第81話



◇◇◇◇◇◇◇◇






 そして、季節はまた過ぎ。

 二月もあっという間に明け、三月になり、ことりと再会して約半年。

 付き合い始めてからはまだまだ数か月と恋人同士としてはそう長くはない、むしろ短い期間なのだがそれでもやっぱり時間が過ぎたんだなと感心してしまう。


 考えてみれば高校生の頃の方がもっと長く付き合っていると言われたらそれまでなんだけど、ひとまずはこうやって平和に一日を終えられたことを感謝したい。


 ともかく、三月がやってきたということは俺の直属の部下になっていた芹沢が昨日インターン期間を終えて大学に帰ったのだ。


 出会った当初は仕事以外では俺に悪態ついてばかりで、貶したりなんだと色々と面倒を見るのが辛かったのだが最後の一週間はやけに優しかった。


 優しい、というよりかは大人しかった?

 やたらことりとの仲を心配したり、


『ことり先輩はこういうものが好きだから買ってあげてください』だとか。


『ことり先輩、この前このスイーツ食べたがってました』だとか。


 心配というか、アドバイスというか、ぐいぐいと俺の背中を押すようなことをしてくれていた。


 最初の「渡しません」と言わんばかりの反抗的な目つきとは打って変って、あれやこれやと押しまくる姿に正直驚いた。


 ただ、とはいえ。

 そういう行動をしてくれているということはことりの方が頑張ってくれた証拠で、今回ばかりは俺の出る幕はなかったというわけだ。




 そうして、三月上旬の今日。

 一週間の仕事も終わり、そして昨日芹沢とも別れた後。

 先に家で待っていたことりをテーブルの向かい側に座らせて、一つの封筒を取り出した。


「哉先輩、それは?」


 ことりはキョトンとした顔で不思議そうに見つめてくる。

 反応を見るに知らないし、聞いてはいないということだろう。


「芹沢さんからもらったんだよ」

「え、楓ちゃんが⁉」

「やっぱり、聞いてなかったんだな」

「聞いてなかったっていうか……あの子、さては内緒にしていたなぁ~~もぅ」


 悔しそうに拳を噛みしめる彼女。

 これまでも数回あったけど、ことりも先輩なんだなと感じる。俺相手の後輩モードの時でも面倒見がいいんだから、先輩になったらそりゃもう限界突破に違いない。


 そういえば、久遠もママがなんだとか。

 三澄さんも面倒見よさそうだもんな。


「先輩~~。何考えてるんですか?」

「ふぇ、あっ――なんでもない」

「むぅ。なんだか、いやらしい顔してましたけど?」

「してないしてない! 絶対」


 危ないところだった。

 むしろ俺がそういういやらしい考えをするのはことりだけだ。

 

 —―まだ、ことりと致したことないんだけど。


「まぁいいですけど……。それで封筒の中身はなんですか?」

「中身は分からないっていうか、まだ見てないかな」


 それも、別れ際に渡されたからバックに入れっぱなしだったとかは言えない。

 というのもインターンに関する経費の兼ね合いで経理部と色々連絡とっていたから忘れていたわけで許してほしい。


「それなら早速開けましょう! 薄いですけど、何が入ってるんですかね?」

「グイグイ来るね、先輩さん」

「だって、可愛い後輩の贈り物だし」

「いや~~別に誰もことりへの贈り物だとは言ってないけどね?」

「楓ちゃんが哉先輩のみにプレゼントなんてしませんよ」

「一応、一か月よくしてやった気がするんだけど……それは傷つく」


 労働時間外にも世話までして、質問にはすべて答えたり、当初のインターン内容にないことも経験させて、それで高いご飯まで奢って。


 言い方は悪いかもしれないけど、異性を落とすときよりも頑張ってるくらい優遇してるかもしれない。


 でも、それもすべて彼女が優秀で会社の方針でほしいからっていう理由もあるけど、俺としてもせっかく来てもらったんだから良くしたいと頑張ったつもりだ。


 勿論、見返りが欲しいわけでもないが。


「まぁ、普通はもらえないし。もらえただけで嬉しいよな」

「そうですね。というか、普通のインターンとは状況が違うっていうのもある気がしますけど?」

「確かにっ」


 彼女の後輩。

 それも彼女のことが好きな後輩で、インターンに来た理由の一つに彼氏の男を見定めること、いや奪うこと――だったんだし。


 今考えると怪しからんすぎる理由だ。


「と、に、か、く! 早く開けてみてください!」

「お、おうっ」


 そうして、今にもテーブルに乗り出そうとしてくることりを前に俺ははさみで切り口を作り、中身を取り出した。


「お、お……ぉぅ?」


 すると、目の前から向けられたキラキラとした眼差しが不思議そうなものへと変わっていく。


 開けて、取り出した中身。

 勿論、俺をそれを見て、あれっとなった。


「これ」

「えっと」


 封筒を前に、今一度彼女を見つめる。

 目が合い、静寂が訪れたかと思うと肩がピクリと動いた。


「—―ぷっ」

「っちょ」


 その封筒の中に入っていた中身は見覚えのあるもので。





「な、なんで……お、おかし」

「……あ、あいつ」



 つい先日。

 俺が母親からもらった温泉チケットそのものだった。





『さっさと、卒業してください』


 

 そんなおかしなメモがくっついたチケットだったのだ。



 




 

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