13話 逆しま霊道、辿り目指すは神域行6
「晶!」
少女の信頼に背中を押されるが侭、
「
吐息が交差し、晶は八相から袈裟斬りに斬り落とした。
同時に踊るような歩法。能面の鉈が
撃音。金属の爆ぜる音に、互いの斬道が明後日の方向へと向かった。
当然の結果に晶は、
斬撃が幾重にも放たれ、刃鳴る唸りが晶へと響いた。
間抜けとも見える能面とは裏腹の、踊るような歩法。その斬撃は悉く、晶の斬閃が叩き落す。
流派すら不明の剣技に最初こそ戸惑ったが、剣を交える事は既に3度。
自身に届く斬撃だけを弾いて、更に一歩。
巍々と揺るがぬ晶の前進に、小兵の足が後退の気配を覗かせる。
――逃す
「勢ェイッ!!」「むぅっ」
地を蹴る能面の
気付いても遅い。唸る
晶の斬撃は疎か、斬断する決意よりも速く
――斬。
防御を無為と帰す斬撃に撫で斬られ、樹々が地響きを立てて幹から落ちた。
樹々が滑らかな断面を曝す光景に、
「防御を厭わぬとは、恐ぅものですな。
それなりに干戈を交えた仲、刃に語らうのも雅と思いましょうか」
「好き放題やってくれた貴様に、悠長を赦すかよ!」
能面越しに投げられる戯言を吐き捨て、晶の足が地を蹴った。
一足一間。未だ拙くも晶の縮地が、彼我の距離を溶かす。
――硬い!
能面が覗かせる嘲笑の気配を敢えて無視し、晶の足が更に一歩を踏み込んだ。
相手の鉈は、晶が半ば断ち切っている。
間合いは晶が有利であるのに、手数を封じる斬撃からその事実を実感できずにいた。
せめてもの抵抗で放った斬り払いも、僅かな神気の爆発と併せて
「若いですなぁ。
「くそっ」
踏み込んで攻勢に入れても、相手が圏外に逃れてしまえば無意味となる。
強力な神気の一撃だが、過ぎる威力を晶は持て余していた。
悔悟を罵倒ごと吐き捨てる。もう一度間合いを詰めるべく、
「晶さん」「っつう」
「―――卑ッ!!」
脇から踏み込んだ
足元に落ちる残炎を踏み潰しながら、
「
「申し訳ありません、
――それを赦してくれる相手ではないようです」
近くに立てば同時行使も可能な
神器を持つ晶へ
何しろ、
ここで
「巫と
「――いいや。お陰で充分に、神気を練れた」
嗤う能面を遮り、晶と
その掌中に猛るは、
――威力を持て余すならば、それ以上の火力を以て一帯ごとを圧し潰せばいい。
幾重にも爆ぜる神気の衝撃が、空間を飽和して能面の身体を呑み込んだ。
如何に強靭な
周囲から圧壊する爆炎はしかし、滄溟に揺れる輝きによって奥から塗り潰された。
「これを防ぐかよ。厄介だよな、神気ってのは!」
「残念ながら身共に神気が赦されている限り、
青白く燃え散る呪符を指から弾き飛ばし、嗤う能面が渦巻く炎から抜け出る。
大抵の化生を消し飛ばす一撃はしかし、無傷の相手に晶がぼやいた。
神柱そのものでもある神気は、そのものから象を宿す。
神気はそこに在るだけで、神柱にも侵しがたい堅牢な領域となる。
攻めあぐねて後退しそうになる晶の足を、
「戯れはそこまで」
神柱が神気に護られていたとしても、晶や
「ここは
「応!!」
冷静に追い詰める
少女と肩を並べ、自然と
匕首と
人数の差は、そのまま手数の差である。
交互から繰り出される斬撃に、次第に足から後退の気配が覗き始める。
形勢が完全に傾いたその瞬間、繰り出す鉈の勢いが衰えを見せた。
決壊は刹那の内に。
刃渡りが半分から無い鉈が
――山ン本殿の加勢で凌ぐ予定であったが、どうにも遅れている様子。
「……仕方あるまい」
九法宝典を正式に破壊するためには、神柱と強く縁を結んだ火気を以て正面から相対する必要がある。
嘗て己が成し得た偉業の、忠実な再現。
だが、この時点で敗北する予定は、山ン本五郎左エ門であったはずなのだ。
その到着が遅れている今、ここで能面が敗北する訳にはいかなくなってしまった。
策の進行が速すぎるためか、別の要因があるのか。
迫る致死の斬撃に、能面の奥で歯噛みを一つ。
能面の掲げた剣指に挟まれ、数枚の界符が海色の神気を放つ。
真言を瞬時に組み上げ、能面は強固な結界の檻を編み上げた。
「「!」」
完全に止めと確信していた二人は、爆ぜる神気に対応が遅れる。
水克火。火気に対して優位にある水行の神気が、
掌中から柄の手応えが消え、
その感触は、晶の記憶にも新しい。
「神器の封印!?」
「然様。
瞬転。手数が無為と散った晶の眼前に、嘲弄する能面が迫った。
退き足で後退しようにも、攻め足を踏み込んだ晶の初動は致命的に遅れる。
胸ぐらを掴まれ、晶の身体は霊道の入り口へと押し込まれた。
「――火行に属するものを対象に数秒が限界ですが、それで充分」
爆ぜる音と共に結界が消え去り、――掌中に返る
考えるよりも早く切っ先を突き立てようと、
「晶!」「晶さん!!」
――晶の抵抗も遅く、その身体は能面と共に霊道の奥へと落ちた。
♢
神籬山の麓では、戦況が混乱の一途を極めていた。
戦場となった平地の其処彼処から精霊力が弾け、その度に鈍く土煙が立ち昇る。
土煙の狭間から垣間見える赤銅の肌。
大抵の
「防衛線、突破されました!」
「何としてでも持たせろ。前線は深く切り込むな、後退させて防衛に固めろと通達――」
飛び交う指示も焦りが先立ち、若いそれが目立つ。
近衛の衛士も軒並みが
守勢の足並みすら乱れる中、指揮に用意された拠点へと影が落ちる。
「!? 退ひ――」
暫定で指揮権を持つ衛士の一人が頭上を見上げた。
影の正体に愕然と警告を叫び、地響きを立てて落ちる
―――
逃げ惑う
周辺を薙ぎ払うべく、振り下ろし――。
「お通りよ、」
それよりも速く、
虚空に差し伸べる掌が、心奧に納刀められたその一振りを抜き放つ。
「――
その一撃は、初動からの一切を見透すことが叶わなかった。
残心から漸く、刺突だと判る程度。
しかしその威力は、絶後の一言に尽きた。
遅れて轟く衝撃が地肌を捲り上げ、
――貫く衝撃は
巨大な化生から飛び散った臓腑が、地面を
「何だい、何だい。鉄火場と愉しみに来てみれば、
――数ばかり揃えてもねぇ、
笑う女性の左眼を覆うのは、朱と青で鮮やかに染められた刀の鍔。
――八家第四位、
「ほ、
「ああ、判っているよ。総員即刻、退避。
――
軽く返るその口調に、衛士見習いの表情に気力が戻った。
――前線に出張りたがる性格も、今は迷惑より有り難さの方が勝つ。
短く謝辞を残して、衛士見習いは身体を
安全な後方へと退避する意味もあるが、それよりもこの場に残る方が不味いからだ。
巻き込まれても知らないは、嘘でも誇張でもない。
内功に秀でる
特に威力の調節が難しい。
「さぁて、――雨月の坊やが到着するまでは、保って
一撃気張って、処理をするとしようか」
襲い来る
元より手加減する気など、――毛頭から無い。
「
地面で炸裂する衝撃が、見える範囲の
威力ではなく、足止めを主目的とする珍しい止め技。
――当然、本命は次撃である。
起き上がろうと藻掻く
「
その手に掲げる直刃の太刀が
――抵抗を見せないまま刀身が振り抜かれた。
虫の羽音に似た騒めきを刃筋に纏い、まるで舞うかのように
残った一匹が漸く立ち上がり、理解できない惨状に逃げ腰を見せる。
「最後の一匹、逃がさないよ!」
―――
しかしそこが限界であったか、
次第に消える、羽音と振動。
「おや?」
―――
そこに乾坤一擲の勝機を見出したか、
振り上げられる
――衛士見習いならその膂力は猛威だろうが、本来の
轟音と共に叩き落された拳を顔面から受け止め、無傷のままに女傑は告げた。
「五劫七竈」
その
近距離最硬を誇る防御の
残るのは、
神器の権能は、敢えて行使を控えている。
頭数の差に任せて誘を足止めしつつ、数体が神籬山へと足を向けた。
脅威となるのは精々が誘だけで、残りは
ならば神籬山の結界だけでも破壊して、せめてもの意趣返しを目論む。
死兵として押し寄せる
――だが、足を向けようと考えることもなく、軽く肩を竦めて迫る大群へと。
相手に届いているだろうと確信した呟きだけが、女傑の口元を彩った。
「遅かったねぇ。ま、物足りないだろうけど、その残りで我慢しておくれ」
「――どうせ、そう言い訳する
山の結界を護るよりも、
誉の後背で、
当たりもしないのに、意気軒昂と正拳突きを繰り返す。
「征くのじゃ、誉!!
この切羽詰まった難事に面倒を起こしてくれよって、
「……
神気が揺れて、うまく制御できません」
「莫迦もの、儂は充分に落ち着いておる。
悠長に構えておらんで、さっさとあの程度、――うにょうっ!?」
僅かに宙を泳ぐ青蘭の身体が正拳の勢いに負けたか、くるりとそこで1回転した。
どういう理屈か、勢いのまま更に2回転。
泳ぐ腕で誉へと抱きついて、漸く止まる。
「ふみぃぃぃい……」
「云わん事じゃない。
――結構、そのまま落ち着いていてください」
後背の青蘭に言葉を残し、男装の佳人は虚空へと手を差し伸べた。
自身の心奧に納められた、その一振りを掴む。
――それは生きとし生ける繁栄の証にして、民草の栄光を讃える燈火の
何処までも青く、蒼く、碧く。澄み
銀の枝葉がその拳を覆い、更に長く伸びる。
「咲き誇れ、――
刹那の後に顕れたそれは、銀色に輝く一振りの木刀であった。
誉の眼前で籠められた神気が波濤と化し、先頭の
頼りないだけの神器が生んだ一撃はしかし、
「――うん。まぁまぁかな?」
自身が最も好む神器を一瞥し、誉は薄く満足の
日天が僅かに傾きをみせた頃。
――青く澄み
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