4話 日々は過ぎて、眠るように謀る3

 山狩りで猩々ショウジョウを狩った翌日からあきら久我くが家からの要請に従い、昼は鴨津おうつの守備隊で鍛錬を、夜は鴨津おうつの風穴を護る護櫻ごおう神社の境内に警護の名目として立っていた。


「……くぁ」


 パチリ、パチ……。明々と燃え盛る松明のまきが時折爆ぜる音に眠気を誘われ、あきらは込み上げる欠伸あくびを堪える事ができず口の端から漏れるに任せる。


 因みに、あきらだけではない。

 危険の少ない神社の境内だ。

 警護に立っている練兵たちの間にも似たり寄ったりの、どこか弛緩したような気怠い雰囲気くうきが漂っていた。


「はは。防人殿はどうやらお疲れの御様子で」


「申し訳ありません、恥ずかしいところを見せてしまいました。

――峯松みねまつ隊長殿」


 鴨津おうつ中央守備隊の隊長を務めている峯松みねまつ義方よしかたが、境内の奥から揶揄からかい半分の苦笑を浮かべつつ姿を見せる。


 快闊かいかつささえうかがえる峯松みねまつの声音に、気のゆるみに釘を刺されるかと身構えていたあきらは内心で胸を撫で下ろした。


 その後背に鋭い目付きをした少年が付き従っている姿を見とどめ、内心で首を傾げる。


 練兵の制服を着込んでいるその少年の視線が、防人になってから向けられてきたどの感情とも違って見えたからだ。


 ねたみ、そねみ、猜疑さいぎに敵意。元からの仲間であった練兵たちから向けられる感情はあきらの人別省登録に対する妬心としんからであると理解していたが、目の前の少年からはそれらの感情いろは見えない。


 強いてどちらかと云えば、挑むような視線のそれ。


 少年は何か云いたそうではあったが、終始無言のままにあきら峯松みねまつが肩を並べるその後ろで直立不動を保ってみせた。


「いいえ。猩々ショウジョウの首を挙げたのです、当然の事かと。

――時に、あきら殿にかれては正式な・・・妖魔狩りは昨夜が初めてだとか」


「……はい。

 猩々ショウジョウを目にすることも初めてであります」


……白毛大ましらの妖魔とは聴いてはいた。


 だが仮令たとえケガレであったとしても人間の背格好なりをした生き物をほふった現実は、そう簡単に受け入れられるものでは無い。


 猩々ショウジョウが垣間見せた余りにも人間臭い所作は、一日が経とうとする現在でもあきらの心身に想像以上の負担を掛けていた。


 今日一日、峯松みねまつ義方よしかたあきらの鍛錬に付き合っている。

道場での動きからあきらが本調子でない事は気付いていただろうが、その声音に咎める響きは混じっていなかった。


「……自分が猩々ショウジョウの首を挙げたのは15の頃でした。

 この年齢になっても憶えていますよ。母が特別に蒸してくれた栗御強くりおこわ、好物なのに半分も口にできなかった。

 今、思い返しても口惜しい」


 峯松みねまつのお道化どけた食い物談義は、おそらくあきらへの気遣いなのだろう。

 肩を揺らして飄々ひょうひょうと云ってのけるその姿からは、かつて覚えただろうあきらと同じ懊悩おうのうの影は見当たらなかった。


 知らず安堵から、あきらの肩が揺れる。

 昨日と打って変わり戦闘から離れた今、二人の間に警護とは名ばかりの穏やかな時間が流れていった。




「――つとに、あきら殿は防人に成られて一ヶ月ひとつきとか。

――奇鳳院流くほういんりゅう何方どちらに師事されておられるのですか?」


 暫くの四方山話に興じていたが、話題が尽きた頃に峯松みねまつはそう切り出した。

 その話題にあきらの首が僅かに傾ぐ。


 正式な教導はさきと説明を受けているが、峯松みねまつただしたいのはそちら・・・ではないだろう。


華蓮かれんの第8守備隊隊長であらせられます阿僧祇あそうぎ厳次げんじ殿に、奇鳳院流くほういんりゅう手解き指導を受けております」


「……なるほど、やはり・・・


「それが何か?」


 多分に含みを持たせたその声音には、何よりも納得の色合いが強かった。

 意図が理解できず眉根を寄せたあきらに、峯松みねまつは肩を竦めてみせる。


「いえ、大した理由ではありません。

 たったそれだけの期間であきら殿をここまで鍛え上げた手腕、只者ただものでは無いとは思っていました。

 ですが、阿僧祇あそうぎ殿とは。あきら殿も、素晴らしい方に師事されているのですね」


阿僧祇あそうぎ隊長と御面識があるのですか?」


「3年前に。

天覧試合はご存知ですか?」


 肯定の意思を込めて、頷きを返す。

 3年に一度、央洲おうしゅうで開催されるという神前試合の事だ。

 各くにから腕自慢の武傑を募り、三宮の見下ろす天覧舞台で仕合う。云わば防人たちの最強決定戦。


 3年前というなら、あきら入隊しはいった年。

 確か入隊はいった頃に、新倉にいくら副長を始めとした守備隊の防人たちが大騒ぎしていたのが記憶の片隅に残っていた。

――練兵としてひいこら文句を垂れ流していたあきらが、それ以上の興味を持つことは無かったが。


「天覧試合の予選で、私は阿僧祇あそうぎ殿と刃をまじえました。

……比類なき剛剣の使い手で、木刀越しにも斬り伏せられてしまうと思えたくらいです」


「それは……、」


 お気の毒に、ご愁傷さま。鍛錬の厳しさを知っているだけに頭の中でそんな言葉が浮かんで消えるが、峯松みねまつの懐かしそうな表情に口を衝いて出てくることは無かった。


「あぁ、お気になさらずに。

 あの敗北は、おごっていた自分への戒めでもあります。

……今となっては、良い酒の肴ですよ」


 気を遣ったのか、それとも本当にそうなのかはあきらには判らない。

 だが、柔らかな峯松みねまつの声音に、あきらの短い人生経験でそれ以外の感情を見出すことは出来なかった。


――だからこそ、気が緩んでいたのだろう。


「そう云えば、あきら殿は呪符・・が作成できるとか?」


「? はい」


「呪符が書けるとは素晴らしい。

 売れる呪符・・・・・があるのでしたら、自分たちにも回していただけますか?

 卸値よりも少し色は付けさせていただきますよ」


「ほ、本当ですか!?

 それは、是非にもお願いしたいです。

 あ、でも、支給されている呪符以外の持ち合わせは、回生符しか無いんですけど買ってもらえますか?」


「……ええ。横流しでないなら、問題ありません。

 ですが、回生符? 自腹での購入でしたら、あきら殿が損をされる事になりますよ」


「問題ありません、お願いします!!」


 足りない金子に頭を悩ませていた矢先、いきなり提示された急場を凌ぐための収入源。


 急な話題変換に疑問を抱くより先に、一も二も無くあきらはその提案に飛びついた。

 大急ぎで腰の後ろに隠していたポーチから、20枚の回生符を取り出してみせる。


 あまりの食い付き様に呆気にとられるものの、差し出された呪符の束に代金を取ってくると云い残し、峯松みねまつきびすを返した。




「……防人殿」


「何か?」


 峯松みねまつが姿を消して数拍置いた後、それまで沈黙を貫いていた背後の少年が、思い切った様子であきらに声を掛けてきた。


 少年の年齢は16歳か前後。練兵である事を示す隊帽の隙間から、窺うような鋭い視線があきらを射抜いた。


 その視線に含まれている感情が理解できず、あきらは一歩下がるように身構える。


「自分は守備隊練兵班の班長を務めています御井みい陸斗りくとであります。

 防人殿に質問をよろしいでしょうか?」


「…………どうぞ」


 防人に対するにはあまりに不躾な態度であるのだが、防人になったばかりであり自覚も今一つ薄いあきらは、陸斗りくとと名乗った少年の気迫に気圧けおされるまま首肯した。


「防人殿は、一ヶ月ひとつき前に練兵から防人に昇任したとお聞きしました。

――実際にどうやれば見做し防人として認められるのか、是非、助言を頂きたくあります」


「……………………」


――と云われてもなぁ。


 困惑からあきらは、相手の瞳を思わず見返した。


 どうやって防人になれたのか。

 その理由は、あきらの方こそ知りたいのだ。


 いや、何が起きたのかは理解している。


 一ヶ月ひとつき前の百鬼夜行で、首魁の怪異である大蛇を含むケガレのことごとくを鏖殺せしめたからだ。

 その大功と奇鳳院くほういんの後見を以て、あきらは防人に昇任した。


 公表されている内容は云ってしまえばそれだけの話だ。

しかし、これが普通に起こり得る話であるかと訊かれれば、間違いなく違うであろう事くらいはあきらとて気が付いている。


 記憶が無くなった訳ではない。百鬼夜行の直前まで、あきらいのしし穢獣けものを倒す事すら困難な実力しか持ち合わせていなかったはずなのだ。


 その前後であった何か・・、それが契機である事も想像はついている。


 あの『氏子籤祇うじこせんぎ』の道程みちのりはてで、朱華はねずの赦しを経て氏子にして貰った。


――間違いなく、あれがあきらとしての契機。


……あれ以来、幾度となく朱華はねずとの逢瀬を繰り返したが、同じ数だけ、彼女に訊こうとしては怖気おじけて消えた疑問の一つ。


 朱華はねずとは、一体、誰なのであろうか・・・・・・・・


 あきらに対して彼女が施した好意の数々は、奇鳳院くほういんに対する越権であるはずだ。

 それでもなお、彼女の、曳いてはあきらの願いは優先的に叶えられ、奇鳳院くほういん嗣穂つぐほもそれをいさめる様子すら見せていない。


 感謝はしている。

 だが、それ以上に怖かったのも事実だ。


 朱華はねずに問い質す事が。

 そうして、この微温湯ぬるまゆに似た穏やかな関係が、次の朝には泡沫うたかたの如く弾けて消えてしまう可能性が。


「防人殿?」


 思考に沈んだあきらに焦れたのか、再度、陸斗りくとが声を掛けた。

 現実に引き戻される思考の反動で、肩が揺れてあきらの返事が一拍遅れる。


「あ、あぁ、申し訳ない。考え込んでいました。

……さて、助言とたのまれましても、俺も防人として認められる基準など訊いた訳ではないので、御井みい班長の期待に沿う答えなど持ち合わせてはいませんが」


「明確な助言でなくとも、防人殿が昇任した経緯をお話しいただければ充分なのですが」


 それができないから困っている。

 あきらが防人に昇任できた表向きの理由は先刻にも述べた通り、百鬼夜行に際して大功を上げた事だ。


 だが、大功を挙げた事は知られているものの、その詳細な内容は大勢に伏せられていた。

 それも当然だ。

 ただの、それもくにそとから流れてきた平民のあきらが、類を見ない火力で百鬼夜行をき祓ったなどと誰が信じられるだろう。


……それに、この件で立場をいちじるしく落としてしまった万朶ばんだ総隊長殿が、あきらの身柄を押さえる事に躍起になっているとも聴いている。


 この件に関して下手な事を口走る事は、あきらはもとよりさき嗣穂つぐほの立場をもおとしめかねない危うさを孕んでいた。


「俺が防人となった経緯はかなり特殊ですから、助言とはなり得ません。

 そもそも何故、御井みい班長は俺が防人となった経緯を聞きたいのですか?」


「何故、ですか。

……何故ならば自分は今年、練兵から上がる予定だからです」


「……それはおめでとうございます」


 陸斗りくとが口にした内容は、そう驚くものでも無かった。

 あきらの見立てが正解ならば、陸斗りくとの年齢は16の辺り。

 練兵から退任できる年齢としては、順当なものであるからだ。


 ふと、気付く。


 陸斗りくと御井みいの姓を名乗った。

 練兵である以上平民ではあるだろうが、姓を持つ以上かなり裕福な家の出のはずだ。

 それも、練兵になってなお姓を名乗り続けることを赦されている、つまり家族から放逐されていない事はあきらであっても察するに難くなかった。


「失礼かもしれないが、御井みい班長はどうして守備隊に入隊を?

 想像だが貴君の家柄はかなり裕福でしょう、練兵になる理由など無いはずですが」


「理由はあります。

 自分は来年に正規兵へと昇任する心算つもりですので」


「それは、まぁ。

 ご武運を?」

 陸斗りくといらえに、あきらの表情は呆けたそれに塗り潰された。


 所属6年を生き延びた練兵には、大きく正規兵へと昇任するか退任するかの2択が与えられる。

 多くの練兵は最大の動機である人別省への登録を叶えて退任するが、それ以外の一定数が毎年、正規兵として残留する道を選ぶ事はあきらも知っていた。


 練兵と違い正規兵の月俸はそれなりに多い上に死亡率もかなり下がるため、正規兵ともなればかなり・・・美味しい副業になるからだ。


 しかし、人別省の登録が済めば守備隊を退く気でいたあきらにとって、陸斗りくとの選択は信じられないものでもあった。


 多少・・、俸給が上がった程度でそれが生命の値段と釣り合うかと訊かれれば、あきらの本音は絶対に否である。


 生命の値段を安売りする。

 結局のところ、その構図に対してはいささかの変動もないからだ。


 あきらにとっての守備隊とは、必要だから所属しているだけの存在だ。


――必要以上に、大人たちに利させる心算つもりは一欠片とてありはしない。

 それは追放された3年前の夏の夕闇の中、あきらが決めたあきらだけの結論こたえだ。


 だがそれはあきらの決定であり、理解は出来なくとも他人の選択を邪魔するものでは無い。


 あきらが呆気にとられた理由は、正規兵になるという陸斗りくとの宣言とあきらに助言を願う意図が結びつかなかったからである。

御井みい班長に正規兵へ昇任する意向があるのは判りましたが、俺が防人となった経緯を知りたい理由は何ですか?」


「……自分も防人となりたいからです。

 防人殿が昇任された事を耳にした時、自分も後に続くべく見做し防人への昇任を願い出たのですが、素質が無いという理由で素気無く却下されてしまいました。

 何度訊いても何の素質が必要なのか分からなかったので、防人殿が昇任を許された経緯を訊けば何か掴めるかもしれないと助言を願いました」


――それは願い出られた相手も困った事だろう。

 あきらであっても、内心でその相手に同情した。


 あきらが知っている限りだが、見做し防人に昇任するための素質は単純だ。

 霊力が扱える素質。この一点のみに集約されているといっても過言ではない。


 精霊は大まかに上中下の位で分けられてはいるが、位階が同じであるなら能力も均一という訳ではない。

 人間と同じく、位階の中でも細かく能力に差が存在はしているのだ。


 見做しは、位階はともかく能力としてはりの基準を満たしている精霊遣いに対する、云わば温情の措置に過ぎない。


 周囲の反応から推察する限り、陸斗りくとが宿す精霊は下位。それも霊力を扱う基準には至っていないほどには普通の精霊のはずだ

 この時点で、既に陸斗りくとが防人に昇任できる可能性は潰えていると、又聞きのあきらであっても断言できた。


 周囲も、その現実を陸斗りくとに説明はしたのだろう。

 陸斗りくとの様子からも、言外に置かれたその事実を察する事は出来た。


「防人。つまり、華族に上がりたいのですか?」


 防人は基本的に華族しかれない。

 大体において、華族にしか中位精霊以上は宿らないからだ。

 だからこそ、見做しであっても防人になるという結果は、華族として認められるという結果と等しく扱われる。


……その方面への栄達は、あきらの経験をしても非常に厳しい道程である。

 平民と華族の格差がそれほどに深いことは、想像するまでもなく容易く断言できた。


 現実を見せて突き放す事は簡単だ。

 だがあきらは、陸斗りくとの希望を奈落に突き出す選択肢を選べなかった。


 蒼穹に翼を広げる鳳へのぞむかのように、れないものを羨望せんぼうの目で見上げる。


――れないものに必死に足掻く陸斗りくとの姿は、一ヶ月ひとつき前迄のあきら自身と重なって幻視えたからだ。


 しかし、


「いえ、自分は軍学校への進学を希望しています。

 幹部候補生となるための評価要項に、守備隊における実績と防人の素質がありましたので」


 陸斗りくとの言葉に、あきらは僅かに瞠目した。

 軍学校とは、近年に央洲おうしゅうが主導となって組織した、国防を専任とする機関だ。


 国外からの武力に対する槍としての機能を期待されている組織で、その性質上、護国を任ずる防人とは別の指揮系統になるため、護国を蔑ろにされかねないと声高に叫ぶ領有の華族連中とは折り合いが悪い事でも知られている。


 それだけでも茨の路なのに、平民が国家主導の組織へと臨む。


 それは、見返りも少なく得るものも少ない、あきらにとって思考する価値すらない選択肢とも云えた。


「……自分の実家は、鴨津おうつの西にある村の豪農でありました。

 かなり大きな村落でしたが、数年前に水脈がれた事で村ごと離散の憂き目に合ったと。

 その後に、聞いた事も無い一団が村跡を占拠して、今では我が物顔で故郷の地を謳歌しているそうです」


 陸斗りくとの話題は、あきら鴨津おうつへと派遣された事情とよく酷似していた。

 そこに思考が至り、無意識に口の端から言葉が漏れる。


「『導きの聖教』?」


「ご存知でしたか?

又聞きですが、神父ぱどれと名乗る彼奴きゃつ目等めらの首魁は、何らかの呪術でれたはずの水脈をよみがえらせたと。

――訊けばかの聖教、遠い異国の神柱を信奉しているとか。

 高天原たかまがはらの神柱を蔑ろにしてつ国の神柱に傾倒するなど、背信もはなはだしい!

 遠からず故郷に巣食う一団は一掃されるでしょうが、自分は諸外国に対する槍である国軍のいしずえとなる事を希望するのです」


「あ――」


 何かを口にしようとするが、二の句が継げられない。

……陸斗りくとの決意は、日々を満たすためだけに有ったあきらの人生にとって未知の考え方であった。


 故郷を想う、無私の怒り。

 自分では無く、高天原たかまがはらを護る決意。


 気炎を吐く陸斗りくとの姿を眩しく見上げ、

――気付いてしまった。


 これまでのあきらの生は、日々を満たすためだけに有った。

……だが、現在いまは?


 氏子になれた。

 防人になれた。

 鍛錬はキツいが生活を心配する必要は無くなり、朱華はねず嗣穂つぐほ、そしてさきの笑顔があきらのこれまでを癒してくれた。

 与えられるだけに満たされ、流されるままに生きてきた現在に至る・・・・・自分。


――気付かないうちに、あきらは満たされていたのだ。


「防人殿?」


「あ。い、いえ、何でもありません。

……申し訳ないが、やはり自分の経験は助言にならないでしょう」


 気遣う陸斗りくとへの応えを気もそぞろに返しながら、それでもあきらは思考の沼から抜け出せずにいた。


 他人を、大人を信用するなと、心の中で仔狼が叫ぶ。

 自分の脚で立って歩く。あの日決めた仔狼おのれの矜持。


 決めなければいけない。

 あきら将来さきは霧中の向こうに視えず、岐路選択肢すら視えていない。

 だが、あきらがこの地で胸を張って生きていくためには、それが何よりも必要な事であるのだろう。


――そう、あきらは気付いてしまった。

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