第10話 プロローグ10

 俺はこの約一週間の間、最低限の休みだけをとって町へ帰ってきた。

 その俺の眼前に広がっていたのはいつもの活気を失っていたシャルナンの町だった。


 俺は急いで家族の待つ家へと戻る。家が視界に入ってくるとそこにあったのは店の閉まった我が家だった。考えないようにしていた最悪の事態がふと頭によぎる。しかしそんなことはないと俺は頭を振って家の中へ入った。


 「みんな!いま戻った!居るのか!?居るのなら返事をしてくれ!」


 俺はそう言いながら荷物を床に放り投げてリビングに行くが誰もいない。次にいつも父が仕事をしている第一調合室を覗いてみるがここにも誰もいなかった。次に行こうとしたその時、上からドンッ、という音が聞こえた。俺はすぐに上の階に登ると父の部屋の扉がかすかに開かれていた。


「父さん!」


 そう叫ばずにはいられなかった。急いで父の部屋へ駆け寄り、扉を開くとそこには流行病の症状が大きく進行していた父の姿があった。


 「ハァハァ、ミカか。よく帰ってきてくれた。ハァハァ、すまないが見ての通りだ。ハァ、俺もあの病にやられちまった。」


 父は病が大きく進行し辛いはずなのに病気にかかったことに対する悔しさを滲ませながら俺への謝罪の言葉を続ける。


 「しかも結構進んじまった。もう俺は助かりそうにない。」


 「そんなことない!まだなんとかなるはずなんだ!俺が病気に効く薬を見つけてきたんだ。だからこれ、飲んでくれよ!」


 俺は急いで父をベッドへと連れて寝かせる。少しして父がゆっくりと事の顛末を話し始めてくれた。


 「いや、俺のことはもういい、もうほぼ末期の症状までいっちまってる。それに、ゲッホゲホ、ハァ、アストリアも俺が病気を移しちまって、俺よりも進行してる。だから母さんにも、もう飲ませなくていい。薬を無駄にするな、、、」


「そんな、、母さんもそんなに、、、」


「、、、そしてセリアに、ついてだが、まだ、感染してなかったセリアが、、、ハァ、しばらくの間は俺たちの看病をしながら、俺たちのアドバイスをもとに薬の試作もやっていた。けどなそんな状態が長く続く、筈もない。程なくして、セリアも、感染した。それでもセリアはまだ体が動くからと、俺たちの2人のゲホッ、ゲホゲホ、、、2人の看病を、してくれてた。ハァ、ハァ、だけど、3日前にとうとうセリアにもこの感染症の本格的な痛みや症状が現れ出していた。済まないがそこからは分からない。だがまだギリギリ間に合う筈だ、先にセリアに薬を。」


「!!分かった!」


俺はすぐさまセリアの部屋に向かう。開いたドアの先にはベッドに横たわっているセリアがいた。


俺はすぐにそばへとより額に手を乗せる。


「くそ、すごい高熱だ。一体どれほど、、、それに呼吸が荒すぎる。喉がやられて炎症がかなり酷い、、、」


俺はすぐにセリアに試薬の薬を準備する。

粉末状の試薬はセリアにとってかなり飲みづらいが仕方ない。


「セリア、おい!セリア起きろ!」


「、、、兄、さん?」


「セリア!よかったっ、、起きて早々に悪いがこの薬を飲んでくれないか?今の流行病に効果が認められているみたいなんだ。」


「今の、、、?それって、特効薬?」


「まだわからない、、だけど症状を緩和して押さえてくれるはずだ。薬師ギルドで若干の効果が確認された。」


「兄さんが、そういうなら、、。」


セリアは火照った体を無理に起こしながら薬を飲む。


「もしかしたら体がかなりの拒否反応を起こすかもしれないが我慢してくれ。」


「どういうこと?」


セリアは当然の疑問を投げかける。


「じつは 今回の流行病は魔素に弱いみたいなんだ。だからあえて魔素を体に取り込んでウイルスを戦ってもらう抗原体の役割を期待して魔石の粉末を一緒に調合している。」


「、、、魔石の粉末。そういうことね兄さん。」


「ああ、魔素を取り込むのは本来危険な行為だ、過剰に接種すれば逆に魔素に体を壊されることになる。」


「、、、それでも頼み、ます。」


「ああ。」


セリアは再びベッドに横になる。


「、、兄さん。父さんと、母さんは?」


「、、、父さんと母さんはかなり危険な状態みたいだ。すでにかなりのところまで進行していて今からこの試薬を投与しても間に合うかは賭けになる、、、」


「ごめんなさい、、、兄さんがいたら」


「馬鹿なこと言うな、俺がいたところで結果は変わらない。今は体を治すことに専念しろ。」


「ごめんなさい。」


「謝る必要なんてないよ、セリア。今はゆっくりお休み、、」


「うん。」


セリアも少し無茶していたのだろう、すぐに眠りについた。

眠ったのを見届けたおれはすぐに母のもとに駆けつける。


母もやはり父と同じようにかなり体が衰弱していた。


「、、、ミカ、帰ってきたのね。」


「ああ、母さんは、、」


「、、ええ、 あの人と同じよ。体は息苦しいし、しんどいけれど最近はもう痛みもなくなってきたわ。」


「っ!」


「ミカが気にすることではないのよ?人間みんな遅かれ早かれ死ぬのだから。」


「だからと言って、、、あんまりにも早すぎるよ母さん。」


覚悟していたことだったが、瞳から涙が溢れ出てくるのが止められない。


「ミカ、あなたは優しい子ね。それに立派に育ってくれた。母さんは誇りに思うわ。」


「、、、そんな事言うのはやめてよ。」


「今のうちに言っておかないと後悔するから。セリアは今どんな状態なの?」


「セリアはいま薬をのんで眠っているよ。でもどうなるかまだ分からない。もしかしたらもう手遅れかもしれない。そう思ったら怖くて、、、」


「あなたなら、私達の自慢の息子のミカなら必ずセリアを助けてくれるわ。心配しないで?」


「母さん、、、」


「、、、セリアのことは任せたわ。」


「、、、必ず治して見せるから。母さんは心配しないで早く良くなってよ。」


アストリアはミカの方へ顔を向け困ったように力なく微笑む。


「、、ミカがそんなこと言うなんて、少し心残りが出来ちゃうじゃない。」


「、、、なら頑張ってよ、母さん。セリアにだってまだまだ色々教えてないじゃないか。」


「、、ああ、セリアの結婚式には参列したかったわ。もちろんミカの結婚式にも。」


「ああ、参列してよ。母さんみたいな素敵な女性見つけてくるからさ。」


「ふふふ、嬉しいこと言ってくれるのね。」


「本気だよ。だから」


「ミカ、少し、疲れたわ。少し眠らせて。」


「っ、ああ、おやすみなさい。また後で様子を見に来るよ。」


アストリアはそう言って眠りについた。

かすかに上下する胸を見て、ただ眠ったことに安堵する。

でももう長くはない。そう理解するのには十分な会話だった。


「母さん、、、。」


部屋を出た俺はシンと静まり返る廊下で一人涙を流し呟いた。

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色彩を求めて 勿忘草 @Vergissmeinnicht

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