7話 巡るは央都、万華の如く2
似たような大路を越えたと思えば、又、向こうから見えてくる。
整然と云えば聴こえは良いが、単調な街並みの中心を北に向かって晶たちは歩いていた。
「随分と、お行儀の良い街だろう? 央都の
「気を付けます。
「歴史を感じるだろう」
言葉を濁す晶の前を歩きながら、
だが、歴史という表現も良く云えば。の類であり、
「――
「云い過ぎだよ、迅。
周囲に人も居る。誰が聞いているかも判らないんだ」
晶と源次が誤魔化した語尾を継いで、
身も蓋も無いその評価に苦笑を一つ、
向こうから歩いてきた着物の老婦人が耳に咎めたか、
聴かれただろうか? 眉間を掻いて気まずさを誤魔化し、
鄙びていると評した迅だが、実際はそこまでも無い。
大路に行き交う人の流れは多く、蒸気自動車も馬車に混じってそれなりに見止める事ができたからだ。
しかし周囲の建物には歴史を感じる長屋造りが多く、どうにも時代に置いて行かれた街と云うのが晶の印象であった。
周囲に見える山稜の並びから、央都にそれほどの広さが無いと窺えたのも理由の一つだろう。
「央都人は変化を嫌う気質が強い。文明開化の波なんて、その最たるものだろうな。
実際、この
――これでも、西巴大陸の文化が浸透した方なんだ」
そう
それに従って、自然に晶たちの歩みも人々のそれと交わった。
「そうそう。特に喫茶店は旨い店がかなり多い。
――後輩。金子に余裕があるなら、後で俺のお勧めを、 、……痛でっ」
「君の喫茶通いは、女給目当てだろう。
――その資金を何処で調達したのか、じっくり聴く必要はあるかな?」
「せ、
青筋を浮かべながら微笑む
その姿に大方の事情を察した
「……呪符の内職で小遣い稼ぎか。
学院の成績に不安はないから言及はしないが、散財はしないように」
「お、押忍」
「ほう。
「金撃符だ。……
「
――呪符の足りない
「相性は如何ともし難いさ。
……それより、迅
特に隠している話題でもない。笑いながら、
「晶だよ。此奴はこれでも器用でな、何処で習い覚えたのか回気符を作成できる。
お陰で第8守備隊は、呪符に少し余裕がある」
「それは凄い。なら、紹介する学院も学ぶものが多いかもしれないね。
――晶くん。転校の手続きは出来ているかい?」
伯道洲は、陰陽術との相性が國天洲に次いで高い。流石に接する機会も多いからか、その瞳に驚いた
「はい。中学校の教諭には、かなり渋られましたが」
「成績は優秀だと聞いていたけど、それが理由かな? 気にすることは無いさ。短期ならば、教諭にとってもいい話だ」
一年遅れとはいえど、晶の成績は首位を独走するほどにある。
才覚は元より、努力も欠かしたことは無い。
担任教諭の実績を主張するためにも、他校で単位を取られることは避けたいのだろう。
……だがそれは、
晶の利益を見るだけならば、
軽く談笑を続けながら、晶たちはやがて央都の中心を臨む区画に足を踏み込んだ。
立ち並ぶ周囲の建物も商店や住居と云うよりは、公共施設の色合いを強く窺える。
「もう直ぐ央都の守備隊総本部だ。――が、入る前にお前たちには厳命しておくことがある」
人の流れも疎らになった頃、神妙な顔つきで
その手が持ち上がり、三本の指が立てられる。
「先ずは、喋るな。次に、視線を動かすな。
――そして絶対に、怒るな」
至って真面目な表情で下される奇妙な指示に、晶たちは呆気に取られた。
気持ちは分かるのか、苦笑を浮かべながら
「事実だよ。迅は、央都人と友誼を結んだ事はあるかい?」
「いえ。学院では、同じ
――まぁ、お高く止まった連中だって印象が強いですが」
「その印象で、大方は間違っていない。
詳しい
「「判りました」」
訳が分からないまでも、取り敢えず二人は声を揃えて肯いを返す。
一抹の不安は残ったものの、
――成る程、確かに。
横目で迅を流し見る。表面だけ取り繕っているものの、不満な本音は透けて見えた。
「
百鬼夜行程度の報に
「……総隊長殿としては、
「真逆、真逆。それこそ、畏れ多い事で」
何処か緊張感の張り切れない、婉曲な遣り取り。
通された応接室の中。
年齢の頃、40程であろうか。
「事の重大さを、ご理解いただけていないようですな。
――
「珍しくも無いでしょう。
「芸程度とは、桁が違うと云う話だろう。
――
上っ面だけの微笑み。嗤うと表現するに適当なそれが、
「つまり私が、化生如きにしてやられていると? 噂は届いておりますよ。
――何でも、
「此方の事情はどうでも良いでしょう。
問題は奴の本命が
「永く生きても所詮は
くくっ。喉奥だけで漏れるように嗤い、
「
「飽く迄も、此度の騒動では央都の問題ともならないと?」
「当然に。央都周辺をご覧じれば、
――
4洲では怪異が洲都を襲う事も多いとか? それで人心を安堵させるのは困難かと」
「ふむ。
「央都は万全に
……ですが、
手勢をつけるほどの余裕はありませんが、周辺の山を狩って満足していただければと。
――何、私共もここ最近は狩り過ぎたのか、
――きっとそれは、
平坦な口調に嘲るような感情が滲む。その後も暫くは続いた会談で、それだけが晶たちの印象に残った。
その後に交わした幾許かの取り決めは、然して時間を取られる事なく。
辞去の言葉もそこそこに、晶たちは総本部を後にした。
「終わったぁぁ」
「くそ。無駄に疲れた」
総本部の見えない通りを曲がり、晶と迅は肩を並べて大きく息を吐く。
気疲れだけが残る会話に、晶たちの解放感も相当に味わい深かった。
「2人とも、能く我慢した。
知らん奴が直面すると、大体あれで揉めるからな」
「……
「残念だが、あれでも素直に此方の要請を聞いてくれた方だ。
流石に
あれで素直。余計な面倒を直視して、晶たちの表情が渋った。
気持ちは充分に理解できるのか、
「
……確か、嘗ての西道守護を一手に担っていたとか。
矜持も歴史も、下手な八家よりは高い。内心では此方を見下げていただろうね」
「
旧家華族の詳細は知らないが、
だが、
当然に
無駄だという事は身に染みていたからだ。
旧態依然とした旧家華族の権力機構は、
役割も共通したものが多く、三宮の代行として発言権を有している家系もある。
極言、限定的に彼らは、三宮の代行者として振舞うことが赦されているのだ。
――それは長い年月を経て、自身が三宮と同格であると誤認する要因でもあった。
「……仕方がない面もあるね。そもそも
明確に序列として上位に立っていたから渋々に付き合ってやった。
彼らの本音は、大方そんなところだろう」
「だからと云って……」
「三宮は大きな裁可を下すが、自身の膝元には意外と無頓着なのも理由かな。
その
「――もういいだろう。晶、この辺りは
「天覧試合の際を除けば央都に縁がなかったしな、俺は央都人との付き合い方なぞ今一つ判らん」
「ある程度の自由は確保できたんだ、結果としたら上々さ。
2人とも。私と厳次は守備隊に詰めるが、君たちは学業を優先しなさい。
――迅、晶くんを案内するように。今から行けば、君も昼からは授業に出れるだろう」
我関せずの顔で殿に立っていた迅は、その言葉に嫌そうな表情を浮かべた。
だが反論は出来ない。何しろ半月は授業を受けていないのだ、これ以上を逃したら進学どころか退学も有り得てしまう。
「押忍。判りました」
迅は一礼を残し、晶と共に踵を返した。
――晶たちも、己のやるべき事を済ませる必要があった。
♢
央都の中心を南北に走る大路の途上、迅と二人、肩を並べて北へと向かう。
古びてはいないが、特徴的な長屋の並びが何処か時代に取り残されたような印象を晶に残した。
「――そういえば、
俺、行き先を聞いていないんだけど」
「云ってなかったか? 幾ら師匠でも尋常中学校への伝手は無くてな、俺の学校ならって事で頼まれている」
「先輩の学校って、確か……」
「
練武の師範でもあるから、気が重いんだよなぁ」
立派な理由があるとはいえ、半月以上の欠席は痛い。
規範に厳しい相手、当事者である迅に向けてくる視線も厳しいものになることは想像に容易かった。
渋い表情の迅に、晶が苦笑を返してやる。
「自業自得。
でも、
「何だよ?」
「いや、学校名を聞いたことがあると思ってな。
――何処で聞いたっけ」
「そりゃそうだろ。確か、
……ああ、雨月もか」
「ああ、咲さまの。……何?」
何気ない迅の呟きに晶の歩みが呆然と止まった。
……咲の事はまだいいとして、晶の記憶に故郷のそれが蘇る。
――邪魔なんだよ。
初めての顔合わせより、見下され、蔑まれ続けたその視線。
日陰で蠢くように
3年の月日を隔てた現在。年子の弟で
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