第八章 宣戦布告

 マナの一件を無事に解決してから一週間。一年生の各寮代表が一つの教室に集められた。

 順当じゅんとうな実力で代表を決めるならウォンが出るべきなのだが、同程度の実力を持ちながら参謀さんぼうでもあるウルカがドラグーン寮の代表として出席している。

 緊張した様子の部屋にいるのは、三人とも知らない生徒だ。

 以前特別授業において合同で活動したリヴァイア寮も、授業では見なかった青髪の女子生徒が代表として出席している。

 ウルカは授業で災害級魔物であるヤマタノオロチを討伐したダンテが代表だと予想していただけに、これは意外だった。

 その他のヘラクレス寮はガタイの良い男子生徒、オーディン寮は両耳がかくれた長髪の男子生徒だ。

 ピリピリとした雰囲気は長くは続かず、すぐに説明役らしいアステリア魔法学校現校長、シャンラ・ランパートが教室に入ってくる。

 中間試験も同じだったが、どうやら試験に関する説明はシャンラが担当するようだ。

 シャンラは四人を順番に見た後、おごそかに口を開く。


「全員揃っているな。これから、一学期期末試験に関する内容を説明する」


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 ウルカがドラグーン寮の談話室だんわしつに戻ると、同級生達が帰りを待っていた。

 談話室は確かに広いが、三十人全員が集まったのは、何気なにげに入学してから初めてかもしれない。

 少しずつ団結し始めている様子に微笑ほほえみを浮かべてから、ウルカはすぐに真剣な面持おももちで口を開いた。


「皆さん、お待たせいたしました。これから試験の内容をお伝えいたしますわ」


 ウルカを待っていた生徒達は、すでに覚悟かくごはできている。

 ここまでの授業や試験でも、常に命を落とす危険と接してきたのだ。今更どんな試験内容だとしても、おくすることはないだろう。


「試験の内容は一週間前の特別授業と同じ。フィールドに一体だけ存在している魔物を討伐した寮が勝利というものですわ」


 一週間前の特別授業で、ウルカ達ドラグーン寮はリヴァイア寮と競争で魔物を討伐した。結果としては負けてしまったが、状況次第で十分に勝負できることは予想できる。

 こぶしを胸の前で一つにしたアッシュが笑みを浮かべた。


「リベンジやな」

「そうですわ。ですが、魔物の討伐だけを目指せば良いというわけではありませんわ」

「それってどういうこと?」


 ホルンが問いかけると、ウルカは神妙しんみょうな表情で説明する。


「魔物は一体。以前のように二つの寮しか参加していなかったら勝敗が自然と決まる形になりますけど、今回は四つの寮がきそい合う形式ですから、討伐した寮以外の三つの寮の順位は、おそらく他の要素ようそで決まるということですわ」

「それは説明されなかったの?」

「残念ながら。ですが、推測することは容易よういですわ」


 ウルカは人差し指を立てる。


「一つ、魔物に与えたダメージの総量そうりょう


 次に中指も立てる。


「二つ、他の寮の生徒を倒した数」


 最後に薬指も立てた。


「三つ、それ以外の要素」


 考えられるのはそれしかないだろう。

 それぞれをウルカが解説する。


「まず一つ目ですが、これは特別授業での勝利条件を考えれば、まずあり得ないでしょう」


 特別授業では、魔物を討伐する過程での功績こうせき考慮こうりょせず、最後の一撃を与えた寮が勝利という勝利条件だった。

 この期末試験はおそらく特別授業にならった形になると推測されるので、一つ目の候補はない。


「次に二つ目。これも特別授業に倣えば排除されてしまいそうですが、特別授業ではここのルールは明確に示されてはいませんでした。可能性はあるでしょう。最後に三つ目ですが、これが一番可能性がありますわ。三つ目になってしまった場合には、私が対策をります」


 三つ目がおそらく最悪の結果だろう。

 その可能性をこの場にいる全員が恐れながらも、ウルカが補足ほそくした。


「まあでも、何かしら推測できる手掛てがかりはあるはずですから、残りの二日間でそれを見つけるしかないですわね」


 アステリア魔法学校は決して理不尽りふじんな試験を行いたいわけではない。必ず試験に関する手がかりがどこかにあるはずだ。

 それを見つけるのが、現在求められることだろう。

 ドラグーン寮の全員が納得し、この場はお開きとなった。

 談話室に残ったのはウォン、ホルン、ジャック、ウルカ。

 ウルカは深く息を吐きながらソファに腰掛こしかけると、先程よりもいくらか低い声で話しだした。


「困りましたわね、、」

「どうかしたのか?」


 明らかに疲れ果てた様子のウルカに、ジャックが問いかける。

 ウルカがここまで弱音よわねを吐くのは初めてのことだからだ。


「説明会で、他の寮の代表者と会いましたわ。お三方さんかたとも、私よりも強いように見えました。本当に、、私がドラグーン寮のリーダーでよろしいのでしょうか、、」


 それはウルカの本音ほんねだった。

 中間試験の時から状況を広く見る力や判断力にすぐれ、自然とみんなをまとめる立場になったウルカ。普段はみんなを不安にさせないために気丈きじょう振舞ふるまっているが、本当は自分がリーダーで良いのか、ずっと悩み続けている。


「ウォンさんの方が実力は上ですし、ジャックさんの方が度胸がありますし、ホルンさんの方が人望じんぼうがありますわ。アッシュさんやマナさんも、、」

「何言ってるんだ?」


 ジャックが平然と言う。


「俺達には試験の内容なんて理解できないだろ。どれだけ買いかぶってるんだ」


 ジャックの言葉に、ウォンとホルンが高速で頷く。

 他の寮のリーダーの実力がウルカよりも上ということは、当然ウォン達よりも実力は上だろう。そんな張り詰めた環境で正確に試験の内容を把握はあくするなんて、ウォン達にはできない。

 ウルカは数瞬固まってから、顔を一度叩いた。


「すみませんでした。私がこれでは、皆さんも弱気になってしまいますわよね」


 ソファから立ち上がる。


「私が、ドラグーン寮を勝利させますわ」


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 翌日、午前中最後の授業である魔法技術の授業を終え、昼休みに入ろうとしたウォン達だったが、いつもなら雑談で満たされる教室は静かなままだった。

 魔法技術の教師であるルカが教室から出ると同時に、すれ違うように二人の生徒が入ってくる。

 彼らのローブは青色。リヴァイア寮の生徒だ。

 青い髪をひざほどまで伸ばした女子生徒と、その隣にいるのは特別授業でジャックと共に行動したダンテ。

 アステリア魔法学校は寮ごとに競い合うことが日常だが、寮を超えて交友関係を持つことも珍しくない。

 別の寮の生徒が教室に来ても別におかしなわけではないが、今回に関しては明らかに穏やかな様子ではない。

 ウルカがいち早く前に出る。


「何か用ですの?その様子だと、ご友人と談笑だんしょうされるわけではないでしょう」

「ん~?残念ざんねんだけど、あなたには用ないの、ウルカ・ツヴァン」


 女子生徒は教室を見渡すと、一人の生徒を見つめて視線を止めた。


「やっほー、君がウォン・エスノーズだね」


 女子生徒はスキップしてウォンに近づくと、顔を近づけ、吸い込まれそうなほどの大きな青い瞳でウォンの顔をのぞき込んできた。

 何も魔法は使っていないはずなのに、本当に同じ人間なのか、女子生徒から違和感を感じ続ける。まるで魔法そのものと見つめ合っているような感覚。

 ウォンは数瞬唖然としたが、すぐに意識を取り戻す。


「誰?」

「ああごめんね。自己紹介がまだだった」


 女子生徒はウォンから顔を離すと、妖艶ようえんに笑う。


「私はリュウナ・キラ。君に宣戦せんせん布告ふこくする魔女だよ?」

「ど、どういうことですの!?」

「それは、僕から説明させてもらうよ」


 動揺どうようするウルカに、ダンテが名乗りを上げる。


「僕達リヴァイア寮は、二日後の一学期期末試験でウォン・エスノーズを倒す」

「ど、どうかしていますわ!試験は魔物の討伐が目標。あなた方のしようとしていることは、試験を放棄ほうきするということですのよ!?」


 ウルカがそう声を上げるのも当然だろう。

 リヴァイア寮は全戦力をもって、ウォンだけを単独集中狙いすると言うが、それは魔物の討伐を諦めるということだからだ。

 しかし、ウルカの指摘を聞いたリュウナは、相変わらず笑みを浮かべていた。


「やっぱり知らないんだ~」

「、、何がですか」

「今回の試験は、僕達リヴァイア寮がルールを作った、ということを」


 二人の口から語られたものは、その場にいたドラグーン寮の生徒全員を驚嘆きょうたんさせたが、なおも平然とリュウナは口を開く。


「アステリア魔法学校の試験は、前回の試験で一位だった寮が決定する権利を持ってるんだよ?」

「ですが、、、中間試験は完全に破綻はたんしていた、、!結果は出るはずがありませんわ!」


 ウルカが混乱してしまうのも無理はないだろう。

 一か月ほど前に行われた一学期中間試験は四年生の勝敗を予想する物だったが、渡竜わたりりゅうクルーシャードの乱入によって、完全に試験がこわれてしまった。あれほどの負傷者が出たのに、試験の結果が出ているはずがない、そう思っていたのだが。


「それがね。ちゃんと中間試験の結果は出てるんだよ」


 リュウナの言葉で、ダンテがローブから取り出したのは、一つの結晶けっしょうだった。

 結晶に魔力を流しだすと、何かの文字が空中に表示される。


「これが中間試験の結果。元々のルールからは変更されて、『何人の負傷者を出したか』で勝敗が決められている。そして、これを見れば僕達が一位だったってことはわかるんじゃないかな」


 ダンテが言うように、各寮の名前の横に何かの数字が浮かんでいる。

 下から順番に、ヘラクレス寮二十人、オーディン寮十七人、ドラグーン寮九人。

 さらに視線を上へ滑らせていくと、信じられない結果を目の当たりにする。


「り、リヴァイア寮、、。ゼロ人、、、!?」

「そういうこと。私が一人で全員守ったからね~」


 平然と言って見せるリュウナだが、未だにウルカを含めたドラグーン寮の生徒達は信じることが出来ない。

 クルーシャードの魔法は非常に強力で、ウルカ達が積極的に動いても、数人の負傷者を出してしまったというのに、リュウナは一人で三十人全員を守り切ったのだから。

 とはいえ、これが事実なのは間違いないだろう。

 信じなくてはならない。

 しかし、ウルカは何も言葉を放つことができないでいる。

 そんなウルカを見かねた男子生徒が二人。


「おたくらがエグイんは分かったけど、そんだけで勝てるって思っちゅうん?」

「勝てるよ。だって私に勝てる人なんていないんだから」


 アッシュが威圧いあつするが、リュウナは不敵ふてきな笑みを浮かべるだけだ。

 その間にジャックがウルカの肩を叩く。

 ようやく顔を上げたウルカは、今にも崩れそうな様子だ。


「お前がリーダーだ。俺達の気持ちを、お前がぶつけろ」

「ジャックさん、、」


 リーダーとは、全員を代表する者。

 今ここで何も言えずにうつむいているのがリーダーなら、きっとその者を信じている全員は、常に俯いていることだろう。

 だからウルカは前を向くのだ。


「いいですわ。私達ドラグーン寮は、あなた達リヴァイア寮の宣戦布告を受け入れたうえで、、、」


 ウルカはリュウナの目を真っすぐに見つめる。


「そのことごとくを打ち破りますわ!」


 ウルカの発言をよく思わなかったリュウナが、初めて眉をピクリをふるわせた。


「後悔しても、知らないから」


 リュウナはそれだけ言い残すと、きびすを返して教室から出て行った。

 ようやく緊張状態が解け、ウルカが胸をで下ろすと、教室全体から彼女に対する賞賛の拍手はくしゅが浴びせられる。


「え、、」

「いやぁ、見事やったで」

「ああ。よくやった」


 助けに来てくれた二人がそう言うので、ウルカのまぶたが思わず緩んでしまいそうになるのだが、ここで緩みを見せるわけにはいかない。

 ウルカは拍手を正面から受け止めつつ、全員に告げた。


「私達は勝ちますわ!」


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「宣戦布告、か」


 放課後になり、ウォンはいつも通りギランに魔法を教わりに来ていた。

 ウォンが宣戦布告されたことを伝えると、ギランはどこか懐かしそうに視線を空中に投げる。


「俺も一年生の頃は宣戦布告されたことがあったな」


 ウォンはそれ自体にとても驚いてしまう。

 ギランは並みの生徒よりは格段にレベルが高い。冷静に勝利できるビジョンが浮かばないような相手に勝負を挑むなんて、無謀むぼうも良いところだ。

 だが、ギランにとって昔の記憶は大切なものだ。

 最も長い時間を共有している生徒会メンバーと出会ったのもそうだが、周りの同級生達と共に肩を並べて歩けていたのが、今では考えられないから。


「それで、策はあるのか?」

「ない」

「それを堂々と言うな」


 ウォンは作戦を立てたりするのが、単純に苦手だ。だからこそウルカに普段からその手の役割は任せているのだが、ギランが呆れてしまうのも無理はない。


「はぁ、良い意味でいさぎいいけどな」

「そこが売り」

「もう突っ込まないからな、、。まあ、そろそろ頃合ころあいだと思っていたんだ」

「何の?」


 ウォンが首を傾げると、ギランは厳かに口を開く。


必殺ひっさつ魔法だ」


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 アステリア魔法学校の図書室は、国の図書館よりも知識がそろっていると言われているほど、蔵書ぞうしょ豊富ほうふだ。

 司書が厳しいことで有名で、館内に入ると司書の魔法がかけられる。

 くわしい原理は誰も知らないのだが、距離が近い者同士でしか会話が出来ず、周りに声が聞こえないようになるらしい。

 その静かすぎる空間は、試験前には特に人気になる。

 ウルカはある人を探して、図書室に来ていた。

 その人はツヴァン家と昔から交流のある家の出身で、ウルカが手放しに信頼できる魔法使いの一人だ。

 すると、図書館の高い天井てんじょう付近に浮かんで、魔法書を読んでいる魔女が居る。

 彼女こそが、ウルカの探していた相手だ。

 魔女は視線を感じ取ったのか、ウルカを見つけ、床に降りてくる。

 低い位置で金髪を二つ結びにしている彼女は口を開いた。


「久しぶりなのです。ウルカ」

「お久しぶりですわ、エリューカさん」


 エリューカ・ポロフ。ウルカと同じドラグーン寮の三年生で、生徒会に所属している、本物の実力者だ。

 ウルカはエリューカと昔から交流があり、よく魔法を教えてもらったり、相談に乗ってもらったりしていた。

 今日もそのたぐいだ。


「本日は少し相談がございます」

「懐かしいのです。ここ数年はあまり実家に帰れていませんでしたから。場所を変えてもいいですの?」

「はい。その方が良いと思いますわ」


 エリューカは図書室のカウンターに座っている魔法使いに近づくと、彼に声をかけた。


「すみません、司書室を使わせていただいてもよろしいですの?」

「、、エリューカ・ポロフと、ウルカ・ツヴァンか。いいだろう。入れ」


 ウルカとエリューカは一度礼をしてから、カウンター後ろの部屋に入った。

 ここなら万が一にも他の一年生に聞かれることはないだろう。


「それで、相談というのは何ですの?」

「実は、期末試験のことで。リヴァイア寮から宣戦布告されたのですわ」

「なるほど。確か、リヴァイア寮が中間試験は一位。辻褄つじつまは合うのです」


 流石のエリューカ。しっかりとアステリア魔法学校の試験のルールと、中間試験の結果を知っていたようだ。


「ですが、少し通常とは状況が異なりますわ」


 今回の宣戦布告はドラグーン寮全体に向けたものではない。ウォン・エスノーズという一人の魔法使いに対するものだ。

 それを聞いたエリューカは、驚くでもなく笑みをこぼす。

 ウルカは思わず首を傾げた。


「どうかなさいましたか?」

「ふふふ。いいえ、失礼したのです。少し懐かしくなってしまったのです。私の友人も、昔宣戦布告されたことがあったのです」


 ウルカはそれが誰なのかわからなかったが、とにかくチャンスだと思って聞いた。


「その時は、どうしたのですか?」

「ふふ、簡単なことなのですよ。全員倒せば解決なのです」


 エリューカは笑って言って見せるが、ウルカは唖然として口をポカンと開けているだけだ。

 だってそれは、たった一人で三十人を倒したということなのだから。

 笑っていたエリューカだったが、ウルカの様子を見て優しい微笑みの表情に変わる。


「とはいえ、それはとても危険なことですの。ウルカならきっと、その選択肢は取らないですのよね」


 すると、二人を取り囲むようにいくつもの光が舞い始めた。


「一人で戦う必要なんてないのです。みんなで、支えてあげてほしいのです」


 ウルカはようやく柔らかく微笑むことが出来た。

 この人は昔から何も変わらず、ウルカに光を見せてくれるのだと。


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 ジャックが放課後に向かったのは、第二競技場だった。

 ここに来たのは、ここから目的の人物の音が聞こえたからだ。

 ジャックが第二競技場に入ると、そこにはグランが一人でたたずんでいる。

 グランは振り返って姿を確認するでもなく、ジャックに話しかけてきた。


「待っていたよ」

「どうして俺が来ると?」

「魔法使いが力を求めている時の顔をしていたからね」


 グランは多くの生徒を同時に指導しているはずだが、一人ひとりに必要以上に気をかけている。

 グランの言う通り、ジャックは一週間前の特別授業と今日の宣戦布告によって、力を求めていた。

 特別授業ではリヴァイア寮のダンテと行動を共にしていたが、最後まで彼のそこを見ることができなかった。ジャックは今できる最大の二重ダブル詠唱キャストまで見せたというのに、だ。

 特にヤマタノオロチを討伐した最後の魔法は、ジャックの目を以てしても観測することができなかった。

 そんなダンテよりも強いらしいリュウナという魔女の出現。

 あせるなと言う方が無理だろう。

 彼らのような純粋じゅんすいに強い魔法使いに勝つには、今のジャックを変える必要がある。

 だからこそ、ジャックはグランに頼ることにしたのだ。


「俺は、今のままではダメだ。周りは俺を置いて確実に前に進んでいるのに、俺はずっと足踏あしぶみしてる、、。俺をここまで導いてくれた魔法体質を言い訳にして、、ずっと。これじゃあ、俺をさげすんでいたあいつらの思い通りだ。俺は強くならないといけない、、」


 それはジャックの心からの言葉。

 魔力が圧倒的に少なく、運動神経や五感ごかんを強化されるジャックの魔法体質は、魔法使いとしては異端いたんだ。

 両親はジャックを見捨てたし、今でこそ受け入れられているが、きっと周りの生徒もジャックのことを良く思ってはいないだろう。

 それを跳ね返すように魔法使いになったジャックだが、いつの間にかその魔法体質を言い訳に、自分が変わることをあきらめていた。

 弱いことを、当たり前にしていた。

 グランは真剣な面持ちのまま、ジャックに言う。


「君が進もうとしているのは修羅しゅらの道だ。魔法使いの価値を決めるのは、何も強さだけじゃない。それに、偉大いだいな魔法使いは、強さだけがあるわけではない。それでも君は力だけを望むのかい?」


 偉大な魔法使いというのは、魔法と真剣に向き合って、その真価を発揮した魔法使いだ。ジャックが望むものじゃない。

 ジャックが望むのは、自分の存在を認めてもらうこと。

 魔法が使えないジャックを認めてもらうには、力しかないのだ。


「俺が目指す景色までの道なら、修羅でもなんでも通ってやる。偉大な魔法使いにもならなくていい。俺を認めてくれるなら」

「そうか。なら、僕は協力は惜しまないよ」


 生徒が自分を変えようとして、頼ってくれているのだ。

 グランに断る理由はない。


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 消灯時間ギリギリの空き教室に、それぞれローブの色が違う三人の生徒が集まっていた。

 その中の一人はリヴァイア寮のリュウナ。

 彼女が残りの二人を集めたのだ。


「来てくれてありがとね、アルファルドくん、バスタードくん」


 アルファルドと呼ばれた白いローブに身を包んだ長髪の男子生徒が、厳しい口調で言う。


「このような時間に呼び出すなど、非常識だ。私はオーディン寮の代表として、学校の規則を守らねばならない」

「それは今問題じゃねぇだろ。お前だってそれを了承りょうしょうしてここに来てるはずだ」

「暑苦しいな。これだからヘラクレス寮は」

「は?この前の特別授業で俺らに負けたのは誰だよ」


 アルファルドとバチバチに火花を散らしているのは、バスタードと呼ばれた緑色のローブの男子生徒。

 二人の様子にため息をついたリュウナが止めに入る。


「はいはーい。いいから、さっさと説明して良い?」


 リュウナが威圧いあつしながらそう言うと、二人は思わず口を閉じる。

 この中ではリュウナが圧倒的に格上かくうえ。リュウナの威圧には負けざるを得ない。


「私達はドラグーン寮のウォン・エスノーズくんに宣戦布告したの」

「それはどういう意味がある?今回の試験を捨てるということか?」

「そうじゃねぇだろ。今回の試験はリヴァイア寮が内容を決めてるらしいからな。何かしら仕掛しかけがあんだろ」


 バスタードは一見してバカそうに見えるが、流石にヘラクレス寮をひきいるリーダー。頭の回転は悪くないようだ。


「バスタードくんの言う通りだよ。今回の試験はね、、」


 リュウナが試験について説明すると、アルファルドがため息をついた。


「、、まさかそんなことを考え付くとは、、。悪魔のようだ」

「それは同感だな。で、俺達はそれを手伝えってことかよ」

「察しが良くて助かるね~。ってことで、よろしく」


 リュウナはそれだけ言って、教室から出て行った。


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 消灯時間ギリギリでドラグーン寮の談話室に帰ってきたのは、へとへとになったホルンだった。


「ふぅ、ギリギリセーフ、、」

「あれ、ホルンちゃん。こんな時間まで外居たん?」


 そう声をかけたのは、入浴にゅうよく後らしいアッシュだった。

 一応入浴時間は学年で区切られてはいるのだが、入り遅れても十一時から十二時の間に入ることができる。

 ホルンも当然これから入浴する予定だ。


「ちょっとね」

「当てたろか?魔法の練習しとったんやろ?」

「ぎくっ、、なんで分かったの?」


 ホルンは放課後になってから魔法の練習を一人で黙々もくもくとやっていた。

 それを一発で当てて見せたアッシュが、ニカっと笑う。


「だって僕もそうやったからな。なんとなくや」

「え、アッシュくんも?」

「せや。ウォン君だけに背負せおわせるわけにはいかんからな」


 アッシュの言葉に、ホルンは暖かい微笑みを浮かべた。


「やっぱり、そう思っちゃうよね」

「そやで。これでも、力になれるかは分からへんけどな」


 ホルン達が相手にするのは、現時点で一年生最強のリヴァイア寮。特別授業でも負けてしまったのに、さらに強いリュウナまで現れた。

 アッシュやホルンが少し練習したところで勝てるような相手ではないだろう。

 ホルンは微笑みを崩さずに、それでもどこか危うさを感じさせる。


「そうだよね、、。でも、頑張らなかったらきっと後悔する。」

「そうやな。いくらはじかいてもええわ。必死に生きな、ウォン君達とは一緒にれん」


 無意味だったとしても、立ち止まっては居られない。

 その無意味を積み重ねて、いつか意味のあるものへ昇華しょうかさせる。それが魔法使いだ。


「お互い、がんばろや」

「うん」


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 ドラグーン寮一年生の寝室。

 就寝前のウォンに声をかけてきたのは、レンだった。

 レンとは特別授業で共に行動し、それからたまに話すようになった。

 ウォンは底無そこなしに明るくて気をつかえるレンのことを、意外と気に入っているのだ。


「なあウォン。魔法の練習したいんだけど、どうすればいい?」


 そう聞かれるが、ウォンは返答に困ってしまう。

 レンの魔法は非常に強力で、純粋な魔法力だけならウォンとも並ぶだろう。

 そんなレンに必要な練習は、すぐにポンと出せるものではない。

 考えているウォンを、レンは急かしたりはしない。

 この一週間でウォンと接してきて、真剣に考えてくれていることは、もう分かっているからだ。

 少し考えてから、ウォンは言葉をつむぎだした。


「一つだけあるけど、、」

「けど?」

「大変」


 ウォンが今からレンに提案しようとしているのは、レンにとってかなり大変な練習方法だ。

 だが、魔法使いが魔法をうまく扱うために必ず必要になるものだ。

 ウォンもこれを死ぬほど積み重ねてきた。


「魔法をずっと使う」


 それは文字通り、魔法を魔力切れギリギリまで永遠に解除しないというものだ。

 これをすれば、まるで呼吸こきゅうをするように魔法を使い、手足のように魔法を操作することができる。

 レンは驚きを顔に浮かべた。


「でもまた暴走したら、、」


 レンは特別授業でも魔法を使用して、魔法を暴走させてしまった。レンはきっとそれを不安に感じているのだろうが、だからこそウォンに聞いてきてくれたはずだ。


「最初はそう」

「え?ウォンも?」

「うん」


 ウォンも魔法を練習している時、幾度いくどとなく不安になった。

 幾度となく不安になって、幾度となく練習して、幾度となく失敗して、そして今がある。


「大丈夫」


 ウォンが言えるのはそれだけだ。

 レンは息を飲みこみ、深く頷いた。


「わかった。お前を信じるぜ」


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 翌日の放課後。ギランとの魔法の練習を終え、ウォンとレンは校舎から少しだけ離れた空き地に来ていた。

 ここなら多少は暴走しても大丈夫だろう。

 レンは不安げな目でウォンを見る。

 ウォンは静かに頷いて見せると、ためらいつつも、レンもゆっくりと頷いた。

 目を一度閉じ、レンは静かに息を吐く。

 右手を目の前に伸ばし、全神経をそこに集中させた。


磁力じりょく


 地面から大量の砂鉄さてつが舞い上がると、それは以前と違って勝手に動いたりはしない。

 完全にレンの手中に収まっている。

 それを十分ほどそのままにしてから、ウォンはレンに次の指示を与えた。


「動かしてみて」

「あ、ああ」


 レンは砂鉄のかたまりを散らばせ、うずのようにして空へ舞い上がらせていく。

 特別授業でも見せたこの使い方だが、今回はその時と違って、永遠に伸びていくようなことはない。

 ある程度の高さで伸びを停止させ、それを維持している。

 確実にレンのレベルは上がっているのだ。

 ウォンは口許くちもとを緩める。


「なんだろあれ」


 そう言って、セシリアと二人で談話室に向かっていたマナが指を指したのは、空高くに伸びている黒い渦だった。

 マナは確かにそれを知らないが、セシリアはそれを知っている。


「もしかして、レン君!?」


 セシリアとマナが走って渦に近づいていくと、そのふもとには真剣な表情で右手を伸ばすレンと、それを見守るウォンがいた。

 マナは呆気にとられているが、セシリアは違う。

 両手を胸の前に置くと、笑みを浮かべた。


「そっか。頑張ってるんだよね」

「セシリア。あれって、止めなくていいの?」


 マナは魔力暴走を疑っているのだが、そんなマナをセシリアがなだめる。


「ううん。大丈夫」


 どこか自分の子供を見守るようなセシリアに呆れつつ、マナはウォンの元へ向かった。


「ウォンくん。何してるの?」

「特訓」


 レンはもはや何かに乱されることはないだろう。

 マナとウォンが会話していても、魔力の流れを途切れさせるようなことは決してない。

 どこか覇気はきまとっているレンに、マナは息を飲む。


「これって、、」

「レンの力」


 レンの魔法はやはり強力だ。

 ポテンシャルはウォンやウルカよりはるかに高いだろう。

 すると、マナはウォンに微笑んで言う。


「、、ねえウォンくん。みんなが今、一生懸命練習してるの知ってる?」

「、、?なんで?」

鈍感どんかんなウォンくんには教えな~い。明日の試験で分かるんじゃないかな」


 どこか含みを持たせるマナに、ウォンはただ首を傾げる。

 マナはウォンの肩に手を置くと、人差し指を伸ばして頬を突いた。


「私も頑張るね。ウォンくん」


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 リヴァイア寮の談話室に広がる水面の上で、リュウナは一人立っていた。

 ダンテがリュウナに近づく。


「寝ないの?」

「ダンテくんこそ、もう消灯時間過ぎてるよ?」


 普段から攻撃的な面を出しているリュウナだが、よくこうして一人黄昏ることがある。

 もしこれがダンテ以外だったなら普段のリュウナに戻っただろうが、ダンテ相手なので戻ってはいない。

 ダンテがリュウナの隣に立つと、リュウナはその場に膝を抱えて座り込んだ。


「ダンテくん、、。私、勝てるかな」


 それは普段のリュウナからは想像もできない言葉だが、ダンテはこういう言葉を聞いたのは初めてではなかった。

 ダンテは同じようにリュウナの隣に座る。


「リュウナで勝てないなら、他の誰にも勝てないよ」


 リュウナは一般家庭出身ではあるが、圧倒的な魔法の才能を持っている。それこそ歴史に名を残せるほどの。

 ダンテは入学してすぐに、リュウナの実力を目の当たりにして驚いた。

 まだ技術は幼いが、その魔法力は他の誰よりも優れている。

 そんなリュウナで勝てなければ、他の誰にも勝てない。それはただの事実だ。


「そう、、だよね」


 リュウナは拳をダンテに差し出す。


「頼りにしてるよ。相棒あいぼう


 ダンテも同じように拳を差し出す。


「うん。相棒」


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 翌日。一年生は全員、駅に集められていた。

 期末試験の会場として用意された、特別な魔法陣まほうじんがあるらしい。

 一年生百二十人の前に現れたのは、中間試験の時と同じくアステリア魔法学校現校長の、シャンラだった。

 ここまではもう予想出来ていたことなのだが、彼女の口から出た言葉に、ドラグーン寮の生徒達は驚く。


「皆にはすでに代表の生徒から内容が伝えられていると思うが、ここで追加のルールを説明する。今回の試験は魔物の討伐とうばつを競ってもらうものだが、それ以外にも討伐対象がいる。各寮には残りの一年生九十人から、一人だけ討伐対象を選んでもらう。魔物、もしくは指定した生徒を討伐した順番で順位をつける」


 つまり、リヴァイア寮からの宣戦布告が正当化されるということだ。

 ウォンを狙うという内容の宣戦布告は一見して試験を放棄したように見えたが、リヴァイア寮がウォンを指定した場合、三十人でウォンを集中砲火するだけで勝利してしまう。


「リュウナさんが自信満々だったわけですわね」


 ウルカもようやくに落ちたようだが、その表情に焦りはない。

 既に覚悟できていたことだ。


「それでは各寮、指定された魔法陣に入り給え」


 シャンラの指示で、ドラグーン寮の生徒達は赤い魔法陣に入っていった。

 転送先は特別試験のような山ではないが、草木くさきが十分にしげった森の中だった。

 今回は三十人全員が同じ場所に転送されたようで、ウルカがその中心に立つ。


「各寮、五分以内に討伐対象の生徒を指定しろ」


 シャンラの声が森に響き、ウルカが口を開く。


「リヴァイア寮は間違いなくウォンさんを指定してくるでしょう。私達はリヴァイア寮と正面からぶつかるわけですから、リヴァイア寮の生徒を指定するのが堅実けんじつでしょうね」

「やけど、僕らが知っちゅうリヴァイア寮の子って、誰が居るん?」


 アッシュの懸念けねんもっともなものだ。

 寮を超えた交流もあるアステリア魔法学校だが、未だにリヴァイア寮と交流がある生徒はいない。

 おそらくリュウナやダンテが指示していることなのだろうが、まさかここに響いてくるとは。


「そうですわね。私達の選択肢せんたくしはリュウナさんかダンテさんか、この二人しかないですわね」


 ウルカがそう言うが、ダンテはその高い実力を知っているし、リュウナはその実力のあるダンテよりも強いと来た。

 どちらを指定しても、討伐するのは至難の業だろう。

 そこで声を上げたのは、ジャックだった。


「ちょっと待ってくれ。俺はもう一人知ってる」


 ジャックは特別授業でダンテが呼んだその名前をおぼえていた。


「アンナ・フローゼル。少なくともその二人よりは討伐しやすいはずだ」


 アンナという生徒は、ドラグーン寮の魔法からダンテを助けた女子生徒のことだ。

 ウルカはジャックの言葉に頷く。


「確かに、その方が勝算しょうさんはありますわね、、。決めましたわ。アンナ・フローゼルを指定いたします」


 ウルカがそう宣言した瞬間、シャンラの声が再び響き始めた。


「現在を以て各寮の回答が集まった。十秒後、試験を開始する」


 どうやらドラグーン寮が最後に生徒を指定したようだ。

 つまり、他の三つの寮は事前にこのルールを知っていた可能性が高いだろう。

 その結論にたどり着いたウルカが作戦を組み立てる。


「おそらく、他の三つの寮は事前に話をつけていますわね。まだ私達の位置は分かっていないはずですから、すぐには包囲ほういされないはずですけど、それにしても早急さっきゅうな対応が求められますわね」


 他の三つの寮が指定したのが誰かは分からないが、少なくともドラグーン寮の生徒であることは間違いないだろう。

 リスクが少なく勝利へ近づけるのだから、この話に乗らない理由がない。

 ドラグーン寮が勝つことを考えれば、一人も脱落させるわけにはいかない。


「これからドラグーン寮を三つに分けますわ。ウォンさん、私、アッシュさんの三人がリーダーとなって、それぞれで行動してもらいますわ」

「なるほどな。姿消してってことやんな」

「その通りですわ。ウォンさんとアッシュさんの班は、お二人の魔法で姿を消しながら移動し、魔物の討伐を目指していただきます。ですが、私の班は姿を常にさらした状態、つまりはおとり役になってしまいますわ。それを考慮こうりょしたうえで、皆さん誰についていくかを決めてください」


 闇属性適性の生徒はアステリア魔法学校全体で見ても少ない。

 一つだけ囮が出てしまうのは仕方ないだろう。

 それぞれの思いを胸に、ドラグーン寮は三つに分かれた。


「誰一人として脱落しないことを祈りますわ。こんな勝手な作戦で、皆さんを危険に晒してしまう、まだ未熟みじゅくな私を許してください」


 ウルカはそう言って全員に対し、頭を下げた。

 それに首を振ったのは、ホルンだった。


「勝手なんかじゃないよ。ウルカちゃんが必死に考えて、勝つために導き出した作戦だもん。あとはみんながどれだけやり切れるか、でしょ?」


 頭を上げたウルカの顔は、青空あおぞらのように晴れていた。


「はい。行きますわよ、皆さん」


*************************************


 移動し始めてすぐのウルカ達を、上空でほうきに乗った女子生徒が見つけた。

 緑色のローブを風になびかせる少女は、凶悪な笑みを浮かべる。


「見つけたぜ。ウルカ・ツヴァン」


 女子生徒が合図をすると、ウルカに違和感が走った。


「皆さん!跳躍ちょうやくを!」


 ウルカの声に反応できたのは、セシリアとレンのみ。

 残りの七人は、地面から突き出た金属のとげに体が貫かれた。

 跳躍したまま、ウルカは状況を把握する。

 おそらくどこかの寮の生徒に囲まれているはず。相手は範囲はんいが広い魔法を使う。この草木が多すぎる場所では、すぐに全滅ぜんめつするだろう。


「レンさん!私達を飛ばせますか!?」

「やってみる!」


 同じく空中にいるレンが、地面に右手を伸ばす。


「磁力!」


 ちゅうに浮かび上がらせた砂鉄で、三人の体を開けた場所へ運んでいく。

 ゆっくり着地すると、森から多くの生徒が姿を現した。


「緑色のローブ、ヘラクレス寮ですわね」


 その中心にいるのはバスタード。

 陽動ようどうであることにも気づかずに誘いに乗ってくれていたなら良いが、別の可能性もある。

 それは、ウォンを狙っているのではなく、この中の誰かを討伐対象に指定している可能性だ。

 多少の例外はあれど、おそらくウルカを指定してきているはず。人数差による不利があるにも関わらず、ウルカ達は慎重にならざるを得ないのだ。


「、、レンさん、セシリアさん。それぞれ五人ほどずつお任せしてもよろしいでしょうか」


 ウルカが重い口調くちょうでそう言うと、セシリアが目を見開く。


「それって、ウルカちゃんはどうするの?」

「私は残りの二十人を相手取りますわ。出来れば三十人全員を相手にしたかったところですが、流石にあちらのリーダーも実力はあるでしょうから」


 ウルカは最初から自分が中心となって、囮になることを決めていた。

 戦力を分散ぶんさんしてくれる展開を望んでいたのだが、現実はそう上手くはいかないらしい。

 こうなれば、バスタードを含めた二十人のヘラクレス寮生を、ウルカ一人で抑える他ないだろう。

 だがそれを告げるウルカの様子を見て、レンとセシリアはお互いに目を合わせて頷いた。


「ウルカちゃん。私達だって、足手纏いにはならないよ」

「そうだぜ。お前一人に全部任せて、それで勝っても意味ないしな」


 そう言う二人の表情は、窮地きゅうちに立っているとは思えないほどの笑顔だった。

 その瞬間、ウルカはエリューカに言われた言葉を思い出す。

 一人で戦わなくてもいい。ウルカはウォンだけを特別視とくべつしして、その言葉の中に自分を含めていなかった。

 ウォンはいつだって一人で戦おうとは思っていないが、ウルカは常に自分でなんとかしようと奮闘ふんとうする。

 もしかしたらエリューカの言葉には、ウルカに対する意味もあったのかもしれない。

 ウルカは二人に頷く。


「そうですわね。私達三人で、ヘラクレス寮を殲滅せんめついたしますわ」

「おう!」

「頑張ろ!」


*************************************


 魔法で姿を隠しながら進むアッシュ達。彼らの仕事はウルカ達陽動班が時間をかせいでいる間に、フィールド内に一体だけ存在している魔物を討伐すること。

 さいわいまだ他の寮の生徒と接触せっしょくはしていないが、魔法を使用しながら移動する関係上、どうしても速度を殺す必要がある。

 しかも、いくら姿を隠していたところで、所詮しょせんは魔法。魔力感知に優れる魔法使いがいれば、近くにいれば気づかれてしまう危険性もある。


「これじゃあらちが明かへんな」


 生徒を討伐対象に指定するルールが追加された以上、魔物を討伐するよりも数の暴力で指定した生徒を討伐した方が簡単ではあるが、中には魔物を討伐する路線ろせんも捨てていない寮があるかもしれない。

 最悪なのは魔物周辺で他の寮の生徒とバッティングして、姿を晒すこと。

 実力者がほとんどいない今のアッシュ班では、魔法を防ぎながら魔物を討伐するのは、ほぼほぼ不可能だろう。

 そして、考え事をしながら魔法を検知けんちできるほど、アッシュは魔力感知に優れていない。

 先頭で進み続けようとするアッシュを引き留めたのは、ホルンだった。


「待って、アッシュくん。なんか変な感じする」

「ん?なんかの魔法やろか?」


 アッシュが周辺に気を配り始めたところで、ホルンが突発的にアッシュより前に出た。

 両手を正面に伸ばし、詠唱する。


「バリア!」


 巨大なバリアを展開すると同時に、そのバリアに光の束が複数命中する。


「ホルンちゃん!」

「もう見つかってる!ずっと持つわけじゃないから、今のうちに退避たいひして!」


 アッシュはあまり魔力感知は得意ではないが、それでも肌にひしひしと伝わってくる魔力の暴力。

 それを一身に受けて、ホルンはしっかり立っているのだ。

 アッシュはすぐに決断する必要がある。


「僕達は他の寮を殲滅できるだけの決定打けっていだがあらへん!ここはウォン君の方へ行かせへんためにも、遮蔽物しゃへいぶつを活かして耐久戦たいきゅうせんや!」


 アッシュの決断で、それぞれが森の中へ散らばっていく。これがきょうと出るか吉と出るか。

 全員が退避したのを確認してから、ホルンはタイミングを見計らう。

 バリアを維持いじしながら後退し、解除と同時に森の中へ飛び込んだ。

 足場の悪い森の中を走り、ホルンは一本の木の裏に隠れる。

 耳をませるが、何も聞こえてこない。

 他の生徒達とはぐれてしまったことは不安だが、ここは状況を伺うことが賢明けんめいだろう。

 すると、すぐ右のしげみが揺れる。


「誰!?」


 ホルンが思わず右手を構えるが、そこから姿を現したのはアッシュだった。


「ホルンちゃん、僕や」

「あ、アッシュくん。驚かせないでよ」

「ごめんごめん。こっちも敵や疑ってたんやもん」


 アッシュとホルンはみきの陰に隠れてしゃがむ。


「それにしても、なんで私達の居場所がバレたんだろう?」


 ホルンは先程からずっとそれを考えていた。

 もちろんホルンの魔力感知が優れているからこそみんなを守れたのだが、それは相手の魔法を感知したに過ぎない。結局後手に回っただけなのだ。

 視界がかなり限定された森の中で相手の居場所を把握するのは、ほぼほぼ不可能に近いと思われるのだが。


「なんかの魔法やろか?さっきからあるキモイ感じも、それやな」

「キモイ感じ?」


 アッシュが言っていることが分からず、ホルンが首を傾げると、アッシュは木の幹をこんこんとノックする。


「見られとる感じするんよ。ホルンちゃんは感じへん?」

「うーん、、」


 ホルンは目を閉じ、神経を集中させる。

 何らかの魔法で居場所を把握したのなら、確実に広範囲に及ぶ魔法。媒介ばいかいはこの森全体と考える。

 光属性魔法に、確かそれができる魔法があった。

 そして、ホルンもそれを掴む。


「わかった。多分相手の光属性魔法だと思う」

「それやったら、ホルンちゃんも同じ魔法使えばええんちゃうの?」

「それがね。この魔法は上級魔法の中でもすごく難しい魔法なんだよね。私じゃまだ使えないと思う」


 この魔法は本来、入学したての一年生が扱えるようなレベルの魔法ではない。

 相当腕の良い魔法使いが相手にいるか、それ以外の方法で居場所を特定したのは確実だ。

 すると、ホルンは「あっ」と声を漏らす。

 次の瞬間には二人の数センチ上を光が通過し、木をつらぬいた。

 アッシュがホルンの体におおいかぶさるように守ったため助かったが、本当にギリギリだ。


「あかん!もうバレとる!」


 二人は立ち上がって、走りながら状況を確認しようとするが、背後からの魔法のあらしを避けるだけで精一杯だ。


「くそっ、どうすれば、、」


 二人は気づいていなかった。

 既に残りの八人が脱落しているということを。


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おと


 セシリアが音を相手にぶつけ、また一人気絶きぜつさせた。

 これで残りのヘラクレス寮の生徒は二十人。かなり順調だ。

 セシリアに背後から放たれた炎が、砂鉄の塊によって打ち消される。


「ありがと!レン君!」


 セシリアはまだ魔法を使う際に、かなり大きな隙が生まれる。そのため、ヘラクレス寮の生徒達は先程からセシリアをまず脱落させようとしてくるが、特訓によって魔法操作と視野の広さを獲得したレンがそれをカバーする。

 しかもセシリアの魔法もレンの魔法も非常に強力なので、この二人のコンビネーションを瓦解がかいさせるのは、至難の業だろう。

 一方のウルカは、既にリーダーであるバスタードと一対一で戦っていた。

 バスタードの使う魔法は金属を発生させる魔法。殺傷力さっしょうりょく勿論もちろん、打ち破ることが困難なほどの強度をほこる。

 ウルカの上級魔法だけでは打ち破ることが困難なのは、ここまで戦っていて分かった。


「難しいですわね、、」


 地面から伸びる金属の針をかわしながら、ウルカは勝利への方程式を模索もさくし続ける。

 かわすだけなら容易よういだが、それだけでは決定打に繋げることができない。

 いつまでもセシリアとレンの二人に残りの生徒を任せるわけにはいかないが、急いだ結果脱落しては本末ほんまつ転倒てんとうだ。

 ウルカは高速で頭を回転させ、一つの勝ち筋にたどり着くと、バスタードの魔法が止む。

 ようやく立ち止まって、正面から二人が向かい合った。


「避けてばっかで勝てると思ってんのか?」

「勝てますわ。現に、あなたはそろそろ魔力が尽きる頃でしょうから」


 バスタードが挑発してくるが、ウルカはそれに乗ることはない。それどころか、バスタードに対してあおり返す。

 元々金属魔法は事象じしょう干渉かんしょう力が高いだけに、魔力消費も他の魔法より激しい。

 いくらヘラクレス寮リーダーになれるような実力者でも、ここまで連発していたら魔力切れに限りなく近づいているのは、容易に予想できる。

 ウルカの言葉に、バスタードは怒りをあらわにした。


「は?俺よりよえぇ癖にイキがってんじゃねぇよ!」

「イキがっている?まさか。私は事実を述べただけですわ」


 もう一瞬いっしゅんも待っていられないのか、バスタードが詠唱する。


「金属!」


 ウルカの足元から飛び出してきた金属の針を避け、バスタードを中心として円状えんじょうに走り抜けていく。

 ここまでの戦闘で、この金属の針が背後から追うように迫ってくるのは見極みきわめていた。

 ちょうど円が完成し、ウルカは生えてきた金属の針の側面を利用して跳躍する。


「私の勝ちですわ」


 ウルカが右手を構えるが、それよりも上には箒に乗った女子生徒がいる。

 少女は右手をウルカに構えたが、すぐに視界が真っ暗になった。


「なにこれ!?」


 パニックになるのも仕方がないだろう。

 彼女を包んだのは、大量の砂鉄のだから。

 視界を奪われた女子生徒の両サイドから、さらに爆音ばくおんおそった。もちろん人間が耐えられる音量ではない。

 女子生徒はそのまま地面に落ちていく。


「リーダー!決めろ!」

「ウルカちゃん!行っけー!」


 一瞬何が起こったのか分からなかったウルカだったが、すぐにその言葉に頷いた。

 体にぶつかる空気にあらがうように必死に右手を伸ばし、ウルカは詠唱する。


雷電らいでん!」


 いくつもの巨大な雷電がバスタードを囲む金属の山にぶつかると、その雷電は円状にとどろく。

 金属は電気を通す。ウルカはそれを利用して、広範囲の雷電でバスタードを倒したのだ。

 地面に着地すると、バスタードは戦闘不能で転送されていった。

 ウルカは一度深く息を吐くと、口許を緩める。


「今回は、助けられましたわね」


 そう呟いてから、雷電を操作して周囲を取り囲んでいたヘラクレス寮の生徒を、全員感電させた。

 バスタードとの戦闘で完全に感覚がえているので、簡単に殲滅することが出来る。

 これでヘラクレス寮は全員が戦闘不能。

 ウルカ達三人の勝利だ。


「ありがとうございました。私一人では、絶対に勝てませんでしたわ」

「俺らこそ」

「お疲れー!」


 三人はお互いに駆け寄ると、手を気持ちよく鳴らした。


*************************************


「アクア。敵は範囲から出ていないか?」

「ん、、。だいじょうぶ、、」


 オーディン寮リーダーであるアルファルドは、隣にいる身長が低い女子生徒に声をかけた。

 一見何もしていないように見えるが、少女はかなり広範囲に及ぶ光属性の上級魔法を使っている。

 彼女の視界の中には、光の嵐から逃げまどっている二人の生徒。

 かなり離れた位置からも二人を観測できているのは、それだけ発動している魔法が強力だからだ。


「アル、、。行かないの、、、?」


 アルファルドはオーディン寮のリーダーでありながら、未だに前線には出ずにアクアの元にいる。

 八人を脱落させてから十分ほど、残りの二人を仕留め損ねている現状の中でも、アルファルドは落ち着いていた。


「私は万が一も見逃すことを許さないのだよ」

「、、、来るの?」

「オーディン寮の二十人強を二人でかわし続けているのだ。その可能性も完全には捨てきれないだろう」


 アルファルドがそう言うと、アクアはボソッと呟いた。


「めんどー、、、」


*************************************


 光の嵐をかわし続けて十分が経過し、そろそろアッシュとホルンの体力も消耗しょうもうしてきた。

 アッシュは運動神経も優れている方なのでまだ余裕があるが、女子のホルンはかなり疲れている。

 ただ、ホルンがここまで疲れているのは単に走り回っているからだけではない。魔法が飛んでくる位置を、魔力感知で正確に予測し続けているのだ。

 これにはアッシュも助けられているので、ホルンを脱落させるわけにはいかない。

 かと言って、アッシュが脱落すればホルンの負担が減るという、安直な発想も効果はないだろう。


「ホルンちゃん!一か八か、戦うっちゅうんは!?」

「はぁ、はぁ、、私も、それがいいと思う、、」


 これ以上かわし続けても、最終的に体力切れで脱落するだけ。ホルンもここは戦いに出ることが最善さいぜんだと判断した。

 ホルンが承諾しょうだくしたことで、アッシュは思考を巡らせ始める。

 流石にウルカほどまでは速くないものの、アッシュも平均よりは頭の回転が速い。さらに言えば、ウルカよりも観察する能力は長けている。

 この十分間で得た情報から、一瞬で方針を打ち出した。


「さっきから相手は僕達の逃げるルートをしぼっとる!多分、それが魔法の範囲なんやろ!僕のかんやけど、縦横六百メートルくらいや!そして、そのど真ん中に大将がおる!」


 アッシュは走りながら距離を目測で測り、頭の中で地図を描いた。

 アッシュ達二人を絶対に近づけさせないようにしていたのは、その地図の中でも中央。

 そこに魔法使いが居る。


「一瞬だけ視界をうばってくれ!」

「わかった、、!」


 ホルンは必死に動かしていた足を止め、体を反転させてから詠唱する。


「発光!」


 まばゆい光により、追っ手の生徒達の視界が奪われる。

 その瞬間にアッシュは両手を地面につけた。


「くすみ潰せ」


 追っ手である二十人強に、森林で出来た影たちが襲い掛かる。

 影は実体じったいを成し、全員を脱落させた。

 ホルンはその威力に目を見開く。


「今の魔法、、何?」


 ホルンがアッシュに問いかけるが、アッシュは地面に手を付けたまま答える。


「僕が練習しとった魔法や、、。正直、出来るかどうかは五分五分やったけどな、、」


 かなり消耗している様子で、すぐには立ち上がることが出来そうにない。

 ホルンは魔力感知の精度を高めるが、新しい魔法の気配はないため、ホルンも地面にしゃがみこんだ。


「ちょっと、休憩していこ?」

「せやな、、」


 無理して魔法を放ったため、体内精霊が悲鳴を上げているのだ。

 魔力切れのような疲労感とは別に、激痛をもともなう状態。アッシュが激痛に耐えているのも、ホルンはもちろん知っている。

 ホルンがアッシュの背中を撫で始めた。

 そんなホルンに、アッシュは苦笑する。


「ウォン君に見られたら、怒るんやろなぁ、、」

「え、なんで?」


 全く分かっていなさそうなホルンに呆れつつも、アッシュは痛みをこらえて立ち上がった。


「それは、ホルンちゃんが一番分かっとるんちゃうん?」

「ふーん、、不思議」


(この子、ウォン君とマナちゃんが恋人演じとった時とんでもなく嫉妬しっとしとったよな、、)

 目の前で首を傾げるホルンに、アッシュはジト目を突き刺した。


「それより、早くしないとマズイよ?」

「まずいって何が?」


 今度はアッシュが首を傾げると、その瞬間に二人の間に光が走った。

 その方向へ視線を向けると、そこには耳が隠れるほど長い銀髪を持った男子生徒がいる。


「なるほど。大将直々に来たっちゅうわけやな」

「貴様ら二人だな。私達オーディン寮を馬鹿にしているのは」

「聞き覚えのない話やなぁ。そんなん、君らの勝手な被害ひがい妄想もうそうやろ」

「なんだと?」


 アッシュには分かる。この男子生徒こそがオーディン寮のリーダーであると。

 その上でここまで強気に出ているのは、彼の立っているところが影になっているからだ。

 詠唱しようとしたその瞬間に、アッシュの右手の手の平に激痛が走る。

 反射的に危険を感じ取って避けたが、それでも今の一瞬で右手を撃ち抜かれた。

 詠唱も聞き取ることが出来ないほど洗練せんれんされた魔法。今まで見た誰よりも魔法を使うことが上手すぎる。


「貴様の狙いは分かっている。その程度のあさはかな考えが私に通じると思うな」

「そりゃあすげぇ、、」


 アステリア魔法学校の四つの寮には、それぞれに特性がある。

 その中でもオーディン寮は、魔法の卓越たくえつした魔法の才能を認められた生徒が所属する、という特性がある。

 そんなオーディン寮でリーダーを務めているのだから、この男子生徒の実力は相当なものであると予想できる。

 アッシュは内心でもう諦めかけていた。

 ホルンもあまり魔法の実力に長けている方ではない。

 そんな二人でよくここまでやったと、自分に言い聞かせ始めたアッシュだったが、そんなのはホルンには関係なかった。


かがやつらぬけ」


 男子生徒目掛けて放たれた光は、同じ光と正面からぶつかる。

 また詠唱は聞こえもしなかったが、確実に不意ふいを突いた。

 しかし、男子生徒とホルンの実力差は歴然。見る見る内にホルンが力で押されていく。

 だが、それを何もせずに見ているアッシュではない。

 最後の力を振り絞り、アッシュは詠唱した。


「くすみ潰せ!」


 男子生徒は襲い掛かってくる影に反応することが出来ない。

 アッシュと男子生徒が対面した時、すでに決定打となる魔法を放てる魔力は残っていないと、男子生徒は判断した。

 そのため、この事態に反応することができなかったのだ。

 完全に仕留めた感覚を噛みしめるアッシュだったが、ただで敗れるほど男子生徒も弱くはない。

 その瞬間に一気に魔力を放出し、ホルンを貫こうとしたのだ。


「ホルンちゃん!」


 アッシュが咄嗟とっさにかばうことで、なんとかホルンを光から逃れさせることに成功した。

 男子生徒は脱落し、ホルンは倒れこんだ地面から体を起こす。

 すると、地面に突いた手に何かの液体が触れた。

 隣を見ると、ホルンをかばったことで光を受け、腹から大量の血液を流しているアッシュが居る。


「アッシュくん!」


 ホルンが声をかけるが、その体は力なく横になっているだけだ。

 まだ転送はされていないので脱落にはなっていないが、もはや転送を待っていては命も危ないかもしれない状況だ。


「、、動かないでね」


 ホルンは一度深呼吸してから、アッシュの体に手を伸ばした。

 傷口に右手をかざし、神経を集中させる。


回復ヒール


*************************************


 ウォンが率いる十人が歩き始めて数分。まるで予知していたかのように、ウォン達にいくつもの魔法が襲い掛かった。

 腕に覚えのある生徒はまださばき切れる量だが、あまり実力がない生徒からすればかなり厳しい。

 ものの一分程度で三人ほどが脱落した。このまま防戦ぼうせんを続けていては、全滅を待つだけだろう。

 ウォンはここで決断しなくてはならない。


「近寄って!」


 ウォンが残った六人に声をかけ、七人全員が一か所に集まる。

 まだ正確な位置は把握されていないので、集中砲火を食らうようなことはないだろう。

 ウォンは右手を空へ向け、神経を集中させた。


「火炎」


 巨大な火炎は空へ、そびえ立つ塔のように立ち上った。

 火柱ひばしらは森を飲み込み、周囲の植物を広範囲に渡って焼き払う。

 開けた視界の先に、目的の生徒達が居た。


「なかなか大胆だいたんなことするね~」


 森の中から姿を現したリュウナが笑いながらそう言う。

 目測ではあるが、リヴァイア寮の全員が居るようには見えなかった。おそらく今の魔法で何人かは脱落したのだろう。

 リヴァイア寮の生徒達は堂々と前に進み、ウォン達と対峙たいじする。


「やっぱり、ウルカ・ツヴァンは人数を分けるよね。当たりを引けて嬉しいよ」


 どうやらリュウナはウルカがこの決断をすることを予測していたようだ。まあそれ以外に取る択がないようにもとらえられるが。

 ジャックはウォンの隣に並ぶと、リュウナに言い返す。


「俺達はお前と話す気はない。やるならさっさとしろ」


 ジャックがそう言うと、リュウナの表情が明らかに変わった。

 を描いていた口許はゆがむことを忘れ、下がっていた目尻めじりも無になっている。その雰囲気はまさに魔女そのもの。


「、、まだ分かってないんだ?」


 周囲の魔素まそひずみ始める。

 魔力に耐性の無い人間ならこの状態でも魔力暴走を引き起こしてしまうだろう。

 ウォン達の体に流れる魔力も平生へいぜいとは違っている。マグマが沸々ふつふつと煮立っているような、不自然な流動りゅうどう

 この状態での魔法行使は、かなり緻密ちみつな魔力制御が必要になるだろう。

 リュウナは確実に臨戦りんせん態勢たいせい。そして、それに付随ふずいするように他のリヴァイア寮の生徒達も戦闘態勢に入った。


「私達が狩人ハンター、君達は獲物ターゲット、、。いつ始めるか、なんて、、私達が決めることなんだけど!」


 その瞬間に足元に走る違和感。

 それに気づいたドラグーン寮の生徒達は後ろに跳躍し、地面から突き出した根をかわした。

 ウォンについてきた生徒達は比較的実力も確かな生徒ばかりなので、この奇襲きしゅうを見事に全員がかわすことに成功する。

 その魔法の主は確認するまでもなくダンテ。

 以前の特別授業の際に、ヤマタノオロチを討伐した男子生徒だ。

 ジャックはダンテを見つめ、ウォンに言う。


「ウォン。あいつは、俺が相手する」


 ウォンが見たジャックの瞳は、確かな覚悟かくどを宿していた。

 そんな友人を止められるほど、ウォンは冷酷れいこくではない。


「わかった」


 ウォンが頷くと、ジャックが詠唱した。


「剣」


 地面を蹴ったジャックは、全力疾走でリヴァイア寮へと距離を詰める。その速さはおよそ人間のいきを超えていて、目で追うのがやっとだ。

 しかし、それを見逃すわけがない。

 ジャックは足元を狙った根を跳躍でかわすと、浮いた体を貫こうと正面から迫ってくる根を剣で弾く。

 さらに跳躍でかわした根が曲がって背後から迫り、ジャックは空中で体をひねって右手を地面につけた。

 根の軌道きどうから逸れるように手首にスナップをかけつつ手を離す。

 着地しながらスライディングの要領ようりょうで横にぎ払われた根をかわした。

 ここまで完璧に攻撃をかわし続けているジャックだが、このまま突き進んでもダンテ一人と戦えるわけではない。

 その他の魔法も全てかわすか剣で弾くのだが、明らかにジャックの進む速さが落ちている。

 このまま集中砲火を受けていては、ジャックが潰れるのもすぐだ。

 気が付けば、ウォンも走り出していた。

 ジャックほどの運動神経はないが、魔法を交えれば相手の攻撃を防ぐことも可能。さらに言えば相手が倒したい相手はウォンなので、自然とジャックよりも向かってくる魔法の量が増える。

 確かにこれはウォンにとってリスクのある行動だが、貴重な戦力であるジャックをここで脱落させるわけにはいかない。多少のリスクを以てしてでも、ここは動くべきだろう。

 すると、とうとう山が動き出す。


みず


 ウォンの火炎に匹敵ひってきするほど巨大な水が空中に生成され、ウォンに向かって迫ってくる。

 もちろん魔法を使っているのはリュウナ。

 一対一の状態ならばウォンも対処することができるが、現在は多人数を相手にしている状態。リュウナの魔法を打ち消すだけの魔法を使える隙がない。


「もう、、お人よし」


 赤い髪を靡かせる女子生徒がそう呟き、詠唱した。


ばく


 巨大な水が内部から弾け飛んだ。

 リュウナの魔法が打ち破られたことで、全員の視線がマナに向かう。

 マナはウォンの隣に来ると、笑いながら言った。


「ウォンくんがやられちゃ意味ないでしょ?」

「ごめん」

「ううん。そういうとこ、好き」


 実際、マナの魔法の威力は想像以上のものだった。

 リュウナの魔法を打ち破るためには少なくとも上級魔法が必要になってくるが、マナが使っているのは初級魔法。それだけ威力が強いのだろう。


「戦ってるのはウォンくん達だけじゃないんだよ?」


 すると、いくつもの魔法がリヴァイア寮の生徒達へ飛んでいく。

 中でも真っすぐ伸びて行った光線は、リヴァイア寮の生徒を五人一気に薙ぎ払った。


「ナイス!アルナ!」


 マナがそう声をかけたのは、アルナ・センターという女子生徒。

 白髪と金髪が入り混じったセミロングの少女。よくマナと一緒に行動している、いわゆる一軍の生徒だ。

 ホルンと同じく光属性魔法を使う生徒で、その腕はかなり高い。


「、、分かった」

「何が?」


 マナが首を傾げ、ウォンが前髪をかきあげる。


「一緒に、って」


 ジャックがようやくダンテの目の前まで迫ると、一気に前方向に跳躍し、切りかかる。


「君なら来ると思ってたよ」


 ダンテはそう言って、根を使って剣を受け止めた。


「どういう意味だ」

「君はウォン君に引け目を感じている。彼と違って魔法を使えない君は、この学校では劣等生れっとうせい。少しでも彼の近くにいて、自分を守ろうとしてるんだよね」

「は?」


 ジャックが根を完全に断ち切った。

 地面に向けられた剣をそのまま上に振り上げるが、ダンテは余裕をもってそれをかわす。


「おっと。やっぱり、君はあなどれないね」


 ジャックはすぐに地面を蹴って次々に切りかかるが、その全てが悉く根によって防がれる。

 今までのジャックなら剣が止まっていたが、今は違う。根に防がれてもその全てを断ち切り、手数の多さで確実に勝負できている。

 このまま続けて持久戦じきゅうせんになれば、当然分があるのは魔力を消費しないジャック。しかし、ジャックの頭には一つだけ不安材料が浮かんでいた。

 以前の特別授業でダンテがヤマタノオロチを討伐してみせた、謎の魔法。

 動体視力が魔法体質によって強化されているジャックでも見極められなかった。それほど高速であり、微小な魔法を観測して避けるのは至難の業だろう。

 だが、それを怖がって勝負に出ないわけにはいかない。

 ジャックが切りかかるモーションをすると同時に、防ごうとした根が地面から伸びてくるのが見えた。

 ジャックは伸びてきた根に左手をついて飛び越え、ダンテに直接剣を伸ばす。目にも止まらぬ速さのフェイントだったが、ダンテの余裕が崩れることはない。


くき


 その詠唱が聞こえた瞬間、ジャックは何かで絡み取られ、空中でしばり付けられた。

 真下には笑みを浮かべたダンテが居る。


「やっぱり、これの対策は出来てなかったよね」

「これは、、」


 ジャックが自分の体に食い込む何かを見ると、それは植物の茎だった。


「僕の魔法は植物魔法。いつもは一番汎用性の高い『根』を使うんだけど、状況に応じて手札はいくらでも入れ替えられるんだ」


 次第に茎が細くなっていき、ジャックの体から血が流れ始める。


「これで僕の勝ちだよ。残念だったね」


 余裕よゆう綽々しゃくしゃくなダンテを、ジャックは見下ろした。


「そうか?」


 ジャックは体に力を込め、茎を体から引きはがそうとする。


「無駄だよ。むしろ、自分から刃物を体に押し当ててるだけ、、」

「剣」


 ジャックは捻った腰を元に戻すようにして回転し、茎を全て駒切こまぎりにした。

 全身の皮膚ひふが切れ、血塗ちまみれのジャックが地面に着地する。


「その状態でまだ戦うつもりかい?」


 ダンテがそう言いながらジャックを見ると、先程までと違う点があった。

 一つは剣が二本に増えていること。

 もう一つは、全身にあったはずの傷が、全て元に戻っていたこと。

 流れている血液が体内に戻ることはないが、これ以上血液が流れ出ることはないだろう。


「驚いたか?」

「、、当たり前だよ。元から運動神経は人間じゃなかったけど、とうとう完全に人間やめたの?」


 人間はやめていない。ただ、魔法体質を進化させただけだ。

 そんな小言こごとを言い合い、二人は戦闘を再開した。

 全方向から次々に襲い掛かってくる根を難なく防ぎながら、ジャックはダンテとの距離を詰める。

 先程と完全に同じシチュエーションだが、今度は情報がある。

 ジャックはとても細い茎を見極め、それをバックステップでかわしながら右手の剣を投げた。

 魔法操作に集中していたらしいダンテはそれに反応することが出来ず、右手の上腕じょうわんに剣が突き刺さる。

 痛みを感じてひるんだその隙に、ジャックはダンテを押し倒し、首に剣を押し付けた。だが、ジャックは首を切るつもりはない。


「悪い。痛いところに刺した」


 ジャックがそう謝罪すると、ダンテは苦笑くしょうをこぼした。


「そこじゃないよ。確かに痛いけどさ」


 ダンテとジャックが戦い始めたころ、ウォンとリュウナも戦い始めていた。

 巨大な水と巨大な火炎のぶつかり合い。

 ぶつかっては消滅しょうめつを繰り返すだけを数回繰り返し、二人の魔法は互角であることが分かった。


「やっぱり君、強いね?」

「強いよ。当たり前」


 ウォンは強い魔法使いたるための努力をしてきたつもりだ。強いのは揺るぎない事実だ。

 二重詠唱を使ったなら決定打になる可能性もあるが、リュウナの表情から見ても、まだかなり余裕がある。きっとそれも打ち破られて終わりだろう。

 ここはギランの教えに従うことにした。

 勝つビジョンを闇雲やみくもに模索し続けるだけでは勝てる可能性は低い。確かなビジョンをウォンは導き出す。


「闇」


 この広範囲を覆うような闇が広がり、二人の視界は真っ暗になる。だが、ウォンが恐れることはない。

 暗いのは、ウォンだけではないから。

 ウォンは闇の中で走り出し、リュウナがいるであろう方向へ走りだした。


「ふーん。ホントに二属性にぞくせい使うんだ」


 暗闇の中で、リュウナはそんなことを呟いていた。

 確かに魔法に包まれて多少は感覚がにぶるが、それでもおびえるようなことは決してない。


「こんなの、こうすればいいじゃん。水」


 巨大な水はすべての闇を内包ないほうし、空へ飛んでいく。

 闇が払われ、ウォンとリュウナが正面から向かい合った。


「あ、そこに居たんだ。じゃあね」


 リュウナが右手を振り下ろすと、巨大な水がウォンに向かって落ちてきた。

 圧倒的質量を見て、ウォンは右手を構える。

 ウォンのビジョン通りだ。


「火炎」


 巨大な水を破裂させないようなギリギリの火力に操作しつつ、急速に熱する。

 一瞬で百度まで達した水は沸騰ふっとうをはじめ、巨大な気泡きほうを辺りへ飛ばし始めた。


「なに!?ってか熱!?」


 リュウナがそう言うのも無理はない。

 魔法使いは基本的に魔法に対する耐性を持っているが、それは自分の適正属性の魔法に対してのみだ。

 ウォンのような火属性適性の魔法使いはこの熱さも耐えることができるが、リュウナのような水属性適性の魔女には熱すぎる。

 この隙にリュウナへ距離を詰めようとしたが、その瞬間に地面が揺れ始めた。

 立っていることも難しいほどの揺れ。

 ウォンもリュウナも、思わず地面にしゃがみこんだ。

 すると、二人の間に巨大な蛇が飛び出してくる。

 以前の特別授業で相手にしたヤマタノオロチよりも大きい。

 これは災害級魔物だ。


「え、、」

「なんだ、あれ、、」


 ダンテとジャックもそれに気づき、それに視線を向けた。

 そして、二人に向かって蛇の尾が振り下ろされる。


「マズイ!」


 ジャックはダンテを抱え上げ、跳躍でそれをかわした。

 数瞬前まで二人が居た場所にはクレーターができていて、とても無事では済みそうにない。

 ダンテは数秒間唖然としていた。


「、、なんで助けたんだい?」


 ジャックの腕の中でダンテがそんなことを聞いてくるので、ジャックは思わず眉間にしわを寄せる。


「は?あれ食らったら死んでるだろ」

「あ、普通にね?」


 脱落する際に転送されるとはいえ、それは生きている場合にのみ意味のあるものだ。

 例え別の寮の生徒だとしても見捨てることはできないし、ダンテに死んでほしくないのもジャックの本心だ。

 しかし、すべての生徒がジャックのように攻撃を回避することができるわけではない。

 大半の生徒はすぐに尾で叩きつけられるか、その口に吸い込まれていった。

 同級生が目の前で殺されようとしている、あまりにショッキングな光景に、リュウナは声を震わせる。


「な、なにこれ、、、」


 もうリュウナに立ち上がるだけの勇気は残っていなかった。

 迫ってきている巨大な顔を避けることもできず、リュウナは蛇に丸のみにされる。

 その近くにいたウォンの元に、マナが駆け寄ってきた。


「ウォンくん!あれは!?」


 マナが知らないのも無理はない。

 この魔物は単純に個体数が減少しており、あまり世間に知られていないのだ。


「バジリスク、、だけど」


 バジリスクは災害級魔物に分類される、非常に凶暴きょうぼうな魔物なのだが、ウォンにはどうしても不可解に見えてしまう。

 バジリスクは毒を持つ巨大な蛇で、人間を食べる習性しゅうせいはない。

 だからこそ、この変化がすぐに見て取れた。

 リュウナを飲み込むと、バジリスクから放たれる魔力が跳ね上がる。

 これはウォンの憶測おくそくだが、おそらくバジリスクは魔力を補給ほきゅうするために人間を食べている。魔物はそもそも魔法を使えるただの生物。つまりは、魔法を使うために魔力を使うのだ。


「逃げないと!」


 マナがウォンの腕を引っ張るが、ウォンが足を動かすことはない。


「ウォンくん!?」

「、、見捨てられない」


 リュウナもそうだが、飲み込まれた生徒の中にはもちろんドラグーン寮の生徒もいる。ここで逃げて、それで彼らが死んだなら、それはきっと『ウォン・エスノーズ』として正解ではない。

 ここで退いたら、きっと後悔する。


「マナは逃げて」

「で、でも、、!」


 ウォンがマナの瞳を覗き込む。そこには明らかな恐怖が見て取れる。

 だからこそ、ここは口許を緩めるべきだと思った。

 ウォンはマナの頭に右手を乗せる。


「マナを傷つけたくないから」


 マナの耳がほんのり桜色さくらいろに染まる。

 瞼の受け皿はもう満たされていた。


「そんなの、、私だってウォンくんに傷付いてほしくなんかない、、!」


 あふれる感情をこぼしながら、マナは他のドラグーン寮の生徒達と共にこの場を離れて行った。

 ジャックはダンテと共に身を隠したようで、この場にはウォンとバジリスクしかいない。

 正面からバジリスクと対峙した今でも、恐怖よりマナの顔と言葉が頭に浮かんでいた。

 少し前までは考えられなかった。

 今ではウォンに勇気をくれる人がたくさんいる。

 そして、それを取り戻す戦いをする。

 ウォンは迫ってくる尾に向けて両手を向け、神経を集中させた。


「火炎」


 火属性上級魔法の二重詠唱。

 バジリスクの尾と力比べになるくらいの火力はある。

 しかし、それだけに対処すれば良いわけではない。

 バジリスクの代名詞だいめいしは毒魔法。

 口から発された毒をかわすと、押さえていたはずの尾が左からどうに直撃した。

 かなりの衝撃が全身に走り、ウォンは地面に転がる。

 れた皮膚の痛みに耐えながら立ち上がるが、次々に毒魔法が放たれた。

 左手がもう使い物にならない。

 右手で最小限の魔法を使いながらかわすが、多少は腕に当たってしまう。

 毒が体に染み込んでいく。

 ウォンは無意識に死を意識した。

 マナにあれだけ言った手前、ここで死ぬわけにはいかない。

 死のふちで、ウォンは意地にかけた。


*************************************


「必殺魔法だ」

「必殺魔法?」


 ギランが口にした言葉に全く見当がつかず、ウォンは首を傾げる。ウォンの魔法に関しての知識はかなり豊富だが、それでも聞いたことが無かったのだ。


「必殺魔法を知らなくても無理はない。これは全く知られていない技術だからな」

「ギランは?」

「俺も当然知らなかった。知ったのは丁度今のエスノーズくらいの時か。校長に教えてもらったんだ」


 必殺魔法は魔法省まほうしょうによって情報統制が図られているほどの機密きみつ事項じこう。そのため、教える時は必ず記録に残さないことと、信頼のある人間に教えることが義務付けられている。

 『信頼のある』という表現は曖昧あいまいに感じるかもしれないが、これは模擬試合と同じで魔法契約なので、決して破られることはない。


「必殺魔法は二つの属性を合わせた魔法のことだ。基本的には上級魔法の上に存在すると思ってもらって構わない。試しに、俺の必殺魔法を見せよう」


 ギラン・タリタは『神に選ばれし魔法使い』と呼ばれる魔法使い。その由来こそ、彼の必殺魔法にある。

 ギランが右手を構えると、静かに詠唱した。


神炎しんえん


 二人の目の前に現れたのは、黄金おうごんの炎。

 全てを焼き尽くすような別格の印象と同時に、優しさで包み込んでくれるような温かみも感じる。

 これが、ギラン・タリタ。

 ギランは魔法を解除してから、ウォンに笑みを向けた。


「エスノーズがどんな魔法を望むのかは分からないが、きっと役に立ってくれるはずだ。頑張れ」

「うん」


*************************************


 ウォンを食べようと迫ってくるバジリスクの顔に、ウォンはボロボロの右手を向けた。

 ギランに必殺魔法を教わってから、ウォンはずっと考えていた。

 一体自分はどんな魔法を望んでいるのか。

 思い返してみれば、ウォンは常に空っぽだった。アステリア魔法学校に入ったのだって、確かにとてつもない努力を積み上げはしたが、結局は自分の意志ではない。魔法が他の人より飛び切り好きなわけでもない。

 だからだろうか。

 頭に浮かんだ詠唱が師匠ししょうを真似たものだったのは。


魔炎まえん


 漆黒しっこくの炎がバジリスクとぶつかると、その体を闇に溶け込むように飲み込んでいき、一瞬でその全身を炭へと変貌へんぼうさせた。

 飲み込まれていた人達は転送されたようで、その場に残ったのはウォンただ一人。

 肩で息をしながら、その場に仰向あおむけで倒れこんだ。

 全身が苦痛で満たされている。

 完全に骨折は確定している左半身と毒に侵された両腕、さらには必殺魔法を使ったことによる体内精霊の悲鳴。

 今までにない苦痛だ。

 ウォンが目を閉じると、眩い光に包まれ、その場から消えた。


*************************************


「今回も派手にやりましたわね、、」

「どうも」

めてませんわ」


 中間試験の時と同様に、ウォンは保健室のベッドの上で仲間達と話していた。

 集まっていたのは、ウルカ、ホルン、ジャック、レン、セシリア、アッシュ、マナだ。


「結果は?」


 ウォンがそう聞くと、ウルカが穏やかな笑みを浮かべて答えた。


「ええ。私達の勝ちですわ」

「マジ頑張ったんだぜ?」

「そうだよ?もうしばらく魔法つかいたくなーい」

「はいはい。二人ともよく頑張りましたわ」


 完全にヘトヘト状態のレンとセシリアを、ウルカが宥める。

 全く接点がなかったように見えた三人だったが、今となっては仲の良い友達そのものだ。


「僕らはあんまスッキリせぇへんかったんやけどな」

「だよね。なんか手加減された感、、」


 オーディン寮相手に勝利したアッシュとホルンだが、二人としてはあまり納得していないようだ。


「まあまあ。お二人とも素晴らしい仕事振りでしたわよ」


 ウルカはどこか一皮ひとかわ剥けたように見える。

 きっと何か成長するきっかけがあったのだろう。

 残ったマナに視線を向けると、一瞬だけ目が合って、それからプイっと顔を逸らされた。


「マナ」

「ふんっ、しーらない」


 ウォンがどうしようかとアタフタし始めると、マナが笑みをこぼして逸らした顔を元に戻した。


「嘘だよ。守ってくれてありがとね」


 ただからかっていただけらしいマナに安堵あんどして胸を撫で下ろすと、保健室の扉が開く。

 そうして入ってきたのは、今回宣戦布告してきたリュウナとダンテだった。

 二人はウォンのベッドまで近づくと、深々と頭を下げる。


「ごめんなさい。君たちに助けられてしまったね」


 ダンテがそう言うと、ウルカが穏やかな口調くちょうで言う。


「大丈夫ですわ。寮は違えど、所詮は同じ生徒ですから」


 その考えは、アステリア魔法学校で大事なものだろう。

 どうしても他の寮に対して敵対心てきたいしんを抱きがちなここでも、上級生たちは普通に会話をしている。

 だからこそ、寮ごとの繋がりを作って、健全な学校生活にするのが大切だ。

 ダンテは隣のリュウナの背中を優しく叩く。


「リュウナ」

「むぅ、、。ごめん、、なさい」


 ほほふくらませ、目を逸らしながらそう言うリュウナ。

 確かに彼女は強い魔女だが、こういうところは少し子供らしくて、みんなも苦笑してしまう。

 だが、これだけで用件は終わらないらしい。

 リュウナは両手の人差し指の先っぽ同士をツンツン合わせながら、視線を左右に惑わせ始めた。


「そ、それでさ、、。こ、ここここ、、」

「リュウナ、頑張って」


 意を決したリュウナが大声で言う。


「これから!私達と!仲良くしてください!」


 ダンテの応援もあって、リュウナの放った言葉は予想していたものだった。

 八人は数秒だけ目を合わせると、ウォンが頷いて答えた。


「いいよ」

「え、いいの?」

「うん」

「、、、」

「、、、」


 リュウナの瞳からたきのようななみだがこぼれだす。


「よ、よかったぁぁぁぁぁ!」

「だから大丈夫だって言ったでしょ?」


 ダンテが座り込んで泣いているリュウナの頭を撫で、保健室は穏やかな空気で満たされた。

 一学期ももう終わりに近づいている。

 最初は危険ばかりに目が行っていたウォン達だったが、最近はこういう瞬間こそ楽しく感じる。

 しかし、楽しい時間には終わりがある。


「あのさ、保健室では静かにしろって知らないの?」

「あ、すみません」


 どうやら居たらしいシュシュに注意され、リュウナは秒で泣き止んだ。

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