閑話 小雨に綻びて、黎明に哭く1
――
しとつく小雨に
「――見よ、
「はい」
常よりもやや豪華な夕餉を終えた後、周囲を眺望できる中広間に
「何度かこの屋敷に連れては来たから知ってはいるだろうが、あれが
そして、お前が伴侶として尽くさねばならぬ方がお住いの場所でもある。
――厳しい
「はい、
溌剌とした
使命に燃える息子の
自慢の
上級小学校の頃からそうであったが、
否。陰りどころか、輝きはいや増すばかり。
特に他者を率いる才に
中等部の学年首席に2位以下よりも抜きんでた成績で選出されたのも、
「……
領地を完全に空ける訳にはいかん故、
「母上にもご理解はいただいております。
出立前にも充分に姿を見て貰いましたし、心残りも無いでしょう」
出来損ないの
母親からの過剰な期待に潰れるかとも心配はしたが、
周囲への根回しと人別省の認定は、先日にようやく済んだ。
後は、
何故ならば、嫡男のすげ替えは醜聞の類であるものの、意外とどの
生まれてくる長男が優秀であるとは限らない。そうであるならば、優秀な子供以外の芽を
だからこそ婚姻の約束を交わす定型文には形式上、個人の名前を入れることは無く、
人名が明記されてさえいなければ、意外と
そう考えると、
「うむ、そうだな。
……
――
「はい。父上のお言葉を
頼もしい息子からの迷いない返事に、
だが、気恥ずかしさからか口を
「御当主さま。お約束の方々がお着きになられました」
「そうか、直ぐに向かう。皆さま方は応接間にてお待ちいただけ。
――これから会うのは、お前が当主の座に就くために骨を折っていただいた方々だ。
お前の代以降も、
しばし、
内心では
だが、口にせずとも永代に望まれていた
押しも押されぬ
緊張に気を引き締める
「小雨が続きますな」
「ここしばらく、
応接間は、基本的に親しいものとの歓談に使用される部屋である。
そこに近づくにつれ、緊張とは裏腹の和気藹々とした穏やかな語調が交わされている事に
「お待たせして申し訳ない、
「なんのこちらこそ。
大願を目前にした親子の会話、遮ってしまったようで気が引けますな。
もう宜しいのですか?」
「はは、今生の別れでもありません。機会は幾らでも」
がらり。
夏の小雨特有の蒸れた水気が漂う室内で、
「さて、お忙しいお二人の時間を割いてしまいましたな。
顔を合わせるのは初めてでしょう、嫡男の
――
「先日、人別省に
「おお。君のお父上に幾度なく面会を頼んでいたんだがね、ようやく応じてくれたか。
――その
「妹が偶に寄越す手紙は君の自慢話しか載せていないものでね。正直、私は初めて会った気がしないな。
だが、この若武者ぶり。
「お恥ずかしい限りです」
褒め上げられた照れからか頬に紅が差す
互いに狙いは有るものの、概ね目的が被る事が無かったのも、結果としては良かったのだろう。
決定的な破綻を迎えることなく、これまでの3人は穏やかに関係を育んできた。
「
「
実力は
油断はできんでしょう」
「ご助力が必要となる際はお声掛けを。
「助かりますな。その時が来れば是非とも」
「はは。抜け駆けとは、
「無論、無論。
感謝しておりますぞ、
ははは。和やかに交わされる談笑の合間にも相手が何を望むか推し計り、都度、合いの手を差し挟む。
精霊無しの忌み子が
だが、人別省に登録した上、
その為、
それ故に、
時に
他家との交流で
お陰でここまで来れた。
洲議としての
2人としても、この協力にはかなりの散財をする破目になったはずだ。
だが、過去の自身が下した判断には間違いは無かった。
「
……
「はは。皆さまのご助力あればこそ、私の労苦は然程でもありますまい。
……そういえば、
てっきり今日こそは、
未だ、
ここまで推す以上、晴れの舞台を控えたこの日くらいは顔を合わせてくれるだろうと、期待していた
「ここ数年、父上は
逗留している他家の手前、私用で
この日に足を向けたかったと、手紙では随分に残念がっていましたが」
「それは残念だ。
にしても至心殿を招くとは、先方は随分と
用件を訊いてみても?」
「……ええ。
「ほう」
どう返したものか少し迷ったのだろう。僅かに
「義父上が教導をされたか。
成る程、技量のほどは確からしい」
ちらりと
「
神気と精霊力の差から辛勝を得ましたが、手強い相手でした。
……成る程、お祖父さまのご教導の賜物でしたか」
「そう云っていただけると有り難い」
実際は、ほぼ刹那の内に危なげない勝利を得たと聞いている。
多分に世辞を含ませた
如才なく返す
文武に長けた方が良い事は間違いないが、こういった人心を掴む話術には、また別種の才を要するのだ。
あれもこれも。多才は成長の妨げにもなるが、
「そういえば最近、
「何か懸念事でも?」
歓談も幾許の後、就寝のために一足早く
「さて? 洲議会に情報が少しも入ってきませんので、議長でない私には及ぶ権限がありません。
――ただ、
他洲からちょっかいを掛けられたとしても、収穫前の夏盛りに時機が合わない。
逆に出すためでも、
――そう云えば、
ふと天啓のように、脳裏にその文言が浮かぶ。
だが、有り得ないその答えに、頭を振って思考を散らした。
「何か心当たりでも?」
「いや、気の
「……いえ。
その頃は
――他洲に影響を受けたとかは? 父上経由で聞きましたが、確か百鬼夜行が
理由としては弱いですが、時機は合います」
「……かもしれませんな。
まぁ、明日の登殿に際して、余裕があるようなら訊いておきましょう」
「助かります」
所詮、
少し気になる情報であったものの、特に深く考える事無く鷹揚に受け答えを交わす。
やがて、夜も更ける歓談の終わり、
――そう云えば、
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