知らない彼女がそこにいた
春賀たちはとある倉庫へと辿り着いた。
「ひいひい、もう走れないよぅ……」
とっくに体力の限界の春賀は倒れるように地面にへたり込んだ。
「なんであの牛さんはあんなことを……」
あのミノタウロスは昼間に春賀を助け起こしてくれた、彼だろう。右目に傷があったのでおそらく間違いない。
しかし、まるで違った。
手を差し伸べてくれた時に感じた穏やかさは微塵もない。
まさに狂った野生の塊そのものだった。
「これがレイブルノウ王国が抱えている問題です」
春賀を残し、フィアーナが奥にある馬車へと進む。
「人とモンスターの関係は相互不可侵の共存関係。しかし近頃、その関係に不穏な空気が漂い始めました」
「それが、さっきの……」
「はい」
フィアーナは馬車の荷を解きながら言葉を続けた。
「その組織の名は〝ボルヘイム〟。彼らは魔法の力を悪用してモンスターを操り、レイブルノウ王国に宣戦布告しました」
「ということは、あの牛さんも……?」
「おそらくは」
フィアーナは頷き、馬車の荷台に足を引っかけた。上に上がり、シートに覆われた積み荷がはめたままのゴーグルのレンズに映り込んだ。
「彼らの目的は私にはわかりません。ですがこれは人類とモンスターとの全面戦争に発展しかねない重大な問題です」
真剣な口調で語った彼女は、そこで俯いた。
小さな言葉が雫のようにこぼれ落ちた。
「………私には、何もできない」
春賀はフィアーナと出会って、まだ半日程しか経っていない。
だがその声は、今日聞いてきたどれとも違っていて。
今の彼女は、今日見てきたどの姿よりも小さく見えた。
集会所の屋根を突き破り、周囲に迷惑をかけてもマイペース。
図々しくネギご飯を頬張り、自己主張の激しい自己紹介をキメ、大雑把な魔法に胸を張っていた。
どんな時でも花のような笑顔を浮かべていた。
あの魔法使いの少女は、どこにもいなかった。
=====================================
※数ある作品の中からこの作品を読んでくださり、本当にありがとうございます。
少しでもいいな、と思っていただけたなら、応援していただけるとものすごく励みになります!
おきな
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます