四つあった。

 アレンが口にした名前を聞いた、メディエイトに現在唯一所属する生徒の一人。八人いるレベル6超能力者の一人。序列第四位、アルゼス・スミスは驚いた。


「ミース学園、エヴォ総合学校、ファインド・スクール⋯⋯全員、『三大学校』に所属するレベル4以上の成績上位者じゃないですか。よく勧誘できましたね」


「ああ。俺が担当する案件には必要な人材だからな」


 メディエイトは学園都市や学校からの依頼が多い。仕事内容もわざわざ彼らが依頼するということもあり、ハイレベルだ。

 はっきりいって能力のない人物ではこなせない。だからこそ報酬も多く、雇用条件も良くできるが、中々そういう人は少なかった。


「⋯⋯それで、勧誘はどうだったんです? もう返答来ているでしょう?」


「うん。四人全員、今日来るよ」


「え?」


 丁度よいタイミングで、メディエイトのインターホンが鳴った。扉を開けると、四人の男女がそこに居た。


「⋯⋯あの人は、本当に⋯⋯」


 すぐに決め、すぐに勧誘し、すぐに雇用する。

 早い決断と行動。だが的確だ。全員の能力を考えると、これ以上にない人選である。

 全員が新入生とは思えないほどの能力者だ。


「メディエイトですか? 今日からここに来るんですが」


「そうです。中に上がってください」


 四人をメディエイトの事務所に招く。四人は学生服を着たままだ。ちなみに今日は休日である。

 面会室のソファに四人を座らせ、アレンと彼らは対面する。

 お茶を置いて、彼がソファに座ったタイミングでアレンが口を開いた。


「ようこそ、メディエイトへ。歓迎しよう。俺がここの責任者、アレン・T・エドワーズ。で、こっちがアルゼス・スミスだ。よろしく。気軽にアレンと呼んでくれ」


 アルゼス・スミス。八人いるレベル6超能力者の一人である。

 紫色の長髪。耳にピアスを付けた優男。所謂塩顔のイケメンである。普通の学生服を着ているが、ネクタイを少し緩めていたり、ジャケットの前を開けていたりしている。


「こっちもアルゼスと呼んでくれて構わないです。よろしくね」


 二人が自己紹介したことで流れが作られた。


「レオン・ソマーズっす。好きなものはカレー。趣味は筋トレ。お世話になるっす」


 短く揃えられた金髪。輝く碧眼。まだ幼さの抜けないが、整った顔立ち。身長は高い方である。気の良さそうな、関わりやすさのある少年だ。学校オリジナルの学生服の下に赤色のパーカーを着ている。


「月宮リエサです。元々風紀委員に所属していました。よろしくお願い致します」


「暁郷ヒナタ。ハッカーです。皆さんには迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします」


 深い藍色のショートボブ。淡い緑色の目。可愛らしい中性的な容姿をしており、また、しっかりした印象を受ける。身長は高く、スレンダーだ。シャツにジャケットを羽織り、ショートパンツを穿いている。全体的に青を基調とした服装だ。


「星華ミナです。これから三年間、頑張りますのでよろしくお願いします」


「こちらこそ。皆の頑張りを期待するよ。⋯⋯で、早速で悪いんだけど仕事だ」


 まさか面会の日、つまり入社日からいきなり仕事だとは誰が予想しただろうか。

 かく言うアレンも、今日は仕事はない予定だった。しかし、この面会が始まる直前、ミース学園から突然の依頼があったのだ。


「ミース学園の地区で銀行強盗が発生した。三人グループによる犯行だ。二人は捕縛されているが、残り一人は現在、逃亡中。そして⋯⋯」


 アレンはリエサに目を合わせる。


「⋯⋯君なら知ってると思うけど、多分、犯人は『能力覚醒剤』を使用している」


「⋯⋯⋯⋯。それは」


 ──二ヶ月前、リエサたちの学校を襲った謎の怪物。その正体は

 あれは肉体強化系の超能力者が『能力覚醒剤』を使用し、暴走した。解剖、能力因子の調査を行い、出た結論はそれである。


「逃亡中の犯人の素性は割れている。勿論能力者だ。能力は『肉体刃ブレード・ボディ』。体の一部を鋭利な刃物に変えたり、刃物を突き出したりできる能力だ。そして既にこの能力によって警官五名、S.S.R.F.隊員二名が死亡。民間人は十四名が負傷している」


 犯人は計七名の人物を殺害している凶悪犯だ。しかも、内二名はS.S.R.F.の隊員である。ここに居る能力者たちは高レベルだが、しかし、それでも難しいだろう。

 だが、これをやらなければメディエイトに所属する意味がない。


「その能力者の元のレベルは? できれば現在のレベルも知りたいのですが」


「良い質問だ、月宮。風紀委員長をやっていただけはある。⋯⋯犯人のレベルは──4だ。『能力覚醒剤』の上昇幅は不明だが、レベル3でさえS.S.R.F.で対処困難となる⋯⋯つまり、そうだな、完全にこれは俺の勘だが、単純測定で5の上位、下手すりゃ6クラスだ」


 この前、リエサとミナが倒したあの能力者の元のレベルは3。そして今回の犯人のレベルは4。

 相性や能力の性質などもあるが、前回と同程度以上には苦戦するだろう。


「犯人はさっきも言ったとおり逃走中。これが速くてな。しかも隠れつつ移動しているから、位置情報はかなり大雑把にしか把握できていない。だから君たちを二手に分ける。月宮とアルゼス、星華とソマーズだ。暁郷は能力的に後方支援だろ? 俺は星華、ソマーズの方をサポートする。君は月宮、アルゼスの方を担当してくれ。勿論、俺が主になって命令するが」


 各々が了解の意を示す。直後、アレンの「では、作戦開始」の一声で全員、動き始めた。


 ◆◆◆


 ミナは能力を利用して飛行していた。レオンも同じく、自らの能力で飛べるようだった。


「始める前に確認しておきたいんだけど、あなたの能力ってどんなの?」


 連携して戦うのだ。互いの能力は把握しておかないといけない。レオンも勿論理解しており、すぐに話し出す。


「オレの能力は『暴風テンペスト』。文字通り風を操る超能力だぜ。コンクリートの建物、車を吹き飛ばすくらいの出力はある。あんたのは? 有名だから軽くは知ってるけど」


「『仄明星々スター・ダスト』。星屑を操る能力ね。星屑を爆裂させることもできるけど、爆裂させないこともできる。爆裂させなかったら範囲内の動き全てを把握できるし、スモークみたいにも使える。最大出力は⋯⋯外ではやったことないけど、多分このあたりを全部吹き飛ばせるかな」


「うげ⋯⋯凄いな。レベル5は伊達じゃない」


 両者の能力はかなり応用が効く。また能力の性能も似ており、初対面だが合わせやすいだろう。


(個人的にはリエサと組んだ方が戦いやすいけど、それは互いのやりたいことが分かるから。⋯⋯能力の相性だけなら、レオン君の方が良い)


 アレンはその能力相性でチームを決めているのだろう。そして、連携力を見るためにあえてミナとリエサを別れさせている。

 メディエイトに入るのなら、即興のチームアップは珍しいことではない。つまり、今回の任務は本人の技能を測る面もあるのだろう。


(⋯⋯星華ミナ。レベル5の頂点のような能力者。同い年だし女の子なのに、この状況で冷静なままだ。怖がってもいない。⋯⋯オレと違って)


 レオンは中学生時代、風紀委員などには入っていなかった。彼の陽気な感じは所謂高校デビューというもので、それまでは目立たない人物だった。

 メディエイトに入ったのも、それまで秘めていた憧れ故だ。決して実績や経験があったわけではない。


(足引っ張らないようにしないと。⋯⋯でも怖いなぁ)


 いきなり実戦とは思わなかった。しかし、メディエイトに入る以上、いつかはやらなくてはならなかったことだ。

 ならば覚悟を決めるしかない。


「──レオン君、少しリラックスしよう?」


「あえ? え? あ、うん。わ、わかった」


 今しがた、レオンの飛行が乱れていた。ミナはすぐにそれに気が付き、彼が緊張していることがわかったのだ。


「⋯⋯あまり緊張しすぎるのも良くない。もしあれなら、救助活動に──」


「ありがとう。でも、大丈夫だぜ。女の子に守られてちゃ、S.S.R.F.にも成れねぇ」


 レオンは笑顔を作る。その裏は、きっと恐怖と緊張で溢れているはずだ。それでも、笑顔は絶やさない。

 彼の憧れは、その程度で揺るがない。そして憧れは今や、目的となっているのだから。

 ミナは彼の決意を感じ取っている。だから不安はなくなった。


「そう。⋯⋯なら⋯⋯」


『──二人とも! 突然だが良いニュースと悪いニュースがある!』


 突然、渡された小型通信機から声がした。アレンだった。


『良いニュースは、月宮とアルゼスが追跡していた犯人を発見したこと。そして悪いニュースは──捕縛していた残り二名の強盗犯が『能力覚醒剤』を使用し、その場にいた警官を全員殺害し、逃亡した!』


「⋯⋯⋯⋯」「なっ⋯⋯!」


 非常に不味い状況となっている。既に何名もの死亡者が出ている。しかも、これまた『能力覚醒剤』の使用者だ。

 以前の『能力覚醒剤』使用者はミナとリエサの二人がかりで倒した。それが今回は三名だ。


『君たち二人は新たに逃亡した二名を追い掛けてくれ。だが決して交戦はするな! 二人とも元のレベルは2と3だが、覚醒剤の影響でどれだけ上昇しているかわからん! 距離も取れ! 近づくな! 万が一バレたとしても、そのときは追跡は諦めて逃げろ! 追いかけるだけでいいからな!』


 アレンはきっと、一人の犯罪者を四人で対応することを想定していた。これが三人に増えてしまえば、彼の判断──逃亡は間違っていない。

 元より、これは捕縛ではなく足止めの依頼だった。本命はS.S.R.F.の部隊。それまでの時間稼ぎ及び周辺住民の保護だ。


「⋯⋯アレンさん」


 ああ、そうだ。彼の判断は正しい。一つの機関長である前に、彼は未来ある生徒の命を担っている。責任を負っている。だから、自らの生徒に危険を冒させるようなことは決してしてはならない。仮にも教育免許を取ったのだ。当たり前の意識である。

 しかし、


『⋯⋯いや、待て。星華! ⋯⋯ソマーズ! 星華を止めろ!』


「アレンさん、できないっす」


 ミナもレオンも、そんな大人の責任なんて知らなかった。否、知っていても同じことをするだろう。彼らにとっては、自分のことなんて二の次なのだから。


んですよ!」


 二人の目の前には、S.S.R.F.の隊員服を着た隊員が一人、居た。彼は一人で犯罪者二名を相手にしていたのだ。だから、なすすべ無く負けてしまった。

 そして彼は倒れている。血を流して。僅かに息があるようだ。少しだけ動いている。尚も戦おうとすべく、彼は動こうとしている。


『駄目だ! 動くな! 逃げろ! 君たち二人では危険だ!』


「あの人を見殺しにしろって言うんですか! わたしにはできません! アレンさん!」


 ミナは既に動いていた。

 ──ヒーローは、考えるよりも先に動いている。S.S.R.F.を始めとする、人助けをする組織に所属する有名な能力者たちは、皆、そうだったと言っている。

 彼女は正しく、ヒーローの素質を持っていた。


「アレンさん、オレも星華に賛成っす。⋯⋯ここで逃げて、自分たちだけ生き残って、でもあの人が死んだって後で聞かせられたら⋯⋯オレは、オレでなくなる気がするっす」


『⋯⋯⋯⋯』


「ごめんなさい、アレンさん。オレたちはメディエイトには相応しくないかもしれない」


 それだけ言って、レオンはミナを追い掛けた。通信機の電源は入ったままだが、アレンの静止の声が届くことは必ずないだろう。

 アレンは、頭を抱えた。自分の判断が間違っているとは思っていない。

 ⋯⋯けれど、じゃあ、二人の行動が間違っているのか?


『⋯⋯ああ、クソ。死なせられるか』


 通信機から漏れた小さな声。二人には聞こえていないそれ。

 そして、アレンからの通信がその時切れたのも、ミナとレオンは気づいていない。

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