魔法使いは手を伸ばす
気のせいじゃなかった。
「うわ~ん!」
「ブモーッ!」
田んぼの中でダイナミックな追いかけっこが繰り広げられていた。
春賀の情けない悲鳴が響き、銀色のボディーは泥だらけ。
その間の抜けた光景にフィアーナは思わずコケそうになった。
「ちょっとハルカくん! 逃げてないで戦ってください!」
「戦う……」
泥の中にダイブした春賀は思い出したように呟く。
「そうだよ。フィーさんが言ってたじゃないか。このロボットを動かせるのは地球人の特別な魔力だけだって。ということは自分で気付いてないだけで、僕にも魔力が……きっとすごい魔法が使えるに違いない」
フィアーナが見守る中、泥だらけの魔導人形がよろよろと立ち上がった。
中から聞こえる声の調子が、少しずつ活力を取り戻していく。
「仮にも救世主として召喚されたんだ。だったら異世界ものにありがちな、いわゆるチート能力が僕にもあるはず。でも、その割にはこの世界の女神様的な存在との接触もそれっぽいイベントもなかったし、こっそり試したけど、ステータス表示もでなかったけど……アレ?」
声のトーンが少し下がった。
少し離れた位置にいるフィアーナは、そんないまいち踏ん切りがつかない様子の春賀に苛立ちを募らせた。
「いいからいけ!」
キレた。
「ひい! わかりましたよぅ!」
魔導人形に乗って身長差は逆転したはずなのに。
春賀はまるでフィアーナから逃げるかのような感じで、ダバダバとミノタウロスに向かっていく。
「えーい!」
ポカポカポカ。
「ブヒ?」
ミノタウロスに0ダメージ!
「ぜんぜんだめだよぅってアテ!」
勢いあまって体勢を崩し、魔導人形が盛大に転んだ。
「痛いよ~……ってうわわわわ!」
春賀は咄嗟に飛び退いて、踏み潰そうとしてくるミノタウロスをギリギリ躱した。受け身もなく無様に泥に突っ込んだ姿は犬〇神家の水死体のようだった。
「どうして……地球人の魔力は特別で、こんなはずじゃ」
フィアーナも困惑していた。
話に聞いていたのと全然違う。
なんらかの不具合か、それとも……。
「……いえ、確証がありません」
しかしこのままでは春賀がやられてしまう。
でも、どうしたら……。
「?」
フィアーナのつま先に何かが当たった。
それは円柱状の透明の容器。確かエリスの腰部に付いていた部品だ。きっとどこかのタイミングで外れたのだろう。
「これは……魔力燃料」
そのボトル状の容器に詰まった液体には心当たりがあった。
フィアーナは記憶を掘り起こし、これまで読んできた書物からその存在へと辿り着く。
「それがどうして……」
でも、これが使えれば、もしかしたら………。
フィアーナは地面に転がったボトルへと手を伸ばし、
「…………………っ」
伸ばした手が、止まった。
わかっている。
これを手に取るということは、自分はその先へ行くということ。
その先へ足を踏み出し、これまであやふやにしてきたものが確定してしまうのだ。
もし、それが悪い現実となってしまったら………。
「あーれー」
気の抜けた悲鳴と共にエリスが転がってきた。
「―――――っ」
そんなことを考えている場合じゃない。
ここで彼がやられてしまったら、すべてがおしまいだ。
フィアーナは頭の中のあらゆるものを振り切って、ボトルを掴んだ。
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おきな
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