マスコットキャラ(筋肉)

 ばっきゃ―――――ん!


 重苦しい空気を破壊するように、空から何かが凄まじい勢いで落下してきた。


「な、なんだ!?」


 理解が追い付かない民衆の代わりに、ザカルガードがその心中を代弁する。

 そんな中、このはた迷惑な登場パターンに心当たりのある人物が二人いた。


「な、なんだあ!? と問われたならば、答えてやるのが世の情け……」


 その人物はさも、待ってましたとばかりに意気揚々と口上を並べ始めた。


「我が御霊は熱くたぎる魔法の力。ある時は炎のように。またある時は風のように。聖なる魔法で天を貫く一条の流れ星。私が! 私こそが! 稀代の天才巨乳美少女魔法使いのフィアーナさんでーす! ハロハロ~」


 やっぱり、と春賀とサリアリットは脂汗をタラリ。


「「「「「巨乳?」」」」」


 周りの視線がフィアーナの胸元へ一点集中し――――――――すとんと落ちた。


「なにか?」

「「「「いえ、別に……」」」」


 はもった。

 ここまでがテンプレだった。


「てゆーかどうしたんですか空気重くないですかあこれおいしそうおじさんの一つくださいおいくらですか?」


 一息で言い切った。


「五アインだが……いいよ、持ってきな」

「あらあら、これだから美少女は罪ですね」


 フィアーナは「私の笑顔を一生の宝物にするといいですよ」とばかりに、店主のおじさんにグイグイスマイル。

 ネギまを一本取って小銭をカウンターに置いた。


「フィー……」


 サリアリットはそんなマイペース過ぎる親友の登場に、ホッと安堵し、


「……………………」


 何かを押し込めるように、きゅっと口を結んだ。


「遅くなってごめんなさいサリー。でも、これでも予定より早かったんですよ? あのモンスターさんのおかげですね。焼き鳥ウマー」

「モンスター?」


 サリアリットが首を傾げると、城門の方が何やら騒がしい。

 けっこう離れているというのに、動揺の波が人々を伝ってここまで広がってくる。


「あ、ミーくん」


 春賀だけが遠巻きにいる巨大な人型へ向かって呑気に手を振った。


「ぶもー」


 ミノタウロスだった。

 右の角が折れた牛頭のモンスターは嬉しそうに手を振り返す。


 周囲の動揺はさらに膨れ上がった。

 ザカルガードも唖然としていたが、すぐに我を取り戻す。


「衛兵! 衛兵は何をやっている! 早くあの怪物を何とかしろ!」

「しかし……」


 お付きの二人、そして集まってきた衛兵たちも二の足を踏んでいる。

 なぜなら、ミノタウロスことミーくんの首には隷属、誰かの所有物を示す首輪が巻かれていたから。

 そして様子から察するに、その所有者とは春賀のことだろう。


 昨夜、敗れたミーくんは勝者である春賀に忠誠を誓ったのだ。

 春賀としてはそういうのはどうでもよかったのだが、意思を尊重して彼を友人として受け入れた。首輪についてはそうしないと他のモンスターと区別がつかないので、形式的に付けさせている。


 簡単に言うと『ミノタウロスがなかまになった』だ。

 

「ミーくんお疲れさま」

「ぶひ(親指をビシっと立てる)」


 両者の関係は非常に良好のようだ。

 昨日あれだけびびり散らかしていた春賀も、今では気の抜けた表情で一仕事終えた友人を労っている。


 倍以上ある体格差。

 ヒョロガリとワイルドマッスル。

 種族を超えた二人の関係に、周囲からヒソヒソ声が漏れた。


「おい、あんなでけぇモンスターが……」

「言い伝えはやっぱり本当だったんだ」

「見て! 救世主様とミノタウロスがあんなにも仲睦まじく!」

「ハル×ミノ……アリね!」

「はかどるわぁ」

「もう萌え過ぎて死にそう!」


 なんか盛り上がっていた。

 カプ厨の妄想はさておいて、ミーくんは引いていた荷車をごそごそ。

 積み荷の無事を知らせるように、魔導人形を持ち上げて見せた。

 彼がそうすると、まるで等身大のフィギュアのようだ。


「うんうん。ありがとねミーくん………あれ?」


 春賀はそこで気が付いた。

 わずかに活気を取り戻しつつあった空気が、再び静まり返っていた。

 ザカルガードの時とも、ミーくんの時とも違う。

 皆言葉を失い、息を呑むように魔導人形を凝視するという異様な雰囲気だった。


「おお、素晴らしい!」


 そこに現れたのはシムケン王だった。ツケの支払いは済んだのだろうか。


「さすがハルカ殿だ。早々にモンスターと心を通わせるとは。あっぱれ~」

「いやぁそんな~」

「ハルカくんはこの国を救う救世主ですからね。だって誰も動かすことができなかったエリスを見事操って見せたんですから」


 フィアーナも、うちの子すごいでしょ、的な感じで乗っかった。


「なななーんとこいつぁびっくり! これこそハルカ殿が救世主である何よりの証拠! 皆の者、祭りの続きだ! この国のためにボルヘイムと戦ってくれるハルカ殿を盛大にもてなすのだ! ひゃっほーぅ!」


 シムケン王はハイテンションで号令を出し、扇子を振って踊りだす。

 皮切りに、止まっていた時間が動き出した。


「……お、おお!」

「そうだそうだ!」

「ハルカ様こそ俺たちの救世主様だ!」


 場の空気が、ぶわっと膨れ上がった。

 再び舞った花吹雪と巻き起こる救世主様バンザイウェーブ。

 手拍子が弾け、汽笛隊が演奏を再開した。


 さすが王のカリスマ。

 普段はおちゃらけたセクハラおっさんだが、その声には人々に元気を与える不思議な力があった。

 ただ、いまだに全裸なのはいかがなものか。


 人々が救世主様わっしょい音頭(変なおじさんっぽい振付)を踊る中、


「………チッ」


 ザカルガードだけが面白くなさそうに舌打ちし、沸き上がる音と熱に背を向けた。






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