【第二章】 風の手を取り踊りましょ
ああ、麗しの白薔薇のお姫様
レイブルノウ王国。
それはネイバース世界における、大陸四大大国の一つ。
そして高い城壁で囲まれた王都の中央にそびえるのは、この国のシンボル、ネイゴルニーヤ城である。
「ほっほっほ、救世主の召喚に成功したとは実にめでたい」
玉座の間。数段高い位置にある豪勢な椅子でくつろいでいるのは、この国の王、シムケン・ド・リューフ・レイブルノウである。
その顔は奇抜なメイクが施され、顔全体を塗ったくった白塗りを下地に真っ赤な口紅を塗り、眉も冗談のように黒くぶっとく引かれている。ちなみに頭髪は金色のちょんまげだ。
なんともバカみたいだが、決してふざけているわけではない。
これは王族化粧と呼ばれるレイブルノウ王家に代々伝わる有所正しいもの。
だからシムケン王の顔を見て笑う者など、ただの一人としていない。
「皆の者、我が国を救ってくれる救世主殿に失礼があってはならぬぞ。お、も、て、な、し、という地球世界の言葉に習ってしゃかりきに準備を整えよ(鼻声っぽい)」
「「「「「「「ははー」」」」」」」
膝をついていた臣下一同が笑いもなく、それぞれのポジションへと散っていった。
「皆さん張り切っていますね。わたくしも頑張らなくては」
そう言ったのはレイブルノウ王国の姫、サリアリット。
彼女は父親とは違い、まるで背景に白薔薇が舞っているかのような、ザ・お姫様。
ゆるく巻きの入ったサラサラの長い金髪と、少したれ気味の融和な碧い瞳。
随所に和風テイストが感じられる清楚なドレスに身を包み、帯でキュッと締めているので、そのスタイルの良さが際立っていた。
「こりゃこりゃサリーよ。何をしようとしておるのじゃ?」
シムケン王が尋ねると、ドレスの上からエプロンを身に着けたサリアリットが答えた。
「皆さんが救世主様をお迎えしようと準備して下さっているのです。わたくしも、ただ椅子に座っているなんてできませんわ」
サリアリットは意気込んだ様子。
せめて自分の得意料理で救世主を、お、も、て、な、し、するつもりだった。
「しかしお前も王族らしくだな……」
「それをおっしゃるならお父様こそ、公務を抜け出して城下をフラフラうろついてると伺っていますよ?」
「え、何で知ってんの? 変装は完璧だったのに」
「王族化粧でバレバレです。わたくしのところまでクレームがきていますし。何でも道ゆくご婦人を手当たり次第に口説いているとか。ほんと、いっぺん死にます?」
白薔薇のお姫様も身内には容赦なかった。
「おおう……思春期の娘は時折辛辣だのう。で、かーちゃんは知ってんの?」
「当然です。今に三下り半を突き付けられますからね」
「マジかー。でも本当に愛してるのはかーちゃんだけだから。今は公務で他国を回ってるけど、旅立つ前夜はそりゃもう激しく……」
「ほんと死んでお願いだから一生のお願いだから」
「愛する娘からの一生のお願いが実の父のデス!? シムちゃんショーック!」
シムケン王は、がびーん、と白目を剥いた。
なんとも軽いおっさんだった。
「とにかく、救国を依頼する立場のわたくしも自ら礼を尽くさねば気が済みません」
「何をおっしゃるのですか姫様!」
そこへメイド服に身を包んだ妙齢の女性が割り込んできた。
普段からキツイ感じなのだろう。侍女長である彼女の登場で、周囲の背筋がより一層伸びた。
サリアリットもその一人で、完全に委縮してしまっている。
「姫様がそのようなことをなさってはいけません。準備は我々に任せて頂ければそれでいいのです」
「ばあや……」
「まあまあメリマリよ、そんなカッカしなさんな」
見かねたシムケン王が仲裁に入る。
「ほら、地球世界には苦労は買ってでもしろって言葉があるし―――」
「姫様には姫様としてのやるべきことがあります。苦労はそちらでしていただければ結構。大体殿下は姫様にも民衆にも甘すぎます」
ピシャリ、と言い切る。
「きっついのう相変わらず。そんなんじゃまたしわ増えるべ? ただでさえもうババアなんだから」
「なんですって!」
「昔はもうちょい物腰も尻もやわらかかったのに。風呂場で覗いた麗しのヒップラインは、今やカチカチの煎餅布団だもんなー」
「! 貴方は本当に昔っから!」
「おーこわ。独身お局こっわー」
シムケン王はボコられた。
見慣れた光景なのだろう。誰も止めなかった。
「………それにしても、救世主殿とはどのような者なのだろうな」
吐血するシムケン王の横で、サリアリットの碧い瞳が煌めいた。
「異世界の見ず知らずの国のために戦ってくれるというお方なのです。それはもう正義感に溢れ、勇敢で立派な殿方なのでしょう。……ぽっ」
赤くなった頬に手を当てる。
彼女の脳内の救世主像は身長一八〇センチで細身で筋肉質な、薔薇の似合うホスト風イケメンだった。
若干シムケン王との血筋を感じる一面だった。
サリアリットがそんな妄想にふけり、もじもじと手慰みに窓ガラスを拭こうとすると―――
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おきな
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