第39話
◇◇◇◇
そして、翌日。
あっという間に夜が来た。
大晦日と言えば、俺的には毎年どうするか迷う日でもある。夜は某音楽番組だったり、初詣に行くなんていうこともあるのだが、やはり昼間はどうするべきか迷ってしまう。
なんとなくでできなかった大掃除をしつつ、クローゼットの中から出てきた卒業アルバムを見ていたら小一時間経ち。
あるあるというか、なんていうか。
色々と思い出深かった高校生の頃の歴史はあんな一冊で終わるほど浅くはないなと理解できたのはいい事だったのだろう。
俺と栗花落が一緒の学年だったら、もっと沢山のいい思い出があるだろうにとさえ思ってしまって。
その胸の痛みがなんというか、どこかもどかしくて感じて。
でも、今の俺には――彼女がいるという奇跡。
もう離せるわけなんかなかった。
「……っ」
卒業アルバムの最後の白紙のページ。
いわゆる、友たちとの別れを惜しむ寄せ書きページ。
そこの見開きを眺め、懐かしい名前と字面に笑みを溢しつつも……隅っこに書かれてあった小さく綺麗な彼女らしい字に目が留まった。
アルバムが配られたのは卒業前の二月。
とっくのとうに別れていたはずだったのに、あるはずもないであろう言葉が書かれてあった。
『受験頑張ってください』
簡素で、何もない、その字。
今なら分かる。
当時、一週間ほどこのアルバムを外のロッカーに入れていた時期に書かれてあった謎の文字だ。
誰の字かわからず仕舞いで、どうせ誰かが名前を忘れて書いたんだろうと決めつけていたがそれが今になって分かるだなんて思ってもいなかった。
紛れもない、栗花落の字。
丸っこくて、小さくて、それでいて美しい華麗な文字で書かれてあった一言。
なんて、すれ違っていたんだろうか俺たちは。
「—―っもう。二十二時半か、よし」
ぱたりと閉じて、そしてもう一度クローゼットの奥へとアルバムを押し込み、上着を羽織る。
新年まで残り一時間半。
今年最後のデートが幕を開けた。
◇◇◇◇
家から数十分。
地下鉄もバスも、そして車も少なめの雪降る夜道を早足で歩いてやってきたのは待ち合わせ場所の北海道神宮の第二鳥居。
宮の沢通りから抜けて、左に曲がると見えてくるかなり大きな鳥居。まだまだ年越しまで一時間もあるというのに初詣にやってきたであろう人はかなりの数だった。
「っふぅ」
ただ、その喧騒も様子もかれこれ何年間も見てきたもので見慣れているが今日は少し胸のざわめきが違っていた。
理由は言わずもがな、栗花落のことだ。
ただ一緒に初詣に行くだけでも、緊張するだろうに今日は着物を着てくると言っていた。
始めて見る栗花落の着物姿に胸がバクバクと鼓動を鳴らし、うるさいくらいだった。
「まだ、いないか」
待ち合わせしていた時間まではあと十分ほど余裕があるためか、栗花落の姿は見えない。
やはり、慣れない着物姿だろうか時間がかかるのだろう。
実際、車で迎えに行くのも手かなと考えたのだが、それは栗花落のほうから断られた。
言われてみれば、今日の神宮周辺の駐車場はあまりあてにはならない。市内から一気に人が集まる手前、満車になっていることも多いし。
それ故に違法駐車の取り締まりのための警察官も多く循環している。それに、極めつけには見せるなら鳥居の前がいいからと言ってきて俺は何も言えなかった。
それほど気合を入れてくれているのかと思うと、余計に緊張してきて寒さではないおかしな震えが止まらない。
不安や期待、そして緊張。
頭の中を埋め尽くす様々なものから目を逸らすために目を瞑り、空気を吸って吐いて専念しているとすぐだった。
「—―先輩っ」
がやがやとした喧騒の中、まるで俺の耳へ一直線と言わんばかりに聞こえてきた馴染のある透き通った声。
それに胸が跳ねて、顔をあげるとそこにいたのは――――まるで、お姫様だった。
薄暗い、街頭だけのこの場所でも輝きを見せるその姿。
淡い水色の花柄に碧色のアシンメトリーな柄の入った帯に、紺色のシンプルな帯締め。ひょんと出たおはしょりに、前からでも少し見える蝶の羽のようなお太鼓。
その上から羽織る真っ白なショールに、首を包む藍色のマフラー。
亜栗色の長い髪の毛はまとめられていて、桃色の桜の簪が横から顔を出し。
言わずもがな、ほんのり頬を赤らめる栗花落の顔は一段と美しく、可愛らしいものだった。
今時の柄から、そして昔の形の組み合わせ。そのコンビネーション。
すべて、その一つ一つが意味を成し、俺の胸の内をくすぐるように刺激してくる。
まさに、現代に現れたお姫様。
昔とは趣味嗜好は違えども、こんな姿を見れば誰だって口を揃えるだろう。
「……綺麗ぃ」
重すぎる、それが故に解けて消えていく本当の意味での驚き。
透き通って、雪の降る大晦日の夜空に消えていく感想。
あまりにも綺麗すぎて、美しすぎて、俺にはこれ以上の言葉では表すことはできなかった。
語彙力の無さなのか、それともこの世界に表す語彙がないのか。
それすらも分からない栗花落の晴れ姿にしっかりと目を奪われていた。
周りの視線も感じる。
ここにいる他の誰よりも目立っていて美しい姿なら仕方がない。
そんな彼女を今、独り占めしていることに背徳感と共に罪悪感すら抱いてしまうくらいだった。
「っあ、ありがとうございます……でもそんなですよっ」
何せ、この照れる顔はかわいいと来た。
ギャップ萌えどころではないだろう。
大人びた顔から放たれるその表情はまさに、中学生のそれだった。
「いやいや、ほんとに。周りの人の視線感じるだろ」
「は、恥ずかしいので言わないでください。緊張で死にそうなんですからねっ」
颯爽と距離を詰め、意識させると小突いてくる彼女はいつもと変わらなかったが恥ずかしさのせいか、どこか拗らせている感が否めない。
なんとも、抱き着きたいと思わせる姿に俺は拳を握り締めた。
「まぁ、事実目立ってるし……目から鱗だよ」
「それ、使い方間違ってます。言うなら――目が点、とかですかね?」
「いやぁそれも、なんか違くないか……ほら、綺麗とかって意味でさ」
「そ、それなら……。立てば
「—―――自分で言うのか、それ」
いや、実際そうだけども。
とはいえ、自らをそこまで美しいと言えるのは凄まじいというか。
しかし、俺の一言で何を言ったのか気が付いたのか栗花落は口を手で隠し、顔をそっぽに向けた。
「忘れてくださいっ……本当に、恥ずかしいんですからねっ」
「自信ありげなこと言ったのにか?」
「うぅ……」
しょんぼりと頭を下げて、顔を隠し、俺に背を向ける。
さすがにいじめすぎたみたいだ。
「じょ、冗談だよ。俺にはそう映ってるから自信持ってくれ」
「お世辞うるさいです」
「お世辞じゃないって……あぁ、ほら、皆歩き出したし一緒に行くぞ?」
「ちょ、ちょっと待ってください」
全く持ってお世辞ではないのだが、あまり伝わっていないらしい。
俺が歩き始めようとすると、栗花落は半歩後ろから追いかけるように近づいてくる。
やがて追いつくと、さっきまで俯いていた顔も上がりぼそりと呟いた。
「もう、これで今年も最後ですね……」
「あぁ、早かったな」
「はい。色々ありましたね」
本当に色々あった。
色々あったのはよく考えてみれば本当に最近のことだったけど、それでもこの二か月間は凄まじく濃くて、意味のある期間だった。
栗花落に出会い、未練を晴らし、そして好きになって、今がある。
これからも、何より来年も二人でいろいろな思い出ができるのだろう。
愛華さんにあれだけ宣言したからには責任もある。
「栗花落、ありがとな」
「……私も、です」
感謝の意味を込めて、呟き、返事が返ってくる。
そして、俺たちの尊い年末と年越しまでのカウントダウンが始まった。
—―はずだった。
「—―おいおい、マジかよ」
「あの先輩、純玲があっちに……先輩?」
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