4話 日々は過ぎて、眠るように謀る6
再度、一礼を残して未練も見せずに
『アンブロージオ卿。あのような約束、大丈夫なのですか!?
今、本国はそれどころでは無いはずですよ!』
加えて、景気よく口約束を交わしていたが、アンブロージオにそこまでの権限は無いはずである。
後の問題となりかねない約束事に、ベネデッタは承服を認められなかった。
『問題ありません。
『導きの聖教』の勢力は把握しています。蜂起が武力制圧されれば、後に禍根を遺さないよう綺麗に
生き残っていようが、見込みのある極東のサルが1匹2匹程度。
それならば、私の権限でも如何にでもできますし、そもそも
『真逆、『導きの聖教』に対して何の応援も約束せずに、蜂起を促したのですか!?』
建前上は破門されたといえ、『導きの聖教』は
永年、異教の地で細々と布教を続けてきた分派を一作戦の囮程度に使い潰すと吐き捨てられ、ベネデッタの良識が悲鳴を上げた。
『では、危険を冒して彼らを受け入れますか?
本国の現状を別にしても、『アリアドネ聖教』にこれ以上の分派を受け入れるための受け皿が無い事は、聖女殿もご存知のはずですが』
『それはっ…………!!』
アンブロージオが返した止めの反論に、激昂の向ける先を失ったベネデッタは唇を噛んで下に俯いた。
『アリアドネ聖教』は、長年を掛けて西巴大陸を平らげた宗教である。
他の神柱を眷属神とする宗教は、基本的に一度の敗北も受け入れられない。
何故ならば敗北とは、敵対した神柱を認める行為であり、唯一神という定義そのものに矛盾が生じてしまうからだ。
本来、勝利し続ける事は絶対条件となるが、『アリアドネ聖教』は過去に数度、敗退の歴史を刻んだ事がある。
それでも信仰上の矛盾を回避できた所以は、分派をうまく利用できたからである。
教義の解釈を少しずつ歪めて分派を生みだす事で、敗北した際の決定的な破綻を分派に押し付けて回避できるのだ。
――だが、長年に
『ご理解いただけたようで結構です。
まぁ、彼らとて真なる『アリアドネ聖教』の
くつくつ。
最早、戻ることも出来ない。覚悟を決めて、ベネデッタも後に続いた。
『……それで、狙うのはやはり
『いいえ。宣教会の連中はあそこが重要地であると思い込んでいましたが、あの風穴は結局のところ支流から噴き上がった風穴です。
本流と直結していない以上、本国と結びつける利益は皆無。
『あそこが支流? では、本流は……』
『
つまり大陸に続く風穴の基点は、涅槃教の寺院が抑えているという事です。
――
地図上を
地理に疎い彼らは、遂には気付く事も無かった。
――アンブロージオの指した先は、奇しくも
『
……ですが、後に続けることが出来なくば、結局のところは同じ穴の狢でしょう。
後続が続かない現状、風穴を維持する事は不可能のはずです』
『維持は不要です。
涅槃教は龍脈に杭を撃ち込んで、途中基点を
幾つかの経路が変わっただけなので最終的な流れ方は変わっていないとのことですが、元々は
龍脈の流れを正常に戻すだけなのですから、神意に背かぬ行いとも云えます。
――寧ろ、五体投地で感謝を示して欲しいくらいですね』
アンブロージオの指先が、
アンブロージオがあの港に建つ教会に足しげく訪れていた事を、ベネデッタはようやく思い出した。
そうか。龍脈を遡り、この地の神柱を陥落すための準備をしていたのか。
『全ての準備は終了しています。
龍脈が繋がり次第、この地の龍穴は
私も半生を掛けたこの偉業、達成せずに終わらせる
不敵に歪むアンブロージオの口元。
そこ滲む絶対的な勝利への確信に不安を感じたものの、これ以上の異を口にする事なくベネデッタたちは肯いを返して行動の決意を示した。
♢
「ふう……」
湯浴みから上がった
障子の隙間から外を覗くと、ぽつりぽつりと立つ街灯が、寂し気に
高宿に移し替えられたが、贅沢に湯を使った風呂が堪能できる点だけは評価できると、無理矢理に自身を納得させた。
「全く……、
愚痴る独り言は、日中に何かしらの用件を持って姿をちらつかせていた
何故ならここ暫く、
言い寄る
加えて、
これでは、
抑圧の反動から増えていく
「――それに、
あの
これでも地頭は悪くないと思っているが、まだまだ
発言力はそれなりにあると自負していても、職役もない
見た目から
「
……無いわよね。
この忙しい中、
悶々と頭を抱えて、思考の渦から抜け出そうとする。
正直なところ、
最悪、
ここまで念入りに接触を企図された以上、流石にそれは悪手だ。
「……そう、放棄ができないだけ。
相手の意図を外す事は可能よね」
ややあってそう結論付けた
ジジ……。微かに鳴る橙色の電球が照らし出す室内。
寝間着代わりの襦袢を整えた
この方面には疎く未熟な
だが現物が手元にある以上、手跡を見比べられる程度は可能である。
「真言はよく判らないけど、
……気がするわ。
まぁ、犯罪に加担していないだけ、安心かぁ」
おそらくだが、
であるならば、犯罪集団に横流ししていない分、真っ当な副業でもある。
……その代りに
呪符の入手元など使用する分には関係ないのだから、銘押しなどの余程のもので無い限り作成した者の名前など表に出てくる機会は無い。
恐らくはバレないと高を括っているのか、裏取引をしている意識すら無い可能性もあり得る。
だが、事実が
ようやくに得られた安心材料に、
そうして、必然的に臨時の収入に頼るように仕向けていく。
かなり危険な賭けであったが、どうやら、
話に聴く限りでは
だが、傍から見ているとよく判る。
教導に入っている
その膜が、
「何が切っ掛けなんだろう?
性別、時間、……違うよね。
私をよく知らないから、とか?
いやいや、日中の鍛錬でずっと付き合っていたじゃない。あれだけ時間掛けて信頼されていないって、結構、傷つくなぁ」
うんうんと、悶々と、唸りながら頭を抱えるが、未だ人生経験の浅い
確かに
対する
――有り体に云ってしまうと、
その温度差こそが、
無私の善意。
利害でしか信頼関係を築けないと思っている
「ううん。よし、決めた。
明日は……」
自己完結に幾度か頷き、呪符を大切に仕舞う。
彼女を襲う眠気に、思考の鈍りを自覚したのもある。
――パチリと電球の灯りが途切れると、ややも間を置かずに穏やかな寝息だけが夜風の騒めきに溶けて消えた。
♢
……夜を照らし出す灯りも長い
草木も眠る
こんな時間に起きているものは、それこそ夜鷹かお天道様に顔向けできない手習いの者くらいだろう。
―――
灯りを避けてか、
―――
「やぁれ、やれ。
……随分と手間を掛けたのだがねぇ」
なんてことは無い語調で、随分と残念そうに
事実、
「しかし、まあ。
――潮時だねぇ」
―――
街灯の灯りが闇に呑まれ、また生まれる。
じりじりと
何か変化がある訳でもなく、ただその繰り返し。
うねり波打つ闇だけが、
「……期待したのに、肝心のところではあの程度。
潮目を見失う輩にゃあ、
―――
耳障りなほどに穏やかな
その間中、
―――
三日月が
その歩みは依然止まる事はなく、闇から闇へ
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