4話 日々は過ぎて、眠るように謀る2
「――
それは外すことの方が難しい一撃、のはずであった。
――だが、
神速のうちに放たれた炎の槍が虚空を貫き、勝利を確信していた
思考とともに行動も
―――
耳障りに
――
轟音。
瘴気混じりの剛風が踊り、
その脇の下を転がるように潜り抜けて、
―――
――死ぬ!
身の危険から半身を
――
その反す手首の動きで剣指を
―――
たかだか火撃符の一撃であっても浄化の炎は
妖魔であるからか、それとも顔面を
……そう、仕切り直しだ。
下手に刺激して放置すると、人里深くまで下りてきて猛威を振るう恐れがあるからだ。
それに、
人間の知識を簒奪し、
それは対人戦闘、それも防人を想定した仮想敵として最適の脅威度を備えていることを意味していた。
粗くでも
――対人の仕合に
生命を賭したこの局面で蘇った
精霊力の充溢した
朱金の精霊光が棚引く軌跡を虚空に刻み、放たれた平薙ぎの一撃は
激突。
―――
拮抗は一瞬。左腕に凝った瘴気が弾け散るのと同時に振り抜かれた
確かに、ただの剣技は精霊技の一撃よりも速い。
だが、決定的な威力に欠けることもまた事実。晶の
やはり、穢レ相手に決定打を得るためには、精霊技で相手の防御を食い破らなければならない。
「――っっ、まだまだぁっ!!」
舌打ち一つ。容易く空中に浮く己の身体に苛立ちを覚えるも、
心の中で
――まだ立てる、まだ征ける、まだ
喰らいつけ!!
猛る咆哮に押されるままに両手両足を地面に踏み締めて、転がろうとする慣性を強引に耐える。
立ち昇る土煙。
「――
己が宿す膨大な精霊力に任せて、炎の斬撃を放った。
燃え盛る一撃が夜気を引き裂きながら
―――
最早、
……なるほど確かに。あからさまな一撃ではこの
この大
隙を強請るなど論外だ。
――できる事はただ一つ、
高く跳躍した
―――
鋭く交差する視線。
警戒心が回避を叫ぶままに必死に逃げ道を探るが、そんなものは空中に在りはしない。
仕方ない。拙い思考で刹那の覚悟を決める。
引きずり出せるだけの瘴気で隙間なく
その後は逃げる。全力で瘴気を撒き散らして、
ここまで大きくした群れを失うのは残念だが、己さえ無事なら
――
――次は無い、次はこの
凝る瘴気の奥で瘴気よりも粘つく嗤い、
瘴気の向こうで、
それが幸だったのか不幸だったのか、それは
「
下から上へ。鳴動する衝撃の奔流が大きく突き上がり、着地する寸前の
衝撃と共に吹き荒れる朱金の神気が
そう。隙が生まれるのを待つなど、
できる事はただ一つ、隙を生ませて強引に
――それだけだ。
「――
内臓を撒き散らし、半ば腹から両断された
―――
末期の息を漏らす
己たちの主である
逃げ
守備隊の防人たちが精霊器を振るう中、
「――
「……ありがとうございます」
周囲の掃討を粗方
どちらかと云えば気疲れの方が強かったが、その労いに対して
2人肩を並べ、しばしの沈黙が間に横たわる。
「……狩りに参加しなくていいんでしょうか?」
「不満?」
「いえ、不満じゃなくて」
気不味さから
手持ち無沙汰と云うよりは、しなければならない事をしていない、そんな焦燥感が
「何となく気持ちは判るけど、
人間に最も近い
君自身が気付いていないだけで、実際はかなり興奮しているのよ。
その感情で動いたら疲弊した神経がささくれて、知らない間に削れるわ」
「……はい」
奥歯に物が挟まるかのような微妙な表情で、一応の
……まぁ、いい。その内にイヤでも実感する。
それは、自身の体験で既に経験済みであった。
対人戦闘は、
戦術を思考する生き物との相手は、精神に負担が掛かりすぎるのだ。
それに、もう一つ理由がある。
……いや、こちらが本当の理由か。
――嗚呼、嫌だ、嫌だ。
じゃりじゃりと、苦い砂が口の中を犯す様を
人間は同じ
社会を構築する生き物である以上、それは当然の本能だ。
その本能を麻痺させて、
昨今の防人では経験していない者も多いと聴くが、衛士であるならば、絶対に通らなければならない
……それに一度は自分も通った過程だ。酷ではあるが、衛士になる以上、
「ここに居たら気も休まらないでしょ? 後方に……、
どうしたの?」
後方に下がらせようと
同じ方向に視線を向けるも、視界に入っているのは遠くにある小高い山一つ。
「いえ、その……」
「気になった事があるなら云っといて。斥候を派遣して調べさせるわ」
「問題ありません。
その、誰かに視られている気がしたもので」
改めて、
やはり変わらず、何の変哲もない山間の夜景しか視界には映らない。
「……何も無いけど、気の
気になるなら調べさせるけど」
「そこまでする必要は無いです、申し訳ありませんでした。
――やっぱり疲れているみたいですね、後方に下がります」
自身が口にした一言が大事を呼び込みそうになる気配に、
「あ、
……もう」
「
反対側から
「
――
「粗方は。
今のところ、包囲網が破られた
「良かった」
それを赦す訳にはいかない。だからこそ、
今回の狩りで逃亡を赦した形跡は見られなかった。その報に、
――だが、報告を行った
「
「……
――
「……………………」
その突然に切り込まれた話題に、不覚にも
唐突な、そして鋭い質問に、滑らかに二句を繋げることができなかった。
「
功を挙げたところは私も直に確認していますので、潜在する実力に疑う余地はありません」
「
お訊きしたいのは、
「正直、
だが、
「ええ、本来であるならそうですね。
ですが、
それに
――
どう考えても無理のある暴論を並べ立てて、
やはり無理を感じたのか、
疑念を孕んだ視線を受けてなお、この話題に関して
「それよりも、来週には
「……報告は
『導きの聖教』が主体となって村を立て直したのは事実のようですが、どうにも神父を名乗る
このままでは場が
「神父、ですか。本名?」
だとするならば、神の父とは随分と傲慢な名乗りだが。
「いえ、流石に本名ではないと。
当人
「
西巴大陸の宗教って随分と
呆れ果てたと云わんばかりの舌鋒に、
彼女自身、そこまで詳細に現地の情報を握っている訳では無いからだ。
報告から聞き及んでいる事で
そもそもからして、村が棄てられた経緯が一切不明なのだ。
ある朝、
その後、元の村人たちが村を棄てた理由も曖昧なまま、『導きの聖教』の信者たちは驚くほど自然な流れで跡地に浸透した。
――
つまり対応が遅れた理由には、
そこまでは、
だが、理由が判らない。
その推測すら立てられない現在、時間と
♢
「――――っっ!!」
思わず
しゃこり。軽い音を立てながら
「どうした、
「……離れましょう、
「そんな馬鹿な、
同じく望遠鏡を覗いていたサルヴァトーレが、怪訝そうな表情をベネデッタに向けた。
表情には疑念の色が強かったがそれでも彼女の言葉を狭量に切り捨てはせず、行動はベネデッタに
「……大規模な結界を張っていた感触は無かったから、視線を感じたとか」
「我々は千里眼を
あれの痕跡をこの距離で見破るなど、物理的に有り得ないぞ」
ベネデッタたちが隠れていた丘山から晶たちのいた平原まで、約
この距離を無視して視界を遠方に飛ばすためには、本来ならば千里眼と呼ばれる聖術の存在が必要不可欠になるはずであった。
非常に便利な聖術であるが、その反面、視界を飛ばした相手に術の痕跡が露呈しやすくなるという欠点を持ち合わせている。
その欠点故に、ベネデッタたちは
高強度の
術ではなく機械による視力の強化。未だ文明開化の途上にある
「
確か
サルヴァトーレの疑問に応えながら身を
慌てて後背についてくる青年の気配を感じながら、ベネデッタは山を下りるべく足を速めた。
望遠鏡越しの視界で
よしんば偶然であったとしてもこの場は離れた方が良いと、ベネデッタの勘が囁いているのだ。
ベネデッタの勘は当たる。従わない理由が無かった。
それに
守備隊の練度、一部隊に
――そして、
「やっぱり、
「
随分と下品な戦い方だったが」
「でも加護の強度が尋常じゃない。
あれだけ強かったら、間違いなくこの地の全ては彼に味方すると思う」
先刻の戦闘を思い出す。
荒削りの戦術、拙い技術。サルヴァトーレの指摘通り、泥臭い戦い。
だがその身に
相手にしていた
「私としては、ピストルが普及していない様子が意外だったな。
――こちらとしては都合がいいが」
「……そうね。
交戦になったら、
晴れぬ憂いを笑い飛ばす
――今回もそうだ。
そして、これからもそうだと祈ろう。
口にはできない感謝を苦笑に込めて、ベネデッタは拠点としている教会へ帰還するために足を更に速めた。
♢
TIPS:望遠鏡について
ベネデッタたちが持っていた望遠鏡は、波国で開発された最新式の望遠鏡である。
見た目がただのちゃちな折り畳み式だが、強屈折の
ただし、常人が覘いたところで歪んだ風景が写るだけで、身体強化の術を行使した人間が使用する事を前提としている。
軍用で開発された割には非常に壊れやすく、本国の
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