空から女の子がてえへんだ!

 春賀は老人たちにしこまたセクハラされながら、しばらく田んぼ道を歩かされ、たどり着いたのは村の集会所。


「さあ、いい加減白状せんな?」


 椅子に手足を縛られ、上腕二頭筋が自慢っぽいおじいさんから尋問を受けていた。

 

「じゃないと」


 ぎゅうう……っ!


「ひいいい! なんで抱きしめてくるんですか!? かたい! 汗でしめってる! でもなんかいいにおいするううううううう!?」


 春賀がおぞましい拷問を受けていると、外から筋肉おじいちゃんたちが集まってきた。

 ちょうど昼時だったのか、集まったお年寄りたちは食卓を囲み、刻んだネギと醤油をぶっかけた白米を一心不乱にかっこみだした。


 マッスル・ハグから解放された春賀のおなかがぐうぐう鳴った。


「やらんぞ!」


 一喝された。


「泥棒じゃないって言っとりゃーすけど、じゃあなしてあんな所におったん?」


 おばあさん(この人も筋肉の掘りがすごい)がまるで犯人に自供を促す刑事みたいな口調で言ってきた。

 でもご飯はくれなかった。


「それがわからないんですぅ~」

「わからんって、そんなの通用せーへんぞ」

「そんなぁ……そうだ! 電話! 電話貸してください!」


 春賀にしてはピンと閃いた。

 こうなったらおまわりさんにでも来てもらって、仲裁してもらったほうがいい。


(……あれ?)


 そこで違和感に気付いた。

 シニア部門ボディビルダーに囲まれている時点で、この空間はかなり異質なのだが、そうではない。


(……この人たち。目鼻立ちが日本人っぽくないような………)


 というか髪の色が(も)おかしい。

 誰もが目が痛くなるピンクやイエローなどの蛍光色のヘアカラー。瞳の色も、これまた純日本人からかけ離れた色とりどり。

 そんなパンクロックバンド風な老人たちが、熱気ムンムンでネギご飯を掻っ込んでいるのだ。


 春賀はどことなく荒廃した世紀末の世界に放り込まれた気分だったが、そんなことより今は電話で助けを求めるのが先決である。


「デンワってなんでゃーね?」


 衝撃の言葉が返ってきた。そこまでここは田舎なのだろうか。

 春賀が改めて部屋を見回してみると、ここには現代にあって然るべきの電化製品の類が一切見当たらない。


 疑念はさらに湧いてくる。

 思い返せばここまでの道中、電柱はおろか、車の類も走っていなかったような気がする。この集会場も木造ながら土間にテーブルを直置きにしたスタイルで、日本家屋にある雰囲気というか、空気感がまるで希薄だ。畳もないし。


 さらに付け加えるなら、老人たちが手にしているのは箸ではなく木から削り出した匙だった。お箸の国ポイントはさらに下がった。


(とんでもないところにきちゃったのかなぁ。とほほ)


 春賀はようやく事の重大さを認識した。

 それでも常人の半分くらいの危機感だが。


「そういえばおめ、随分濡れとるみたいだがどうしたん? 雨なんて降っとーが?」


 白米の上にネギをマシた一人が、春賀のびしょ濡れの制服へ注視した時だった。


 ばっきゃーん! と破壊音がした。

 天井から突っ込んできたそれは、集会所内を縦横無尽に飛び回り、部屋の中を通り過ぎざまにぶっ壊して、最後には床に激突。

 さすがの老人たちも目を丸くし、皆の注目が集まる中、舞った土煙で人影が慌ただしく動いた。


「ここに見慣れない人がいるって聞いたんですけど!?」


 いきなり飛び出してきた少女が掛けていたゴーグルを外し、マッチョな老人の胸倉に掴みかかった。


「どこですか!? どこですかったらどこですか!?」


 ガクガクする。


「フィアーナ落ち着け!」

「話を聞いてここまでかっとんできたんですよ! これが落ち着いていられますか!」


 ガクガクガクガク!


「うわ! バリーが泡ふいちょる!」

「でえじょうぶか! 傷は浅いぞバリイイイイ―――――――――ッ!」


 引きはがされた。


「あら、お食事中でしたか。これは失礼しました」


 フィアーナと呼ばれた少女はころっと態度を変え、ぺこりと頭を下げた。

 ちゃっかりお櫃から茶碗にご飯をよそい始める。


「おめ、また勝手に……」

「集会場をまためちゃくちゃにしやがって! 弁償しろ!」

「あと、いい加減家賃払え! 払えんならあの家からさっさと出てけや!」

「おいしい!」


 まったく聞いてない。

 フィアーナという少女は周囲の猛抗議を毛ほども気にした様子もなく、図々しくネギご飯をガツガツ食ってる。


「……ったく。そんれにしても耳が早いがやおめえ」

「こんな田舎じゃ噂が流れるのなんてあっという間ですよ。おかわり」

「ちっとは遠慮せぇ。あと家賃払え」

「それでその人はどこですか? もぐもぐ」


 フィアーナのマイペースさに、呆れ果てる老人たち。

 今の寸劇を椅子からひっくり返って見ていた春賀。

 ただでさえわけがわからなかった状況に、また別のわけわからないが降ってきて、もう茫然とするしかない。

 そんな彼に、老人たちが持っていた匙の先が一斉に向いた


 そして、フィアーナの琥珀色の瞳と目が合った。


「ど、どうも……」

「…………………」


 じー………。


 黙ったまま見てくる。


「もぐもぐ」


 まだ食ってる。


「……………よかった」


 フィアーナは口の物をごくんと呑み込んだ。

「ごちそうさまでした」と茶碗を置き、行儀よく手を合わせると、小脇に抱えていた箒を持って春賀の前にやってくる。


 そのいで立ちは白いローブの下に航空服っぽい服を着こみ、首からはゴーグルをぶら下げていた。

 なんというか、一風変わった魔法使いみたいだった。


「初めまして。私は天才巨乳美少女魔法使いのフィアーナと申します」

「……………え?」


 聞き間違いだろうか。

 今の自己紹介に、まさしく〝それ〟が含まれていたような。


「地球世界の救世主様。ようこそネイバース世界へ」


 フィアーナはにっこり笑顔でそう言った。

 ほっぺにネギの切れ端がはっついていた。




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