魔導人形

 フィアーナの頭の中では、先ほどの老人の言葉が繰り返されていた。

 自分の魔法が役に立たないと、真正面から否定されてしまったのだ。


 フィアーナの魔法《箒星点火スターダスト・バーニアン》は、爆発的な推進力でジェット機の如く空を飛行する魔法である。

 それを攻撃に転じれば、威力はまさに信管を積んでいない物理ミサイル。あそこで発動していれば、ミノタウロスに手痛い一撃を与えられた可能性は十分にあった。


 しかし、彼女の魔法は発動に大量の魔力を必要とする欠点があった。

 仮にフィアーナが保有する全体魔力を三本のゲージで表すなら、箒星点火は一度の発動でそのゲージ一本丸々使い果たしてしまう、非常に燃費の悪い魔法なのだ。


 消費した魔力は時間経過、食事や睡眠などで回復はするが、それではまったく追いつかない。一日で確実に発動できる回数はたったの三回。連続使用は二回に留めるのが賢明。そして今日はもうすでに三回発動している。使用回数限界だ。


 ―――それでも。

 それでも、あそこで制止を振り切っていたら、結果は違ったかもしれない。

 だが、自分はそれをやめてしまった。

 言われるがままに逃げ出してしまった。

 自分の力を。

 魔法の力を信じることができなかった。


「……………っ」


 フィアーナは唇を噛むと、積み荷のシートを引き払った。

 隠されていたそれの全貌が露になる。


 それは、人だった。

 荷台に横たわる全長二メートルを超える鋼鉄の人型。全身が銀色の装甲で覆われた、意外にも細身のシャープなフォルム。無機物なのにどことなく生気を感じる。


「これは魔導人形マギアギア。名はエリス。操る者に大いなる力を与える、私の父が作った魔法仕掛けの機械人形。別名、未完成の魔女」


 フィアーナが胸部にあるスイッチを押すと、胴体のハッチが左右に開いた。ちょうど人一人が体を収める空間が露出する。


「これが扱えるのは特別な魔力を持つ地球人だけ。だから……お願いします」


 フィアーナはゴーグルを外し、未だ地面に座ったままの春賀を見つめ、言った。


「ハルカくん……いえ、救世主様。これに乗って―――」


 壁が吹っ飛んだ。

 一瞬にして戦慄が倉庫の中に侵入してくる。


「! そんな……」


 大穴の開いた壁の向こうに佇む巨大なシルエット。

 血走った眼光が二人を捉えた。

 獰猛な唸り声がフィアーナの恐怖を掻き立て、心を引きずり込んだ。

 もはや立ち向かおうなどという思考もできない。


 駄目だ。助からない。

 そんな諦めだけが脳内を駆け巡り、最後に出てきたのは、死にたくない、という単純な生存本能だった。

 しかし、そんな命令にすら彼女の震える体は行動に移してはくれなかった。


「フィーさん」

「!」


 その声に、振り返った。


「ハルカ……くん」


 声の主である少年は立ち上がっていた。

 キュッとネクタイを締め直し、履き慣れない靴で歩を進め、荷台に上ってフィアーナの隣にやってくる。


「これで戦うことが、フィーさんのに応えることができるんだね」

「ハルカ、くん……?」


 名を呼ばれても少年は振り返らない。

 無言のまま。

 自分を招き入れるように大口を開けた魔導人形に、その身を収めた。

 ハッチが閉まった。






=====================================


※数ある作品の中からこの作品を読んでくださり、本当にありがとうございます。

 少しでもいいな、と思っていただけたなら、応援していただけるとものすごく励みになります!

                              おきな

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る