第六章 爆裂少女

 一学期中間試験の騒動そうどうから一週間。

 ウォン達が同級生達に受け入れられたのは、まだ記憶に新しい。

 本格的に人と関わり始めて、ウォンは一つ学んだことがある。

 それは、人間関係はめんどくさいということだ。


「ねね、いいじゃん。付き合ってよ」


 日付ひづけが新しくなるくらいの時間、ウォンがココアでも飲もうと談話室だんわしつに向かうと、そんな男の声が聞こえてきた。

 談話室にいたのは、知らない上級生の男子生徒とマナ。

 どうやら取り込み中だったようだ。

 出直でなおそうとも思ったのだが、男子生徒に対してマナがこまったようにしていたので、助けることにする。


「何して、、」

「あっ!」


 ウォンが口をはさもうとした瞬間、マナがウォンの方へってきた。

 マナはおもむろにウォンの腕に抱きつく。


「わ、私!この人と付き合ってるから!」

「え、、」


 ウォンが状況を飲み込めずにいると、男子生徒の顔にいかりが浮かぶ。


趣味しゅみ悪」


 それだけ言って、男子生徒は寝室しんしつに戻っていった。

 それを見届みとどけてから、マナは胸をで下ろす。


「、、マナ」

「ん?何?」


 ウォンを見上げるマナは何も気が付いていない。

 だが、この感触かんしょくを感じ続けるのは、ウォンの精神せいしん衛生上えいせいじょうよろしくないのは間違いないだろう。


うで

「あ、ごめんごめん。すっかり忘れてた」


 マナが腕から離れると、今までに見たこともないほどマナの表情が暗くなる。


「変なところ見せちゃったね」

「ううん」

「あの先輩さ、前からちょっと付きまとわれてるって言うか、そんな感じなんだよね」


 マナはソファの背もたれに腰掛こしかけると、両手を合わせて頭を下げてきた。


「お願い!少しの間、私と付き合ってるフリをして欲しいの!」


 マナはドラグーン寮の中でもカースト一軍に属するほどの生徒であり、当然容姿も完璧かんぺきだ。

 一般的な十四歳の男子なら、この願いをすぐに快諾かいだくしただろうが、ウォンは一般的ではない。

 ウォンは首を傾げた。


「付き合うって、、何?」

「え、、?」

「え、、?」


 ウォンとマナの間に沈黙ちんもくが流れる。

 マナは知らなかったが、ウォンはアステリア魔法学校に入学するまで、母親であるペトラとしか関わっていなかった。

 そんなウォンが、女子と交際こうさいするという行為こういそのものを知っているわけがないのだ。

 流石に想定外だったらしいマナは、少し考える素振そぶりを見せてから口を開いた。


「あの先輩に付きまとわれないように、ウォンくんに一緒に居てほしいってことかな」

「ボディガード?」

「まあ、そんな感じ?」


 マナは一軍に所属できるほど、人を見ることにはけている。

 だから、付き合うということについて解説したならば、きっとウォンは受け入れてくれないと思った。

 ウォンが真っすぐな人だと、もう分かっているから。

 少しだましてしまうような形にはなったが、頼んでいた内容と相違そういがあるわけではない。

 ウォンが少し考えてからマナに聞く。


「いつまで?」

「うーん、、。とりあえず一週間かな。その間はずっと一緒に居てもらえれば」


 いくらマナに付きまとっている男子生徒が粘着質ねんちゃくしつだとしても、一週間も常に一緒に居れば流石にあきらめるだろう。

 ウォンはマナの言葉にうなずく。


「引き受ける」

「ホント!?ありがと!」


 こうして、ウォンとマナの偽恋人関係が始まった。


**************************************


 朝になり、ウォンはいつも通り、仲間達と話すべく談話室に来ていた。

 既にジャック、ウルカ、ホルンの三人全員がそろっていて、談笑だんしょうしている。

 それにしてもウォンはかなり寝てしまった。もうすぐ授業のために生徒達が活動を始める八時ごろ。残念ざんねんながら、今日はもう雑談ざつだんをしている時間はないだろう。


「あ、ウォンくんおはよう」

「おはよ、ウォン」

「ウォンさんおはようございます。中々お目覚めざめになりませんでしたので、てっきり体調がすぐれないのかと心配しておりましたのよ?」

「大丈夫」


 ウォンは月に一度ほどの頻度ひんどで寝起きが悪い日がある。その日には決まって悪夢あくむを見るのだが、別に体調に支障ししょうがあるわけではない。

 ソファに座っていた三人が立ち上がると、ウォンに呼びかけた。


「もう朝食を摂りに行った方がよろしいでしょう。行きましょう、ウォンさん」

「待って」


 談話室から出ようと歩き始めた三人を、ウォンが引き留めた。

 普段ならこのまま三人と行動を共にするのだが、この一週間はそうすることができない。

 振り返った三人から視線を向けられる。


「ウォン?」


 そう声をかけたジャックも、この後のウォンがまさかの宣言せんげんをするとは、思ってもみなかった。

 ウォンは刹那せつなも迷うことなく、ただ淡々たんたんと言う。


「付き合った」


 三人に電流が走ったような衝撃が伝わり、その顔には明らかな驚きしか現れていない。

 困惑しつつも、ウルカが事実を明らかにしようとする。


「そ、それは、どなたと、、、」

「マナ」

「へ、へー、、、」


 もはやそれ以上の追及ついきゅうはウルカ視点では必要ない。まさかウォンが付き合うという行為の意味を勘違かんちがいしているとは、誰も思っていないからだ。

 ウォンにとっての付き合うとは、これから一週間マナを守るボディガードになることなので、本来の意味とはかけ離れているのだが。

 とはいえウルカがここまで言葉を詰まらせているのは、別に彼女がウォンに気があるわけではない。

 隣にいる天使てんしのような少女から、とんでもない負のオーラが感じられるからだ。

 ジャックもそれを感じ取っているようで、挙動きょどう不審ふしんになりながら、彼女の顔を覗き込んだ。


「ほ、ホルン。どうかしたのか?」

「うん。それが?」

「何でもないです、、」


 ホルンは目の中のかがやきを完全に失いながら、さらっと質問を肯定こうていした。

 その圧には、魔物を相手にしても引かなかったジャックが引き下がったほど。

 ウォンもそれを感じ取り、あわてて補足する。


「い、一週間だけ」

「あ、そうなんだ。よかったぁ」


 胸を撫で下ろすホルンだったが、ウルカの反応は違った。

 引きつった笑みを浮かべ、ウォンに聞く。


「そ、それって大丈夫なんですの?」

「大丈夫」


 ウォンが何も分かっていない顔でサムズアップして見せると、ウルカはひたいを押さえてため息をついた。


「わかりましたわ。今度、ウォンさんには色々教えて差し上げます。いいですわね?」

「は、、、はい」


 若干じゃっかん後悔こうかいもしたところで、一年生女子の寝室から一人の女子生徒が飛び出してきた。

 それはくだんの女子生徒、マナだった。

 マナはウォンを見つけると、駆け足で近づいてくる。


「ウォンくん、おはよー!」

「おはよう」


 朝からかなりハイテンションだが、それがマナだ。これが自然体しぜんたいだと言えるだろう。

 マナはウォンの目の前に来ると、ニカっと笑った。


「そろそろご飯行くと思って、頑張って早起きしたの!早く行こ?」


 マナはそう言うと、モジモジとして落ち着かない様子になった。まるで何かを待っているような感じ。

 ウォンはよく分からなかったが、とりあえず右手を差し出してみると、マナはそこに左手をからませてきた。

 先程よりも近くなったマナが笑う。


「もしかして手慣てなれてる?」

「ううん」


 ウォンがここまで女子と密着みっちゃくするのは初めてだ。

 そんなやり取りをながめていたウルカが、ため息交じりにきびすを返す。


わたくし達はお邪魔じゃまですわね。お先に失礼しましょう」


 そう言って、ウルカは残りの二人を引きずっていった。

 これから一週間は彼らと別行動になってしまう。何もないといいが。


**************************************


 一限目は魔法技術の授業。

 一年生にして上級魔法の二重ダブル詠唱キャストまで会得えとくしているウォンからすれば、かなり暇な時間とも言えるが、闇属性魔法を練習する機会にはなっている。

 魔法技術の授業は基本的に生徒が自主練習をしている様子を見て、教師であるルカが口出しするというものなので、生徒同士の会話などはあまり制限されていない。

 ウォンは普段ならジャック達といるのだが、今日はマナと二人で練習にはげんでいた。

 マナの適正属性は、ウォンと同じ火属性。その中でも爆破ばくは魔法を使う魔女だ。

 爆破の初級魔法しか使っているところを見たことはないが、それでも非常に威力が高い。

 すると、隣に座るマナが話しかけてきた。


「ねえウォンくん。その人の適正属性が、どういう風に決まってるか知ってる?」

体内たいない精霊せいれい?」

「そう。体内精霊の属性なんだけど、それを決めるのが人格じんかく


 右手の上で小さな爆発を花火はなびのようにしているマナの表情は、どこか物憂ものうげだ。


「私は普通の火の魔法は使えなくて、爆破魔法しか使えないから、きっと私はひどひど》い人間なんだなって」


 そういえば初回の錬金術れんきんじゅつの授業でも、そんなことを言っていた気がする。

 爆破魔法は一線級の魔法士も多く使用しているほど、殺傷力さっしょうりょくが高い魔法であり、鍛錬たんれんをいくら積んでもその使い道は戦闘しかない。


「違う。優しい」


 ウォンはそれだけは言える。

 例え人を傷つける魔法しか使えないとしても、それを気にしている時点でとても優しいことには違いない。

 だが、マナが顔を上げることはなかった。


「優しくないよ」


 そんな会話をしていると、教師であるルカが近づいてきた。

 その顔には悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべている。


「なーにしてんの?お二人さん」

「なんでもなーい。それより先生って、何重まで詠唱できるの?」

「多分三重かな?それがどうかしたのん?」

「いや、それくらい火力あるなら、なんで魔法士まほうしにならなかったのかなって」


 きっとルカは男女二人でいたウォン達をからかいにでも来たのだろうが、マナのたくみな話術わじゅつの前には無理だったようだ。

 確かにルカは『灼熱しゃくねつの魔女』と呼ばれるほど、火力が高い魔女だが、現在は謎に教師をしている。別に教師に向いているわけではないのにだ。

 それほどの戦闘能力があるなら、人材的に重宝ちょうほうされる魔法士になった方が名声も富も、現在とは段違いなものだっただろう。

 ルカは少しの笑みをたたえたまま、マナやウォンと同じように座った。


「確かにね。私がこの学校の生徒だったときは、このまま魔法士になるんだろうなって、そう思ってた。でもねー、同級生の一人が現代最強に選ばれちゃって、かわいそうだったから支えないないとって、なったんだろうね」

「その同級生って、、」

「そうそう。シャンラ・ランパートだよん」


 アステリア魔法学校の校長という座は、なりたくてなれるようなものではない。

 ただの魔法大国ティンベルの名門魔法学校の校長だけではなく、現代で最強の魔法使いであると、魔法省から任命にんめいされるのだ。

 しかし、ルカの口振りでは、シャンラはアステリア魔法学校の校長以外に、目指していたものや希望していた進路があったのだろう。

 まだ魔法を学び始めてすぐのウォン達は彼女の実力をうらやましがってしまうのだが、そう考えると現代最強も良いものとは言えない。


「はい、そんじゃ今度はそっちの話ね」

「え、、」

「私の前で誤魔化ごまかせるとは思わない方が良いよん」


 どうやらマナが話をらしたことに、完全に気付いていたらしい。

 マナは観念かんねんしたように、事情を話した。


「なるほどね~、確かにロキ・ライは面倒かも」


 ドラグーン寮二年生、ロキ・ライ。

 入学して一か月半ほどしか経っていないウォン達一年生も、名前自体は聞いたことがある。

 アステリア魔法学校は一学期につき中間試験と期末試験が存在しているが、三学期には学年末試験の一つしかなく、そこでは学年の順位が決定される。

 ロキは二年生約百二十人の中でも一桁ひとけた順位という、上位の成績を収めている魔法使いだ。


「ライの魔法は性格悪いからね~」

「どんな魔法を使うんですか?」

付与ふよ魔法だよん。魔道具まどうぐを作ったり、戦ってるフィールドに細工さいくしたりって感じ。私は好きじゃないね」


 付与魔法とは、物質に魔力を流し込み、その物質そのものに魔法を持たせる、要は個人で魔法陣を作るようなものだ。

 かなり使える人が限られる高等魔法ではあるが、その実、戦闘力が低い欠点があり、あまり魔法使い向けではなく、どちらかというと魔道具を作って販売する、魔導士まどうし向きの魔法。

 そんな魔法で上位の実力を持っているロキは、思っていたよりも手ごわそうだ。


「ま、戦い方以外は普通だから、あとは君達のやり方次第じゃん?」


 ルカの言葉の意味が分からず二人が首を傾げると、ルカはあきれたように補足した。


「とりあえず一週間エスノーズがフレイヤを守ったとして、その後どうやって決着付けるつもり?もしフレイヤが振ったことにするなら、エスノーズの評価は下がるだろうし、その逆ならエスノーズが反感はんかん買うでしょ」

「あ、、」


 マナはあやまちに気付いたようで、顔色を悪くする。

 だが、ウォンは未だに首を傾げたままだ。


「どうでも良くない?」


 ウォンにとっては評価などどうでもいい。中間試験以降は同級生達とも会話出来るようになったが、それ以前の評価はひどいものだった。

 たとえ評価を再び悪化させたとしても、ホルンやジャック、ウルカは変わらず仲間でいてくれるだろうから、ウォンにとってはさほど重要な問題ではないのだが、マナは焦った顔をウォンに近づけて言う。


「何言ってるの!私のせいでウォンくんがまた嫌われちゃうなんて、絶対嫌だよ!」

「でも、」

「でもじゃないから!」


 マナはいつも通り振舞ってはいるが、実はウォンに対してとても罪悪感ざいあくかんを感じている。

 これ以上マナが罪を重ねるわけにはいかないのだ。

 二人の様子を見ていたルカが笑みを深めると、人差し指を立てて口を開く。


「なら、一つだけ解決策かいけつさくがあるよん」


 マナが驚いた様子でルカを見る。


「え、、。それって、、」

「もちろん、試合だよん」


*************************************


 本日の授業は終了し、ウォンはマナを連れていつも通りギランに魔法を教えてもらうため、第一競技場に来ていた。

 マナは魔法実戦の授業でかなり疲労ひろうしたようで、二階の観客席の一席で体育座りをして寝ている。

 ギランにつたないながら事情を説明すると、ギランはあごに手を添えた。


「なるほど。つまりはエスノーズとフレイヤが付き合っていることにはせず、ライに契約けいやく付きで試合を申し込むということか」

「うん」


 ルカが提案したのは、ウォンとマナが付き合っているフリをするのではなく、単純にマナを守るため、これ以上マナに付きまとわないことを条件に、ロキとウォンが試合をするというもの。

 アステリア魔法学校では立ち合いの教師が一人いれば、どこでも試合を行うことが出来る。

 立ち合いに関してはルカが既に承諾しょうだくしてくれたので、あとはロキに試合を申し込むだけだ。

 ギランが少しだけ考える素振りを見せてから口を開く。


「俺は賛成さんせいだ。エスノーズの実力は二年生の上位にも匹敵ひってきするものだと、俺は認識しているからな。魔法使いとしても、授業以外の魔法戦闘を経験していた方がいいだろう」

「そうなんだ」

「ああ。俺も一年生の頃から多くの上級生から試合を申し込まれてな。そのおかげで実力がつちかわれた部分もあるが」


 ギランと幼馴染おさななじみのウルカや、兄であるグランから聞いたことがある。

 ギランは去年の生徒会選挙で、圧倒的な実力を認められて生徒会長になった。その背景には一年生の頃から大量の試合をこなし、全戦全勝を積み上げた実績がある。

 ウォンを気に入っているギランらしい判断だ。


「それにしてもライか。ちょうどいい塩梅あんばいだな」

「ちょうどいい?」

「そうだ。ライが使う魔法はもう知ってるか?」

「付与魔法」

「付与魔法は非常に厄介やっかいで、今のエスノーズでは勝算しょうさんは正直低い。だが、この試合は単なる試合じゃない。勝たなくてはならないものだ」

「じゃあどうすれば?」


 ウォンには皆目かいもく見当けんとうもつかない。

 確かに付与魔法なんてウォンは相手にしたことがないし、ルカから聞いた前情報では勝算が低いのもわかる。

 しかし、この師匠ししょうは必ずウォンを導いてくれる。


「簡単な話だ。エスノーズ。今までの戦いを思い出してみろ」


 ウォンは入学してからの戦いを思い出す。

 最初は魔法実戦の授業。ウルカと仲間ではなかったウォン達はあまり作戦を立てず、力技ちからわざで相手をねじ伏せた。

 次は魔法生物の授業。ウルカが考えた作戦で見事に勝利を収めたが、結局は魔法力によるごり押しだ。

 次にクルーシャードと戦った中間試験。四人で戦い、なんとか勝利したが、二重詠唱に物を言わせた。

 最後に錬金術の授業。ウィップウッド相手に作戦勝ちした。

 その全てを鮮明せんめいに思い出し、ウォンは二つほど共通点を見つけた。

 ほとんどが力技であり、安定した勝利のためにはウルカの作戦が必要不可欠だということ。

 結論におもいいたったのを察したらしいギランが口を開く。


「わかったか。エスノーズは災害級魔物を相手にしても純粋じゅんすいな魔法力だけで勝利を収めることが出来るほど魔法使いとして優れているが、付与魔法のような相手には、ウルカの作戦なしでは勝利が難しい。そこでだ。今回の試合では考えて魔法を使うことを学んでもらう」


*************************************


 第一競技場の真ん中、ウォンは床に座り込み、肩で息をする。

 一方のギランは呼吸こきゅうが全く乱れていない。

 改めて実感するが、ギランの実力は卓越たくえつしている。

 あくまでウォンの体感だが、ギランならクルーシャード相手でも瞬殺しゅんさつできるほどだ。


「試合はいつにする予定だ?」

「、、さあ?」


 全く計画性けいかくせいのない返答をすると、ギランが眉間みけんにしわを寄せる。


「お前、、そういうところあるよな」


 ギランはこの後生徒会の仕事があるようで、ウォンに呆れながら第一競技場から去っていった。

 ウォンはマナを起こすために二階の観客席に向かい、マナの体をらす。


「マナ」

「ん、、、」


 体を揺らしてみるが、マナは言葉なのか曖昧あいまいな声を出すだけで起きる気配がない。

 仕方ないので起きるまで待つことにすると、第一競技場に誰かが入ってくる。

 マナと付き合っていないことにしなければいけないので、咄嗟とっさにウォンは詠唱した。


かげ


 ウォンとマナの姿をかくし、入ってきた人物を見据みすえた。

 それはロキだった。

 アステリア魔法学校に四つある競技場は、授業等で使用されていないときは生徒が自由に使うことができる。

 夕方まではウォンとギランが使っているが、それ以降は当然他の生徒も使う。

 ロキにバレるのは最もまずいため、ウォンは息をひそめた。

 ロキは右手を床に触れさせると、静かに詠唱する。


付与ふよ


 床に微細びさいな違和感が走るが、肉眼にくがんでは何も変化がない。

 ロキが一度両手を叩き合わせ、その音を空間に響かせた。

 次の瞬間、床から何本もの火柱ひばしらが上がる。

 ここまで探知不能な不意打ふいうちを可能にするとは、ウォンは予想していなかったが、さらに厄介な事実も発覚した。

 付与魔法は光属性を基本とした魔法のはずだが、今目の前でロキは火柱を上げて見せた。つまりは、付与さえすれば全属性の魔法を使用できるということだ。

 更なる情報を求めようとすると、ウォンとロキの視線が重なる。


「なあ。いつまでそこにいるつもりだ?」

「っ!?」


 どうやらロキはウォンが隠れていたことに気付いていたらしい。

 ここは誤魔化しても仕方ないので、素直に魔法を解除かいじょすることにした。

 姿を現すと、ロキは一度舌打ちをする。


「お前かよ。しかもこんな所でマナと二人とか、喧嘩けんか売ってんの?」

「売ってない」

「嘘つくなよ。どうせならここで試合でもするか?」


 それはウォンからしてみれば、かなり魅力的みりょくてきな話だった。

 どうやってロキに試合を申し込むのかを、ウォンはなやんでいたのだ。

 アステリア魔法学校に入学してからというもの、ウォンは対人関係があまりかんばしくない。

 最近になって同級生とも打ち明けてきたのだから、当然上級生と関わりなんてない。

 今の魔法を見せられて勝てる確証かくしょうはないが、ここは乗った方が吉だろう。


「わかった」


 ウォンが頷くと、ロキが凶悪きょうあくそうな笑みで顔をゆがめる。


「立ち合いの教師を呼ぶが、指定はないな?」

「うん」


 ロキが右手を制服のエンブレムに重ねると、口を開く。


「我、ドラグーン寮二年生、ロキ・ライ」


 そう言うと、ロキの目の前に透明とうめいらぎが現れる。

 そこにはロキ・ライの名前が記されていった。

 ウォンも一階に降り、揺らぎの目の前でエンブレムに右手を添える。


「ドラグーン寮一年生、ウォン・エスノーズ」


 揺らぎにウォンの名前もきざまれると、第一競技場の入口から小柄な女性が入ってきた。

 右手をひらひらと振る彼女は、ルカだった。


「やあやあお二人さん。私が立ち会うよん」


 その顔には軽薄けいはくさが浮かんでいる。

 ルカも揺らぎの目の前まで来ると、右手を揺らぎに伸ばした。


立会人たちあいにん、ルカ・スカーレット。両者、契約を」


 この契約こそが試合の特権とっけん

 魔法により決して破ることができない契約を結ばされるのだ。

 これが友人同士なら何も契約せずに試合をしたりするようだが、今回は話が全く違う。

 マナがかかっているのだ。


「マナに付きまとわないで」

「それがお前の契約か?」

「うん」

「なら俺が勝ったら一つ要求ようきゅうを聞くこと。それでいいか?」

「いい」


 この契約だけ見れば、ロキとウォンの契約内容に差がありすぎるような気がするが、ウォンは他に望むことがないため、この契約内容で何も問題はない。

 ルカは両手を体の前で合わせた。


「両者の契約を魔法の名のもとで結ぶ。それでは両者、互いに距離を取れ」


 ウォンとロキがそれぞれ十メートル以上離れると、ルカが右手を高く上げる。


「試合開始」


 ルカが右手を勢いよく下げた瞬間、床に右手を付けたロキとウォンが同時に詠唱する。


「火炎」

「付与」


 まずは上級魔法の火力で攻略できないかを試すウォンだが、火炎がロキに届く前にバリアによってふせがれる。

 圧倒的に汎用性はんようせいが高すぎる。

 ウォンはこの隙に距離を詰めようと走り出すが、ロキは冷静に詠唱した。


「付与」


 その瞬間違和感が走り、ウォンは右斜め前に飛ぶ。

 ウォンの真横に雷が降り注ぎ、その風圧ふうあつでウォンは床に転がった。

 全身を打ちながらも更なる違和感の連続に、ウォンはすぐに立ち上がって走る。

 ウォンを狙って次々に発生する多種たしゅ多様たような魔法。ここまでわずかな違和感だけで避けられているウォンが異常なのだ。

 だが、このまま防戦一方ではウォンは詠唱すらできない。

 ウォンはギランとの練習を思い出した。

 純粋な火力以外の要素を戦いに介入かいにゅうさせるなら、闇属性魔法を効果的に使う必要がある。

 ウォンはロキの口許くちもとに注意を向けた。

 立て続けの詠唱を繰り返しているロキだが、必ず詠唱の間には明確な隙が生じるはずだ。

 火柱をかわした瞬間、ウォンは詠唱する。


「闇」


 第一競技場をおおいつくすほどの闇を発生させ、ウォンはすぐに制服のローブを脱いだ。

 ウォンが姿を隠していても気づいたことや、ここまでの戦いから気づいたことがある。

 ロキは探知魔法も付与している。

 ウォンはそれを逆手に取ることにしたのだ。


「闇」


 魔法操作でローブに闇の体を生成し、まっすぐロキがいる方向へ走らせ始める。

 ウォンもそれにピッタリくっつくように走り始めると、ウォンに違和感が走り、ウォンだけが右斜め前に跳躍ちょうやくした。

 進み続けたローブが火柱に焼かれ、その風圧で闇が完全に振り払われる。

 ウォンは風圧を背に受け、闇が晴れて姿が見えたロキの目の前にまでおどり出た。


魔道具まどうぐ


 そのままロキを押し倒そうとするが、嫌な予感がしたため、空中で体をひねらせてロキのすぐ近くに着地する。

 ウォンの右肩からは血が流れていた。

 先程の詠唱の正体は、今ロキの右手に握られている。

 ジャックがいつも使うような片手剣かたてけん。だが、どこか普通の剣とは違う気がする。

 しかし、ここで更に詠唱させるわけにはいかない。間髪かんぱつ入れずにウォンは詠唱した。


「火炎」


 放たれた火炎だったが、ロキは剣先けんさきを火炎に向けるだけで回避かいひしようとはしない。

 ウォンが微かに感じていた剣への違和感。

 ロキの持っている剣は、魔法が付与された魔道具だった。

 バリアによって防がれ、むしろ制限された視界がウォンを苦しめる。

 直感的に魔法を解除してバックステップをすると、数瞬前までウォンがいた場所に剣があった。

 だが、ロキは一歩も足を動かしてはいない。

 剣が伸びていたのだ。


「これも避けんのか。えぐいな」


 そう言うロキは笑っていた。

 ウォンからしてみれば全く笑えない状況なのだが、勝利の希望は既に見えている。

 ロキは先程まで床に触れていたため、全く読むことのできない攻撃を繰り出されていたが、今は剣にしか触れていない。つまりは、剣さえ注意していれば何も問題はない。

 あの剣に付与されている魔法は現時点でバリアと刀身を伸ばす魔法の二種類。

 足を床につけていないと剣が伸びて負けかねない。空中で避けることは至難しなんわざだろう。

 ウォンが床を蹴って距離を詰めようとすると、当然刀身を伸ばしてきた。

 剣がウォンをかすめる寸前にウォンは詠唱する。


「火炎」


 ロキは当然背後からの火炎を警戒けいかいし、振り返って剣先からバリアを展開したが、そこには火炎はない。

 ウォンは一か八か、詠唱するフリをしてロキの攻撃をふうじた。

 その隙に距離を詰めようとするが、これだけで負けるロキではない。

 剣先を曲げながらウォンに向かって伸ばぢ、まるでへびのような形にして攻撃してくる。

 だが、これに関しては対策を見出していた。


「火」

「アッツ!?」


 ウォンが詠唱した瞬間、ロキが剣を手放てばなす。

 ウォンはロキの手の平に火を発生させ、剣を手放させたのだ。

 そのまま右手を首に押し付け、宣言する。


降参こうさんして」

「、、、、」


 ウォンとロキの視線がぶつかる。

 数秒間の沈黙が流れた。

 その間、ウォンの心臓しんぞうがうるさいほど鼓動こどうする。

 それは単純に急激な戦闘に疲労しているせいもあるが、まだウォンが敗北の可能性を視野しやに入れていたからだ。

 ロキの使う付与魔法が空間に適応できないという保証はない。

 ここまで床を媒体ばいたいとして魔法を発動していたロキだったが、それ自体が大きなブラフで、本当は空間にまで魔法を付与できるのではないのかと。

 しかし、その心配はロキの笑みによって杞憂きゆうに終わった。


「降参こーさん。流石に無理だよ」


 ロキが宣言すると、ルカが口を開く。


「そこまで。勝者、ウォン・エスノーズ」


 ウォンとロキが離れると、ロキは先程までとは打って変わって、人の良さそうな笑みをこぼす。


「いやぁ。まさかここまで強いとは思ってなかったな。探知たんちまで逆手さかてに取るなんて」

「どういうこと?」


 ここまで来て真実に気づかないほど、ウォンも鈍感どんかんではない。

 すると、寝ていたはずのマナとルカが二人に近づいてきた。


「それは、フレイヤから説明するよん」


 マナがウォンの目の前まで来ると、両手を頭の前で合わせて頭を下げた。


「ごめん!ウォンくん!実は、、私達三人でウォンくんを騙してたの!」

「え、、」

「マナを責めないでよ?俺が頼んだことなんだ」


 ロキは前髪まえがみをかき上げてから続ける。


「一年生に二属性適性が出たって聞いてな。しかもかなりの実力と来た。どんな形でもいいから戦ってみたかったんだ」

「、、それだけ?」


 ウォンが首を傾げると、周りの三人が頷くので、思わずため息をついて座り込んだ。

 明らかに慌てた様子のマナが駆け寄る。


「だ、大丈夫!?ごめんね!ほんとに!」

「違うよ」


 ウォンはこの三人に言わないといけないことがある。


「言われればやった」


 ウォンはロキから普通に試合を申し込まれたとしても、断る理由は全くなかった。

 普通に試合を申し込んでくれていたなら、ここまでロキに嫌な印象を持たずに済んだ。

 それだけではない。


「マナも。無事だし」


 元々マナを心配したからこそ引き受けた偽の恋人関係。もしロキに勝ったとしても、必ずロキとマナの間には軋轢あつれきが生じていたことだろう。

 マナが無事でいてくれるだけで、肩の荷が下りた気分だ。


「安心とか、後悔とか。いっぱい」


 ウォンは基本的に人を疑うことを知らない。

 信じた人は最後まで信じるし、嫌な人は最後まで嫌う。

 だからこそ、真実を知って感情がぐちゃぐちゃに入り混じっているのだ。

 ルカがマナの肩を軽く叩くと、振り返ったマナに頷く。

 体育座りで顔を伏せるウォンを、マナが優しく抱きしめた。


「ごめんね。私、ウォンくんを苦しめた」


 だけどね、とマナは続ける。


「ウォンくんが私のために頑張ってくれたこと、すっごくうれしかったよ。ありがとね」

「俺からも礼を言うよ。お前は確かに強かった。戦えてよかったぜ」


 ロキからも礼を言われるが、ウォンが顔を上げる気配はない。

 流石に焦ったらしいロキが慌ててマナに言う。


「ど、どうしよう」

「どうしようも何も、私達がやったんだからね?」

「よ、よしよしとか」

「よしよし!?そんなの無理なんだけど!」

「いいから」

「むー、、」


 ロキに説得され、マナは恐る恐るウォンの頭を左手で撫でる。


「よ、よーしよーし」


 結局ウォンが顔を上げたのは、それから十分近く後のことだった。

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