6話 交わらぬ会談、ベネデッタの真意2

――轟音。

 床や椅子であったものが、木っ端微塵に爆ぜて粉塵を巻き上げる。


 粉塵が薄れた中央には、大振りの両刃剣を振り下ろした姿勢で構える赤毛のサルヴァトーレ偉丈夫・トルリアーニの姿があった。


「……サルヴァトーレトト、何て事してくれたの。

 お陰で会談が台無しじゃない」


「正直に云えば、ここまで我慢できた事を褒めて欲しいくらいだな。

 ベネデッタベティの慈悲に唾を吐くわ、聖アリアドネの威光をあざけ笑うわ。

ここまで我らの譲歩を踏みつけにしてくれた以上、回心の機会を与える前に審問官としてこの者たちに神罰の鉄槌を与えねば面目が立たんだろう」


 憤怒に震える友人の姿に、ベネデッタは頭を抱えた。

 何故ならばサルヴァトーレの暴走は、今後に繋がる会談の芽すら砕いてしまったからだ。


――だが、サルヴァトーレの憤怒もよく理解は出来る。


 譲歩や折衷案を持ち寄る会談は、一度だけでは終わることは無い。

 本来は彼我の認識の差を埋める行為から始め、何十回となく討論を重ねるものであるからだ。


 蒸気機関もいまだ発展初期に在る高天原たかまがはらと、産業革命も成熟しきった科学技術を有する波国ヴァンスイールとでは、最低でも3倍近い国力格差があると本国の技術顧問は太鼓判を押していた。


 国力や技術力に隔絶した差を自覚しているのであるならば、特に外交面での解決を目指す傾向が高いというのが西巴大陸にけるベネデッタたちの常識である。


 最初は何を云われようとも、とりあえずは外交的な解決を目指すべく穏やかな物別れに終始する。そう、ベネデッタも確信すら持っていた。

 降伏勧告の会談はこれまでの聖伐でも行ってきたが、ベネデッタの勧誘や譲歩を一顧だにせず切り捨てるものたちが揃っているとは予想外であった。


「……去り際の背中を狙って一撃? 波国ヴァンスイールの作法って、随分なってない・・・・・のね」


「咲さま」


「怪我は無いわ。

――ありがと」


 がらり。上に降り積もった木片をはたき落としながら、晶と咲が立ち上がる。


 見た目には無傷、派手に怪我をしているようには見えない。

 寸前で咲を抱えた晶が強引な回避に移っていたので、少なくとも直撃はしていないはずだ。


「極東にのさばる忘恩のましらどもを躾る・・のに、作法もなかろう。

 貴様らに赦されている返答は一つ、唯一神たる聖アリアドネの決定にだくと返すだけだ」


「……ここまで仕出かして吐ける呼吸いきそれ・・ってんなら、いっそ感心してやる」

 前に出ようとする咲を抑えて、晶が遂に前に出た。

「だがここまでやられれば、誤魔化しも利かねぇぞ。

 鴨津おうつはもとより、珠門洲しゅもんしゅうだって黙って無かったことには出来ないはずだ。

 どう落とし前を付ける心算つもりだ?」


「出来ますよ」


「はぁっ!?」


 サルヴァトーレの後方に立つベネデッタの言葉に、晶の怒気が挫かれる。


「領事権。

――この教会は波国ヴァンスイールの領事館も兼ねています。

 便宜上ですが、この教会は波国ヴァンスイールであると定義されているのです」

 主祭壇のある内陣から進み出る彼女の表情に、焦りは窺えない。

 自身の言葉に自信を持っている事は、その様子から理解は出来た

「つまり、ここで何が起きようとも、この教会だけは波国ヴァンスイールの意向が優先されるのです。

――トロヴァート卿、こうなっては仕方ないわ。

 警邏隊が押し入る前に、最低でも晶さまの加護だけでも削りましょう」


「承った!」


 ベネデッタの決意を受けて、サルヴァトーレの身体からおびただしいまでの精霊力が解き放たれる。


 身体強化。現神降あらがみおろしと同系統の精霊技せいれいぎを行使する予兆を嗅ぎ取り、太刀袋に包まれたままに晶は落陽らくよう柘榴ざくろを楯にした。


「晶くん!!」


は逃げろ!」


 案じる咲の叫びと、楯になる晶の決意が交差する。

 だが余裕すらない晶の視線は粉塵の向こうを睨み据えたまま、全力で現神降あらがみおろしを練り上げた。


――ォッ!!


 ここで止める。断固とした晶の意思に挑むかのように、木片諸共に粉塵を蹴散らしてサルヴァトーレの巨躯が一直線に跳びかかる。


「ハアァァァッッ!!」


「ぐぅぅお、ん……、のぉおおぉっ!!」


 ギィンッッ! 斬るというよりも潰す事を目的とした、無骨な4尺9寸約150cmの刃金が虚空を平薙ぎに粗裂きながら落陽らくよう柘榴ざくろと噛み合った。


 精霊力に依る強化に加えて初速が生んだ莫大な慣性が、小兵である晶の身体を更に後方へと弾き飛ばそうとする。

 だが現神降あらがみおろしが晶の身体を支え切り、火花を散らす刃金越しに見下ろすサルヴァトーレの視線を真っ向から射抜き返した。


「ふ、……ん。なっていない・・・・・・戦術であれほどの妖魔ディモンを下したところを見ると、成る程、ベネデッタベティの評価は確かなようだ。

 今後を案じるならば、貴様はここで沈めておくべきだな」


「簡単にっ……、陥落おとせると思うなよ!!」


 噛み締めた歯茎の隙間から怒気が吐き出され、猛る炎に抗う意思を焚べる。

 晶から放たれる神気の渦に中てられて、落陽らくよう柘榴ざくろを包んでいた太刀袋が燃えて灰と化した。


――じり、

 退くものか。ただその決意を胸に、一歩、足を踏み出す。


「ぬ……」


――じり、

 噴き上がる朱金の輝きが落陽らくよう柘榴ざくろを鞘ごと染め上げ、更に一歩と相手を押し戻す。


「ぐ、ぅっ……!!」


「――だ、りゃあぁぁあっっ!!」


 確実に踏み込まれていく晶の一歩に、サルヴァトーレの背筋から勢いが失せた。


 じりつくせめぎ合いの決壊は唐突に、抗う手応えが消えた刹那を逃さずに晶は鞘から落陽らくよう柘榴ざくろを抜き放つ。


 だが、サルヴァトーレもるもの。

 剣の競り合いは晶に譲ったものの小手調べの敗色には固執せずに、更に小さく旋回しながら縦に刃を斬り下ろした。


「肩口ががら空きだぞ、小僧ガキっ!」


「態とだよ、間抜け!」


 口汚い応酬もそこそこに、抜き放たれた臙脂えんじよりも昏い深緋とサルヴァトーレの鈍色が火花を散らして喰い合う。


――強い。けどなんだ……? 軽い・・


 数合を斬り結びながら、晶は内心で首を傾げた。


 見るからに小回りの利かない両刃剣で晶の小手技に追いついてくる辺り、サルヴァトーレの技量に疑いの余地はない。

 だが晶の知る限りにいて、厳次げんじや咲と比べても現神降ろし身体強化の倍率が剣の技量に見合っていない。


 重くない・・・・のだ。

 濃密な精霊光の輝きからして、サルヴァトーレの精霊力が高天原たかまがはらでも上位の華族に比肩している事は間違いない。

 が、そもそもからして、晶程度の現神降あらがみおろしで衛士並みの相手と斬り結べること自体が異常なのだ。


 手を抜いている? 否、晶たちを叩きのめす意思は本物だ。

 であるならば、何か前提が間違っているか。


 視界の端に、咲の着物がひるがえる光景が飛び込んでくる。

 咲が未だ逃げていない。その事実にサルヴァトーレの刃金を斬り弾いて、強引に距離を取った。


「咲っ!」


「ごめん、晶くん。

……もう一寸だけ手間取りそう」


 悔しそうに歯噛みする咲の声音。その向かおうとする正面扉の前に立ち塞がるのは、サルヴァトーレと同じく教会騎士の片方、アレッサンドロ・トロヴァート。

 その手に持つ無骨一辺倒の戦杖が、教会に差し込む僅かな陽光を捉えて鈍く光る。


「俺一人で抑える!

 何とかして……」


「見せつけてくれるじゃないか! この私相手に余所見とはなぁっ!」


 所詮、即興で仕切り直しただけの距離。

 刹那で間合いを溶かし、サルヴァトーレは大きく剣を突きこんだ。




「どうしたかね?

 そこで止まっていたら、逃げる事も叶わんと愚考するが」


「お気遣いなく。

――毛頭、その心算つもりはありませんので」


 既に現神降あらがみおろしは十全に。それでも油断なく焼尽雛しょうじんびなを構え、咲はそう毒を吐いた。


 アレッサンドロの持つ戦杖の長さはそれほどでもない。1尺6寸50cmもあれば良い方だろう。

 だが巍々ぎぎたる岩山の如く隙を見せない佇まいは、咲をしても簡単に下せる相手では無い事を明確に見せつけてくる。


 返応を期待していなかったのだろう。独白に似た問い掛けの応えに、アレッサンドロは呆けた後に大きく破顔した。


「能く応えた。

 謝礼代わりだ、初手は私から動くとしよう!」


「くぅっ」


 云うや否や、アレッサンドロの巨躯が背丈に見合わぬ敏捷さで間合いを詰める。

 精霊力が細く尾を曳いて、上から下へ戦杖が大きく叩き下ろされた。


 様子見ついでか、初動は素早くとも軌道の読みやすい大振りの一撃を避けて、咲はアレッサンドロの懐に大きく踏み込んだ。


 細かく身体を引き込みながら、小さく旋回する一撃が放たれる。

 威力は無くとも回避の難しい一撃に、咲は必中を確信した。


――だが、


 ずどん。肉を切るとも骨を断つとも違う手応えが、鈍い音とともに咲の両腕を揺らす。

 裂ける衣服の隙間から、脇腹を隙間なく覆う繊維質が垣間見えた。


 高天原たかまがはらでは研究が始まったばかりの、防刃を目的とした衣服。

 隔絶した科学技術の格差を間近に見せつけられて、咲の双眸が苦みに歪む。


 動きの鈍る咲を余所になんら損傷を負った様子を見せない動きで、アレッサンドロは返す一撃を振り上げた。


「ちぃっ!!」


 咽喉のどの奥で呻きつつ、薙刀の柄で何とかそれを受け止める。

 直撃は防げたものの戦杖の衝撃を全て受け止めきる事は出来ず、小柄な咲の体躯は宙へと浮いた。


――間違いない。こいつら、私たち相手に手慣れ過ぎている!


 精霊技せいれいぎを行使せず、間合いを殺すような戦術に咲は確信する。

 恐らくであるが、この3人はケガレではなく人間相手の戦が専門なのだろう。


 人間を相手取って現神降あらがみおろし以外の精霊技せいれいぎを行使する余裕は、余人が想像するほどにありはしない。


 人間相手の戦闘にいて精霊技せいれいぎを行使する機会は、時間が長じるほどに格段と下がっていくのだ。

 だが精霊力で強化された霊鋼の一撃は、それだけで敵対するものを打ち砕く一撃に足り得る。


 相手が行使つか現神降あらがみおろしの強化倍率が、晶と同程度に低いことが唯一の救いであろう。


 人間相手に過剰な火力は必要ない。効率を求めた結果だろうか、現神降あらがみおろしの熟練度もそこまででは無いのか。


 そうであるなら、つけ入る隙も精霊技せいれいぎにこそあるのかもしれない。

 図らずも距離を取れたことを幸いに、咲は精霊力を練り上げた。


 奇鳳院流くほういんりゅう精霊技せいれいぎ、中伝――


「――隼駆はやぶさがけっ!」


 足が床に着くと同時に、アレッサンドロ向けて咲の身体が加速した。

 更に跳ね上げられた咲の速度で、彼我の間合いが刹那に溶ける。


「むぅっ!」


 身体強化の底上げは予想外であったのか、突きこまれた薙刀の穂先に戦杖を何とか合わせるも、僅かに負けたかアレッサンドロの上背が僅かに伸びた。


 貰った。気合一閃、咲は両足を踏み締める。


奇鳳院流くほういんりゅう精霊技せいれいぎ連技つらねわざ――


「――乱れ三毬打さぎちょう!」


「ぐぅおっ!!」


 その防衣は斬撃を防いでくれるだろうが、防御の上から通ってくる一撃ならどうか?

 殺傷には至り難いが、この精霊技せいれいぎを至近で受けて意識を保てる相手は先ず居ない。

 ほぼ重なった3重の衝撃が、防御されていないアレッサンドロの意識を問答無用に叩きのめした。


 元々からして、波国ヴァンスイールとの敵対は咲としても望むものでは無い。

 殺す事が目的ではない以上、足止めが出来ればそれで充分。


 膝をつくアレッサンドロを尻目に踵を返し、勘だけで更に後方へと跳び退った。


――寸前まで咲の立っていた床に、精霊力で構成された杭が衝き立つ。


 生まれた衝撃に木材が完全に割れ落ち、床に大きな穴を空けた。

 その光景に目もくれず、咲は杭が襲い来た先、内陣の奥に視線を遣る。

 そこには先ほどと変わらない位置で、精霊力を充溢させた右手を咲に向けるベネデッタの姿があった。


「……最後まで手を出さないと思ってたけど?」


「真逆、トロヴァート卿に膝をつかせるとは思っていませんでしたので。

……ですがこうなった以上、致し方ありません。多少は立場の確保が難しくなりますが、最低限の目的だけでもはたさせていただきます」


 仲間の一人を無力化されたにも拘らず、焦りの見えない口振り。

 厄介事が増えたと、咲は歯噛みをした。


 ベネデッタの主張上にいて、この諍いはサルヴァトーレの暴走によって引き起こされているのが要となっている。


 つまり、波国ヴァンスイールサルヴァトーレの上司ベネデッタは一切の関与をしていないという主張こそが、波国ヴァンスイールの領事権を護っているのだ。


 双方の利益にそこまでの貢献をしない以上、領事権を放棄する危険を冒してまでこの戦闘する意味がないはずだと咲は聴いていた・・・・・・・


――それとも、この戦闘にはそれ以上にやらねばならない別の目的があるのか――?


 ドォンッ! ふと、思考が其処に及んだ瞬間、背後から轟音が響く。

 咲が音の方向へと視線を向けると、そこに晶がサルヴァトーレに殴り飛ばされて倒れ伏す姿があった。




「晶くん!!」


 切羽詰まった咲の叫びに、揺れる視界を抑えながら何とか晶が立ち上がる。


「……くっそが――」


 知らず罵倒が口から洩れた。


 攻撃が想像よりも軽かろうと、やはりサルヴァトーレは歴戦の戦士である事に違いはない。

 咲の盾になるべく息巻いてみたものの、相手との地力には歴然と差が存在していた。


「ふ。随分と粘ってくれたが、これで王手だ。

 随分と暴れてくれたが、所詮は犬の躾程度。大人しく叩きのめされるなら、命までは取らんでおいてやる」


「ふ、ざけるなぁっ」


 サルヴァトーレへの反骨を叫びに変えて、精霊力を猛らせる。

 落陽らくよう柘榴ざくろを脇構えに構えて、再度、床を蹴った。


 敢えて剣筋を身体で隠しながら、正面から直進。

 朱金の輝きを下から上へ、出来得る限りの小さな挙動で斬り上げる。


「む――!」


 旋回しようとする身体を抑え、威力よりも速度を優先させた細かい斬撃。

 執拗に手元を狙う攻撃に、サルヴァトーレの表情から余裕が消えた。

――しかし、


「少しは知恵あたまを使う事を覚えたじゃないか。

……だが、甘い」


「くぅおっ!」


 速度を優先させたあまり、今度は威力が無さ過ぎる。

 落陽らくよう柘榴ざくろの刃筋に剣のみねを滑らせて、絡めるように晶の護りが抉じ開けられた。


 がら空きとなった晶の胴体にサルヴァトーレの蹴りが叩き込まれ、先刻の焼き直しの如く晶の身体が壁際に吹き飛んだ。


 僅かに原形をとどめていた長椅子が、晶の背中に圧し潰されて木っ端微塵に舞い踊る。

 振り落ちる木片に埋もれて、晶は苦鳴を上げた。


「――ベネデッタベティ、この小僧ガキは必ず俺たちの前に立ち塞がるんだろう?

 今の内に、ここで殺しておくべきだと思うが」


「駄目よ、聖下の託宣を無視する事は出来ないわ。

 叩きのめすだけで我慢して」


「ち、……分かった。

――運が良かったな、小僧ガキ


「晶くん、起きて!」


 悠然と迫るサルヴァトーレと、ベネデッタの牽制に行動を制限された咲の焦りが交差する。

 呻きながら木片を払いのけた晶の視界に、剣を振りかぶるサルヴァトーレの姿が映った。


「――詰みだ」


 ケガレ相手は勿論、猩々ショウジョウとも違う対人戦闘での明確な敗北。

 宣言と共に振り下ろされる刃金の鈍い輝きに、晶は思わず両目を瞑った。


「――夜長よながらし」


 それが当たる直前、轟音と共に正面扉がひしゃげ、内側うちへ向けて倒れ込む。

 茫漠と舞い上がる粉塵を掻き分けて、久我くが諒太と帶刀たてわき埜乃香ののかがその奥から姿を見せた。


「よぉ、波国ヴァンスイールのお歴々。随分とたのしくお遊びしてるみてぇじゃねぇか。

 俺も混ぜてくれよ、なぁ」


「御無事ですか、咲さま」


 願ったりの援軍に、咲の表情も流石に綻んだ。


「遅いわよ、久我くがくん!」


「交渉ってのはもっと長引かせるもんだろ。

 こんなに早く、物別れの刃傷沙汰になってるなんて予想もできるかよ」


 咲の言葉を軽く流し、サルヴァトーレの足元で木片塗れになっている晶を見咎める。


「なんだ、外様よそモン。

 咲に護られて、随分な無様を晒してんじゃねぇか」


「……申し訳ありません、久我くが様」


 反論も無く素直に返る晶の謝罪に肩透かしを覚えたのか、舌打ち一つ、それだけでベネデッタの方へと向き直った。


 警邏隊が駆けつけるには都合と時機が良過ぎる。

 久我くがと呼ばれた少年と咲のやり取りに、ベネデッタは大凡おおよその裏事情を察した。


「……内密に、とご理解いただけていると思っていましたが」


「あら、偶然ですよ。久我くが殿は偶然・・に警邏の手伝いに訪れて、偶然・・にこの近辺を見回っていたにすぎません。

 ですが仮令たとえ、偶然でなかったとしても、何か問題でも・・・・・・

――意図を外すの・・・・・・が交渉の基本・・・・・・、でしょう?」


 咲としても、青道チンタオで西巴大陸の人間が仕掛けた仕儀を知らぬ訳では無い。

 相手の意図が見えない以上、久我くが家に協力をたのむのは当然の選択である。


 ベネデッタは軽く微笑わらって、確かに、とばかりに肩を竦めた。


「――仕方がありません、この場は我らが引きましょう」


 サルヴァトーレと意識を取り戻したアレッサンドロが、その言葉を合図としてベネデッタを護らんとばかりに前に立つ。


 ベネデッタたちの動きに応じて諒太が前に出ようとするが、その一歩よりも早くベネデッタが天蓋に向けて精霊技せいれいぎに似た衝撃波を撃ち出した。


「「「! ……んなっ!?」」」


 意図の読めなかった咲たちの初動が、一拍遅れる。

 衝撃波は天蓋を揺らし、天面に張られた装飾硝子ステンドグラスを粉々に砕いたのだ。


 甲高い音とともに降り注ぐ細かい凶器に、堪らずと全員が教会の外へと逃げる。


――ベネデッタたちに逃げおおせられた事を理解したのは、全員が教会の外へと逃げ出して一息つけた直後であった。

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