9話 降る来たるに、決着を1
――嘗ての
高御座が産み墜とした四柱を属家が赦し、尽きせぬ慈悲を以て神島たる
何時しか地に蔓延る雑多共に、息程度を赦してしまったが属家の間違い。
結果として属家から
属神如きに志尊は
挙句に旧家の添え物程度が、八家と尊ばれて専横を極める始末である。
――総ては、旧家の赦しが有ってこその行いであろうに。
旧家たちが
旧家の悲願を目前に、
結束すら侭ならない旧家にとって、残る可能性は雨月家の
雨月家ならばこそ旧家の末席を赦してやろうと、苦衷を以て認めた両家の縁組。
しかしその判断こそ、老境へ差し掛かった己にとって最高の功績を返してくれた。
それこそが雨月家の正統。雨月
――だからこそ
直孫の不始末を祖父が終わらせるも一興。
天覧仕合等と云う茶番も、あれが死ねば笑い話で決着だ。
群れている八家の縁者は2匹。旧家の陪臣から補充分を見繕ってやれば、感謝されて然るべき厚遇。
常になく心奧で渋る精霊を抑え、老躯が正義を嚇怒と吐いた。
「雑多を踏み潰す程度、慈悲はその後に垂らしてやれば善い。
――征くぞ、
♢
瞬後、
金属の奏でる異音。解放された水蒸気が、雪よりもなお白く視界を染める。
寸前で回避した
「何も、――!?」「
直利の
風雪を曳き潰し、直利に追撃を重ねる不可視の刃。白が微塵と消える軌跡へと、直利は斬撃を合せた。
精霊力は火花と噛み合い、刃金が頬を
一面を覆う雪虫が砕けて散る中、直利の足は地肌に跡を刻んだ。
――勁い!
弛まぬ鍛錬が結ぶ技量に圧され、直利は内心で感嘆を漏らした。
だが、直利とて
螺旋に渦巻く精霊力のまま、直利は地面を踏み抜いた。
「霜柱」「――
直利よりも半
その表面へと直利の
「土行を冒すとは下郎がぁっ!!」「――か!?」
精霊光すら揺るがす大音声。瞬後。精霊力が紫電と換わり、老躯を中心に荒れ狂った。
金気によく似た衝撃が、直利の防御を貫き奔る。
「直利先生!」
気遣う晶の声も届かず、木立の闇へと呑まれる直利。
それさえも下らぬ些事とばかりに、羽織る着物を
「は。
――まあいい。誅滅を済ませれば、儂の手に懸かる光栄を教えてやろう」
然程に背は高くない老人の放つ精霊力が、傲然と周囲を塗り潰した。
八家をも上回らんとする威圧に、晶と咲が身構える。
余裕か、それとも当然と考えているのか。
沈黙が張り詰める中、初手を切ったのは晶の口火であった。
「……こそこそと誰が這い回っているのかと思えば、随分と詰まらん
奇襲は仕掛けないんだな。旧家だ何だと喚く割に、堕ちるところまでは堕ちたみたいだが」
「慈悲を奇襲など、卑劣と同列に並べるとは。
序でに刈る雑多程度、苦しまぬようにと儂が心尽くしを向けただけよ」
「現実を見ろよ。やらかした挙句、勝手に追い詰められているだろうが。
大方、後が無いんだろう? ――
晶の嘲りに、至心の顔面が嚇怒に染まる。
血走る顔面で腰を落とし、小太刀を八相に構えた。
「異胎といえ、我が娘の堕とした雑草。
――
「つまり神器が欲しいから、寄越せば処刑するって事か。
「――儂の恩情に唾を吐くか。ならばもう良い、膾に刻んで最後の躾と代えてやるわぁっ!」
常識以前に、言葉を理解しない晶の無知さ。
説得する慈悲を諦め、至心は傲然と地を蹴った。
「咲は直利先生を
予想はしていたのだろう。短く言葉が飛び、晶たちが左右に別れる。
八家の縁者は何れ始末するとしても、今に優先すべきは晶の方だ。
迷うことなく晶に狙いを定め、精霊力を練り上げた。
身体強化の重ね掛け。刹那の加速を以て、彼我の間合いが刹那に溶ける。
時を刻むとまでは行かないが、それでも瞬時の加速。
「ちぃっ」「――遅いわぁっ!」
吐息すら届く至近で、両者の刃金が閃いた。
互いに余剰の精霊光が入り乱れ、剣戟が噛み合う度に火花が軌跡を描く。
一進一退の攻防。やがて両者は、同時に火花と散らして間合いを離した。
ふ。昂揚する身体の熱が、冬波へ浚われる度に心地良く。
油断なく思考を配り、爪先だけじわりと間合いを詰めた。
吐き合う
風が唸る囁きだけ。刹那に再び、両者は間合いを詰めた。
深奥で吠える狼に応じ、晶は精霊器を振り抜く。
瞬時に加速する精霊力を統御。唸りを上げる斬撃を、上段から至心の脳天へと。
「
轟音、爆砕。精霊力に任せた衝撃が、老躯を圧し潰さんと雪崩れ落ちた。
重圧とは、そのものが威力に直結する。防御も回避も赦さない、純粋な威力の転化。
水行の威力が迫るも尚、至心の唇が嘲笑で歪んだ。
小太刀に渦巻く精霊光が鋭く凝る。踏み込む足元で地面が穿たれ、勢いを増して収束。
「夜長揺らし」
短く放たれた刺突に穿たれ、上段に伴う衝撃波が霧散する。
音すら残らない呆気ない終わり。
「んなっ」「――終わりよ、愚物が!」
夜闇を刻むだけの斬閃を縫い、晶の腹に叩き込まれる蹴り。
二転三転。地を舐めて、晶は跳ね起きた。
痛みで揺れる本能が叫び、背筋を悪寒が舐める。
――晶が回避に地を蹴った刹那、頭上で精霊力が渦巻いた。
風が熱波を伴い、巻き上がる。
刹那に落ちた焔の旋風が、夜闇すら刻んで荒れ狂った。
「これが、五行を統べる土行の
――卑俗が、志尊の頂を以て果てる栄誉。貴様如きが与れるに過ぎた扱いだと、理解すら及ばんとは嘆かわしい」
「だったら諦めろよ。拘っている時点で、手前勝手の器も知れているだろうに」
「ああ云えばこう。理屈を聞こうともしない時点で、貴様が底止まりと判らんか!」
「――でしたら御老も、三宮の決定を認めて駄々を収める時期では?」
吐き捨てる至心の背中、咲が薙刀を手に鋭く間合いを詰めた。
「十字野
烈火の斬閃が虚空を断つも、厳冬を宿した至心の一撃を前に霧散。
水克火の不利を悟り、深く踏み込む事なく咲は晶と肩を並べた。
「……先生は?」「大丈夫。動けないだけ」
気掛かりが一つ消えて、晶に余裕が浮かぶ。
残る最大の懸念となった
「何だ、奇襲は仕掛けないのか?」
「あれは、ただの心尽くしと云ったはずだ。
足蹴にしてくれた今、
「――
「認めた? 旧家が認めてすらいない空手形を、一つ覚えに能く吠える
至宝である
「……そうか、漸く判った」
傲慢そのものとしか聞こえない至心の言動を、晶は僅かと理解できた気がした。
「貴様にとって、
「その通り。貴様ら雑多が息を赦されるも、儂ら旧家が認めているが故。
残る四行は土行の添え物程度と、何故、理解も出来んのか」
土行は中庸に属する。何れにも可能性を孕む、基礎にして万物の一。
相克、相生の関係すら越える土行だが、精霊遣いであっても四洲では稀な存在。
旧家とは即ち、この希少な存在を血統として占有する家門の総称なのだ。
小太刀を水平に揮い、至心は精霊力を昂らせた。
志尊の頂を見据え、丹田から純粋に加速。
「――そしてこれこそ、
何処までも高く、至心の精霊光が薄く黄花の輝きに澄み渡った。
やがて遥か志尊の頂から、神柱の輝きが降り注ぐ。
「
「理解できたか。志尊たる
見世物にも下らぬ精霊無しが触れるなど、三宮四院も奇矯に踊ってくれる」
真に稀な土行の
♢
申し訳ございません。
先週に続けて短いです。
難産でした。
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