4話 日々は過ぎて、眠るように謀る3
山狩りで
「……くぁ」
パチリ、パチ……。明々と燃え盛る松明の
因みに、
危険の少ない神社の境内だ。
警護に立っている練兵たちの間にも似たり寄ったりの、どこか弛緩したような気怠い
「はは。防人殿はどうやらお疲れの御様子で」
「申し訳ありません、恥ずかしいところを見せてしまいました。
――
その後背に鋭い目付きをした少年が付き従っている姿を見
練兵の制服を着込んでいるその少年の視線が、防人になってから向けられてきたどの感情とも違って見えたからだ。
強いてどちらかと云えば、挑むような視線のそれ。
少年は何か云いたそうではあったが、終始無言のままに
「いいえ。
――時に、
「……はい。
……白毛大
だが
今日一日、
道場での動きから
「……自分が
この年齢になっても憶えていますよ。母が特別に蒸してくれた
今、思い返しても口惜しい」
肩を揺らして
知らず安堵から、
昨日と打って変わり戦闘から離れた今、二人の間に警護とは名ばかりの穏やかな時間が流れていった。
「――つとに、
――
暫くの四方山話に興じていたが、話題が尽きた頃に
その話題に
正式な教導は
「
「……なるほど、
「それが何か?」
多分に含みを持たせたその声音には、何よりも納得の色合いが強かった。
意図が理解できず眉根を寄せた
「いえ、大した理由ではありません。
たったそれだけの期間で
ですが、
「
「3年前に。
天覧試合はご存知ですか?」
肯定の意思を込めて、頷きを返す。
3年に一度、
各
3年前というなら、
確か
――練兵としてひいこら文句を垂れ流していた
「天覧試合の予選で、私は
……比類なき剛剣の使い手で、木刀越しにも斬り伏せられてしまうと思えたくらいです」
「それは……、」
お気の毒に、ご愁傷さま。鍛錬の厳しさを知っているだけに頭の中でそんな言葉が浮かんで消えるが、
「あぁ、お気になさらずに。
あの敗北は、
……今となっては、良い酒の肴ですよ」
気を遣ったのか、それとも本当にそうなのかは
だが、柔らかな
――だからこそ、気が緩んでいたのだろう。
「そう云えば、
「? はい」
「呪符が書けるとは素晴らしい。
卸値よりも少し色は付けさせていただきますよ」
「ほ、本当ですか!?
それは、是非にもお願いしたいです。
あ、でも、支給されている呪符以外の持ち合わせは、回生符しか無いんですけど買ってもらえますか?」
「……ええ。横流しでないなら、問題ありません。
ですが、回生符? 自腹での購入でしたら、
「問題ありません、お願いします!!」
足りない金子に頭を悩ませていた矢先、いきなり提示された急場を凌ぐための収入源。
急な話題変換に疑問を抱くより先に、一も二も無く
大急ぎで腰の後ろに隠していたポーチから、20枚の回生符を取り出してみせる。
あまりの食い付き様に呆気にとられるものの、差し出された呪符の束に代金を取ってくると云い残し、
「……防人殿」
「何か?」
少年の年齢は16歳か前後。練兵である事を示す隊帽の隙間から、窺うような鋭い視線が
その視線に含まれている感情が理解できず、
「自分は守備隊練兵班の班長を務めています
防人殿に質問をよろしいでしょうか?」
「…………どうぞ」
防人に対するにはあまりに不躾な態度であるのだが、防人になったばかりであり自覚も今一つ薄い
「防人殿は、
――実際にどうやれば見做し防人として認められるのか、是非、助言を頂きたくあります」
「……………………」
――と云われてもなぁ。
困惑から
どうやって防人になれたのか。
その理由は、
いや、何が起きたのかは理解している。
その大功と
公表されている内容は云ってしまえばそれだけの話だ。
しかし、これが普通に起こり得る話であるかと訊かれれば、間違いなく違うであろう事くらいは
記憶が無くなった訳ではない。百鬼夜行の直前まで、
その前後であった
あの『
――間違いなく、あれが
……あれ以来、幾度となく
それでもなお、彼女の、曳いては
感謝はしている。
だが、それ以上に怖かったのも事実だ。
そうして、この
「防人殿?」
思考に沈んだ
現実に引き戻される思考の反動で、肩が揺れて
「あ、あぁ、申し訳ない。考え込んでいました。
……さて、助言と
「明確な助言でなくとも、防人殿が昇任した経緯をお話しいただければ充分なのですが」
それができないから困っている。
だが、大功を挙げた事は知られているものの、その詳細な内容は大勢に伏せられていた。
それも当然だ。
ただの、それも
……それに、この件で立場を
この件に関して下手な事を口走る事は、
「俺が防人となった経緯はかなり特殊ですから、助言とはなり得ません。
そもそも何故、
「何故、ですか。
……何故ならば自分は今年、練兵から上がる予定だからです」
「……それはおめでとうございます」
練兵から退任できる年齢としては、順当なものであるからだ。
ふと、気付く。
練兵である以上平民ではあるだろうが、姓を持つ以上かなり裕福な家の出のはずだ。
それも、練兵になってなお姓を名乗り続けることを赦されている、つまり家族から放逐されていない事は
「失礼かもしれないが、
想像だが貴君の家柄はかなり裕福でしょう、練兵になる理由など無いはずですが」
「理由はあります。
自分は来年に正規兵へと昇任する
「それは、まぁ。
ご武運を?」
所属6年を生き延びた練兵には、大きく正規兵へと昇任するか退任するかの2択が与えられる。
多くの練兵は最大の動機である人別省への登録を叶えて退任するが、それ以外の一定数が毎年、正規兵として残留する道を選ぶ事は
練兵と違い正規兵の月俸はそれなりに多い上に死亡率もかなり下がるため、正規兵ともなれば
しかし、人別省の登録が済めば守備隊を退く気でいた
生命の値段を安売りする。
結局のところ、その構図に対しては
――必要以上に、大人たちに利させる
それは追放された3年前の夏の夕闇の中、
だがそれは
「
「……自分も防人となりたいからです。
防人殿が昇任された事を耳にした時、自分も後に続くべく見做し防人への昇任を願い出たのですが、素質が無いという理由で素気無く却下されてしまいました。
何度訊いても何の素質が必要なのか分からなかったので、防人殿が昇任を許された経緯を訊けば何か掴めるかもしれないと助言を願いました」
――それは願い出られた相手も困った事だろう。
霊力が扱える素質。この一点のみに集約されているといっても過言ではない。
精霊は大まかに上中下の位で分けられてはいるが、位階が同じであるなら能力も均一という訳ではない。
人間と同じく、位階の中でも細かく能力に差が存在はしているのだ。
見做しは、位階はともかく能力としては
周囲の反応から推察する限り、
この時点で、既に
周囲も、その現実を
「防人。つまり、華族に上がりたいのですか?」
防人は基本的に華族しか
大体において、華族にしか中位精霊以上は宿らないからだ。
だからこそ、見做しであっても防人になるという結果は、華族として認められるという結果と等しく扱われる。
……その方面への栄達は、
平民と華族の格差がそれほどに深いことは、想像するまでもなく容易く断言できた。
現実を見せて突き放す事は簡単だ。
だが
蒼穹に翼を広げる鳳へ
――
しかし、
「いえ、自分は軍学校への進学を希望しています。
幹部候補生となるための評価要項に、守備隊における実績と防人の素質がありましたので」
軍学校とは、近年に
国外からの武力に対する槍としての機能を期待されている組織で、その性質上、護国を任ずる防人とは別の指揮系統になるため、護国を蔑ろにされかねないと声高に叫ぶ領有の華族連中とは折り合いが悪い事でも知られている。
それだけでも茨の路なのに、平民が国家主導の組織へと臨む。
それは、見返りも少なく得るものも少ない、
「……自分の実家は、
かなり大きな村落でしたが、数年前に水脈が
その後に、聞いた事も無い一団が村跡を占拠して、今では我が物顔で故郷の地を謳歌しているそうです」
そこに思考が至り、無意識に口の端から言葉が漏れる。
「『導きの聖教』?」
「ご存知でしたか?
又聞きですが、
――訊けばかの聖教、遠い異国の神柱を信奉しているとか。
遠からず故郷に巣食う一団は一掃されるでしょうが、自分は諸外国に対する槍である国軍の
「あ――」
何かを口にしようとするが、二の句が継げられない。
……
故郷を想う、無私の怒り。
自分では無く、
気炎を吐く
――気付いてしまった。
これまでの
……だが、
氏子になれた。
防人になれた。
鍛錬はキツいが生活を心配する必要は無くなり、
与えられるだけに満たされ、流されるままに生きてきた
――気付かないうちに、
「防人殿?」
「あ。い、いえ、何でもありません。
……申し訳ないが、やはり自分の経験は助言にならないでしょう」
気遣う
他人を、大人を信用するなと、心の中で仔狼が叫ぶ。
自分の脚で立って歩く。あの日決めた
決めなければいけない。
だが、
――そう、
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