6話 交わらぬ会談、ベネデッタの真意3
「――全く、状況をややこしくしてくれたものだ」
斜陽に沈む中広間で諒太からの報告を聞き終えた
混濁してしまった現状を端的に表したその言葉に、その場に居る全員が肩を落とす。
「……すまん、父上。
「
「一応は。
――けど、奴らが事を起こしたのが外国人居留地だしな。
周囲の奴らは『アリアドネ聖教』の教徒だろ? 発見は望み薄だと思う」
「来た船に乗って
「それは
奴らが乗ってきた
――寧ろ危険視すべきは、『導きの聖教』との合流だろ」
咲からの意見も含めて一通りの想定はしているのだろう。
諒太は肩を落としたまま、ベネデッタたちが自らの補給線を断ったまま行動に移したことに言及した。
鷹揚に肯う
「……領事権を棄ててまで『導きの聖教』に合流するなど正気の沙汰とも思えんが、
「領事権ですか、確かにベネデッタもその権利を口にしていましたね。
……そんなに凄い権利なんですか?」
「
限定的にだが、あの教会だけは
警邏隊の捜査権限も、余程の事が無ければ拒否ができる」
それも今日までだがな。そう独白に漏らして、
今日の朝方に咲から切り出された相談事は、
だが咲へと持ち出した提案の内容が、
否。あれでも向こう側としては、かなり譲歩した内容なのだろう。
どうにも独善的な契約を相手に要求するのが西巴大陸の流儀であると、連中と付き合うにつれて
特に、であるが、
絶対的な基準を自分たちに持っているような感覚、自分たちが上位であると確信している傲慢さ。
今回の暴挙も誤魔化しきれると思いこんでいたのだろうか。
「取り敢えずだが、
これで、
今回、
――内、3名とは教会で手を合わせたのだな? どうだった?」
「……俺は直接に刃を交えてないからな。
そっちは咲の方が詳しいはずだ」
水を向けられて、咲は視線を落とす。
確かに交戦したのは咲と
だが、何処まで話せばいいのだろうか。
晶に関する情報を併せて口にするのは、間違いなく
慎重に情報を吟味しながら、咲は返答を舌に乗せた。
「私が戦ったのは栗毛の男とベネデッタですね。
男の方は、一応、膝を付かせています。守勢が主なのか手数以上に堅さを感じました。
立ち位置からしてもベネデッタの護衛役。だとすれば、晶くんと交戦したもう片方の長剣使いは路を切り拓いていく
ベネデッタは、……見せた攻撃からしても呪術を
「……恐らくだが、
呪術同様に、呪言と印を組み合わせた技術であったはずだ。
一度見た事はあるが呪術同様、行使に時間が掛かる技術だったはずだが」
腕を組んだ
だがそう考えてくると、彼女たちの技量に感じた歪さに気が掛かってきた。
「呪符は開発されなかったのでしょうか?」
「あれは便利なはずだが、聴いたことは無いな。
「隠し玉として隠匿している可能性は排除しない方が良いでしょう。
ですが見た目からしても、ベネデッタは前に出て戦う相手ではありません。
近接に持ち込めれば、勝てるかと。
――疑問なのは、彼らから感じた精霊力の出力が異常に低い点です」
放出している精霊光からしても、彼らが宿す精霊力は最低でも衛士、最悪は八家並みの保有量を誇っているはずだ。
だが、近接に特化しているはずのサルヴァトーレが、防人になったばかりの晶とほぼ互角に競り合っていた。
弱い分に越したことは無いとも楽観視はしたくなるが、現実はそこまで上手くできていない。
頭を悩ませるその違和感に言及してきたのは、意外な方向からであった。
「……多分、精霊力を割く方向性が違うのでしょう」
「晶くん?」
俯きながらも自身の思考を言葉にしようと、晶は必死に知識を紡ぐ。
咲たちではこの結論に辿り着けないと、朧気に気付いたからだ。
「基本的に、
俺たちもその結果に追随する形で、一回の戦闘で終わらせられるように火力を上げてきました。
ですがベネデッタは、聖伐……戦争を経験していると俺に云っていた」
「同じじゃないの?」
「前提が違います。
俺たちは一度での決着を目指せばいいだけですが、彼らは他国を侵略するために複数の戦闘を越えなければいけない。
火力を落としてでも、次の戦闘に備える必要があったのでしょう」
サルヴァトーレの戦い方を思い出す。
大振りであるはずの長剣を振るっていても、隙の無い小回りの利いた攻撃。
剣技は熟達したそれであり巧緻拙速を極めていたが、小技で畳みかける彼の戦術は防人というよりも
――何より、
「俺が決定的に叩きのめされた時、
剣での止めに飽く迄も拘ったのは、
「……
「はい。
「――何故なら
軍隊に必要なのは、何よりも均一化された戦力です。
足並みを揃えた
なら、彼らが目指す方向性は、
晶の説明に、
晶の予想が事実であるならば、それは朗報と云ってもいいだろう。
――だが、
「……確証がないな。奴らの実力を低く見積もる根拠にはならんだろう」
「低く見積もる必要は無いでしょう。
あいつらは、決戦に向けて戦力を温存しているだけです。
――恐らくですが、精霊力を
「……成る程、一理有るな。
どんな手段かはさて置こうが、奴等は最終目標に向けて全力をぶつけてくるという事は断言できるか」
「はい」
「……散々に断言をしていた分、奴等の目標自体は
直近で怪しい襲撃の時機は、お前たちが離れる明日よりの3日間か」
「応。
『導きの聖教』と合流されるのが厄介かと思っていたが、こうなってくれば合流のために
――どうする? 『導きの聖教』を討滅すると見せかけて、『アリアドネ聖教』を釣り上げる方が良いと思うけど」
即興で立てたのだろうが、この状況をみれば釣り野伏も自然な手堅い作戦である。
しかし、
「……止めておけ。
釣り野伏は悪くないが、『導きの聖教』が武力蜂起する事が確定している以上、悪手になる可能性もある。
背後を突かれるくらいなら、『導きの聖教』を下してからこちらに戻れ」
「だけどよ――」
「奴らは合流が面倒なだけだ。個別ならお前たちでも磨り潰すのに手間も掛からんだろう。
――
『アリアドネ聖教』といえど、頭数を揃えても精々が4人。
その程度ならば向こうがどう全力を振り絞ろうとも、
静かに見せつけられる
神器とは、神柱の象を鍛造した武器の総称だ。
それ単体でも不壊の特性を有する強力な精霊器であり、元となる神格にも依るが、
「戦力を削るのは性に合わんが、背に腹は代えられん。
明日の別行動に際し、守備隊を2つに分ける。正規兵は総て
事前に聴いた情報では、『
それならば、お前たちだけでもなんとかなるだろう」
「判った」
♢
夕陽が照らし出す陰影を
『……これで良かったのか?』
『ええ。彼らからしたら
どう足掻いても、
サルヴァトーレからの短い気遣いに、ベネデッタは首を振ってやせ我慢を見せた。
『随分と派手に落とされていたようだけど、トロヴァート卿は大丈夫かしら』
『何とかな。相手がお嬢さんだからと甘く見過ぎてしまったか』
『トロヴァート卿にはいい薬だったかしら。
決戦に臨むのには問題無さそう?』
『聖女殿に癒しの法術を貰えば、が前提になるが』
軽い口調の応酬に深刻な影は見られない。
懸念が一つなくなり、そう、とだけ安堵の息を吐く。
『……アンブロージオ卿はこれで良いだろう。だが、
随分と、あの
『聖下の託宣を無碍にしてしまったことは残念だけど、こうなっては仕方ないわね』
『託宣か。
そう云えば教会でもそう云っていたな。アンブロージオ卿の望むようにはいかないと?』
ベネデッタの口調を聞き咎め、サルヴァトーレは問いただした。
神柱が下す託宣は当てずっぽうの予想ではない、必ず起きる事象が告げられる。
その上で結果の改変が可能となるように、動くことが叶うのだ。
――そしてその性質上、基本的に慶事が告げられる事は無い。
『ええ、出立前に聖下から託宣を頂いたわ。内容は、
――彼の地にて、我等は鳳を見上げるしか赦されぬであろう。勝利は遠く、我らが望んだ千年王国の終焉を眺めるに任せるしかあるまい』
『
既に告げられていた『アリアドネ聖教』の敗北に、2人は色めき立った。
託宣で起きることが断言されている以上、首席枢機卿のステファノ・ソルレンティノが主導した聖伐を止めること自体は不可能である事は間違いない。
つまりベネデッタは勿論、後背に続く2人は敗けると確定している戦に駆り出された事になるのだ。
だが、『導きの聖教』による教義破綻の回避を越えて『アリアドネ聖教』の敗北を告げられていたのは、流石にベネデッタの直衛たる2人であっても予想外であった。
『結論を急ぐな、トルリアーニ卿。
託宣に勝利は遠くとある。つまり、未だ確定はしていないという事だ。
どの道、決戦は
『ああ、そうか。そうだな。
あの
あれを
『……ええ、そうね』
懸念を口の中で濁し、サルヴァトーレの確認にのみ同意を示す。
不安を押し殺しそれでも付き合ってくれる友人たちに、口には出せない感謝を捧げた。
アリアドネが齎した託宣には、確かに勝利は確定されていない。
そして、先刻にベネデッタが口にした託宣もまた、それで総てでは無かったからだ。
ベネデッタの、否、アリアドネの
生命を賭けてそれを果たすまで、ベネデッタが
真実を歪めた罪悪感を押し殺し、行きましょうか、と2人を促し立ち上がった。
陽光は何時の間にか遠くに沈み、音もなく夜闇が世界を支配する。
――欠け始めた月だけが、3人の道行きを照らし出していた。
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