シャブシャブトン
「とりあえずうちで皿洗いな」
「その次はうちで便所掃除だ。俺がぶりぶり脱糞こいた便器をピカピカに磨いてもらうからな。ざまあみろクソが」
「クソが」
シムケン王は連行されていった。
全裸の背中が何とも哀愁漂っている。
この国は本当に大丈夫なのだろうか。いろんな意味で。
「おいおい、あんなので本当に大丈夫なのか?」
当然の意見である。
しかし、その矛先は裸の王様ではなかった。
「あんな奴が救世主とは、まるで信じられないな」
春賀だった。
「ええーい静まれーぃ!」「静まれ静まれー!」
二人の男が声を張り上げ、群衆を搔き分けた。
あっという間に人が割れ、その先に仁王立ちする男に視線が集中する。
「ここにおわす御方をどなたと心得る!」「こちらにおわすはシャブシャブトン侯爵家が長男、ザカルガード・シャブシャブトン様にあらせられるぞ!」
控えろーぅ、とお付きの二人が偉そうに命令する。
しかし国王にすらアレだった民衆が、そんなお代官対応をするわけが
「「「「「「ははー」」」」」」
した。
反感を覚えた様子もなく、ひれ伏している。
ちゃんとあのおっさんだけが異常だとわかっていた。
「はは~」
春賀もやっていた。
輿から降りて土下座の姿勢。随分と板についていた。
ザカルガードというその男。
印象的なのは小柄な春賀よりも二〇センチは高い位置から見下ろす、まるで虫でも見るような目だった。歳はおそらく二〇歳前後。腰から剣を提げ、着流しとスーツを合わせたような服は一目で高級そうだとわかる凝った装飾が施されている。
「……ザカルガード様」
「おやおや、これはサリー様。本日もまたいっそうお美しい」
ザカルガードは芝居がかった動きでサリアリットに会釈する。
ちら見した視線がドレスの上からでもわかる彼女の曲線をなぞった。
「ところで、私のことは気軽にザックとお呼びいただけませんか? 親しき者には皆そう呼ばせておりますので」
「……恐れ多いですわ」
サリアリットも苦手なのだろう。白薔薇の笑みがぎこちない。
「しかし、救世主とやらがどんなのかと思えば………」
値踏みするような目がいまだひれ伏している春賀に移った。
そして嘲りの感情を隠そうともせず、わざと聞こえるように鼻で笑う。
「そもそも私は反対なのです。この国の危機に余所者を使うことが。あまつさえ救世主などとは馬鹿げている」
「……その理由は、ご存じのはずです」
「あのような迷信を信じろとおっしゃるのか!?」
ザカルガードは呆れたように声を荒げた。
高い位置から大声をぶつけられ、サリアリットの肩がびくっと震える。
耐えるように顔を伏せ、俯いた視線が何かに縋るように地面を彷徨った。
「案ぜずとも我が国の兵士は勇敢です。ボルヘイムなどという亀裂者の集まりなど、瞬く間に殲滅してくれるでしょう。そして進軍の暁には、このザカルガードが一番槍として先陣を切る姿を貴方様に見せいたしましょう」
「……それは、どういうことでしょう?」
「はは、察しの悪いお方だ!」
ザカルガードは天を仰いだ。
陽の光すらも自分のものだと主張せんばかりに。
「この私がそこの馬の骨の代わりに、救世主になってやろうと言っているのですよ! 我が剣の前では、あの竜騎士すらも恐れるに足らん!」
おっと、とザカルガードは高ぶった感情を静め、紳士の笑みを張り付けた。
「ですので救世主様には安全な場所で、我が国を観光していただければよろしいかと」
そう締めくくり、これ以上の会話を挟む余地を無くした。
お祭り騒ぎが一転してお通夜ムード。
人々の温度は急激に冷え、その中で一人立ち尽くす姫君に憂いの籠った視線を向けていた。
このまま場が終わってしまうのかと思われた、その時だった。
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