6話 決着を疑い、思惑に辿れ1
ひゅるり。
――その事実に意識を向けることができたものが、その場に何人いただろうか。
火行の
その常識を覆し、金行の精霊が自然と場を圧する。
「
巻き上がる
斬りかかろうと右往左往する防人たちが、その異常に唖然と手を止める。
だが構う事なく、
「
細長く編まれた
刹那に静まる広間の中央を、家紋を背負った羽織を
「見える分を落としただけだ、気を抜かず対処に当たりなさい。
――
「未だ瘴気は濃い。いないと断じるには心許無いな。
苦く応じるその声に、
何処、では無く誰。……つまり、内部に敵がいるという示唆である。
「……同意はするが、本部内に細工されているという事だね?」
「
謀っていたか止むを得ずか、はさて置くが」
「だろうね。
それに、外が思う以上に静かだ。異変は守備隊本部のみに限定されていると視た。
――ここまで手間を掛けているんだ、
「その筈だが、……来たか?」
「ああ。だが、この程度ならば先刻と同じだね」
地鳴りと共に足元が揺らいだ。漂う瘴気がその濃度を増し、再び
だが、2度目ともなれば、その場に立つ全員の浮いていた足元も落ち着いたものとなっていた。
本命の襲来を恐れたまま、
異変に気付き応援が到着するまでの
地下と
――結局、
♢
――深夜、
総てが一通りの終わりを見せた頃、
「晶! 武勲を一つ、また挙げたのう」
「
「くふ。本当の意味で妾が現世に在る事を赦されるのは、晶が望む僅かな間だけじゃ。
故に、それも含めて晶の
――そうであろう?
話題を振られた
「はい。
「いえ。それは不要です。……それよりも、お訊きしたいことがあります。
あれは、何だったんですか?」
その話題から避けて通れないことは覚悟していた。
だが、
神器と呼ぶ木彫りの面を幾重にも繰り、他人に成り代わって混乱を生んだ悪意の塊。
……それだけだ。
事実、
何しろ、好悪は兎も角、旧知の間柄らしいのだし。
「……
「解っておる、
と云っても、妾とてそこまで詳しい訳ではない。
何処ぞの
厄介な事にあれはの、嘘を口にできる神柱なのじゃ」
座った晶の膝元で朗らかに微笑んだ
神柱は偽りを口にできない。その常識すら裏切る存在に、思考が事実を拒んだのだ。
「
……俺もそれは目の当たりにしています」
「はい、私も確かに」
神柱は嘘を口にできない。だが、神柱は自身の
吐けないはずの嘘を吐く。矛盾したその存在は、これまでの常識を裏切りかねない異質であった。
「そうさな。初めて
当時の
……その後、積み木を崩すように華族を墜とし、身一つで逃げるそれを瘴気溜まりに沈めた。其方たちも知っておる、
「初耳ですが」
「奴が何処まで関与しているのか、一切が不明故の。記録にも、破滅した華族が首魁としか記せておらん。
本来の見た目が
「……そもそも、神柱が現世に
「稀にではあるが、前例が無い訳ではない。
何らかの理由で悪神と断じられた神柱が、支配していた龍穴を追われることがある。
龍脈の供給が断たれて、
……あれも、元はそういった経緯を辿ったのであろうさ」
差し出された緑茶を口に含み、熱さからか真顔で
晶も倣って口に含む。芳醇な香りを含んだ熱が、疲労を訴える舌へと沁みてくれた。
「実のところ正体が不明ではあろうと、余り気にしていなかったというのが妾たちの本音じゃ。
――何しろ彼奴目は、嘗て妾の目の前で確かに浄滅したのじゃから」
「目の前で、ですか?」
「然様。当時の
散々に手古摺らせた挙句が随分と素直に浄滅してくれたと疑ってはいたが、証拠も無いのでな。その内に決着と結論付けた」
手古摺った挙句、素直な浄滅。今回の件と非常によく似ている。
「どういう手段か判らないという事は、今回も同じ手段で逃げられた可能性が在るという事ですか?」
「いいや、今回は更に念を入れた。
妾の神域に深く沈めて、彼奴目が気付かぬうちに晶との縁も結んでおいた。
それが切れた今、
「ならば良いのですが……」
神柱の断言を受けて、
縁を結んで引き寄せる。神柱が施した呪いの罠は、何処に逃げようとも逃げる事は適わないからだ。
――だが
「疑問は他にもあります。
「……それは間違いないでしょう。
一見、木彫りですが、現世のものでは有り得ない強度。奧伝の熱量に耐えきれる物質など、寡聞にしても聴いたことがありません」
「確かに頑丈でしたが、結局は壊れました。
これは、有り得ることなのでしょうか」
晶の指摘に、
神器が持つ
その応えは、晶の膝に座る
「――不可能ではない。
特に、晶の振るった
あれならば、神器を破壊することもできよう」
「……面に
「では、神器では無かったか?」
首を傾げる
「
流石にあれほどの権能となれば、神器でないと説明がつきません」
「
あの時は気にも留めなかったが、そうであるならば色々と辻褄が合う。
「私が見た頃にはもう、
あの様子では意識も無かったでしょう」
「神器である事は間違いない。されど破壊もできる、じゃの?
――為らば、
何時の間にか手にした朱塗りの盃に変若水を満たし、甘く華やぐ芳香で伽藍を満たす。
「神器とは、神柱の玉体や逸話を鍛造したものじゃ。……故に神器も、逸話が背負った宿業を辿ると定められておる。
神殺しに依らず神器を破壊できたという事は、そのものが辿る逸話に破壊が宿命付けられているという事であろうさ」
「壊れる宿業を得た神器も有る、という事ですね。
何故、不完全とも云えるような神器を鍛造したのでしょう?」
「さて? それこそ、彼奴目に訊かねば分らぬさ。浄滅した今となっては叶わぬが」
「……いいえ。
恐らくですが、
深刻な表情を浮かべた晶に、驚いた
「晶の意見ぞ。尊重はしたいが、無理があろう。
彼奴目の存在は、結んだ縁ごと其方が斬り祓った。
跡には何も残っておらん。それは、妾も確認している」
「はい。それは確かに」
「……ですが、
「
晶の指摘に、
行使が卓越していたため誤魔化されていたが、確かに演じる権能など神器としてもやや地味に過ぎる。
鬼種に限定されているとはいえ、身体強化を際限なく上げていく
神柱の結んだ縁を騙せる程だというならば、取り敢えずの納得もできよう。
嘘を象とする神柱。他者と自身を挿げ替えるほどの壊せる神器。異形の神柱は、一体、何を狙ってこの騒動を起こしたのか。
「奴は百鬼夜行を起こすと云っていました。
ですが守備隊本部を襲ったのは
俺が知っている百鬼夜行は
「ええ、確かに。
百鬼夜行と口にしていましたが、本来の百鬼夜行とは規模がまるで違います」
晶の疑問に、
晶にとって今回起きた騒動は、山狩りに思わぬ大物が釣れたという範疇でしかない。
化生は脅威だが、それだけで
「
――残り4洲の何れかで、奴は本当の夜行を起こすはずです」
「ふむ。
「何処か、までは判りませんが」
「――いいや。妾の神託を掻い潜った手管から想像はつく」
「神託は
だが既に奴は、幾つかの
「手を出していない洲を探せば、百鬼夜行を企図する場所が絞られるという訳ですね」
言葉の後を継いだ
「
「……先日、
「
「ですが、水行の化生は本来、木行の南葉根を渡ることは出来ません」
五行運行。世界を支えるこの法則は、絶対に裏切ることができない。
「――南葉根の龍脈を、金行の龍脈で弱めたのでしょう」
推測に詰まる晶たちを、脇から掛けられた言葉が補った。
驚く晶がむけた視線の先で、疲れた表情の
「陰陽師たちからの報告で、南葉根の龍脈から入る木行の気配が随分と弱まっていると。
自然でも前例が無い訳ではありませんが、今回の事態で調査が必要になりました」
「……南葉根に金行が繋がっているとは、初耳ですが」
「小さいですからね、これまでは特に問題ともしていませんでした。ですが、
……その何れかで細工されたのでしょう」
「
「うむ。これで
ならば結論は残り一つ、奴の狙いは
「金行で龍脈を弱め、水行で焚き付け。木行で導火線を結い、火行で騒動の狼煙を上げる。
総ては五行を巡り、最後の土行を狙うがため、ですか。
五行総てを巡礼までして、たかが百鬼夜行で終わるのでしょうか」
「終わらぬよ。
……龍穴を
旋風が一陣、伽藍を渡って過ぎていった。雨も止み、肌寒さを覚える濡れた秋の芳香が、晶たちの鼻腔を擽る。
「征くしかありませんね。
暫しの沈黙の後、晶が口にした決意にその場にいる全員が首肯した。
五行運行の基点たる龍穴を奪おうとする
本当の意味で、晶が己の意思で立とうとした瞬間であった。
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