第七章 リヴァイア寮の貴公子

 ウォンがマナと付き合いだしたという宣言をされた日、ジャック、ホルン、ウルカは三人で次の特別授業のために移動をしていた。

 特別授業は普段行われている通常の授業とはことなり、他の寮とともに受ける実践的じっせんてきな授業だ。

 一応魔法陣が多く存在している駅集合なのだが、朝からホルンの様子がおかしい。

 ジャックとウルカはその理由を知りながらも、恐る恐る聞いてみた。


「なあ、ホルン。どうかしたのか?」

「うん?もう大丈夫だけど」


 そうは言うが、そのひとみは全く笑っていない。

 例え一週間という期限がついていても、ウォンがマナと付き合っているというのは不安らしい。

 その不安はジャックやウルカも同じで、もしこのままウォンがジャック達三人から離れて行ってしまったらという想像が止まらない。

 三人は気分が落ち込みながらも、駅に着いた。

 今日の特別授業はドラグーン寮だけでなく、リヴァイア寮とも合同で行うもので、既に多くの生徒が待機している。

 あまり他の寮の生徒と関わることがないので、知らない生徒達がいるとどうしても警戒けいかいしてしまう。

 すると、教師として現れた人物は想定外そうていがいだった。

 長い髪をなびかせて堂々と現れたのは、アステリア魔法学校現校長、シャンラ・ランパート。

 どうやら校長直々に授業を行うらしい。

 その迫力はくりょくに全員が息を飲むと、シャンラが話しだした。


「本日の特別授業は私が担当する。普段よりも厳しい授業になるだろうが、各々おのおの期末試験を見据みすえてはげみたまえ。それでは、本日の内容を説明する」


 シャンラが指示したのは、多く並んでいる魔法陣の中の一つ。緑色の魔法陣だ。


「これは今回の特別授業のために用意した場所に繋がっている。ルールは簡単。フィールド内に一体だけ存在している魔物を先に倒した寮の勝ち。転送先は仲間と固まることはなく、一人の状態からクリアを目指してもらう。質問のある者はいるか?」


 シャンラがそう言うと、ウルカと同時に一人の男子生徒が手を挙げた。

 ドラグーン寮の生徒は知らない、緑髪の青年。

 シャンラは先に青年の方に発言をうながした。


「魔物には最後の一撃を与えた方が勝利、ということで良いですか?」

「そうだ。討伐とうばつの過程で与えたダメージは関係ない。もう一人はなんだ?」

「いいえ。私も彼と同じことをお聞きしようとしていました」

「そうか。では、覚悟かくごが出来た生徒から入りたまえ」


 ここまで命をけた授業を受けてきて、今更いまさら怖気おじけづく生徒などいるわけもなく、次々に魔法陣に触れていく。

 順番を待っていると、ジャックはウルカが視線を先程の男子生徒を見つめていることに気付いた。


「おい。あいつがどうかしたのか?」

「ええ。あの人、見たことがないのですわ」


 ウルカの返答に、ジャックは首を傾げた。

 あの男子生徒とは違う寮なのでかかわりも当然ないし、アステリア魔法学校は広い地域から生徒を集めるのだから、知らなくても当然だろう。

 だが、ウルカの考えは違った。


「どういうことだ?」

「校長先生相手にも堂々と質問できる生徒なんて、魔法使いの家系の中でも優秀なはずですわ。なのに多くの名家めいかと交流がある私も、彼のことを知らないのです」

「なるほどな。それは興味持つのも当然か」


 ドラグーン寮のリーダーであるウルカが認める実力者じつりょくしゃ。警戒しておいてそんはないだろう。

 ジャックが魔法陣に触れると、知らない山の中にいた。

 かなり木がしげっていて、視界もさえぎられている。

 ジャックは静かに瞳を閉じると、すぐに目を見開いた。

 魔法まほう体質たいしつによって強化された聴覚ちょうかくを使って敵や味方の位置を特定しようとしたのだが、知らない足音でジャックに急速に近づいてくる音がしたのだ。

 その方向を見ながらステップで距離を取り、すぐに詠唱えいしょうする。


けん


 右手に剣を生成し、タイミングを見極みきわめる。

 しかし、なぜかタイミングをズラされて、何かが飛び出してきた。

 何とか反射神経で反撃はんげきしようとしたが、何かに剣をくだかれて敵と相対あいたいする。

 それは、先程の男子生徒だった。

 完全な奇襲きしゅうだったのだが、男子生徒はジャックに攻撃を仕掛しかけてくる様子はない。

 男子生徒は両手を上げると、平然と口を開いた。


「君と戦う意思はないよ。どうか信じてほしい」


 その声に敵意てきいは全く含まれていないが、一応警戒しながらジャックは聞く。


「どういうことだ。この授業は寮対抗戦、俺に攻撃しない確証はないだろ」

「それは勘違かんちがいだよ。確かに勝者は一人になるかもしれないけど、そもそも勝者が生まれない可能性だってあるんじゃないかな」


 それは薄々うすうすジャックも感じ取っていたことだ。

 先程の一瞬で感じ取った異常は、目の前の男子生徒だけではない。

 山の頂上付近に、明らかに他とは違うオーラを放つ何かがいる。

 それこそが今回の授業で課された目標、倒すべき魔物だろう。


「こんなに広大なフィールドなのに、目標の魔物は一体だけ。つまりは、その一体が少なくとも驚異きょうい級魔物の上位ではあると思うんだ。だからこそ、僕達は争うことなく、むしろ協力してこの授業に取り組む必要があるんだよ」

「なるほど」


 この男子生徒が言うことはもっともだろう。

 頂上で待ち構えている魔物は、クルーシャードより少し劣る程度だが、かなり強力な魔物。

 お互いに争いながら討伐することは困難を極めるだろう。

 この男子生徒には悪意あくいがないことも、ジャックには直感的に伝わってくる。

 ここは断る理由もないだろう。


「わかった。俺はジャック・ガルデリア」

「僕はダンテ・ハルバーン。よろしく」


 ダンテとジャックが握手あくしゅすると、二人は同時に右を見た。

 数匹の魔物が接近していることを感じ取ったからだ。

 手をほどいて距離を取った二人は同時に詠唱する。


「剣」


 ジャックは跳躍ちょうやくしておそかってきた魔狼まろう二匹を流れるように切り伏せ、ダンテは地面から伸ばした根で魔狼を三匹貫いた。

 魔狼の群れをさばき切ったダンテが頂上を見つめる。


「なるほどね。時間経過で魔物が追加されるのかな」

「さっきまでは気配がなかったからな。さっさとケリをつけた方がいいな」


 意見が一致いっちした二人は頂上を目指して歩き出した。


*************************************


「ジャックさん、大丈夫でしょうか、、」


 ウルカはジャックを心配しながら、ドラグーン寮の生徒数人を引き連れて頂上を目指していた。

 ここまでで遭遇そうぐうしたリヴァイア寮の生徒も全て戦闘不能に追い込み、確実に人数を増やして頂上に向かっているのだが、いつまでたってもジャックと遭遇することができない。

 先程から時間経過で魔物が頂上から降りてくるので、一人だとほぼほぼ対処たいしょできないだろうに。

 残りの不安材料は、同じくどこにいるのか分からないウォンくらいだ。

 リヴァイア寮にも手練てだれの生徒はいるだろうし、ここは出来るだけ合流しておきたいところだが。

 すると、ウルカのとなりにアッシュが並んだ。


「なあウルカちゃん。なんでホルンちゃんんどんの?」

「あー、、。それは、いろいろ深い事情がございまして、、」


 アッシュはジャック並みに人を見る才能がある。

 今朝の宣言で動揺しているホルンを見抜くことくらい容易たやすいだろう。

 ウルカが誤魔化ごまかしながら答えると、アッシュが苦笑する。


「何してんねん、ウォン君は」

「でも、きっと何か事情があるはずですわ。私はウォンさんを信じていますし、ホルンさんもきっとそうですわ」

「ふーん」


 ウルカは友人としてウォンを完全に信用している。

 マナと付き合うのはこの一週間だけだと、今朝言っていた。

 期間が決められているということは、また何かしらの面倒ごとに巻き込まれているのだろう。

 それを相談してくれないのは、ウルカにとって少しショックなのだが。

 アッシュは神妙しんみょうな面持ちになると、ウルカが予想もしていなかったことを聞いてきた。


「ウルカちゃんって、結局どっちが好きなん?」

「それはどういう、、?」

「ウォン君とジャック君。どっちが好きなん?」

「え、、」

「なーんか話聞いてる感じ曖昧あいまいなんよな」


 ウルカは動揺して思わず足を止めた。

 ウォンとジャックのどちらを好きか。その『好き』は間違いなく異性としてだろう。

 アッシュも同じように足を止めると、少しうつむいているウルカを見つめる。


「そ、そんなこと、考えたこともありませんわ」

「そうかな。僕はそうは思わへんけどな」


 アッシュは内心呆れながらも続ける。


「ウォン君もジャック君もどこにいるか分からへんのに、ウルカちゃんはジャック君の心配しかせえへんかったやん。それが答えちゃうの?」


 ウルカはそんなことを気にして、ジャックに対する心配を呟いたわけではない。

 少しだけ視線を彷徨さまよわせてから、ウルカは答えた。


「それは、ジャックさんの方がしっかりしていないからですわ。いつも危なっかしい大雑把おおざっぱな戦い方ばかり。相手も数人で固まっているでしょうし、心配になるのは当然ですわ」

「ごめんな。まだ時期尚早やったみたいや」

「何か勘違いしていそうですが、分かってくれたなら何よりですわ」


 アッシュが追及をあきらめたので、ウルカは再び歩き始めた。


*************************************


火炎かえん


 山の中腹ちゅうふくあたりで巨大な火炎が魔狼の群れを焼き尽くした。

 できるだけ同じドラグーン寮の生徒との合流を目指したウォンだったが、結局合流できたのは二人だけだった。


「ホントにウォン君って強いね」

「マジで助かるぜ」


 そう礼を述べるのは、寮のわくにとらわれず、既に多くの生徒がファンになっているらしい女子生徒、セシリア・オルゴールと、そのファンらしい金髪の少年、レン・ランドグラーツだ。

 二人は魔法力自体は平均以上はあるのだが、まだ木が多く生えた山中さんちゅうで正確に魔法を操作することは難しいと判断し、ウォンが魔物の相手をしているのだ。

 まだ対人戦闘を行っていないため順調に進んでいるが、このまま二人を守りながらリヴァイア寮の生徒を相手するのは、流石のウォンでも難しいだろう。

 ここは、二人の実力を正確に知っておく必要がある。


「次来る。頼んだ」


 ウォンが試しにそう言ってみると、二人は自信満々に頷く。

 少々不安が胸に積みあがっているが、ここは二人に任せるしかない。

 斜面しゃめんけ下りてきた魔狼に、セシリアが右手を向けた。


おと


 セシリアは魔狼を取り囲むように音を発生させ、その音量によって魔狼を気絶きぜつさせた。

 一匹を気絶させたセシリアは、飛び跳ねて喜ぶ。


「やったやった!倒せた!」

「やるな、セシリアちゃん。俺も!」


 セシリアの活躍かつやくを見てやる気が出たらしいレンが、右手を残った三匹に向けた。


磁力じりょく!」


 地面から大量の砂鉄さてつを浮かび上がらせたレンは、砂鉄を巻き上がらせることで魔狼三匹を閉じ込めた。

 砂鉄の竜巻は天高てんたかくまで伸びていく。

 おそらく中の魔狼はズタズタに切り裂かれているだろうが、レンは魔法を解除することはない。

 流石に心配になったウォンがレンの右肩に手を置いた。


「レン。もういい」

「そうはいっても止まんねぇ!」

「え、、」


 さらに巨大化していく砂鉄の竜巻たつまきに、三人は恐怖した。


「ど、どうするのこれ!?」

「ごめん!解除できない!」

「離れて!」


 セシリアとレンをウォンの後方こうほうに下がらせ、ウォンは詠唱した。


「火炎」


 巨大な火炎を地面から発生させ、魔法操作で渦状うずじょうに砂鉄の竜巻を飲み込んでいく。

 高度な魔法操作をしながら、砂鉄を全て燃やし尽くすために火力を上げていった。


「レン!ごめん!」


 ウォンはそれだけ言って、砂鉄を全て燃やし尽くした。

 魔法を火力で解除させることは、魔法使いにとって負担になることだ。多少なりともレンは負担をかんじるだろう。

 なんとか対処できた三人が尻餅しりもちをつく。


「疲れた、、」


*************************************


 それぞれが順調に頂上に進んでいる中で、唯一ゆいいつの協力関係を結んでいるジャックとダンテ。

 実力も申し分ない二人なので、頂上から降りてくる魔物も順調に討伐しながら、淡々たんたんと進んでいた。

 あと少しで頂点に着くだろうタイミングで、ダンテはジャックに聞いてくる。


「ジャック君は魔法使いの家系かけいなの?」

「まあそうだな。でも、あんまり有名じゃない」

「ってことは魔法士まほうしの家系とか?」

「多分」


 ジャックは自分の家になど興味はない。

 魔力量が極端きょくたんに少なく、身体能力が極端に強化される異端いたんな魔法体質を持ってしまったジャックは、家族内で迫害はくがいを受けてきた。

 そんな家について知りたいことなど何もない。

 しかし、ダンテはそんなジャックをうらやましがった。


「いいなぁ、、。僕は魔法使いの家系じゃないからさ。魔法使いになること自体、すごく反対されたんだよね」


 魔法使いの家系ならば、何もしなくても必然的に魔法使いになることになるが、一般人家庭から魔法使いになることは難しい。

 そもそも一般人は魔法使いを下に見ている傾向がある。

 だからダンテは魔法使いの才能を否定され続けたのだろう。

 生まれた家庭は違えど、ジャックとダンテの立場は似ている。

 魔法使いとしての才能を否定されたジャックと、人間として生きることを強要きょうようされたダンテ。

 まだ二十分ほどしかジャックはダンテと関わっていないが、もうほとんど信用しきっていた。

 実力面からしても当然信頼を置けるのだが、なんといっても人格面が整い過ぎている。

 普段から関わっているドラグーン寮の同級生達ももちろん優しいし、ジャックがよく一緒に居るウルカ、ウォン、ホルンも親切だが、それとは違った雰囲気ふんいきが感じられた。

 ウォン達の優しさが慈愛じあいだとしたなら、ダンテの優しさは誠実せいじつ。どこか一線を引きながらも、自然に良い印象を抱かせるものだ。

 だからだろうか。完全には信用できないのは。


「どうしてそこまでして魔法使いになりたかったんだ?」

「昔から本が好きでね。その中に魔法使いに関する物語があったんだ。僕は魔法が身近にない環境で育ったから、自然とその物語で語られる魔法に憧れたんだ」


 それを口にするダンテの表情はどこかほがらかだ。

 その本がいかに今のダンテを形作っているかを感じ取ることが出来る。

 だが、ジャックは首を傾げた。


「でも才能があったのは偶然だろ?よく実現できたな」


 いかに魔法使いに憧れたとしても、才能がなければただの人間にならざるを得ない。

 小さい頃に夢見た魔法使いに実際なれていること自体が異常なのだ。


「うん。それは神様に感謝だね。もちろん、努力も果てしないほど積み上げてきたけどね」

「それは見てれば分かる」

光栄こうえいだね」

「、、?」


 ダンテの実力が高いことは、ここまでの戦闘を見ていれば分かる。ジャックは素直にそれをめたのだが、ダンテからはみょうな返答をされた。

 ジャックがその言葉の意味を咀嚼そしゃくできずにいると、もう目の前に迫っていた頂上にたどり着く。

 ダンテは人差し指を口許くちもとに当てて追及しようとしたジャックを制し、しげみで体を隠しながら頂上の様子をうかがい始めた。

 ジャックも隣に並んでのぞき込む。

 そこに居たのは、八つの首を持つへびだった。

 ジャックはあまり知識がないのでわからないが、その姿を見てダンテがすぐに口を開く。


「、、災害さいがい級魔物のヤマタノオロチだね。強力で手数の多い攻撃が厄介やっかい。ここは他のみんなを待つのが一番な気がするけど、、、」

「間違いなくどちらかが攻撃されるだろうな」


 ここまで山全体を音で探ってきたジャックだが、その足音や声からジャックとダンテ以外は、間違いなく同じ寮の生徒だけで行動している。

 このまま誰か来るのを待っているとするなら、先に来た寮によってどちらかが攻撃されることは確定的に明らか。

 ならばダンテはこう判断するだろう。


「なら僕達二人でやれるだけやろう。その間にどちらかの寮が来たなら、それは仕方ない、お相子あいこってことでどう?」

「俺もそれが最善さいぜんだと思う。だが、一つだけ言っておく」

「何?」


 ジャックは立ち上がると、右手首を回しながらダンテを見下ろした。


「俺はお前を攻撃させるつもりはないし、攻撃される気もない」


 それはジャックの意地だ。

 頂上まで何事もなく一番に到達できたのは、間違いなくダンテのおかげであり、ジャック一人では成しえなかった。

 なら完全には信用しなくとも、命くらいは保証する。

 ジャックの言葉を聞いたダンテは、眉一つ動かさずに微笑びしょうを浮かべた。


「わかった」


 ダンテも立ち上がると、二人は一斉に飛び出した。

 ヤマタノオロチは二人を認識すると、一斉に一頭いっとうずつ伸ばしてくる。


「剣」

「根」


 ジャックは右手に形成した剣で首を断ち切ろうとするが、寸前で首を逸らされ、傷を与える程度に止まる。

 ダンテは地面から伸ばした根で頭を挟み込んで固定すると、さらに根を生やして首に根を突き刺した。

 次々に首が迫り、二人を翻弄する。

 最初に一頭だけ潰したダンテだったが、それ以降は完全にダンテの魔法も見切られてしまっているし、ジャックに至っては防ぐだけで反撃すら狙えない。

 一頭をなんとか弾いたジャックに、右と左から同時に首が迫ってきた。

 全く速さに差がない同時攻撃。ジャックの右手に握られている剣だけで防ぐことはできないだろう。


「ジャック君!」


 ダンテがそう叫ぶが、完全に分断されている上に助けられるだけの余裕がない。

 しかし、ジャックは至って冷静だった。

 ここでこれを使うことはジャックにとっては想定外ではあったが、手加減てかげんをして死ぬくらいなら、全力でぶつかりたい。

 ジャックは右手の剣を真上に投げ、両手を左右に突き出して詠唱した。


「剣」


 両手に剣が形成され、一気に左右二つの首を切り落とした。

 そして大きく跳躍し、真上に投げていた剣を蹴ってもう一つ首を切り落とす。

 地面に着地すると、ジャックの頭に雷が落ちたような激痛が走った。


「くそっ、、」


 先程ジャックが行ったのは二重ダブル詠唱キャスト。と言っても土属性魔法の『剣』はあまり魔力を消費しないので、これくらい割と誰でもできるのだが、ジャックの魔力量ではもう限界に近い。少なくともこれ以上何かを詠唱するのは無理だ。

 体内精霊が悲鳴を上げ、体に激痛が走る。

 だが、これで半分の首を落とすことに成功した。勝利が見えてくる。

 その希望きぼうに背中を押され、ジャックは再び走り出した。

 人間には不可能な速度で首に迫ったが、一瞬で体をひねったヤマタノオロチによってを真横からぶつけられそうになる。

 両者ともに目にも止まらぬ速度だが、ジャックの方が少し上手うわてだ。

 両手の剣をクロスして重ね、尾による重たい攻撃を受け、その勢いを加えた高速回転で、首を二つ切り落とした。

 疲労のせいか上手く着地できず、ジャックはそのまま地面に転がる。

 残りの首は二つ。

 あとはダンテの出番だ。


「根」


 ヤマタノオロチを全方向から飛び出した大量の根が狙う。

 ここまで指向性しこうせいのある魔法を操ることができるのは、間違いなくダンテの実力が高い証拠だろう。

 地上であれば逃げ場はゼロだったが、ヤマタノオロチは蛇。巨体を捻って地面にもぐり始めた。

 それを見たダンテが不敵に笑う。


「かかったね」


 地面に潜ったはずのヤマタノオロチは、しかしすぐに何本もの根によって胴体どうたい串刺くしざしにされた状態で、空中に飛び出してきた。

 ダンテが使う草属性魔法は、植物をいくつかに分解して生成する魔法。

 根が地面から飛び出してくるのは、そうダンテが操っているだけに過ぎず、別に地面から出して攻撃する必要はない。

 つまり、ヤマタノオロチが地面に逃げることを予測し、事前に攻撃するための根を残しておいたのだ。

 胴体こそ貫いたが、首を狙わなければヤマタノオロチを討伐することはできない。

 すぐに追撃をかけようとしたダンテだったが、すぐ右方向から目の前に電撃でんげきが通り過ぎて行った。

 その方向にいるのは、ドラグーン寮生であるあかしの赤いローブに身を包んだ、金髪の少女、ウルカ・ツヴァン。

 ウルカは地面に倒れたままのジャックを見て叫ぶ。


「ジャックさん!大丈夫ですか!?」


 そう声をかけるが、魔力不足の苦痛にさいなまれているジャックは動かない。

 ウルカは怒りをその顔ににじませながらも、冷静にアッシュとホルンに耳打みみうちした。


「私があの方の相手をいたしますわ。その隙にジャックさんを」

「ええで」

「私も」


 三人が同意し、ウルカが詠唱する。


雷電らいでん


 いくつかの巨大な雷電がダンテに高速で迫るが、それは全て正面から根によって防がれる。

 上級魔法を防がれたことに、ウルカは目を見開いた。


「まさかこれをしのぐなんて」


 今回は数を少なくして威力いりょくを高めた形だった。それをなんなく防がれたのだ。

 これではアッシュとホルンをジャックの元へ向かわせることができない。

 ウルカは両手をダンテに向けると、最大限に神経を集中させた。


「雷電」


 二重詠唱によって極限きょくげんまで強化された雷電。

 流石にダンテも正面からすべてを受け止めることはできず、残りをバックステップでかわした。

 この隙にアッシュとホルンがジャックの元へたどり着き、ジャックの体を揺らす。


「ジャックくん!大丈夫!?」

「、、、ああ」

「こりゃあ魔力切れやな。大人しく転がっとくんやで?動いたら苦痛は長引くで」


 魔法使いにとって、魔力は人間における酸素さんそと同じくらい価値が高い。

 魔力がなければ体を動かすことすらままならない。

 だが、ジャックは確かにダンテに約束やくそくしたのだ。

 絶対にジャックの安全を保障ほしょうすると。


「バリア!」


 ジャックが立ち上がろうとした瞬間、ホルンが詠唱した。

 どうやらリヴァイア寮の生徒も到着とうちゃくしたようで、ジャック達ドラグーン寮の生徒を攻撃し始めたようだ。

 その中でも先頭にいた女子生徒が叫ぶ。


「ダンテくん!助けに来たよー!」


 ダンテはその女子生徒の隣に並ぶと、ほほを流れる汗を右手でぬぐった。


「アンナ。僕がヤマタノオロチに止めを刺すから、君達はドラグーン寮の相手を頼める?」


 ダンテの言葉に、アンナと呼ばれた女子生徒が張り切って、ウインクしながらサムズアップする。


「おっけー!」


 リヴァイア寮の生徒達の到着を皮切かわきりに、本格的にドラグーン寮の生徒とリヴァイア寮の生徒が魔法の撃ち合いを始めた。

 ダンテはアンナに伝えた通りヤマタノオロチの討伐を狙うが、魔法が飛び交う戦場の中で下手に動くことが出来ない。

 しかし、動けないからと言ってこのままではジリひんだ。

 ダンテは一か八かで根を使って跳躍、空中に放置された串刺しのままのヤマタノオロチに近づくが、それを見逃さないウルカではない。

 正確な魔法操作によってダンテに直撃するかと思われた雷電は、彼に命中することはなかった。

 激痛の中で跳躍したジャックが剣で受け止めたのだ。


「ジャック君!?」


 驚くのも無理はない。

 ほとんど両寮の全生徒がそろっているこの場でダンテをかばうということは、仲間からの信頼を失うかもしれないということ。その危険を承知でジャックは助けた。

 とても理性的とは思えない。

 ジャックはダンテを助けたが、敵には変わりない。

 リヴァイア寮からジャックに向けて魔法が放たれるが、それは空中で巨大な炎に飲み込まれて消えた。

 ダンテが想定していた以上の火力に驚いて視線を向けると、ちょうど両寮の中間ほどの場所に、ドラグーン寮のローブに身を包んだ黒髪の男子生徒がいる。

 ウォン・エスノーズ。一年生最強として入学を許可された生徒だ。

 だが、ジャックを守るのは当然として、なぜかダンテに魔法を放つ気配がない。

 ジャックが守ったということは、ダンテも守る必要があると、そう判断したのだろう。

 それに気づいた瞬間、ダンテは歯をきしませた。


「もう終わらせよう」


 ダンテはそう言うと、ジャックに聞こえない声で何かを詠唱する。

 次の瞬間には残っていたヤマタノオロチの二つの首が、両方とも血しぶきをあげて切断されていた。

 普通の人間より遥かに優れた動体視力どうたいしりょくを持つジャックでも、ダンテが今何をしたのかを認識することはできない。

 ダンテ以外の全員が呆然ぼうぜんとしたまま、特別授業はリヴァイア寮の勝利に終わった。


*************************************


 寝室のベッドに仰向あおむけになり、ジャックは考え事をしていた。

 結局、ダンテは何がしたかったのか。

 ヤマタノオロチを殺した最後の魔法は、一体何だったのだろう。あれを使えば最初からヤマタノオロチの首を全て落とすことだってできただろうに、ダンテは使わなかった。

 というよりも、使う気がなかったと言った方が合っているのかもしれない。

 ダンテはウォンを見た瞬間に様子がおかしくなった。

 親切だったはずの彼の顔には、苦しみや怒りなどのネガティブな感情が凝縮ぎょうしゅくされているように見えた気がする。

 いくら考えても答えは出ないが、ジャックが直感的に感じていたよりも、ダンテは注意するべき生徒だということだけは分かる。


*************************************


「へ~、ダンテくんがアレ使うなんて珍しくない?」

「期末試験に向けて取っておくべきだったね。ごめん」


 リヴァイア寮の談話室。

 無限に周りに広がっている水面みなもと青空の上に、テーブルとイスが置かれている。

 そこに座っているのはダンテ、アンナ、女子生徒一人だ。

 女子生徒は今日の特別授業の内容について聞き、どこか楽し気に話すが、ダンテは自分の反省を素直に伝える。

 それをフォローしたのはアンナ。


「それだけあの黒髪の人が強かったってことだよね?ダンテくんが意識してアレ使うわけないもん」

「それは私も分かってるよ。だから、おもしろいんじゃん?」


 女子生徒は凶悪きょうあくそうに笑みを深めた。


「いいこと思いついちゃった、、。次の期末試験、私たちは、ウォン・エスノーズに宣戦せんせん布告ふこくする、、!」

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