5話 媛は朱金に舞いて、君よ因果を断て3
嘗ての
南葉根山脈から続く龍脈の合流点であると同時に、
この地に住まう民たちは、
剣を鍛え、技を磨き。その総ては、せめて悪鬼どもに一太刀を刻まんがため。
悪鬼憎しと決意する。壮絶なまでの
刀身は2尺辺りか、鋭さを感じさせない地鉄の武骨な輝きが周囲の灯明を鈍く照り返す。
迅は軽やかに刀を
「
それだけで剛風が虚空を断ち割り、蒸気の
疾風が
滑るような歩法で
――
――腹を波打ち立たせる衝撃に耐えきれず、
瘴気で強化された
その上、呪術や精霊力に尋常ではない抵抗があるため、この皮膚を斬撃は勿論の事、
未熟とはいえ八家直系である咲や諒太が放つ
そんな強靭の代表格でもある
「ち、
……舐められたモンだぜ、なぁ」
それでも充分に手強い存在なのだが、今回ばかりは相手が悪かった。
速度は然程に無く、しかし、握り締められた巨大な拳は空を圧し潰しながら迅へと迫る。
対する迅は、拳に向けて刀を盾と構えてみせた。
――激突。
轟音と共に
限り限りと刃鳴らしながら、なんら
理解の追い付かない現象に、
僅かに開く距離、
悠然とした足取りに、
「
小粒とはいえ久方振りの鬼だ。直ぐに喰わせてやる」
―――
強大な化生であるはずの
見え透いた安い挑発に、
――と、
獲物と見据えられた
剛腕の
しかし、迅は前方の
大抵のものを
巻き上がる衝撃に生意気な人間が肉塊と化した光景を
……だが、衝撃が晴れた後に立っていたのは、電柱と鋼を拮抗させて微動だを見せていない迅の姿であった。
「終わりか、小粒。
宣言も短く、
切っ先が虚空に刻む軌跡は、鈍い輝きとは裏腹に小さく鋭く。
肉打つ音とともに電柱は砕け、鬼は弾かれるように後方へと吹き飛ばされた。
―――
轟音が響き、
強大な化生であるはずの
――後方へと奔り抜けた。
―――餓ッ!?
肩から腰へ、
かつて経験したことの無い痛苦に、鬼の口から戸
生成りと云えど、その鬼も人里を襲ったことがある。
防人と交戦したことも当然に。
その際に
だからこそ、
その権能は単純にして、明快。
相対する鬼と殴り合えるまで、己の所有者を強化するだけである。
――その鬼より、
――その鬼より、
その総ては、鬼を撃ち滅ぼさんがため。
鬼種に限定されたその権能は、だからこそ
渦巻く暴風を刀身に宿し、迅は攻め足から大きく鬼の懐に滑り込んだ。
「
―――
幾重にも畳み掛けるような迅の斬撃に、鬼の肌に無数の裂傷が生まれた。
軽くはあっても無視できない痛苦に混乱したのか、明らかな劣勢のまま鬼が前へと足を踏み出す。
「ち!」
舌打ち一つを残して、攻め足から退き足へと素早く切り替えた。
鬼が振り下ろす拳を、
やがて猛攻が途切れ、その隙に攻め足を踏み込もうと――、
「!」
乱杭歯の隙間から嚇怒を吐き、
ただでさえ巨きな鬼の体躯が、不自然なまでに一層と膨れ上がる。
みちり、みち。軋む音を立てて、瞬く間に
確かに
初めて見る現象に、迅の口が確信を吐いた。
「ただの生成りかと思いきや、何か手を加えられているな?
――まぁ、いい。頸を落としてやれば、生きていられる道理も無いだろうさ」
―――
その呟きに
両者は示し合せることもなく、互いに地を蹴って距離を詰めた。
♢
精霊器の切っ先を跳ね上げて、晶は
「
あと一歩だけ踏み込めば、身共に刃が届くというのに」
「ちぃっ」
相手の挑発に玩弄されながらも、晶は斬撃を重ねていく。
攻勢を保っているのは晶の方。であるにも関わらず、
滑るような足捌きが、胴体の真芯に刃を合わせることを赦さないのだ。
――轟
後背から剛風が押し寄せ、僅かに
「しまっ、 、 、 、 !!」
蜈蚣の乱入に間合いを引き離されて、晶は
先刻から、同じ調子が繰り返されている。
こちらが攻め込めば間合いは容易く詰められるが、僅かにでも間合いが開けば
偶然ではない。間違いなく戦術を立てる知能が、この
苛立ち混じりに、平薙ぎの斬撃を放つ。
精霊力を籠めたその斬閃は、
――無傷。
―――戲、疑?
然程の痛苦も感じなかったのか、人がましく首を傾げてから曳航肢を振り抜く。
鞭と
「くそがっ!!」
「どうかされましたかなぁ?
嵩がそれだけの火力、
「黙れっ」
蜈蚣の向こうから響く嘲弄に叫びを返し、
――上段からの一撃を放つ。
「
―――戲ィ!?
炎の斬撃が小規模の爆発を生んで、蜈蚣の巨躯が僅かに浮く。
それが癇に障ったか、毒々しい
―――
「!!」
幾重にも多肢が追い縋り、幾つか弾くも堪らず晶も回避を選ぶ。
諦める事を知らない黄色の槍が晶を追い、その度に路面が肢の形に穿たれた。
「……変ですなぁ。
貴殿の火力は、その程度では
――ああ、」
口にしてから漸く気付いたと云わんばかりに、
「真逆、民への被害を恐れているとは。
――宜しい、これでも神職に在った身。貴殿の憂い、晴らしてご覧に進ぜよう」
「止め――!!」
晶が制止する間もなく、縦横無尽に
動けずに隠れていたのだろうか、建物のそこかしこから絶叫が上がった。
「
怒気が晶を突き動かし、精霊力が呼応して刀身に炎が捲く。
「
水蒸気で揺れる地面を全力で踏み込み、
砕ける窓硝子と煉瓦材を越え、中空を泳ぐ曳航肢を掴んだ。
引き摺るだけの肢を引いて、蜈蚣の胴体へと迫る。
壁面を駆って、更に加速。
滞空する刹那、刀身の間合いが
迷う余裕は無かった。晶は腰から巻き込み、炎を捲き上げる斬撃を
崩れる体勢も構わずに放たれたそれは、僅かであれど確かに蜈蚣の胴体を斬り裂いた。
―――戲ィ病ャアアア!
魂消る悲鳴が
地響きを立てて大路に落ちたそれは、まるで人間かのように哭きながら地面で苦痛に身を
僅かに遅れて舗装路へと着地した晶は、油断なく彼我の距離を測る。
未だ、朱金の輝きを宿す火気が燻る刀身を中段平突きに構えて、油断なく
狙うは最短、放つは最速の
「
灼熱を宿した刺突を、一刀一足の間合いから全力を以って叩き込んだ。
―――戲、戯ィアアアアッ!?
痛みから正気を取り戻したか、そのまま落ちるようにして晶へと牙を剥いた。
対する晶は刀身を引いて、八相構えから垂直に刀を斬り上げた。
「疾ィッ!!」
朱金の尾を曳く斬撃が、落ちる蜈蚣と真っ向から迎え撃つ。
鈍い音が響き、再度、蜈蚣の牙が天を仰いだ。
「――くそ。やはり、頭だけは硬いか」
「漸くお気づきになりましたか。
「化生が神器を行使するなんざ、聞いた事もないぞ!」
打って返るその返答に、晶は舌打ちをした。
悔し紛れの叫びに、
「いやいや、
えぇ、そうですとも。つい先だって
誇らしげに告げられたその言葉に、晶は刹那、動くことを忘れた。
「あれも、貴様かぁっ!!」
「―――卑、非ィ! しかしながら、解せぬ」
太刀筋と真芯が合わない。然程に速度も無いが、太刀筋を蝕むようなその斬撃を晶は必死に
「何故、神器を行使されぬ?
「――!」
「左様。身共はそれなりに物知りでしてな。
晶どのが
神器を宿している事のみならず、
そう嘲笑う
直後、轟音と共に生まれた火焔が、彼我の視界を塗り潰す。
流石に視界を奪われたくは無かったか、
僅かに
「―――卑!?」「――逃すかぁっ!」
儚げに明滅する木行の衣が晶を護り切り、刹那で虚空へと爆ぜて消えた。
手持ちの木撃符を総て費やした刹那の
晶が振り翳した
南天の神気が猛り、爆炎を纏った一撃が
――パキ。
「!!???」
脆く呆気無い音と僅かに手応えが晶の手元に返る。晶の視線の向こう。木彫りの翁面に細く、それでも確かな一筋の
神器が破損する。その事実は、当の晶へも驚嘆と混乱を与えた。
「……流石に、二度も火行の神気で焙られれば、九法宝典も
とは云え、お見事で
だが、その事実を別にしても、威力は確かであったのだろう。
面が破損しても、辛うじて
酷く目立つ大路の中央で
――そこは丁度、晶が狙ったど真ん中。
「
金色の輝きが雨天の闇を染めて、蒼炎の眼光が
虚空に身体を躍らせた
♢
TIPS:土地神の神器について
生まれながらの神柱と違い、精霊が昇華して神柱の頂に上った存在が土地神である。
神柱としての象を持たないため、本来は神器を鍛造することができない。しかし、土地に焼き付いた記憶、歴史とも云うべきものを鍛造することで、極稀に神器を得る土地神も存在する。
百鬼丸はその内の一つ。
鬼種に限定されているものの、鬼種であれば単騎で大鬼と殴り合える権能を有している。
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