知らない彼女がそこにいた

 春賀たちはとある倉庫へと辿り着いた。


「ひいひい、もう走れないよぅ……」


 とっくに体力の限界の春賀は倒れるように地面にへたり込んだ。


「なんであの牛さんはあんなことを……」


 あのミノタウロスは昼間に春賀を助け起こしてくれた、彼だろう。右目に傷があったのでおそらく間違いない。


 しかし、まるで違った。

 手を差し伸べてくれた時に感じた穏やかさは微塵もない。

 まさに狂った野生の塊そのものだった。


「これがレイブルノウ王国が抱えている問題です」


 春賀を残し、フィアーナが奥にある馬車へと進む。


「人とモンスターの関係は相互不可侵の共存関係。しかし近頃、その関係に不穏な空気が漂い始めました」

「それが、さっきの……」

「はい」


 フィアーナは馬車の荷を解きながら言葉を続けた。


「その組織の名は〝ボルヘイム〟。彼らは魔法の力を悪用してモンスターを操り、レイブルノウ王国に宣戦布告しました」

「ということは、あの牛さんも……?」

「おそらくは」


 フィアーナは頷き、馬車の荷台に足を引っかけた。上に上がり、シートに覆われた積み荷がはめたままのゴーグルのレンズに映り込んだ。


「彼らの目的は私にはわかりません。ですがこれは人類とモンスターとの全面戦争に発展しかねない重大な問題です」


 真剣な口調で語った彼女は、そこで俯いた。

 小さな言葉が雫のようにこぼれ落ちた。


「………私には、何もできない」


 春賀はフィアーナと出会って、まだ半日程しか経っていない。

 だがその声は、今日聞いてきたどれとも違っていて。

 今の彼女は、今日見てきたどの姿よりも小さく見えた。

 集会所の屋根を突き破り、周囲に迷惑をかけてもマイペース。

 図々しくネギご飯を頬張り、自己主張の激しい自己紹介をキメ、大雑把な魔法に胸を張っていた。

 どんな時でも花のような笑顔を浮かべていた。

 あの魔法使いの少女は、どこにもいなかった。





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