2話 焼塵に舞うは、竜胆一輪1

 夕闇が深くなる頃、晶は守備隊の屯所に辿り着いた。

 多少は余裕を見たが、食事を摂る時間が無かったため長屋を出るのを手間取ったのだ。

 今回初の班を預かっての不寝番だと、気負ったのが駄目だったのかもしれない。


 少し速足で屯所の敷地内に入ると、戦具倉庫の前に班員たちが集まっているのが見えた。

 全員ではないが、大方が揃っている。


班長ハンチョー、オセェぞーっ!!」


リィー、鍵、取ってくらー」


 口悪く応酬を交わし、事務室へと足を向けた。

 扉を叩いて、入室の礼を執る。


「晶、入ります」


「応」


 返って来たいらえに扉を開けると、厳次が脚絆きゃはんの紐を締めているのが見えた。


「戦具倉庫の鍵を借りに来ました」


「持っていけ。…それと晶、」「はい」

 脚絆を締め終わり、厳次が立ち上がる。


「衛士が2名、此方に応援に来る」


 朝方に聞いた話だから、驚きは無かった。

 しかし、次の台詞に顔の強張りが隠せなかった。


「せっかく衛士の頭数が揃ったんだ、この機を逃すつもりは無い。

――山狩りを行う、その心算で準備しろ」


「こんな行き成りですか!?」

 大規模に穢レを追い立てる山狩りは、こんな急拵えに行うものじゃない。

 どんなに準備しても、殉死を幾人か出してしまう地獄でしかない。晶は過去に数度、山狩りを経験しているが、死人が出なかった時は無いほどだった。

 衛士2人の応援は有り難い限りだが、その代わりの話が山狩りと云うのは、あんまりな引き換え条件だ。


「訓練は続けていたはずだ。班を3つに分けろ、手順は判っているな?」

「………はい」


「別に10名。後ろに付けるが、こいつらの事は考えるな。お前たちのやる事を考えればいい」

「…………判りました」


 まだ言いた気な晶との話を一方的に切って、厳次は奥で準備している新倉に目を遣った。


「しかし、新倉。万朶殿は随分あっさりと応援を承認したな?」


「あっさりではありませんよ、かなり勿体を付けられました」


「話を付けた当日に寄越したんだぞ? 気味が悪いくらいあっさりだ」

 総隊長の万朶との不仲は、厳次自身も自覚している。だから、応援も数日後に考えていたほどだ。


「そこは、隊長の人徳でしょう」


「あん?」


「会議に出席していた衛士の1人が応援に手を挙げてくれて、そこから成り行きのままにもう1人入って、って具合です。ずいぶん可愛らしいお嬢さんでしたが、お知合いですか?」


「衛士のお嬢さん?」

「失礼します!」


 厳次が首を傾げた時、溌剌とした少女の声が晶の背中から響いた。

 間髪入れずに事務室の引き戸が開かれて、橘の香りと藍染めの着流しを着た少女が飛び込んできた。

 晶の脇をすり抜けるとき、その背中に大きく描かれた家紋が目に入る。

――五角紋に咲く一輪の竜胆。


 どくり。心臓が大きく一つ、嫌な音を立てて跳ね上がった。

 晶はその家紋をかつて目にしたことがあった。4年以上前の記憶の片隅で、教導をしていた直利から知っておかなければならない知識の一つとして、並べて見せられた八家の家紋の一つ。


 八家第五位 輪堂りんどう家。

 その家紋が、晶の眼前で揺れていた。


「お久しぶりです、阿僧祇の叔父様!」


 明るい声と共に、仔馬結びポニーテールが少女の肩の上で跳ねる。

 快活な声色に相応しい、晶と同じ年頃のさっぱりとした性格の少女のようだった。


輪堂りんどうさきお嬢ですかい、お久しぶりですなぁ。て事は応援は」


「はいっ、私が立候補しました。

 一週間、よろしくお願いします!」


「ははっ。男やもめの守備隊に華が咲くな。だが、一週間も良いんですかい?

……確か、央都の天領学院に進まれたと聞きましたが」


 央都、天領にある天領学院は、上位華族の子息子女を次代の指導者として教育する教育機関だ。

 当然、八家の子供も天領学院に進学することがほぼ義務付けられている。


「叔父様。学院は昨日から夏季休暇です、何処も里帰りの時期ですよ。

 八家の私たちも、衛士の仕事を学ぶために洲都の守備隊に散らばっているんです」


「あぁ、それで衛士の応援がすぐに回ってきたのか。万朶殿は嬢ちゃんたちに経験を積ませる気だな」


「山狩りを行う裏の意図はそれですね。納得しました」


 和やかな防人たちの会話。だが、山狩りの強行の意図は、晶にとって腹立たしいものだった。

 晶にとって最も関わり合いたくない存在、八家の経験エサになれと云われたに等しいからだ。

 自然と荒くなる呼吸を必死に整えて、用事を済ませてこの場を去る事を決意した。


「なら、もう1人も?」


「はい、もうすぐ来ると思います。私と違ってあっちは凄いですよ? 何しろ、久我の…」


「失礼します」


 ぶっきらぼうな声音の入室の礼と共に、また、同じ年頃の少年が入ってきた。

「ち、邪魔だ、退け」

 扉近くに詰まっていた晶を肩で押し退ける。まだ成人になっていないながらも、明確な身分差に慣れた傲慢さがその姿勢によく顕れていた。


 咲の隣に並んで立つ茜染の着物の背中で、これまた記憶にある家紋が揺れていた。

――二重囲いに二輪のすすき


 八家第二位 久我くが家。


 見たくも無かった家紋が、何の因果か晶の眼前で二つも並んでいる。

 荒くなる呼吸が抑えきれなくなる。必死に左胸をさすって、乱れる心臓の拍動を宥めた。

 晶の窮状を傍らに、揃った四人の衛士たちは和やかに会話を進めていた。


「その家紋は、久我の……」


久我くが諒太りょうた、現着しました。万朶総隊長の要請により、一週間、よろしくお願いします」


 格上と目上には敬語は使えるのか、厳次には普通に会話をする事が出来るようだ。


「…あぁ、聴いたことがあるぞ。確か、久我の神童か」


「うす。周りはそう呼んでいるようですね」


 気の無い振りをしているが、満更でもないのか何処か得意気に応えを返す。


「天領学院じゃあ、北部の子にコテンパンにやられて凹んでましたけどねー」


「うるせぇ、余計な事話すな!」


「……あの、新倉副長。少しいいですか?」

 和気藹々わきあいあいと盛り上がる会話に割り込むのも如何かと思ったが、劣等感と疎外感しか覚えないこの場所から早く離れたくて、晶は新倉に思い切って話しかけた。

「朝の用件ですが、持ってきました。検め、お願いします」


 束にした回気符を差し出す。会話に割り込まれた新倉は、思考転換が追い付かなかったのか、数瞬だけ呆けてから慌ててその束を受け取った。


「あ、あぁ、呪符か。ありがとうございます。代金は…」


仕事終わりアガリで構いません。では、俺は準備に戻ります」


「へぇ、回気符だ。君、呪符が書けるの?」

 咲に背中から手元を覗き込まれ、好奇心に満ちた問いが放たれた。

 知らず、びくりと背筋が凍る。


「あぁ、回気符だけですが、晶君は呪符が書けるんですよ」


 舌の根まで凍った晶の代わりに、新倉が応える。


「すごーい。やるね、君」


「はっ、回気符だけかよ。初歩の呪符じゃねぇか」

 持ち上げられなかった事に気分を害していたのか、棘の有る口調が諒太から放たれた。

 その棘に反応したのは、晶ではなく咲だった。半眼で諒太を睨む。


「――何云ってんの? あたしらは、それすら書けないのよ」


「ぐ」


「でも、珠門洲しゅもんしゅうの出は、基本的に呪符との相性が悪いのは確かね。君、出身は何処?」


「………國天洲こくてんしゅうです」

 何とか強張った舌の根を溶かして、ぼそぼそといらえる。


「なんだ、外様よそモンかよ」

 晶が洲外の人間である事に、諒太の口調に侮蔑が混じる。


「あー、やっぱり。あっちは呪符との相性が良いって聴くもんね。

――…あれ?」

 咲は思わず首を傾げた。云ってて何かが記憶に触れたのだ。

 その妙な既視感の正体を思い出そうとしている隙に、晶は軽く会釈をして踵を返した。


「……ねぇ、君。何処かで会った事無い?」


 その言葉に足を止める。初めて相手の瞳を見返すが、正直、記憶には無かった。

 そもそも、ここ数年の晶と防人以上の関係者は、厳次と新倉くらいしかいない。呪符組合の関係者を含めるならもう少し増えるだろうが、あちらは、晶の事を玄生と名乗る老爺だと思っているはずだ。


「…いえ、これが初めてのはずです」


「そお? おっかしいなぁ、やっぱり何処かで遇った気がするんだけど」


「申し訳ありません。俺も珠門洲ここに来てそれなりですが、お嬢様とお会いした記憶はありません」


 頭を垂れて記憶に無いことを謝罪するが、納得がいかないのか咲も首を傾げて記憶を探る仕草を見せた。

 その様子に焦れたのか、諒太が声を荒げる。


「おい、記憶がぇっつってんだから、良いだろ別に。

 白けたぜ。俺ぁ、先に準備に入るからな!」


「そ、そうね。ごめんなさい。今日の守備隊の担当は君?」


 厳次が頷いて、会話に入る。

「そうか。顔合わせは後と思ってたんだが、今日の班代表の晶だ。」


「やっぱりそうか。今日はよろしく。輪堂りんどうさきよ」

 身分差をあまり気にしないのか、気持ちのいい笑顔と共に右手が差し出された。


「……晶です、よろしく」


 握手を交わして、皆の元に戻ろうと今度こそ踵を返した。

 その背中に、厳次が声を掛けてきた。


「応、晶ァ」「はい」

 少し考え込んでいた厳次は、少し神妙な顔つきで言葉の続きを口にした。

「今日、仕事終わりに話がある。少し残れ」


「…判りました」


 怪訝な顔を少しするが、班長としての仕事に何か追加されるのかと、深く考えずに首肯を返した。


 ♢


「ん~。やっぱりどこかで見たことあるんだよねぇ」


 事務室を出ていく晶を見送りながら、咲は記憶を探り続けていた。

 それも遠くの記憶ではない、随分と直近の記憶で見かけた気がする。

 うんうん唸りながら首を傾げるが、やはり答えは出てこない。


「諦めな、お嬢。そう云う時は、かえって答えは出てこないと相場は決まっている」


「う。そうします」


 厳次に笑われて、遂には諦める。確かに今、考えるべきことではないからだ。

 それに、諒太が居ない内に・・・・・・・・厳次に頼む用件のこともある。


 阿僧祇厳次は、華族出の防人の中では上位に入る実力の持ち主だ。

 その実力は折り紙付きで、八家と相対しても些少も見劣りしない能力を持っていると評判だった。


 厳次と咲の付き合いは、幼少のみぎりまで遡る。

 輪堂の指南役として請われた厳次が、咲のり手を兼任した事が関係の始まりだった。

 幼い頃から物怖じの無かった咲は、おおらかな性格の厳次を慕って叔父様と呼ぶようになったのだ。

 爾来、咲は夙(つと)に自分では処理の難しい用件を、厳次に願うようになっていた。


「叔父様、その、久我君の事ですが…」


 云いにくそうな咲の口調に、厳次は頼みごとの内容に予想がついた。

 何しろ、少し話しただけであの性格だ。家でも何処でも敵の存在には事欠かないだろう。


「応、構わんよ。あの性格を抑え込めるのは、この守備隊じゃあ俺ぐらいだろう。

――新倉、俺は久我と一緒に動く。お前は、お嬢と晶に指示を出せ」


「分かりました。ですが、大丈夫ですか? あの性格です、暴走されると厄介ですよ」


「だから、こうするんだ。久我あれの暴走に付き合って、五体満足でいられるのは俺くらいだろうしな」


「……承知しました」


 新倉に代わって、咲がおずおずと頭を下げた。


「御免なさい、叔父様。久我君の事、お願いします」


「応、任せとけ。

……察するに、頼まれ元・・・・は久我のご当主様か?」


「うん。性格はああだけど、下手に実力はあるから止めれる人が少なくって。

 学院に入れば嫌でも上を知る事になるから、皆、楽観視してたんだけど、コテンパンにやられちゃって変な方向に跳ねちゃったの」


「上? 件の北部の子って奴か?」


「うん。叔父様も聞いたことあるはずよ。

――50年ぶりだっけ、神霊みたまの担い手になった雨月の嫡男。確か、義王院の次期当主様との婚約が決定してたんだっけ」


「あぁ、確かに有名だな。神霊遣いたぁ、確かに時代の寵児だわ。

 相手がそれなら、久我の坊やも分が悪いな」


「鎧袖一触だったよ。何しろ、精霊力と神力だもん。

 元の地力が違う上に、性格に至ったら天地の差だよ。勝てっこないよ」


 さしもの咲も諒太の無頼さには辟易していたのか、諒太の敗け試合を口にして愉しそうに笑み崩れていた。


 上位精霊と神霊は、大きな範疇カテゴリーとしてはどちらも上位精霊の括りに入る。

 しかし、神霊と呼ばれる精霊には、その他の精霊とは一線を画する能力がある。

 神力。神柱を構成する甚大な威力を秘めた神気を行使しうる事が可能なのだ。


 北辺の至宝と謳われる雨月颯馬のことは、天領学院に入る前から知っていた。

 なんとなれば、当主である雨月天山が八家の会合や祭事において、事あるごとに親バカで自慢していたからだ。

 天領学院に同世代として入学すると知ったとき、真実はどんな相手なのか好奇心半分怖いもの見たさ半分で姿を探したものだ。


 実際の処はどうかというと、噂以上の一言に尽きた。

 眉目秀麗、玲瓏闊達。人当たりのいい性格に、勉学に通じて武芸に長ける。花も恥じらう淑女おとめの理想をこれでもかと煮詰めたようなその存在は、学院に在籍するほぼ全ての女性の熱い視線と野郎の嫉妬を集めた。

――斯く云う咲も、颯馬に対して熱い視線を向けた一人ではあるが。


「――ほー。お嬢がそこまで惚れこむたぁ、大した相手のようだ。機会があったら是非お目にかかってみたいね」


「ええ。凄い方ですよ。叔父様も気に入るかも。

………あぁ、そっか」


 咲は、不意に腑に落ちた。なるほど、確かに気のせいかもしれない。

 そう思い至るとなんだか可笑しくなって、口元に人差し指を当てて、湧き上がる笑いを堪えた。


「どうした?」


「いえ。さっきの既視感ですけど、原因が判ったんです」


「ほう、何だった?」


「あはは、大丈夫です。気のせいでしたから」


 からりと笑い飛ばして、咲は理由を口にする事を誤魔化した。

 だって、云えないに決まっているではないか。

 先ほどの印象にあまり残らない少年と、学院でも注目を集める雨月颯馬。二人が見せた、眼差しの奥で光る輝きとその所作が、

――何処か遠い部分で、朧気おぼろげに重なって見えたなんて。


 ♢


「は? 山狩りって、本気マジかよ」


 守備隊員全員が準備を終えて出払った着替え部屋に、呆然とした少年の声が響いた。

 守備隊晶班の副班長を務める勘助かんすけは、変更された不寝番の内容に唖然として晶に訊き返した。その晶は怫然ふつぜんと唇を歪めながら、脚絆を締め直して手甲を持ち上げて状態を確認していた。


「……あぁ、本気マジだ」


 その口調に滲む嫌悪の感情に、勘助は続く台詞を失った。

 晶も好きで承諾をした訳ではない。阿僧祇隊長からの下知は、基本絶対遵守を旨とする。

 抗弁を赦されたとしても、決定された方針が考え直されることなどほぼあり得ないのだ。


勘助カン、悪い話ばかりじゃない。今日から一週間、衛士の方が2名応援に入る事になった。戦力は充分に足りるはずだ」


「それは、かも、しれねぇけどよぉ」続く言葉を探して、勘助が云い淀んだ。「こんな行き成り、あんまりだぜ。準備も、心構えもできてねぇ」


 全く以て同感だったから下手に諫める事はせず、準備を進めることに専念する。

 とは云え、起伏の多い山地での行動だ。そこまで重い装備を重ねるわけにいかず、脚絆と手甲で最低限の護りを固めるのがせいぜいだが。

 基本の装備もすぐに終わり、立ち上がってからようやっと慰めにも似た言い訳が晶の口を衝いて出た。


「……確かに行き成りだが、悪い判断じゃない。ここ最近、妖魔も穢獣も人家に姿を見せてない。多分、何処かに隠れて増えてるんだ。だから、増えきる前に大きく叩いておくってのが、今回の山狩りのなんだろう」


「妙覚山がそれってことか?」


「さあ? だけど、山狩りが成功するなら、通常よりも少ない群れを叩くだけで済むかもしれない」流石に希望的観測すぎるので、断言はしなかった。だけど、勘助に余計な不安を背負い込ませたくなくて、さらに希望的観測を重ねて口にした。「山狩りが失敗するなら、何もない山ン中を歩き回って疲れるだけで済む。どっちに転んでも、俺たちにも利益はある」


 腰帯に支給された呪符の束を結わえ付け、刀を差す。

 腰の後ろに、私物の革製ポーチをわえ付けた。

 基本の準備をすべて終えて着替え部屋から外に出るとき、悔しそうにうつむく勘助に声を掛ける。


勘助カン、顔を上げろ。俺たちが暗い顔をしていたら、他の奴らに示しがつかない」


「――判ってる」


 木戸を開ける前に僅かな逡巡と悔しそうな声の返答。しかし、外に出ると同時に、部屋の中で見せた感情の揺れを感じさせない号令を張り上げた。


「晶班、班員集まれ!」


「「「はいっ!!」」」


 着替え部屋の前に広がっていた隊員たちが、集まって肩を並べて一列に並ぶ。

「点呼!」「「「はいっ!!」」」


 隊員たちの点呼を聞きながら、晶は班の割り方に思考を沈めた。

 晶班の総員は30名。山狩りにはやや心もとない人数だが、不寝番に回せる班が晶の班しかないのでこれでいくしかない。

 尤も、見習いとはいえ衛士が2名、応援に入ってくれるのだ。これまでの衛士が厳次と新倉しかいない状況とは攻撃力が断然に違う。衛士は基本的に、防人よりも攻防に於いて能力の高いものが就くとされているからだ。

 今回、経験を積ませると云われている衛士も、技術は兎も角、火力だけで見るならば、厳次や新倉に劣るものではないだろう。

――つまり、止めに割く戦力とは別に、戦術的に弱い部分に防人を割く余裕があるという事だ。


 逆に、補佐に入る晶達守備隊の数が圧倒的に少なすぎる。

 身分差から衛士の負担に遠慮していたら、班から出る死者がその分増える。何処に戦力を回すか、厳次が決定する前に此方で少しでも被害の少ない案を出して思考を誘導する必要がある。

 


「――…班長!」勘助の呼びかけに、思考が表層に浮かび上がる。

「あぁ」「点呼、終わりました。総員30名、揃っています」


「判った。

――総員、休め。今日の不寝番だが、予定を変更し妙覚山の山狩りを行う事とする」


 ざわり。思っていなかった通達に、班員たちの顔色が変わった。

 僅かに私語も増える。班員たちの不安を努めて無視をして、ぐるりと全員を見渡す。


「今日の山狩りに際して、衛士の方が2名応援に来られることになった。

 不甲斐ない我ら守備隊練兵班への温情である、衛士の方々に感謝を込めて敬礼!」


 敬礼で私語を圧殺し、次いで指示を飛ばす。


「先週の訓練通り、班を三つに分ける。

 陣地班、代表阿僧祇隊長。勢子せこ班、代表勘助。たて班、代表晶。

 各々準備を終えた後、代表に指示を受けるように」


 山狩りと聞いて、全員が目の色を変えて追加の準備を始めた。

 この混乱を見越して先に準備を終えていた晶と勘助は、隊員の混乱をよそに少し会話を交わす。


「見ろよ、晶。

――精霊器だ」


 勘助が顎をしゃくった先に、丹塗りの薙刀をたずさえた咲と、刀を腰に差した諒太が何事か話し合っている姿があった。

 二人が持っている武器はただの武器ではない。その証左に、咲が少し動く度に、すみれ色の燐光がふわりと舞い散る。


 精霊力を宿し得る希少な鉱石、霊鋼たまはがねを素材に鍛え上げられたそれら。

 上位精霊の宿主が行使を許される精霊力を宿し、威力に反映させることが可能な武器。それが精霊器と呼ばれる武器であった。


「いいよな、防人は。俺たちが命を懸けてひいこら駆けずり回んのを高みの見物でさ、あいつらは追い立てられた穢獣を一発焼き払えば終わりなんだから」


「――そう云うな、勘助カン。あっちには、俺たちとは別の悩みがあるだろうしさ」


「はっ、生きるだけの人生って苦労も知らねぇ坊ちゃん嬢ちゃんが、何の悩みがあるんだか」


 かつて、そんな生活の片隅で震えながら日々を過ごしていた晶は、記憶の奥底をさいなむ幻痛を無視して皮肉気に嗤った。

「さあな。だけど、あいつらだって上下関係と無関係じゃない。あいつらの側だって、どこまで行っても上と下の板挟みだろ。

 俺たちよりかは苦労は無いだろうが、それでも下げたくない相手に下げる頭を持たなきゃいけなかろうさ」


「……そんなもんかね」


「そんなもんだ。

――時間だ、行こうぜ勘助。取り敢えず俺たちが頭を下げないと、この場は始まらんだろ」


 晶に肩を叩かれ、無理矢理、納得した風を装って勘助は頷いた。

「そっか。

……そうだな」


 二人、肩を並べて歩き出す。晶たちが向かう先には、準備を終えた隊員たちが指示を求めて集まりだしていた。


 ♢


TIPS:精霊器について。

 霊鋼たまはがねと呼ばれる金属を精製、鍛造して造られる武具の総称。


 中位精霊以上の精霊力をこれらの武具に通すと、その精霊力に応じた強度を武具に与える。

 また、精霊力を行使する技の補助を目的にしているため、主に防人や衛士が使用している。

 その特性や希少性も相まって個人で所有することはあまり無く、華族の一族単位で管理されている。


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