春賀は、にへらと笑う

「おい、飯はまだか……」


 顔面を*に凹ませたシムケン王がパンパンと手を叩いた。

 ワゴンに載って食事が運ばれてくる。


(一体どんなお料理なんだろう。わくわく)


 春賀は目の前のクローシュ(高級レストランとかで出てくる半球状のあれ)へ、期待の籠った視線を向けた。


 この世界で初めて見たのは白米にネギと醤油をぶっかけたネギご飯。昨晩、炊き出しで食べたのも野菜をごった煮した雑炊だった。

 別に贅沢を言うつもりはないが、せっかく異世界に召喚されたのだ。

 どうせなら異世界グルメがよかった。


(……まてよ、コース料理だったらどうしよう。マナーとか大丈夫かなぁ)


 呑気すぎる不安と期待に胸を躍らせる春賀。

 サリアリットはそんな彼に、クスクスと微笑んだ。


「ハルカ様、どうぞ召し上がってくださいませ」

「わーい」


 メイドさんの手によってクローシュが開けられ、


「………………………」


 ポカンとしてしまう。

 皿の上に見たことのある物体がのっていたからだ。

 添えられた千切りの葉野菜ときつね色の物体。パン粉の衣に包まれてこんがりと揚げられた、まるで豚カツのような


「とんかつですわ」


 豚カツだった。

 春賀はコケた。


「ご飯とお味噌汁をどうぞ」


 メイドさんがよそってくれる。

 豚カツ定食だった。


(……いやいや、もしかしたら地球人の僕にあわせてくれてるのかも……)

「わたくし、とんかつを大変好んでおりますの」


 日常的なメニューらしい。


「姫様。こちらを」


 サリアリットはメイドさんから何かが詰まった袋を受け取り、絞り出した黒いペースト状のそれを豚カツにかけはじめた。


(まさか……)

 と思いつつも、春賀はそれを見守ることしかできない。


「味噌カツは至高ですわ!」


 やっぱり……。

 もはやこけることすらできない。

 あまったるい味噌の香りがこちらまで漂ってくる。

 するとサリアリットは両手を拝むように組み、


「今日もハッコウ神様の恵みに感謝いたします。ミソーメン」


 ぶつぶつ祈り始めた。

 目がガチだった。


「サリーは夜空を翔ける味噌教の熱心な信者でのう」


 と、ソース派のシムケン王はナイフでザクザク豚カツを切っている。


「特に実害はないのでほっといておる」

「だって味噌は本物なんですよ!?」


 意味が分からなかった。


「ハルカ様もいかがです? 厳しい戒律も一切ありません。ただ味噌を愛している、味噌が好きというだけで入信資格は十分ですわ!」


 味噌樽を頭に被った似顔絵記載の会員カードを喜々として見せてくる。


「僕はその、ちょっと……」

「そうですか……」


 しゅん。


「フィーにもそう言って断られえてしまいました。……いえ。夜空を翔ける味噌教は個人の価値観、自由を尊重するのです。無理強いはいけませんわ」


 サリアリットはそう己を律するも、明らかに気落ちしていた。

 ネイバース世界の良心にして、〝まとも〟だと思っていた白薔薇のお姫様が、まさかジョーク宗教にどっぷりだとは。

 フィアーナは慣れたものらしく、貪欲に白米と豚カツをがつがつ貪っている。


「……じゃあ僕も」


 気を取り直して春賀も味噌汁に口をつける。

 まさか異世界でここまで型にはまった和食にありつけるとは思わなかった。


「おかわりはいかがでしょうか?」


 メイドさんが勧めてくれる。


「ど、どうもです。でも、僕よりもフィーさんにお願いします」


 フィアーナはとんかつ定食を無遠慮に貪っていた。

 食べれるときにガッツリいくタイプの彼女には、この量ではおそらく足りないだろう。


「………………ああ」


 返事に妙な間があった。

 微妙な気配。

 声のトーンもフィアーナに向けた視線もどことなく冷めている。


「なるほど。フィーさんがあの村に一人で住んでいたわけが、少しわかりました」

「え?」


 春賀は固まっているメイドの目をまっすぐに見た。

 そして彼女にだけ聞こえるように、言った。


「理由は知りませんが、フィーさんにも分け隔てなくお願いします」

「………え」


 呆気に取られているメイドに、春賀は淡々と続ける。


「うーんなんだろう。あなた自身の考えというより、周囲からの影響で自然に差別的思想が植え付けられたって感じですかね?」

「え? え?」

「別に僕はそれをどうとは言いませんが、僕はこの国の救世主なんですよね? だったら、わかりますね?」

「あ………」


 まともに返事を作れなかったメイドだが、並べられた言葉の意味だけははっきりと理解できた。

 途端に顔を青くする。


「申し訳ございません! すぐにご用意いたします!」


 逃げるように部屋から出て行った。


「ハルカ様?」


 怪訝そうにこちらを見てくるサリアリット。

 春賀は、にへらと気の抜けたように笑った。


「ごめんなさい。実は僕少食で、僕の分をフィーさんにってお願いしたんです」

「いいんですかハルカくん!」

「うん。今ある分も半分でいいから、よければ食べて」

「やった!」


 遠慮という言葉はフィアーナの辞書にはないらしい。

 奪うように春賀の豚カツにフォークをぶっ刺し、躊躇なくかぶりついた。


「あらあらフィーったら。ハルカ様の前ではしたないですわ」

「いいんですよ。それよりも、王様もサリーさんもいい人たちで安心しました」

「まあ! この上ないお言葉ですわ!」


 サリアリットは感激したように両手を合わせた。


「救世主が僕に務まるかはわかりませんが、頑張ります」

「おお、そうであるか! これで我らはオニに金棒! お主ならあの竜騎士にも必ずや勝利することができるだろう」


 シムケン王も上機嫌に扇子をあおいだ。


「よっしゃよしゃ、城下に報せを出すのだ。救世主殿歓迎の祭りを催すとな!」

「「「ははーっ!」」」


 最低限のメイドと使用人を残して、人が一斉に出て行った。

 入れ替わるようにおかわりが配膳されてくる。


「フィーさん、おかわりが来たよ」

「いただきます!」

「ふふ、わたくしのもよかったら食べて」

「ありがとうサリー!」

「まったく、その栄養はどこに行くんじゃ? 胸ではないのは確―――」


 ぶっ飛ばされた。

 バ〇殿は気絶した。

 〇カ殿はほっとかれた。


 フィアーナは気持ちのいい勢いで山盛りキャベツとご飯と豚カツを平らげていく。

 サリアリットもそんな親友を見て、白薔薇の微笑みを浮かべた。


「フィー。味変でお味噌はどう?」

「あ、それは大丈夫です」


 しゅーん。







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