わけわからんのはチョー怖い。こわーい。

 陽が東に傾きかけた頃。

 城下のメインストリートで救世主様歓迎パレードが盛大に催された。

 たくさんの熱気と人でごった返すメインストリート。

 花吹雪が舞う花道を汽笛隊が先行し、その後を王族である二人と祭りの主役である春賀を乗せた輿がソイヤソイヤと続く。


 さっきまで人前に出ることにビビッて泣いていた春賀だが、痺れを切らしたフィアーナにおしりを叩かれ、あれよあれよという間にここまで運ばれてしまった。


「キャー救世主様ーっ!」

「我らがレイノウブル王国の英雄だ!」

「ばんざーい! 救世主様ばんざーい!」


 周囲からの黄色い歓声が飛び交う。

 春賀はふんどし一丁のマッチョなお兄さんが担ぐ輿に揺られながら、そんな国民の皆さんに手を振った。

 心を無にし、固まった笑顔で愛想を振り撒く置き物に徹する。 


「あんなに可愛いらしいお方なのに、ミノタウロスを一撃でぶちのめしたらしいわ!」

「やっぱり救世主伝説は本当だったんだ!」

「見た目とのギャップが凄くて萌え過ぎて死にそう!」

「あぅ……」


 気絶者まで現れる始末だった。

 そして隣に座る麗しの姫君にも、


「サリアリット様好きだーッ!」

「俺をあなた様の犬にしてください!」

「こんな姫様がいたら僕はもう……!!」


 老若男女問わずの大人気っぷり。その中には法被姿のサリアリット様ファンクラブと例の教団と思しき集団も混じっている。

 ちなみにフィアーナはここにはいない。

 彼女はワミ村から届く荷を確認しに行くとかで、忙しそうに馬車に揺られていった。


「この国はいかがですか、ハルカ様」

「そ、そうですねっ」


 サリアリットに聞かれ、さすがに交通整理ロボもどきを解除する。

 自分に向けられる多くの眼差しは意識しないように、街並みへと視線をやった。


 中世ヨーロッパ風とでも言うのだろうか。建物の造りはレンガや石を基本としたもので、少し離れた景色に建っているたくさんの塔や王都を囲む城壁には、数えきれないほどの風車がせわしなく回っていた。

 これらを生み出した背景には、やはり過去の地球人の功績が存在するのだろう。


 だから、なのだろう。

 人々が地球人をまるで神様のように敬うのは。

 明らかに貧弱で弱そうな春賀が救世主として崇められるのは。

 地球人ならこの国を救ってくれる。

 その純粋な想いは、国民が心からこの国を愛しているからなのだろう。


(だからなんだろうなぁ……)


 春賀のため息が誰にも気づかれないまま、歓声と汽笛隊の演奏に掻き消えた。


「わたくしはこの国を愛していますわ」


 サリアリットは遠くの景色の一際高い風車塔を眺めていた。

 その穏やかな目線は次第に下がり、自分に声援を送る民衆へと注がれる。


「この国に住む人々も、すべて……」


 サリアリットは微笑む。

 その慈しみと深い愛情い満ちた表情から、彼女が心からそう思っているのが春賀にもわかった。


「今この国は、かつてない危機に瀕しておる」


 前の席に座っていたシムケン王がそう切り出すと、途端にサリアリットの表情が曇った。


「我が国は魔法使いの組織、ボルヘイムに宣戦を布告されたのだ」


 昨夜も聞いた、その名。

 春賀はフィアーナから説明されたことを記憶の奥から取り出した。


「奴らが単なるテロ組織なら問題なかった。たとえ奴らが魔法を使おうと、それで国が滅ぶことなど絶対にありえんからだ。国とはそんなに脆いものではない。個が群となるほどの、例外でもいない限りな」


 つまりそれが、モンスターを操る洗脳の魔法。

 昨日のミノタウロスがかけられていた、悪魔の術だ。


「モンスターを洗脳し、操る時点でボルヘイムはもはや組織ではない。国だ」


 正面を向いているためシムケン王の表情は見えないが、淡々とした声色から鬼気迫るものが漂ってくる。


 人とモンスターは相互不可侵の共存関係。

 ボルヘイムが行使する洗脳魔法はそれに亀裂を入れる禁忌だからだ。


「モンスターが相手ではこちらは無闇に手が出せん。率先して攻め入ればモンスターから完全に敵認定され、全面戦争になってしまう。しかし、このまま同族が洗脳され、手駒にされ続ければさすがに黙ってはいない」


 今はまだギリギリ許してくれているのか、問題解決までの猶予をくれているのかは不明だが、限界はそう遠くはないだろう。この瞬間にもモンスターの大群が津波のように、この国を蹂躙してもおかしくないのだ。


「恥ずかしながら、ワシらは魔法に対する理解が全く足りておらん。技術が生み出す豊かさにばかり目を向けて、わけわからん能力をわけわからんままにしてしまった。だからボルヘイムへの有効な対抗策が見つからんのだ。だから………」

「わかってますよぅ」


 シムケン王の話を遮るように、春賀が口を開いた。


「僕はそのために呼ばれたんですよね」


 王族二人が注目する少年は、にへらと気の抜けた笑顔を浮かべている。


「あと、たぶんこの後に相手の目的とか、他にいろいろ説明してくれる予定だったんでしょうけど、そういうのもいいです」

「え………」

「悪い魔法使いがいて、僕はそれをやっつける。それでいいじゃないですか」


 あまりにあっさりした物言い。

 隣に座る姫君も呆気に取られてしまっている。

 シムケン王は納得したように前に向き直った。


「……そうであったな。ここに召喚された時点で、お主に選択権などなかったな」


 わりと蔑ろになっているが、春賀はその身柄を人質に取られているも同然なのだ。

 そんな最大の弱みがある以上、相手の目的が何であろうと、春賀には救世主としての役割を受け入れる以外の道はない。


「すまぬ……」

「やめてくださいよぅ。王様がこの国のことを一番に考えるのは当然ですから。ほら、国民の人たちも王様のそんな顔見たくないですよ?」

「ハルカ殿……」


 シムケン王は感無量。

 目頭に溜まった涙が王族化粧を滲ませる。


「……恥ずかしいとこを見せた。ブシは食わねど高楊枝。民が不安にならぬよう、王として気丈に振舞わねば―――」

「おいバカ王!」


 直球の罵声が飛んできた。


「いい加減うちの店のツケ払え! どんだけため込むつもりだこの野郎!」

「うちもだ! ちゃんと自分の金で払えよ! 国税使ったら承知しねーぞ!」

「娘が風呂覗かれたって言ってたぞ謝罪しろゴルァ!」

「シンプルに〇ね!」

「うるせーっ! てめえらキングに向かってなんたる無礼だコンナローッ!」


 シムケン王は輿からジャンプして民衆の中にダイブ。

 乱闘騒ぎが勃発した。


「マジすんませんした……」


 フクロにされたバ〇殿は全裸にされ、縄に縛られていた。

 ほんの数秒前までいた一国の王は、その王族化粧のとおりとなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る