1話 己に問い、されど日々は巡る1
今章より、穢レの呼称について変更を入れさせていただきます。
読んでいただいた皆様を混乱させてしまいます事、前書きにてお詫び申し上げます。
二章まで、穢レの名称として妖魔を入れていましたが、此方を
手前勝手で申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。
♢
新月も近く暗さが一層に際立つ夜闇の中、妙覚山の麓に広がる平原の一角では、山から下りてきた
――しくじった!!
一歩。晶が大きく踏み出した瞬間に脳裏を占めたのは、単純なその一言であった。
残炎を纏いながら全力で急制動を掛けるが、既に生まれてしまった
結果として晶は、鹿と
―――
「く、ぅおっ!!」
―――
――悲鳴を上げる余裕も無い。
追撃とばかりに振り下ろされた前肢が、晶の頭があった空間を薙ぎ払った。
「、、、のやろっ!!」
朱金の精霊光を纏った
―――
瘴気に濁った
鹿との
――
「――
紅蓮を伴った衝撃が晶を中心として吹き荒れた。
下から上へ。四肢で大地を踏み締めている以上、基本的に
殺傷力こそ低いものの広範囲に影響を及ぼす
「緋がさ――!」
「晶!
向こうが抜かれたぁぁあっ!!」
一纏めに灼き祓おうと炎を捲いた
――抜かれた。つまり、民家が建ち並ぶ区画へと
「状況!」
「
「、 、 、っっっ!!」
連なる呼び笛が報せる状況は、
素早く周囲を確認。晶を取り囲んでいた
「
「応ともよぉっ。気張れや、
「「「うおおぉぉぉっっ!!」」」
勘助の号声に中てられたか、気勢を上げた
その隙間を擦り抜けて、晶は住宅地に足を向けた。
疾走りながら、勘助に向けて叫ぶ。
「槍を寄越せ!!」
「――ほらよっ!」
晶の要請を予想していたか、応じる声と共に予備の槍が投げ渡される。
掴み取った槍を構えて、晶は渦巻く精霊力を両脚へと集中させた。
「
捲き上がる炎を残し、地を翔ける隼の速さで晶が更に加速。
時を刻むほどの速度が残像すらも置き去りにして、晶はさらに
前方から後方へと視界が流れ、見る間に平原と接している民家の板塀が迫った。
その民家のさらに向こう側、瓦屋根越しに轟音と炎が立ち昇る。
火撃符だろうか。本来、住宅街に
―――
瘴気に塗れた噪音が耳を蝕んだ。
「うあぁぁぁあぁぁっ!」
魂消る悲鳴が、誰かの危機を晶に報せた。
民家を回り込む余裕も無い。覚悟を決めて、
爆発的に膨れ上がる速度に任せて跳び上がり、板塀の上を更に蹴った。
糸ほどに儚い
巡る視界の中。身の丈が
間一髪、間に合った! 重力に絡め取られながらも気息を整え、晶は手にした槍を下に向けた
後退る練兵の生命は樫材の槍が辛うじて繋いでいるものの、吹き付けられる毒と瘴気に蝕まれて見る間に腐り落ちた。
「うあ、うわぁぁぁあっ!」
掌の中で崩れ落ちた槍の残骸を投げつける。
無論、効果が有るはずもなく、迫る大百足を刺激するだけに終わったが。
―――
それでも多少は
毒液の糸を引きながら乱杭に連なる牙が、練兵へと明確な死を見せつける。
蟲にあるまじき牙と舌が殺意に塗れた食欲のままに人間を喰らおうとした刹那、その脳天を
―――
「――逃げろ!!」
槍と共に落ちてきた晶が、大百足の頭部を槍と足で板塀に縫い付け叫ぶ。
情けない悲鳴を上げながら視界から消える練兵を意識から外し、
誰の視線も無くなった街路の真ん中で、改めて晶は大百足を
蟲の
つまり頭部を貫かれた程度では、掠り傷程度の損傷である可能性が高い。
―――
晶が踏みつける足の下で百足の頭部に亀裂が走り、その奥から瘴気に染まった
――合わせて四つ。
それは蟲に有るはずの無い、獣の眼球であった。
―――疑ヒッッ。
膨れ上がる瘴気濃度に、精霊力を宿していない槍が蝕まれてゆく。
ぐずり。掌の中で熔け崩れる槍の柄を放り捨てて、晶は確信を吐き捨てた。
「
―――
僅かに自由を取り戻した蟲の頭部が、正者の魂を削ろうと
それは唾棄すべきも、確かに知性を窺わせる嗤い声であった。
己の頭部を押さえつける晶は目障りであるのか、嗤いながらも百足は抵抗に暴れる。
瘴気を纏った杭の如き多肢が杉材の板塀を破片と散らし、くねる尾部が鞭と
普通の防人ならば、
……大百足にとっての誤算は、相手が防人ではなく晶だったという単純な事実であろう。
大神柱の寵愛を一身に受け、
神代と現代を繋ぐ奇跡の結実、――
虚空に手を差し伸べる。掴むは己の裡、魂魄に
「
――掴んだ剣で、くねり迫る尾を迎え撃つ。
星灯りにしか頼るもののない暗闇を、
火行の大神柱より賜ったその
―――戲ィィィイイッッ
痛苦からか憎悪からか、大百足の口から魂消る咆哮が迸る。
何処か哀愁すら覚えるその絶叫に構うことなく、晶は夜天高くに己が神器を掲げて見せた。
「――
願うは、断罪折伏の神威を宿した
晶の呼び声に
一瞬の
―――疑! ……ッ! …………!!
夜闇を刻む浄滅の斬撃は、有無も云わさず百足の魂魄を消し飛ばす。
――次いで、太刀の軌跡に沿って炎と衝撃が吹き荒れ、周囲の板塀を大きく揺らした。
「……………………っはあぁぁぁ~」
安堵から呼気を吐く晶の掌の中で、役目を終えた
静寂を取り戻した暗闇の中、周囲の瘴気が急激に薄れていく様子に、晶は戦闘の終了を悟った。
練兵たちが
「…………被害1名、か。
本来なら上々の結果と云ってやりたいところだが、そう云う問題じゃないことは解っているな?」
「……押忍。
初動で、群れに突っ込んでしまいました」
血が滲まんほどに下唇を噛み締める晶の表情に、一応は理解をしているかと源次は頷いた。
大百足が勢子班を喰い破って民家の灯りに向かったことが犠牲の発端であるし、その場に居合わせなかった晶に非が無いことはこの場にいる全員が理解している。
だから、晶の失策はその他に有った。
「群れのど真ん中に飛び込むなと、何度も教えたはずだ。
四方を敵に囲まれたら取れる対応手段は激減するし、抜けるのも苦労しただろう。
「…………………………はい」
攻防、遠近、多勢無勢。精霊器との相性の良さに任せた
しかし、極端に選択肢を削られてしまうと、せっかくの強みが消えてしまう。
「お前は精霊力との相性が莫迦みたいに高い。だからこそ、今回の問題が起きた」
……それこそが、晶が直面している最大の問題だった。
どんな
本来であれば長所と云えるのだが、制御を越えるほどに突出し過ぎた火力は、集団戦闘となると欠点にしかならない。
要は着いていけていないのだ。晶も含めた、誰も彼もが。
「お前が放つ火力は、桁違いに高い。だからこそ今回は問題なく済んだが。
――何時までも、上手く行けるとは思うな」
「…………………………押忍」
晶は悄然と肩を落として、後始末に加わるべく向こうへと去っていった。
「――少し、云い過ぎでは?」
「……仕方が無いだろう。
今のうちに釘を刺しておかないと、後で必ず後悔する」
晶との話が終わったと見た
――晶に付き合うものたちの生死が掛かってくるのだ。最悪、手加減だけでも教えないと、守備隊
その先に有るのは、敵陣に単騎で放り込むしか使い道のない、体の良い
それこそ、誰もが望んでいない未来だろう。
晶も、
充分にその意図を理解していた
「それよりも、これはどういう事でしょうか。
話題を変えた二人の視線が向かう先には、両断された巨大な百足の死体。
じぶじぶと音を立てて、未だ瘴気を燻らせるその死体は、
確かに大百足は、元となった百足よりも巨大になる傾向はある。
しかしこれまで確認されたものは最大でも、
「そうだ。……ああ、これを見るのは初めてか?
平地に下りてくることは滅多に無いからな、無理もないが。
――これが
見た目が似通っているから混同されがちではあるが、中身は別物だ。そう云い置いて、
青白い浄化の炎が死体を包み、外皮と肉を焼き上げる。
耐えがたいほどの悪臭が
「
「化生に分類されるな。
岩山や洞窟を特に好む、縄張りに踏み込まない限り襲ってこない臆病な奴だ。
……手出しした分だけ無駄に痛い目を見るから、故郷じゃ無視するのが定石だったが」
本能しかない
これまでは上手く棲み分けが出来ていたが、今回の前例が生まれたことで戦闘教義の見直しをしなければならない可能性すら生まれてきた。
「単純に人肉の味を覚えたとかは?」
「だけ、なら良かったんだがな。此奴が洞窟を好む理由は水気の瘴気溜まりが多いからだ。
……俺の知る限りで、南葉根山脈には
南葉根山脈に通る龍脈は、遠く
水生木。五行運行上に
――つまり、この蜈蚣は南葉根山脈ではない何処かからやってきた可能性があるという事だ。
「これは、人為が絡んでいると?」
「
――くそ。明日、本部へと出向くか。総隊長どのと鉢合わせしたくないが」
気鬱な予定が立ったことで、
顔を合わせれば都度の嫌味に、流石の
「ご愁傷様です。
それにしても、晶くんはこれで化生討滅の経験が2匹めですか。
もう、中伝を認定しても良いのではないですか」
「実力だけならな。
……未だ、心構えが及んでいない。あのままじゃあ危なっかしくて、一人で面倒を見させられんよ」
数回見れば、
そして何よりも、段階を幾つか抜いているとしか思えない成長の早さ。
中伝に認定することに関して異論は無いが、どんな才児であっても聴いたことのないほどの成長ぶりは、晶すらも置き去りにしてしまっていた。
今の今まで増上慢にならず、素直に成長していることが異常に思えるほどだ。
その現実こそが、
侭ならんなぁ。零す分だけ生まれる愚痴に、思わず天を仰ぐ。
昏い空の中に浮かぶ
♢
TIPS:穢レの違いについて。
前述にも入れましたが、今章より穢レの名称について変更を入れさせていただきます。
総称・
・上位の穢レ、名称、
土地、瘴気溜まりそのものに焼き付いた過去の記憶。
倒しても復活するなど厄介で強大だが、記憶に縛られるため過去の行動を繰り返す弱点もある。
・中位の穢レ、名称、
血肉を持った生物の範疇から外れた存在。知恵が回り、怪異と違い土地や記憶に縛られることは無い。
一般的に怪異よりも弱いとされているが、宿している瘴気の濃度が及ばないだけで油断できるような相手ではない。
・下位の穢レ、名称、
文字通り、瘴気に侵されて狂った獣。
穢レと訊けば、大多数の相手が思い浮かべる存在がこれ。
元となった獣より体躯が大きくなり、狂暴になる。
人里に下りてくることに躊躇いが無くなる。
守備隊の主たる活動目的が穢獣の駆除。
読んでいただきありがとうございます。
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