13話 逆しま霊道、辿り目指すは神域行3
最速の踏み込み、最短を奔る切っ先。斬撃を読まれようとも構いはしない、防御ごと叩き落す剛の太刀。
多彩を誇る
僅かに開く、霊道と
「―――卑、非、卑ィ。如何に
「くそっ」
一見するだけなら晶の優勢、しかしその実、焦りの
吐き捨てる悪罵にも、一切の余裕は窺えない。
晶が稼いだ僅かな距離は、
――その気になれば何時でも取り返すことが可能と、
だが、退く訳にいかない。攻勢まで奪われてしまえば、晶に挽回の可能性は無くなってしまう。
その事実を自覚するが故に、晶の前進は揺るがず重ねられた。
「
剣技だけでは身共に届かぬと、最早、自覚も充分にされているはずですが」
「どの口がっ!」
独特の歩法で相手の圏を侵し、相手に
精霊力を練り上げるほどの余裕、
互いに自覚した上での、膠着した状況。
手詰まりの現実に晶の焦りが乗ったのか、一撃に見逃せない粗が乗る。
肩から大きく放った斬撃が、噛み合う事なく虚空を斬った。
「―――卑、非。残念に御座いますぞ」
「!?」
「身共が一人では、些かに
些少ではありますが、援軍を用意させていただきました」
茫漠と渦を捲く瘴気の向こうから、張り上がる筋骨に支えられた
幾度となく見たそれは鬼道の1つ、鬼種招来。
―――
ざっと見ただけでも10は下らない頭数の
「当方とてここを先途と、充分に準備もさせていただきました。さて、如何されますかな?」「――当然、貴様の頸を優先するとも」
その決意の通り、放たれた斬撃が小兵の頸へと一直線に迸る。
噛み合う刃金が火花を刻み、孤城の斬断が明後日の方向へと向く。
充分に体重の乗った一撃。防がれはしても、その上から
「―――卑!」
吐息が触れ合わんばかりの距離で、孤城と
――放たれる、蜘蛛の如く防御を侵す斬閃。
対する孤城の精霊力が大きく渦を捲き、
収束する爆圧が、得物から
躊躇う事なく鉈を手放すその躯へ、指向性を考えない大気の暴力が炸裂した。
轟音。初伝には無いはずの威力が、能面の被る体躯を揺らす。
至近で受けた衝撃は無視もできないのか、退く足にも揺らぎが生まれていた。
そうであるにも関わらず、
戦風。孤城が常に纏うその
確かにそれら
だが、異なる術式を複数同時に行使し、有機的に連鎖させる。
その総てを遅滞なく瞬時に。戦闘に耐えられる段階で行使できるのは、
弾かれた勢いに、
――同時に孤城が踏み込み、
「流石は、天下に名高き
「ただの年の功を、随分と評価してくれる。
私程度を持ち上げるとは、貴様の程度も知れるというものだな」
「―――卑、否。長年に修めた身共の技量に、高々、
否早、
幾重に連なる斬閃が、孤城と
「しかし、宜しいのですかな? 身共が見たところ、
相手の動揺を誘う毒を孕んだ囁きも、しかし孤城は笑い飛ばす。
「
「一太刀、仕り候」
鬼種を滅する不屈の覚悟。鬼が相手であれば、如何なる戦場も勝利に導くその神器。
「――百鬼丸!!」
莫大な風圧が、戦場を上下に断ち切る。
精霊力が唸りを上げて、理不尽な暴力が
後方より奈切迅が戦場に斬り込み、続く
たったそれだけ。
しかし、見逃せないその一手が、敗色の気配が濃厚に立ち込めていた戦場を裏と表へ入れ替えた。
「……ふむ。これは、些かに不味いもの」
だが
――予定の通り、相手は動いている。
その確信は、
これまで貯め込み、
誰もが考えなかったのだろうか。精霊力を籠めて呪符を書き、精霊力を費やして
であるならば、瘴気を代替に行使し得る技術も可能ではないのか。
その結論こそ、
――
懐に隠していた白鞘から、匕首ほどの刀を
―――鬼!!
刀に宿る化生が、妖しの叫声を上げる。
その真芯に瘴気を練り上げて、
それは流派すらなく、ただ与えられたのは技の名前のみ。
「――
「ちぃっ!」
瘴気に凝る斬撃が放たれ、意表を突かれた孤城に迫る。
辛うじて去なしたそれに
「
踏み込むその所作は一
――刹那の抵抗も赦さずに、孤城の身体を駆け抜けた。
喰い破られる精霊力に混じり、孤城の血潮が微風に舞い散る。
虚空を泳ぐ
――敗色の気配は微塵も浮かんでいなかった。
堕ちた神柱を前にここを決戦と臨むならば、
高い技量と高く見える壁。その響きを知れば、誰もが策の中軸に孤城の存在を据えざるを得なくなる。
無意識に集めてしまう視線と意識。……その響きは、
――足元に刻まれる残炎を伴い、
その両腕が掴むのは、浄滅の象徴たる
神気を臨界まで練り上げて統御する。それは晶が初めて行使した、
浄滅の炎そのものを、晶は一
爆発する神気と瘴気が正面から噛み合い、大地の鳴動と衝撃が撒き散らされる。
奧伝の威力は当然の事、晶の持つ残りの神気を残らず相手に叩き込んでいるのだ。
嵩が化生ならば刹那に浄滅する規模の威力は然し、
「な、んだと!?」
「神器の一撃は、流石に桁も違いますなぁ。
我が地を放逐われて幾千夜、呑み込み続けた瘴気の澱を以て拮抗するだけが精々だとは」
返る
だが、それは何の慰めにもならない。
自身の持ち得る最大の火力が防がれ、晶の
焦躁から、後一手を求める晶の左手が泳ぐ。
慣れた所作で火撃符を引き抜き、晶は無我夢中で励起を試みた。
――失敗。
無為へと還る意識に、左手の指の隙間から撃符が零れ落ちた。
衛士としても陰陽師としても、晶の技量は漸く毛が生えた程度が評価として精々である。
舞い落ちる数枚の撃符を、視界の端で苦く見据える。
後一撃。その可能性を撃符へ求めるしか、晶に手段は無いからだ。
――敗北するのか、終わるのか。
晶は火撃符を視界の中央に収めて、その内に宿る火行の精霊へと意識を伸ばした。
瞬転、精霊が歓喜を持って答える。
それは声なき声。剣指すら無いままに術理を越え、晶の視界で火撃符が莫大な炎と変わった。
それは晶にとって、最初から当然に在ったもの。
当たり前すぎて在る事すら意識しなかった、
――精霊の声。
頼り切っていた
呪符に宿っていた精霊が散じて尚、晶は場に満ちる精霊へと己の声を届ける。
最も馴染んだ火行の精霊が呼応の声を上げ、浄化の渦炎が
「や、 、」「―――卑。お見事ぉっ」
やったか。そう呟こうとした晶の舌を遮り、爆炎の只中から
――その向かう先は、
「待てぇっ!!」
完全に虚を突かれた晶が振り向く先で、
刃金が鈍く、傾き始めた陽光を照り返す。
―――禍、鬼ッ!!
茫漠と視界を塞ぐ赤黒い輝きが、雪崩れるように
幼い少女は
――それは、連綿と通る大道の守護。
「巡りて戻れ、――
刹那。五行結界に匹敵する強度の結界が、
「兄さまと父さまの
――その
「成る程。神器の権能に御座いますか」
あどけない少女の声が、微風に乗って戦場に響き
幼くも支配者として立つ
神器はその多くが武具の姿を取って顕れるが、それは絶対という訳でもない。
その権能は因果の逆転。
自身を基点とした未来から、何れある結果を引き寄せる手札の前借り。
そしてもう一つ。
未だ幼い年齢10の肢体であれど、伊達に
戦場へと立つ以上、
「
祝詞を謳う
続けざまに、回生符も有りっ丈。
金界符から生まれた旋風が、青白く浄化の炎を捲き上げた。
父親である孤城より直々に教わった、それは対瘴気特化の陰陽術。
場にある瘴気を相手に返し、圧殺しながら浄化する呪い返しの暴風。
「む」
「祓え給え、清め給えと。――
―――
浄化の輝きと化した旋風が、結界の
直後に響く化生の断末魔。
浄化を寸前で逃れた
「きゃあっ」
「未だ、甘い」
意表を突かれた
小兵の接近に、赦しを得ていない存在を浄滅するべく結界が雷光を放つ。
空間で爆ぜる雷光は、三津鳥居山を護る結界の最後の防壁。舐める雷光を物ともせずに、小兵の被る能面の口元が三日月の陰影を一層に深めた。
策動の前提条件となる最後の二つ。吞み込んだ瘴気の破棄と、金行の神気に依る結界へと辿り着く事。
それらは総て、達成が叶った。
何処までも深い、
結界を大きく抉られ、五行結界の一角がその役目を散らして喪った。
――勝った。
自身が生み出した吹き荒ぶ氷雪に揉まれながら、連なる鳥居の前へと
大きく勝利に
♢
長時間の停止に石炭の節約を図ったのだろう。
蒸気機関車の先頭から、吐き出された蒸気が車窓の外を流れていった。
黒煙と混じり硝子越しに跡を残すそれを流し見て、
「未だ日中なのに、瘴気濃度が30を超えている。
真逆、もう始まっているの?」
呟く声は然し、周囲の喧騒に呑まれて消える。
静美の乗っている蒸気機関車は、央都への到着を目前にした現在、緊急の停止を余儀なくされていた。
五行結界に護られている央都は兎も角、結界の外では化生の被害もそれなりに聞く話だ。
駆動している車上ならば怖れる事も無いが、停止している汽車など鉄でできた箱と変わりはない。
不安に駆られたのだろう。普段は静かな一等客車に、落ち着きを忘れた怒号が行き交っていた。
「どうした。何故、動かん!」
「申し訳ございません。現在、調査中に御座います」
「先刻から貴様の宣う言葉はそれだけだ。
「――申し訳ございません。現在、調査中に御座います」
「儂が引き下がればと調子に乗りおって! いいか、儂は――」
喧々諤々。実に内容の無い不満が、何も知らないだろう車掌へと向けられる。
混乱に拍車をかけるだけの無能を止めるべきか、悩む一方で静美は思考を巡らせた。
「地図があれば良かったのだけれど」
陰陽計と太極図は手元にある。加えて、静美の直下を奔る龍脈は水行のもの。
これだけ揃えば、大まかではあるが陰陽計算で央都の現状を知ることが出来る。
周囲を目測で測り概算を出すことも考えるが、結果を少し間違えただけで逆の数値が出かねないのだ。
選択肢に入れてから、無言で即座に除外した。
「お待たせしました、姫さま」
「お帰りなさい、
喧騒を縫って座席に辿り着いた
「緊急停止の理由は聞いてきました。
――この先の
「そう。なら百鬼夜行が起きていると考えた方が良いわね。
――
「恐らくは。……降車して向かわれますか」
充分に予想のできた状況に、静美は躊躇う事なく立ち上がった。
単純化された路線図を一瞥する。
陰陽計算には役に立たないが、大体の位置関係を把握する程度には充分な地図代わり。
「ええ。汽車はこの先を進めないでしょうし、それなら
静美の決断は想定していたのだろう。抗弁する事無く、
線路の上へと降り立つと、砂利の上でざらつく音が鈍く立つ。
「茅之輪山への向かう道程はどうされますか?」
要山までの地理は一通り把握している。
山稜に
「山稜から直接、向かいましょう。迂回する手間の方が惜しいわ」
「畏まりました」
返る静美の言葉に、迷う響きは無かった。事が起きている以上、数秒でも時間は惜しい。
それに
追従する
記憶が正しければ、
その距離を直線で急げたとしても、要山の到着には数刻は掛かるはずだ。
到着には夕刻。要山に詰めている
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