ファンタジーな世界だから、そりゃいますよ

「フィーさん、あれは………」


 春賀は指さす。

 田んぼ道をのっしのっしと歩き、こちらへ向かってくる物体。遠近感がバグったのか。五〇メートルは離れたこの位置からでも、それは随分と大きく見えた。


「ああ、あれですか。あれは……」


 フィアーナは特に気にした風もない。

 そうしている間に〝牛の頭を持った巨大な人型〟がそばまでやってきた。


「ミノタウロスです」

「ひえええええええええええええええええええええ~~~~~!!!!」


 春賀は悲鳴を上げた。

 すっかり忘れていた。

 というか発想がすっぽり抜けていた。


 このネイバース世界は魔法が存在するファンタジー世界。

 そんなおとぎの国に〝それ〟が存在する可能性くらい、もっと早い段階で。

 せめて、もしかしてくらい思いついてもよさそうなものだ。


〝魔法〟〝異世界召喚〟と同クラスのびっくりポイント。

 地球世界の常識を超越した生物が、確かな重量と息づかいを持って春賀の前に白昼堂々と現れたのだ。


「うわーんせめて最初はスライムとかかわいいのにしてよおおおお!」


 ものにもよるだろうが、ミノタウロスはゲーム中盤辺りのダンジョンに出てくるのが相場だろう。

 今の春賀では逃走すらできずにオーバーキルくらって即死確定だ。


「死んだ! 絶対死んだ~!」


 春賀は情けなくピーピー泣く。

 彼のコマンドに『たたかう』も『にげる』も存在しなかった。

 潔いのか、大の字に寝てあっさり降参のポーズ。


「…………………」


 しかしどうしたことか。

 ミノタウロスは一向に襲ってくる様子はない。

 意外なことに牛頭の怪物は凶暴そうな見た目とは裏腹に、こちらに危害を加えるつもりはなさそうだ。

 さっさとこの場を通り過ぎようと………


 くるっ。


 春賀の方を向いた。

 三メートルはありそうな巨体が、縦傷の入った右目で見下ろしてくる。


 じー……。


(がくがくぶるぶる……)


 春賀は思考停止。迫力に圧されておしっこを漏らしそうだった。


 スッ。


「………え?」


 ミノタウロスが大きな手を差し出し、立てた人差し指をそっと伸ばしてきた。


「あ、ありがとう……」


 春賀はおっかなびっくりで、ペットボトルくらいある太い指に手をかけた。


「ぶも」


 気にするな、とでも言っているのか。

 ミノタウロスは親指を、ビシッと立てると、意外にも繊細な動作で春賀を立ち上がらせ、のっしのっしと行ってしまった。


「地球人がモンスターに好かれやすいって、本当だったんですね」

「そうなの?」

「はい。ほら、私なんて見向きもされなかったでしょう?」


 確かにミノタウロスはフィアーナに興味すらない感じだった。


 彼女の説明によると、このネイバース世界ではモンスターは必ずしも人類の敵というわけではないらしい。

 それどころか、人とモンスターは遥か昔から相互不可侵の共存関係が成立しているのだとか。


「まあ、ここのような田舎ではその辺がちょっぴしゆるくはなっていますが、それでもモンスターが理由もなく襲ってくることは滅多にありませんよ」

「意外だなぁ」


 春賀の知るゲームや漫画では、モンスターは間違いなく人類の敵扱いだ。

 エンカウントすれば問答無用で排除対象であり、向こうも殺意満々で襲い掛かってくるものだが、そんなお約束はこのネイバース世界にはないらしい。


「ちなみに人とモンスターの間に入って今の関係を確立させたのも、過去にこの世界に召喚された地球人のおかげだそうですよ」

「そうなんだ。昔の人はすごいなぁ」

「………………」

「フィーさん?」

「いえ、なんでもありません」


 フィアーナはニッコリ笑顔。

 そこへ鍬を担いだ老人がやってきた。





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