散らかった部屋

 周囲を田んぼに囲まれた中に、ポツンとある小さな小屋。

 そこがフィアーナが暮らしている家だった。

 夜を迎えたことでそこに招かれた春賀は、バターンと倒れるようにテーブルに突っ伏した。


「うう~、腰が痛いよぅ~」


 初めての農作業はエリートもやしっ子にはかなりきつかった。

 炊き出しで腹は満たされたが、体力ゲージはレッドゾーン。

 疲労困憊過ぎて、もう立ち上がることもできない。


 ここまでくると、さぞ重労働だったのだろうと思うかもしれないが、実のところそうでもない。

 驚くべきことに畑や田んぼ面積の大部分は完全機械化がされていたのだ。

 といっても地球世界にあるようなトラクターなどではない。

 水車で動力を保存したゼンマイ式動力機を搭載した橋状の装置を田んぼを橋渡しするように設置。あとはレールに沿って一定速度でスライドさせれば、回転した板がまるでプリンター印刷のように田植えから耕までほぼ自動的にやってくれるのだ。

 春賀はそれらの手が行き届かない隅っこ部分を、ちょちょちょっとやっただけである。


 仰天ポイントは他にもある。

 なんとこのワミ村には、村民が共有使用する大浴場があったのだ。

 しかも薪を一切使わない太陽熱温水器で、である。

 壁も土を封入した二重構造で断熱性が確保され、陽が落ちてからも一時間程なら十分な温度の入浴を可能としていた。

 これらの設備にも当然過去の地球人が伝えた技術が根底にあり、そのおかげで後輩である春賀も恩恵にあやかれたというわけだ。


「お疲れ様ですハルカくん」


 灯かりの点いたランタンを手にフィアーナがやってきた。動物油特有の獣臭さが鼻を突くが、今の春賀はそれを気にする余裕もない。


「どうぞ」

「………ありがとう」


 フィアーナが炊き出しからもらってきたお茶をコップに注ぎ、春賀はギシギシの上半身を何とか起こしてそれを受け取った。


「……っぷは~、なんだかまったり~」

「ふふ」


 溶けた春賀に微笑みをこぼし、フィアーナも斜め向かいの席に腰を下ろした。

 彼女も同じ仕事をしていたはずだが、春賀ほどの疲れは見られない。


「慣れてますから」


 フィアーナはそう言って、自らもコップに口を付けた。

 会話が途切れ、無言の間が生まれた。

 薄暗い部屋にランタンの灯りだけがほのかに揺れ、外から聞こえてくるカエルの大合唱が耳に付く。


 多少は余裕ができたからか、春賀にはこの雰囲気がなんともむず痒い。

 考えてみれば今日会ったばかりの異性と二人っきりなのだ。

 人見知りの春賀は会話のとっかかりが掴めず内心あわあわしてしまうが、異世界召喚なんてビックリイベントの当事者としては呑気なものである。


「ハルカくん?」

「ななななんでもないよっ! あそうだ! 僕ちょっとおトイレにヒビィン!」


 春賀はたまらずこの場から一時撤退を試み、どん臭くこけた。

 倒れた先で、なにか尖ったものがギラリと光った。

 危なっかしいことに、割れたガラス片だった。


「ひょえええ!」

「あ、その辺は危ないですよー」


 フィアーナは何食わぬ顔でお茶をすすった。

 今まで気づかなかったが、部屋の中は酷い有様。生活ごみから脱ぎっぱの衣服。その他にも難しそうな分厚い本だったり何かの実験道具らしき物品の数々がそこら中に散乱していた。


「なんでこんなに散らかってるのさ!」

「女の子には秘密がいっぱいあるんですよ♪」


 そういうことではない。

 ファンタジー世界に住む魔法使いがこんなゴミ屋敷に住んでるなんて、イメージぶち壊しである。


「(ガラス片を掃除しながら)だめだよちゃんと綺麗にしないと!」

「片づけとかめんどくさいんですよねー。あ、ブラックローチ」


 ばーん。


 箒でブラックローチ(ゴ〇っぽい虫)をぶっ潰した。

 なんとも逞しい魔法使いである。


 異世界だろうと人間は人間だということか。

 目につく危険物を適当に片づけた春賀は、思ってもみない追加労働にげんなり。

 こんな酷い有様なのに、親御さんは何も言わないのだろうか。


「ふふ」


 フィアーナは萎れた風船状態の春賀に微笑みを浮かべた。

 気付けば部屋の空気にさっきまでの気まずさは無くなっていた。

 そして彼女の笑顔は「そうなるように敢えてふざけたのですよ」と、言っているようで。


 いろいろ引っ掛かるところはあるが、春賀は改めて彼女が年上のお姉さんであることを実感した。





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