閑話 彼方に追い求め、それでも貴方を
たん、たたん、 、たん。小気味良く。間を空けて、また小気味良く。
黒曜の輝きを宿した瞳が
薄く瞬く双眸を振り、傍らに座る少女に寄せる。
「……静美?」
「お傍に。……
静美の口調に滲む心配の影に、
五行運行に
ここ最近、
本来、神柱の支配が及ぶのは自身の
だがそもそも、龍穴から始まる龍脈とは、全てを巡りまた戻るものだ。
特に水気の龍脈は、水脈と並行して
その事実を利用して、
ただ神柱にとって、この行為は自身の体内を直に開いて観るに等しい。
特に、支配権の外部に意識を伸ばすのは、筆舌にしがたい負担となる。
――それでも躊躇う事なく、
「晶は大きな水脈に触れていないようじゃ。
「
「気付いている。……が、
口惜しいが認めるしかない。
これ以降で状況を巻き返すために、
云わばこれは、
この段階ですら無為に潰してしまえば、
……特に、晶の感情面だ。
晶は
つまり、
晶の抱いている気掛かりは、詰まるところ
これを失わせる事なく維持していけば、
その為にも絶対に、晶より先に
――それだけが、
「
「止めよ」
三宮の中でも、裁定権を司る
だが、
「三宮のなかでも陽の相を担う
大事にはなるが、持ち込むならば
……
対して、陰の極致である
祭祀とは、神域との繋がりだ。現世との関わりは、最小限に止める事が常識だからだ。
だが
その果てに有るのは、内乱と隣り合わせの強硬手段しかない。
「では……」
「暫くは
これで、
要は、こちらの本気を誇示して相手の出方を待つのだ。
水は生命にとって必要不可欠な要素である。脅しであると確信していても、これを絞められてしまうと相手も交渉の卓に付かざるを得なくなる。
だが多くの場合、この手段は仕掛けた側にとって悪手で終わることが多い。
相手の生殺与奪を盾にする。
相手にとってそれは、手段を選ぶ必要のない
「僭越ながら難しいでしょう。こちらが先に手を出したという、論拠を与える事に成り兼ねません」
「晶は向こうに居るのじゃぞ! それも、
さわ。
大きな山場を越えたと云え、未だ安定を取り戻せていない
下手な発言は逆効果と、敢えて静美は事実を口にした。
「はい。ですので、私たちのできる最善手は一択しかありません。
晶が感情の清算を願っているというならば、清算が出来ないようにすればいい。
単純に、
その事に関しては自覚もあるのか、顔を背けて
うなじ越しからも判るほどのふくれっ面に、理性は理解できても納得には遠いことは窺える。
それでも返る事のない不満は、黙してなお彼女の同意を暗に示唆していた。
「ありがとうございます。
晶さんとの同意が得られて後、
「……うむ。
雨月は晶が誅を下すとして、周囲の痴れ者はどうなっておる?」
雨月とは別腹と云わんばかりに、
晶を害したものは、
雨月の末路は止められたが、その周りを賑わせている寄生虫程度は掃除しておきたかった。
晶の追放が発覚して以降、晶の冷遇に関わったものたちの洗い出しは既に大方を終えている。
晶の感情に整理をつけるため、雨月への手出しをしていないが、それでも周囲の掃除までしないのであるのは
……
「本命となる対象は、洲議の
「居場所、と?」
「
「厄介な場所に逃げ込んでくれようたか。
――燻り出すのか?」
「いいえ。
……
「洲議か。随分と妙な連中が、ここ最近で幅を利かせてくれたな」
現世の運行に干渉できない
洲議に期待されている役割は、三宮四院が下した決定の補佐である。
文明開化以降、急速に発展した産業技術は、利便性を
しかしこの立場、公然と利権の分配に噛みやすい。
旨味が多くある上に、権利も膨大。汚職と腐敗の代名詞となるのに、そう時間は掛からなかった。
「政治の澱みを胎に煮詰めたならば、後は処分してやるのが役目かと。
「それが善かろう。
……問題は、洲の外も晶の追放に噛んでいたことじゃな」
返す言葉も難しく、静美は眉間に皺を寄せた。
落ち目であろうとも
「不幸中の幸いですが、晶さんに関与していた洲外の関係者は
最悪でも、旧家の一つを沈める程度で事は済むはずです」
「ならば良いがの」
短く応える
嘗ての
単純に考えるならば落ち目の華族一つだが、旧家同士の関係は複雑怪奇だ。
何所で如何、関係が繋がっているかは、当家同士でないと知り得ないほどであった。
前当主である至心だけなら兎も角、現当主にまで手出しをすれば、旧家全体が敵に回る可能性がある。
「
……できれば
「いいや静美、二兎を望みすぎるな。一匹ずつ、確実に、魂魄ごと、磨り潰せ」
きり。宣言と共に、
「――嗚呼、口惜しや。
嘆く呪詛に反応して、周囲の呪符が幾つか灰と変わった。
この様子だと数刻は荒れるだろうか。そう目算を立てて、静美は慎重に鎮めの呪符を取り出す。
安定と不安定。交互に浮いて沈む
♢
「はあぁ~あ。漸く、一段落ついてくれたか」
「騒ぎが起きて数日経っているのに、未だに足並みが揃わないのかい?」
ぎしり。途端に、安物の背凭れが悲鳴を上げて抗議を返した。
椅子の悲鳴を抑え込むように、背筋を伸ばして天井を仰ぐ。
「百鬼夜行の被害は、館波見川より郊外に集中していたしな。あの時も洲議の連中は、対岸の火事を眺める気分で復興の金勘定をしていただけだ。
――今回は、上位華族が住む周辺から中央までが喰い荒らされた。他人事じゃいられん上に、責任の押し付け合いで血眼だ」
「組織運営に綺麗事を持ち込む
辛辣な
云いたいことは理解できるが、この件に関しては上層の連中の言い分もある。
前任の
この状況で総隊長の座を望むのは、貧乏籤以外の何物でも無い。
「同意はするが、云わんでくれ。
「洲議の中には、甘い汁を期待する連中が多いことは確かだ。
……
「それは羨ましい。此方は精々、後任の守備隊総隊長どのに期待しよう」
軽く肩を竦める
それよりも、と源次は話題を変える。
友人の
「今回の一件、首謀は神柱ほどの力を持った強大な化生だそうな。
「
――私も予定を繰り上げて、奴を追う事にするよ」
「それは心強い。実は、
「……だろうね」
予想していた結果に、
だが、許可が下りるまでの微妙な
下手に突いて刺激する事は藪蛇に為り兼ねない。
……恐らくは、その辺りで迷ったのだろう。
だからこそ、
悪神を追おうと云うのだ。
この反応を見せた時点で、
だからこそ、得られた機会は存分に活用する。
他洲の関係者と云う事実を意識しないで済む今のうちに、
「――そう云えば、晶も同行する件だが」
「……随分と、目に掛けられているみたいだね」
「それ自体は有り難いが、ちと悩みがあってな」
溜息を抑えきれず、
既に冷たくなったそれを、一気に呷る。
「――現在、晶は中学校に通っているんだが、今回、
「ああ。公欠で授業に付いて行けなくなる可能性が在るのか」
学生の身でありながら、守備隊の防人も兼任しているのだ。練兵ならまだしも、兼業できる仕事量では本来ない。
護国の要と立つ以上、学生の事情が使い潰されるのは仕方がないかもしれない。だが、
「どうにも、
……もう少し、奴の学歴にも配慮してほしいと思ってな」
「成る程ね。
――そう云う事なら、私が一肌脱ごうか」
「うん?」
ボヤキ程度の
学生の授業に詳しくは無いが、
当然、相手の素性は確かだし、仕合の結果として伝手も多い。
その事実は
この辺り、
「要は授業を受けた体裁が欲しいんだろう? 何、
「……それは助かるが、良いのか?」
「構わないよ。奴には昔、無理を
然して難しくも無い程度の無理、軽く請け負って
――
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