終 青は玄に憂い、白は朱を訝しむ1
――東部
神域、
「――ふふ、
婀娜な声音が、微風の
山嵐に吹かれたか季節外れの菖蒲の花弁を指に摘まみ、矯めつ眇めつと眺めながらの独白であった。
「ここに
「
揶揄に踊る声色に、
「……ご存知の通り、
かなり大きな龍脈ですので、手持ちの陰陽師では浄化に数が及びません。
――早急に陰陽師を呼びたいのですが、
信用が出来ない上に、向こうからの状況も見えてこないとあっては……」
「放っておけ、放っておけ。
――と云ってやりたいが、民草にすればそうも行かんか」
「はい。特に今は大事な時期です、このままでは秋の収穫に致命傷になりかねません」
「ふうむ。それは少々、面白くない。
――陰陽術の練達を願う為に、八家の小倅を雨月の婿に向けたことがあったな」
「……確か、
「
序でに、
己が信奉する神柱の提案を、舌の上で転がしてみる。
判断としては手堅く、悪くない。
特に最近、雨月の強勢に不満を持つものも多い。
外野が騒ぎ立てる程度には二の足を踏むだろうが、有時に重宝する陰陽師の数を確保する大義名分があれば表立っての反対はされないだろう。
「そうですね。手始めに雨月家の強情さを手落ちと突いて、譲歩案の一つに組み込んでみましょう。
「ふふ、良しなに頼むぞ。
さて、山風と遊ぶのも飽いた。
射干玉に輝く黒髪が、少女の肢体に従ってふわりと宙を躍る。
一見するだけには、有り触れている黒髪。しかし日光に照り返るその色彩は、幾重にも重なる複雑な青の輝きを宿していた。
軽やかに踊るその爪先が、
そうして立ち上がるのは、茜差す玻璃の眼差し、陽の加減で青に輝く黒の髪をした人外の美しさを宿した17辺りの少女であった。
「……
「そう云ってくれるな、
……そう云う意味ではない。
信頼も敬愛も捧げている自身の神柱であるが、どうしてこう磊落というか男勝りというか、そんな性格なのだろう。
――それに、
「
……うきゃんっ!」
「……………………はぁ」
「ううぅぅ~~っ」
半泣きで腰を
――どうしてこう、何というか
何時もの事だ。特に転倒を言及するでもなく、1人と一柱は畳の敷かれた
上座に腰を下ろした
「まぁ、これまで癇の虫を患わん妹であったしなぁ、永い年月に在ればそんな事もあろう。
気になるのは
「……以前から不思議に思っていましたが、どうして
伝承に聞けば、四柱の方々とも同じ刻に生まれ出たとありますが」
「そんなもの当然じゃ。儂の方が
「…………見た目の話ですか」
確かに膨らみはあるが、年齢相応よりも可愛らしいそれを自慢げに見せつけられても。
昨年に母親となった
出産を覚えれば、その
残っているのは、外見を取り繕うための気遣い程度、化粧もそれに準じるように自然と向かう。
「ふ。
――何しろ儂
如何しても、希求する性格は見た目に引き摺られる」
「そのようなものですか」
眼前の神柱には悪いが同調が難しい。生返事しか返せない
「うむ。じゃがまぁ先ずは、
それで少しは時間も取り繕うことが叶うだろう」
「
……
「そうさな。まぁ欲を掻けば、余所の水脈がどうなっているか程度は探っておきたいが」
「過怠なく」
「良しなに頼むぞ」
肯いを返す
その笑みは
彼女こそは東部
――青蘭であった。
「…………そういえば、見た目が重要と仰られていましたが」
「うむ?」
「その理屈でいけば、長姉は
「…………………………………………」
西部の大神柱は青蘭よりも
「
「あの腹黒は姉と認めん。
精々が云って、……
……それでは逆に、関係が近しくなってしまうのではなかろうか。
疑問が思考を擽るが、賢明にも
内乱の爪痕は深く、歴史に名を刻むほどに後を曳いた。
爾来、西部
不満気に饅頭を齧る青蘭を横目に嘆息を喉元で堪えて、北部
瘴気が滲み始めたと云っても、未だ僅か。
天候の濁りも無く、晴天の蒼は長閑さを保っている。
――何事も無く、杞憂で済めばいいけど。
そう穏やかには行ってくれないだろう。
それは予感ではなく、確信であった。
神柱の血脈を受け継ぐ巫たる四院は、
それは、天啓とも呼べる確度を誇るほどだ。
その直感が告げてくる。
――この
♢
――北部
神域、
晶たちが決戦に挑んでいる頃、
「……………………晶?」
しかし、遥か遠くで幽かに揺らいだその呼び声は、
「晶? ……………………晶ぁっ!!」
叫ぶ名前も虚しく、
それでも僅かに生まれた希望に、
自身が支配する水気の龍脈を辿り、これまで認識し得なかったほどの細い水気の龍脈にすら必死に神気を通して晶の痕跡を探る。
常人にすれば自身の体内を直に見
「……これは、、
鳴動する
僅かに落ち着きを取り戻したのか、ややあって
「――静美、
「…………何がでしょうか?」
「晶が、、…………生きておる」
「!?」
神柱ですら困惑を隠せない事象を前にして、告げられたその言葉の意味を咀嚼するのに静美は数拍の間を必要とした。
「………………申し訳ありません、
下手な慰めは毒と敢えて否定を口にするが、それ以上の苛烈さが凍てつく鋭さを孕んで静美へと返る。
神柱の惑いを反映してか、暫くぶりに静寂を取り戻した
「じゃが、
神柱にとって、名前とは己自身でもある。
ただの言葉ではない。極論すれば、象を別けた神器と同じ扱いになるのだ。
過去に
だが、と静美は必死に希望を否定した。
「晶さまの持っていた呪符ですね。
誰かが
「有り得ぬ。
――そも、
呪符の励起には、晶に宿る
静美への反駁から漏れた己の呟きに、
「何故、行使できる? 晶から
「
……
誰ぞかが
荒唐無稽過ぎて可能性から排除していた事実が、漸く
晶から
晶に満たされている神気を己の神気に染め変えるためには、先ず、
神気を圧し流すならば、その行為は即座に
晶が生きて、玄生の呪符を行使した。
この事実は、
「待ちやれ、晶。
「
何れおいても、晶さんの居場所を掴まないことには指針も立てられません」
「雨月
それよりも晶じゃ。
……かなり遠くで刹那に燃えた、南方としか掴めなんだが。
せめて、水気の龍脈に立ってくれておったら良かったものを」
「判りました。……南方ですね、手のものを差し向けます。
――さ、
激情を必死に宥める静美に対し、
「急げよ、静美。
――確実に居場所を掴むのじゃ」
「御意のままに」
「――と、申されましても」
困惑のままに、
やれ雨月討伐だ戦支度だと駆けずり回っていた矢先に静美から下された一報は、状況の根底を覆すほどの衝撃を伴っていた。
「…………気持ちは分かるわ。でも、幸いなことに戦支度も流通制限を掛ける前だし、金子の流用先が晶さんの探索に代わるだけよ。
問題は、晶さんの居場所が何処か、という点ね」
「はい。その、南方だけですと、どの
何しろ、
「この際、
その場所に晶さんがいたとして、どこが最も可能性を持っているのか、ね」
「……単純な直線で有力な華族と考えますと、先ず央都
最後に
「
晶さまが無一文で出奔したのは、雨月から抜いた情報からも明らかです。
――精々が年齢10の子供が、金子の当ても無く南限の地に辿り着けたとは到底思えません」
――しかし、
「……いえ、
「直線距離からはやや西にズレています。入れますか?」
「ええ。それと、
静美は首を横に振って、候補を重ねた。
そう。神柱がこの
神柱の決定はその神柱が支配する洲に
どれだけ細い可能性であっても、
「でしたら、
晶さまと関係があった八家は
「――不要でしょう」
奥の暗がりから足音も無く、質素ながら上質の仕立てで織られた紺の着物を着た女性が進みでる。
襟元に小さく揺れるは、亀甲紋に九重結び。
「
加えて、彼の神柱は実直を重んじます。他洲の
「お
「話は聞きました。
――取り敢えず、可能性のある場所で最も近いのは
幸い、夏季休暇も直ぐに明けるでしょう。静美、貴女は学院に戻りなさい。
護衛と称して幾人かを伴えば、央都でも蠢動は容易いはずです」
「はい。
……あの、お母上さまは」
「雨月が抜けるとあっては、華族たちの
……
確かに議会制度を組み込んでから、利権を
これを機に整理をするのは、静美としても納得のできる判断であった。
「取り上げますか?」
「
――
彼女たちの出方程度は窺っておきなさい。不要と云ったけど、晶さんが決定すれば
――幸い、
「はい、何とか晶さんと対面が叶うように動きます。
……お母上さま、晶さんは赦してくれるでしょうか?」
「分からないわ」
――ただ、どうであれ、
「真摯に、言葉を重ねるしかないでしょうね。
雨月を信用し過ぎて放置したのは、
「はい。
申し訳ありません、お母上さまにもご無理を押し付けました」
「私如き、気にしてはいけませんよ。
混迷を極める日々が続き、それでも漸くに与えられた光明。
伊都からの言葉に安らぎを覚えて、静美は不覚にも涙を零した。
「成し遂げなさい。
晶さんの決定一つに、
「はい、お
――混迷の果て。漸くに得た光明を辿り、
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