7話 巡るは央都、万華の如く1
重く軋む音が過ぎて、黒鉄の巨躯が排煙混じりに過ぎていく。
煤が焦げつく臭いに咳き込みながらも、晶と
「――や、ぁあっと着いた。汽車は速いが、寝るに不自由なのがきついよな」
「全くだ。宿が取れないってのが、また不便極まりない」
ぐちぐちと不満を口にする若輩二人の背中で、呆れたように年輩二人が肩を竦める。
三十路を数えているはずなのに、此方は疲労が一切感じられないのが対照的であった。
「この程度の旅で音を上げるな、晶。情けないぞ
……今後も央都には足を運ぶかもしれんのだ、今のうちに慣れておけ」
「迅もだよ。
君は央都の旅に慣れているだろう? 晶くんの先導くらいに土地勘は育っているはずだ」
「「……………………」」
見事に肩を揃えた、師弟たちの組み合わせである。
「「何だ?」」
「「いえ、別に」」
持てる者に持たざる者の気持ちは一生判らない。
弟子たちの本音は、白けた空気に散って消えた。
だがまぁ、旅慣れていない晶もそうだし、迅も仕方の無い面がある。
迅の故郷である
中継駅を幾つも跨ぐ旅程は、迅をして初めての経験であった。
溜まる疲労もそこそこに、4人は駅の改札を通り抜ける。
その途端、整然とした街並みが晶の視界に広がった。
「――どうだ、
僅かに動く晶の
背中から掛かる
三方を囲むように、山稜が遠くに窺える。
――遠くの山が明確に見えるという事は、意識しない程度に陸地がすり鉢状に傾斜していることを意味していた。
見える限りの街並みに
だが、新陳代謝の
「さて、先ずは央都の守備隊に顔を出すとするか。央都への滞在許可は……」
「――
背中に側役二人を引き連れて、
「は。お手間をおかけいただくこと、感謝いたします。姫さま」
「物の序で、気に止む事は有りません。
守備隊本部への説明、良しなにお願いしますね」
「――そちらはお任せいただければと」
軽く肯いを返して、
男どもを一巡したそれを、言葉を控えて立つ
思惑を探ろうとしたのか、穏やかに微笑むだけの刹那が両者を行き交う。
しかし結局は、意図も読めないままにすれ違って終わった。
「……晶さんは近衛か守備隊に身を置いて貰おうと考えていますが、
貴方ほどの腕前があれば、どこでも歓迎されると思いますが」
近衛とは、
一時的であってもこの組織に身を置いていたという看板は、衛士にとって充分過ぎるほどの箔であり、どこの守備隊であっても決して無視はされない。
近衛に所属していたという事実が
――しかし、
「望外の提案は有り難いのですが、自分は守備隊の隊長が精々にございます。
央都の守備隊での自由を口添えいただければ、そちらの方が有難いですな。
……晶も中伝に片足を突っ込んでいますが、未だ初伝の身。近衛の方々からすれば、失笑は免れないでしょう」
折角の提案を断られたことに気分を害した様子も無く、
「良いでしょう。
――晶さんも、それで良いかしら?」
「はい」
巡る視線を晶と絡める。声を掛けたい思いはあったが、結局、口に出すことなく
「……
「仕方ないでしょう、
――私だって、もっと話したかったのに」
大路を中央に向けて進む車中。責めるような
どうやってかは判然としないが、晶に何かあると
第8守備隊の屯所や央都に向かう汽車の中でも、
出立は遅れるだろうが、
「
「……寧ろ、あの御仁の本領は政治方面よ。
余り知られていないけれど、自分の武名を貸し付けて他洲の有力者と繋がることを得意としているの」
築かれた人脈は多岐に渡っており、
無論、武名に偽りがある訳でなく、剣の冴えは一層に磨きが掛かっているとも云われている。
取り逃がした悪神を追うにあたり、望める協力としてはこれ以上無い人材だが、
「小一時間ほど問い詰めてやりたかったけど、此方の言質を取られてしまうなら本末転倒よ。……せめて、
「是に
――残る懸念は、
「……
視線を受けて、もう一方の側役である
更には全国の有力者が一堂に会して学ぶ手前、どうしても地方同士の派閥で固まってしまうのだ。
――その点に
「多少、金子は掛かりますが、舶来ものの流行品を優先して融通してみます。
「お願い。最悪、晶さんとの接触を避けられるなら、それで構わない。
出来るならば、難癖をつけてでも
「……畏まりました」
未だに、晶が雨月に感情を残している事は気付いていた。
それを責める
晶は未だ意識に薄かったが、ここは
今回の戦いで、晶と相対する最大の敵は
――これまでは願えば与えられた無尽の力、それが無い現実そのものであった。
♢
労苦も知らなさそうな繊手が、壁に掛けられた電話の受話器を取り上げて耳に当てた。
慣れた口調で、受付に呼び出した交換手に電話番号を告げる。
――暗がりの伸びる通路で待つこと暫し、やがて、繋がった相手に軽く声を上げた。
「――声を交わすのは暫く振りだね、姉さん。何、電話は嫌いってあまり触ってこなかったでしょ。
信条を曲げた理由を聞きたいな?」
『苦手って云うのは事実だけれど、嫌いって云うのは語弊があるわね。
信じていないだけよ。貴女も周囲も、こんな
電話向こうの相手、
洲を越えた長距離で繋がる電話の回線は数が少ない。
盗聴の危険性はそれだけ高いことも理解しているが、それを踏まえたとしても尚、時間差も無く会話が交わせる利点は無視できない。
その事実だけでも、誉にとっては万金を賭ける価値を有していた。
まぁ、頭でっかちの
「これからの通信は電話だよ、姉さん。
米や呪符の相場師を見なよ、一秒早い情報の仕入れに血眼だ。
……ああはなりたくないが、見習う必要も無いとは思わないね」
『利点は理解している
「ふぅん」
彼女の本題は重要度でかなり高く無視もできない。だが、時間も無いため、止むを得ず誉との連絡に電話を利用したと云うところか。
「……まあ、
『――
「また、酔狂な真似を要求するね。
つまり、隠す必要はないけれど、大事になるのは避けろって事?」
脳裏で項目に挙げていた予想を裏切る内容に、誉は肩透かしを覚えた。
数日でも終わる気配は無いなと、誉は自身の予定を脳裏で白紙に戻した。
『話が早くて助かるわ。
……探して欲しいのは、子供の符術師』
「うん?」
突拍子もない内容に、誉の
思考の奥で隠し子やら何やら、三文記事の題目が飛び交う。
――姉の?
一瞬、思考に浮かんだ可能性を、直ぐ様に捨てる。
貞淑には定評のある、頭の固い姉にそんな真似ができるとも思っていない。
と云うか、
ならば、それ以外という事か。
色男だが、女性の影はちらつかなかったので安心をしていたが。
『――雅号は玄生。年齢は今で13辺り、……どうしたの?』
「姉さん、義兄さんも男なんだ。寛容を以って接すれば、きっと判ってくれるさ」
『何の話よ』
「子供に棘を向けるなって話だよ。
大丈夫、言葉を尽くして道を糾せば、人倫にもとる行為に手を染める必要もないと僕は思っている」
『だから、何の話よ!?』
「義兄さんの隠し子だろって話だよ。
気に病むことは無いって、
『~~!! 違うわよっ、話をちゃんと聞きなさい。
貴方に探して欲しいのは、玄生という雅号の年齢13の男子!』
「おや? 13なら、 、 、計算が合わないね。
……じゃあ、誰の子供」
したり顔で
男子と云うからには、
そんな醜聞、間違いなく向こうの家が黙っていない。
『貴女、
そこからそろそろ離れて頂戴。……それに、もう遅いわ』
「遅いって。……真逆」
「ええ、死亡は確認しているの。
時期は
何があったかは知らないが、随分な結果だけに後悔を浮かべた。
知らなかったとはいえ、軽薄な話題に変えるべき内容ではない。
「それは、……お悔やみを」
「
でも殊更、話題にしてほしくないのは判って頂戴」
――成る程、
言い触らす
姉の言葉から用件の根底を類推するが、肝心の情報が抜けているため繋げることができない。
辛うじて、出身が
「まぁ、手間はかかるけど、子供の符術師なんて珍しいものが話題にならないはずも無いし、直ぐに見つかるよ。
――いい機会だ。僕からも報告がある」
『……何かしら?』
僅かに身構える姉の気配に、誉は鳴りそうになる喉奥を堪えた。
流石に言葉で遊び過ぎたか。
反省はするけど、止める
「大した事じゃない。
雨月
――両家とも
三宮四院八家。
後に巡る一年のみならず、華族の今後を決めかねない大斎。三宮四院の婚姻に汚点を残すという結果を、容認できるはずも無い。
大した事は無いと口にしつつ、誉は
……だが返る応えは、冷淡な響きに満ちていた。
『でしょうね』
「あれ、知っていたの?」
『当然の結果よ。
――何、大した事ないって、貴方も云っていたでしょう』
「そうだけど。……まぁ、いいや。
準備に数日は掛かるから、出立は二日後を見といて。
遺品を確保したら連絡するよ」
『何か引っかかるけど、お願いね。
見つかったら、直ぐにでも教えてちょうだい』
笑いながら請け負う誉に不安も覚えているのか、疑念を口の端に浮かべながら
言葉が途切れた事で、誉の口元から笑みが消える。
今回、頼まれた内容について、少しだけ判った事があるからだ。
探す子供は死んでいる。結果は変わらないのに、
――つまり重要
「
姉の頼みを聞きつつ自身が有利となる立ち回りを思い浮かべる。
ややあってから思考に整理をつけたか、誉は日光の当たる方向へと廊下の床を少し鳴らした。
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