第7話 プロローグ7
カリスーラ暦758年5月3日
早いものであれからもう4年が経った。
僕は順調に一人前の薬師になるための修行をこなし、1年前に父から一人前の薬師を名乗ることを許してもらった。
ハンターの方も順調だ。
本職が薬師のためあまりギルドを利用しているわけではないが、昇級テストにも合格し今では5級までランクを上げることができた。
6級に上がってからは1人で魔物狩りに行くことも許してもらった。ただそのかわり妹のセリアの教育を父から任されることになった。
最近ではセリアと共に魔物狩りに行ったり、ダンジョンにある薬草の採取に行ったりしている。
セリアも僕と同じく13歳になった1年前から魔物狩りの修行を始めた。
この1年で基礎も終え、今ではハンターランクも8級まで上がっている。このまま順調にいけば数年で俺と同じように中級冒険者の仲間入りができるだろう。
この日まではこのまま順調に薬師としてそしてハンターとして妹と共に成長していくのだと、そんな漠然とした将来を思い描いていた。
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カリスーラ暦575年5月4日
この日ある噂を聞いた。遠くの街である病が流行しているという噂だった。
流行病と言うことで少し気にはなったが、遠く離れた場所で起こったことと楽観的に捉えた僕は、この街まで広がる事はないだろうと日常の些細な出来事と気にとめるのをやめた。
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カリスーラ暦757年5月19日
数日経ってまたあの噂を耳にした。思ったよりも病が流行し、他の地域にも拡大しているらしい。
しかしどんな病なのか、被害はどの位なのかといったことはこちらに届いていなかったのでやはり大した病ではないと判断して記憶の片隅に押しやった。
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カリスーラ暦575年5月30日
この日、薬師ギルドに月の納付に行っていた父は帰って来るやいなや僕たち全員をリビングに集めた。そして、
「薬師ギルドから噂の流行病についての情報と指示が入った。先ずは病の症状からだ。」
父は眉間にシワを寄せながらそう僕たちに話を切り出し、説明を始めた。
曰く、流行病の症状は
・現在の発症率は約50%である。
・流行している病は未発見の病のため治療の方法が分からず、現在は病人の隔離以外対処のしようがない。
・流行病の初期は普段の風邪とほとんど変わりなく、症状が悪化するのが3日後のため、流行病を発症したこと自体ほとんど気づかない。
・病気に感染した者は高熱、脳炎となり、死亡又は後遺症や身体障害が残る。
・死亡率は約60%とかなりの高水準である。
というものだった。
説明を聞き終えた僕たちは一様に表情を険しくし、しばらくの間口をつぐんだ。
「…これは...まるで死の行進みたいだな。」
「ひどい…こんなの誰も助からないよ。」
「…私もここまで酷い症状を耳にしたのは初めてよ。ここまで強力だと病気の対処をしている間に私たち薬師もみんな倒れてしまうことになるわ。」
「ああ、感染地域はまさにアストリアが言った通りの状況になっているよ。その結果病気は拡大し、拡大した病気の治療している間に薬師自身が感染、さらなる病気の拡大という悪循環が出来上がってしまっている。」
「そんなのどうすればいいの…」
「それでだ。俺たちのようにこの地域の薬師ギルドに所属している薬師全員に対してこの病気のさらなる拡大を食い止めるための特効薬の開発に取り掛かるように緊急命令が下されている。幸いにも俺たちが暮らしている街は流行病の発生している地域からはだいぶ離れている。今の拡大スピードから計算して病気がここまで拡大するにはかなりの時間がかかるとみて問題ないだろう。その間に町の人たちの為にできるだけ多くの薬を開発してこの危難に備えるんだ。」
「ちょっと待ってくれ!?町の人達って他の地域の人達は見捨てるって事か!?」
「…ああ、出来れば見捨てたくは無いがこれだけの脅威だ。仕方がない。それに何より薬の開発に時間がかかる。たとえ薬が出来たとしてもそんなにたくさんの薬は開発出来ない。さらに他の地域への配達などほぼ不可能だ。まだ若いお前たちには少し酷な話かもしれんが俺たちが救える人の数はそう多くは無い。救えても数百人が限界なんだ。だから今から覚悟を決めておくんだ。自分が他人の命の選択をする覚悟と自分の命を捨てる覚悟をな。」
「でもっ!……いや、分かったよ、父さん。」
「これはミカエルだけじゃなくセリア、お前もだ。……セリア、まだ薬師でもないお前にこんな覚悟をさせて済まない。」
「ううん、お父さん謝らなくて大丈夫だよ。私も薬師の卵なんだから、ね。」
「…ありがとうセリア。」
「ミカエルもよ。ようやく一人前になれたばかりだというのにこんなに厳しい覚悟をさせてごめんなさいね。」
「気にしないで、母さん。俺も一人前の薬師になったんだ。今回は早くに経験が出来て良かったと考えておくことにするよ。」
「二人とも済まない。俺たちの開発が遅くなればなるほど多くの人々を死なせてしまうことになるしなるべくたくさんのパターンを試す必要がある。時間がない。明日から早速薬の開発に取り掛かるぞ。」
「「「分かった(わ)!」」」
「よし、役割を分けるぞ。ミカ、セリアはペアになって薬の材料となりそうなものを片っ端から集めてくるんだ。何が突破口になるかわからん。普段は採取しないものも取ってきてくれ。アストリアは 俺と一緒に今あるもので薬の開発にあたる。いいな?」
「「「ああ(ええ)!」」」
「あなた、私は倉庫の方に行きます。薬の作成の予定表を作っておいてくれますか?」
「ああ、倉庫の物は全て調剤室に運び込んでおいてくれ。」
「セリア、早速だが採取の準備を始めてくれ。僕は武器の確認に入る。」
「了解よ、兄さん。今回は時間と量が必要な採取だから魔法の鞄を持っていくけど大丈夫?」
「ああ、それで頼む。」
こうして僕たちはそれぞれ薬の開発に向けて動き出した。
******
カリスーラ暦575年5月31日
「それでは行ってきます、父さん母さん。」
「行ってきます。」
「ああ、気をつけるんだぞ。特にセリア、ミカの言うことをよく聞いて行動するんだ。」
「分かっていますお父さん。無茶はしません。」
「ミカ、セリア、無茶だけはしないように。あなた達が無理そうだと感じたらいくら使ってもいいから上級の冒険者を雇って採取をしなさい。」
そう言って別れの言葉を口にして俺たちはそれぞれ抱擁する。
「それじゃあ行くぞ、セリア。」
「はい、兄さん。」
荷物と武器をそれぞれ携帯して俺たちは出発した。
俺たちはまず最も近いサントリア山脈から採取を始め、カンテラのダンジョン、その向こう側にあるゴシーヌの森、そのさらに向こう側にあるアイホ川を渡り、フィアル大洞窟を3ヶ月かけて探索し回った。1回目ではヒポポ草、サミリュ草、アンギ草、ヤルサイカの花弁、ニネノの根など普段の薬の材料からケンスユの毒棘、タヘンカネの痺れ粉などの毒の材料、エンニレンの背骨、ノンルメアコブラの牙、ヘワカムの体液など魔物の素材を採取した。
「よし、これだけ取ればしばらくは大丈夫だろう。セリア、一旦家に戻るぞ。」
「うん。魔法の鞄ももうほとんど空きがなくなったしいい頃合いだと思うわ。」
一旦家に戻り素材を渡す。すると父は
「ミカ、思ったより拡大スピードが早いようだ。」
「もうそんなに広がっているの!?」
「ああ、このままのスピードで拡大されたらここら一帯ももって5、6ヶ月で病気が流行することになりそうだ。すまないが今度の採集にはセリアをこちらにおいていってくれないか?二人のままでは人手と時間が足りず薬の開発が間に合いそうにない。」
「…分かった。セリア、父さんと母さんの手伝いをしっかり務めるんだぞ。」
「ええ、兄さん。…兄さんも気をつけてね。」
「ああ、一人だし無茶はしないよ。」
「負担をかけてすまないな、ミカ。だが分かってくれ。」
「分かってるよ父さん。じゃあ行ってくるよ。」
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