第五章 派手目の錬金術師

 渡竜わたりりゅうクルーシャードが襲来しゅうらいし、一学期中間試験を地獄じごくに変えた翌日の夜、ウォンは謎の魔法で体に力が入らず、医務室いむしつ治療ちりょうを受けていたが、晴れて寮に戻ることができた。

 ホルンも体を動かす分には問題なく、ジャックも右手の骨折こっせつのみなので、お見舞みまいに来ていたウルカもふくめ、四人で談話室だんわしつに向かっている。

 どこかウキウキとしたウルカを、不思議に思ったジャックが聞く。


「どうかしたのか?」

「ふふ。きっと驚くと思いますわよ」


 見るからにご機嫌きげんなウルカに他の三人は首を傾げながらも、ドラグーン寮の談話室につながっている魔法陣にたどり着いた。

 先頭を歩いていたウルカだったが、魔法陣に触れず、左手で三人をまねく。


「お先にどうぞ」


 三人はウルカの笑みの意味が分からないまま、順番に魔法陣に触れ、談話室に転送された。

 だが、その先にあったのは、いつもの談話室の景色ではない。

 この時間は入浴にゅうよくや明日の準備などで人が居ないことが多いのだが、そこには三十人近くの生徒がいた。

 胸に一年生を示すエンブレムがある彼らは、転送先を取り囲むように円状えんじょうに並んでいる。

 ウォン達三人が戸惑とまどっていると、彼らは一斉いっせいに頭を下げ始めた。


『今まで、ごめんなさい』


 彼らがそう言うと、ウルカも遅れて転送されてきた。

 相変あいかわらず甘い笑みを浮かべている。


「驚いたでしょう?」

「ウルカちゃん、これって、、」

「その説明は、僕らからさせてもらうで」


 そう言って前に出てきたのは、ねまくりの黒髪の少年。

 西洋せいようなまりの口調くちょうで、笑みを浮かべている。


「この前の騒動で、僕ら助けられたやん?それで話し合ったんよ。いい加減かげん意地張るんはやめて、君らに謝った方がいいんとちゃう?って」

わたくしは昨日謝っていただきましたわ」

「ま、ウルカちゃんには試験の情報も提供ていきょうしてもらっとったからな。謝るのは当然やろ」


 見た目に反して優しそうな笑みを浮かべる少年。

 今にも物陰ものかげかくれたいウォンに、少年が近づいてくる。


「ほんまに後悔しとるんよ。君らはボロボロになるまであのバケモンと戦っとったっちゅうのに、僕らは逃げることに必死やったんやもん。特に、君には完敗や。誰よりもかがいとったで、自分」

「あ、ありがとう」

謙虚けんきょやな~」


 ウォンは謙虚でもあるが、同時に人見知ひとみしりでもある。それがきっとよそよそしさを出しているのだろう。

 少年はウォンに苦笑しつつも、右手を差し出した。


「アッシュ・グレイや。よろしゅうな、ウォンくん」

「うん、。よろしく?」

疑問形ぎもんけいなんは突っ込まんで?」


 アッシュが仲良くなったのを見て、他の生徒達もウォン達に押しかけてくる。

 死の危険から彼らを守ったウォン達は、さながらヒーローにでも見えているようで、耳が二つでは足りないほどの追及ついきゅうがきた。

 ちなみにウォンは終始、頷いているだけだった。


**************************************


 ようやく追及が落ち着き、消灯時間となったところで、ウォンは談話室に出てきていた。

 すると、そこには見慣れた栗色の少女がいる。


「ホルン?」

「あれ、ウォンくん?」


 ホルンは白いワンピースタイプのパジャマを着ていて、どこかなまめかしい。

 人見知りであるウォンだが、当然女子に対する免疫めんえきなどないので、動揺どうようで固まっていると、ホルンが首を傾げた。


「どうかした?」

「、、いや」


 なんとか意識を元に戻し、ウォンはホルンと同じように、ソファに腰掛こしかけた。

 ホルンは目を合わせるでもなく、少し上を見つめながら口を開く。


「本当に、よかったよ」

「何が?」


 本当に心当たりがなかったので、ウォンがホルンの方をのぞき見ると、ホルンもウォンの目を見つめる。

 その表情は柔らかい。


「この学校に入学してさ、ようやくウォンくんがみんなに認められたから。それがうれしくってね」

「なんで?」

「だって、ウォンくんにはいっぱい良いところがあるのに、それも知らないでみんな好き勝手言うから、、。そんなの嫌だよ」

「、、そう?」

「そうだよ?でも、あんまり知られ過ぎるのは、嫌だな、、」

「大丈夫」


 ウォンは下手なりに精一杯せいいっぱい笑みを浮かべる。


「最初に伝えるから」


 きっとふるえていただろう。きっとゆがんでいただろう。きっと似合っていないだろう。

 それでも、自分のことで心から喜んでもらえるような友人には、心からの言葉をおくりたい。

 それが届いたかどうかは定かではないが、ホルンは柔らかな笑みを浮かべ、両手を胸に前に置く。


「じゃあ、最初に聞いてあげるね」


 そう言うと、ホルンはゆっくりと立ち上がった。


「もう寝るね。おやすみ」

「おやすみ」


**************************************


 翌日の午前、ウォン達一年生ドラグーン寮の生徒達は、ある授業を受けるため、いつもとは違って、校舎の外に来ていた。

 外と言っても学校の敷地内しきちないで、様々なところへ転移される魔法陣が集められた、生徒達の間では『駅』と呼ばれている場所だ。

 そこには、一人の若い女性教師が立っている。

 帽子ぼうしを浅くかぶり、普通よりすその短いローブとスカートに身を包んだ教師は、右手を挙げて元気に挨拶あいさつをした。


「はい、おはようございまーす!私は、シャノン・フィブリア!みんなに錬金術れんきんじゅつを教えます!」


 錬金術は最も古い魔法と呼ばれる学問がくもんで、あまり現代の魔法使いには人気がないが、この教師はおよそ錬金術の教師とは思えないほど若い。

 生徒が全体として困惑していると、シャノンがくちびるとがらせる。


「ねぇぇ、、こんなに可愛いシャノンちゃんが教えるってのに、なんでこんなにテンション低いわけ?」


 まるで子供のようにいじけて見せるシャノン。

 こうして見ると、シャノンはグラン同様、そこまでウォン達と年齢が離れていない気がした。

 そこで、アッシュがシャノンに対して笑みを浮かべる。


「いやいや先生、むしろ先生がかわええから、なんも言えんかったんよ」

「あらそう?ならいいわ」


 まだウォンは知り合って間もないが、アッシュはこういう場面でよごれ役を背負う印象だ。

 それはのらりくらりとしたアッシュだからこそだろう。

 すると、シャノンが一度胸の前で手を叩いた。


「それじゃ、今日の授業内容を説明させてもらうよ」


 そう言ってシャノンが指を指したのは、緑色の魔法陣。


「これは巨大迷路『垣根かきね』に繋がってる魔法陣なんだけど、垣根について知ってる子はいる?」


 シャノンの質問に対して、手を挙げたのはウルカ。

 しかし、シャノンは笑みを止め、ウルカを当てようとはしない。


「なーんだ、知ってる子いるのね。つまんないの。じゃ、次の説明するから」


 どうやらシャノンは本当に垣根について聞いていたわけではないようで、先程とは人が変わったように顔に影を落としている。


「これからこの魔法陣を使って転送されるけど、その場には三人しかしないわ。三人ずつ十班で迷路を突破とっぱしてもらう。魔法の制限は特にないけど、空を飛ぶのは禁止ね。最初に突破した班には、私特製のご褒美ほうびをあげるわ。はい、じゃあどんどん入っていってね」


 シャノンの指示で続々と魔法陣に触れていく。

 割と最後尾さいこうびにウォンはいたのだが、ふいにシャノンに視線を向けた。

 シャノンにも、ウォンは見覚えがある。

 真顔のシャノンは、先ほどまでの可愛らしさや華奢きゃしゃな感じではなく、本当に魔女なのだと実感できた。

 ウォンも魔法陣に触れて転移すると、そこには骨折が完治かんちしたらしいジャックと、見知らぬ女子生徒がいる。


「ウォンか。知ってるやつがいてよかった」

「うん」


 ジャックは魔法体質の影響か、あまり人に対して心を開きにくい。こと魔法学校の生徒なんて、特にジャックが警戒する人種じんしゅだろう。

 ウォン達の会話を聞いていた赤髪の女子生徒が、笑みを浮かべながら口を開く。


「二人ともよろしくね。私、マナ・フレイヤ」

「ああ、よろしく頼む。俺は、、」

「大丈夫大丈夫。ジャックくんとウォンくんでしょ?流石に知ってるよ。この前は守ってくれてありがとね」


 人の良さそうな笑みを浮かべるマナ。

 ジャックやウォンは知らなかったが、一年生ドラグーン寮の生徒の中では一軍に属する生徒だ。

 そして、ウォンやウルカと遜色そんしょくないほどの実力者でもある。


「それじゃ、そろそろ出発しよっか」


 先頭に立って歩き出そうとしたマナの肩を、ウォンがつかんで止める。

 彼女のポニーテールがれた。

 振り返ったマナに、ウォンではなくジャックが説明する。


闇雲やみくもに進むのはやめた方がいい。この迷路、何かある」

「な、何かって?」

「それはわからないが、明らかに自然じゃない音が聞こえる」


 ジャックの魔法体質は単純に運動神経を飛躍ひやくさせるだけのものではなく、五感ごかんそのものも強化する。

 その気になれば、この巨大迷路全体の音を聞き分けることも可能だろう。

 とりあえずここで方針を決めておく必要がある。


「俺が音を聞き分けて進むのが一番安全だとは思うが、今見えてる情報だけが全てとは限らないからな。完全に安全にってのは約束できない」

「でも、現状でそれが最善さいぜんなんでしょ?」

「ああ、そうだ」

「じゃあそれでいこっ。ウォンくんは?」

「それでいい」


 三人の意見が一致いっちし、ジャックの五感を頼りに進むことになった。

 ジャックが先頭、真ん中にマナで、最後にウォンで進む。

 ウォンが後方こうほうを一度見てから正面を向きなおすと、目の前にマナの顔があった。

 とても不思議そうな顔をしている。


「ウォンくんって何考えてるか、わかんないね」

「そう?」


 内心ないしん、急にマナの顔が目の前に現れてかなり動揺しているのだが、顔にも出にくいタイプなので、そう思われているようだ。

 マナは右手の人差ひとさし指をほほに当て、首を傾げる。


「うーん、なんかね。さっきも質問の答え知ってたのに、言わなかったでしょ?」

「え、、」


 正直、見破みやぶられているとは思わなかった。

 確かにウォンもウルカと同じように、垣根について知っている。

 垣根は文字通り垣根に囲まれた巨大迷路。そして、生えている垣根はただの植物ではない。自立して思考することができる、魔法生物だ。

 たとえジャックの感覚が優れていようと、急に垣根が動き出し、ウォン達を襲ってくる可能性もある。

 それでも口をはさまなかったのは、二人と同じように、それが最善だと思ったからだ。


「すごい実力を持ってるのに、それを使わないのって、不思議じゃない?」


 ウォンは自分のことを過小評価するふしがある。

 それは、ウォンに魔法使いとしての才能があまりないからだ。そう言うと嫌味いやみに聞こえる魔法使いもいるだろうが、そうではない。

 その才能以上に、ウォンは圧倒的な努力を積み上げてきた。

 魔法という才能が九割の世界で、九割の才能では埋められないほどの努力をした。

 それが世間一般から見てすごかったとしても、とても美しいものとは言えない。

 だからウォンは決して自慢じまんしたりはしないのだ。

 しかし、マナは笑みを浮かべて言う。


「私はさ、あんまり魔法好きじゃないんだ」

「なんで?」


 ウォンは魔法が好きだ。好きだからこそ努力できた。

 魔法は現実であり得ないことを、現実にしてくれる。そんな魔法を嫌いという事実を、ウォンは理解できない。

 マナは自分の右手を見つめた。


「私の力じゃ戦うことしかできないもん。頑張がんばって努力して、人を傷つけた先には後悔しかないんだよ」


 ウォンはマナについて何も知らないが、目の前で悲しそうにしている少女を放っておくことはできない。


「マナ?」


 マナの顔を覗き込んで心配して見せるのだが、それとは裏腹うらはらに、マナは笑って見せる。


「なーんてね。冗談じょうだんジョーダン」


 意味が分からず、ウォンがポカンとしていると、マナが腹をかかえて笑い始めた。その目には、笑い過ぎて涙が浮かんでいる。


「アー苦し。まさかそんなに心配してくれると思わなかったんだよ。ごめんごめん」


 そんな風にウォンとマナがたわむれていると、何かを感じ取ったらしいジャックが声を上げる。


「来るぞ!」


 垣根から伸ばされたツルを、三人は跳躍ちょうやくしてかわす。

 そこには先程までのゆるんでいたマナやウォンの姿はなく、真剣な魔法使いの姿しかない。


「なにこれ!?」

「この迷路自体が生物なんだ!」


 ジャックが言う通り、この迷路を構成している垣根自体が魔法生物。

 たとえこの攻撃を防いでも、狙いをつけられたからには、簡単には攻撃は止まないだろう。


「剣」


 ジャックが詠唱えいしょうし、出現した剣でツルを切った。

 しかし、立て続けに無数のツルが襲い掛かってくる。

 垣根に視覚は存在しないため、闇属性魔法は効力こうりょくがない。

 ここは火属性魔法をおとなしく使うことにした。


「火炎」


 後方全てのツルを焼き払うと、前方に右手を構えたマナも詠唱する。


ばく!」


 初級魔法とは思えないほどの威力いりょくで、前方にあるツルを爆破ばくはした。

 そのすきにジャックが叫ぶ。


「走れ!」


 その合図で三人は一斉に走り出すが、ツルは依然いぜんとして全方向から襲い掛かってくる。


「爆!」

「火炎」


 広範囲攻撃が可能なマナとウォンが迎撃げいげきするが、収まる気配は一切ない。


「これいつまで続くのー!?」


 マナがそう言うのも無理はない。今は春季末、垣根の活動が活性化かっせいかしだす時期だ。

 養分ようぶんを得るため、簡単には獲物えものを逃してはくれない。

 しかもここは巨大な迷路。追われていても闇雲に逃げれば逆に命取いのちとりだ。

 ウォンは先頭を走るジャックの横に並ぶ。


「ジャック」

「大丈夫だ。この先にはあいつがいる」


 ジャックについて進んでいくと、そこには同じくツルを迎撃しているウルカ、ホルン、アッシュがいた。

 どうやらジャックの言っていた相手は、ウルカだったらしい。

 それにしても音を聞くだけで誰がどこにいるか分かるとは、ウォンの想像以上にジャックの魔法体質は強力だ。


「ジャックさん!?どうして!?」

「話は後だ!まずはツルをなんとかする!」


 ウォン達三人とウルカ達三人でツルに完全に挟まれた。

 この状況はむしろ危険なように感じるが、対策を考える時間は作ることが出来る。

 ホルンは神経を集中し、詠唱した。


「バリア!」


 六人全員を囲むようなドーム型のバリア。

 これで少しは攻撃を防ぐことができるだろう。


「それで、説明してくださいますか?」


 ウルカが説明を求めるのは当然だろう。

 ウォン達が逃げてきたせいでツルに挟まれる形になったのだから。


「お前が居ることは分かってたからな」


 ジャックがそう言うと、ウルカがあきれたようにため息をつく。


「つまりは嫌がらせですの?」

「そうじゃない。俺達三人だとどうしても闇雲に応戦おうせんせざるを得なかったが、それだとこの迷路を抜けることが出来ない。お前みたいに策を立てることにけたやつが必要だった」

「、、、」


 いつものごとくジャックに対して呆れモードだったウルカだが、急にだまりこくって斜め下あたりに視線を向け始めた。


「、、まあいいですわ。ホルンさん、あとどれくらい持ちますか?」

「えぇと、、三分くらいかな」


 ツルがバリア自体に巻き付き始めている。

 いくらツルがもろいと言っても、ここまでの数になればそれくらいが限度げんどになるだろう。

 ウルカはすぐにあごに手を添え、考え始めた。

 二人の様子を見ていたアッシュが苦笑くしょうする。


「ほんま、素直すなおやないなぁ」


 その言葉の意味が分からなかったのか、ジャックが首を傾げる。


「誰が?」

「両方や」


 いまだに理解できていないジャックとは裏腹に、完全に意味を理解しているウォンとマナが激しく同意する。

 ジャックがウォンとは違う種類の口下手くちべたであることは分かっているが、ウルカもウルカで自分の気持ちを素直に伝えることが得意ではない。

 この二人の会話を見ていると、よくみ合っていない場面がある。

 すると、作戦を思いついたらしいウルカが口を開いた。


「このままバリアを展開てんかいしたまま、私、ウォンさん、マナさんで全方位攻撃をいたします。ツルを殲滅せんめつしたその隙に、アッシュさんが魔法で私達の姿を隠してください。そうすれば狙われなくなるはずですわ」

「、、、」


 非の打ちどころがない作戦だが、ジャックの出番がない。

 それぞれが頷いている中で、一人俯いていたジャックを、ウォンは見逃さなかった。


「ホルンさんには負担になってしまいますが、、、」

「気にしてないよ。前にもあったしね」


 以前の魔法生物の授業でもバリアを内側から高火力の魔法でくだいたことがあった。

 魔法の使用者からすれば結構な負担だとは思うが、ホルンは嫌な顔一つせずに快諾かいだくする。

 ウォン、ウルカ、マナがそれぞれ構え、ウルカが合図した。


「今ですわ!」

「火炎」

「爆!」

「雷電」


 バリアを打ち破って全方位に放たれた魔法で、ツルを全て焼き尽くす。

 その瞬間に、アッシュが詠唱した。


かげ


 ウォン達には違和感のみが伝わっているが、周囲から見れば、完全に姿が見えなくなっている。

 さすがウルカの作戦。完璧にツルの追跡をくことができた。


「この状態で進みますわ。ジャックさん」

「、、なんだ」

「どこか変なにおいはしませんか?そこがゴールのはずなのですけど」


 明らかにテンションが下がっているジャックだが、ここは協力せざるを得ない。

 ジャックが目を閉じて匂いをぐと、確かに変な匂いがする。


「あった。先導せんどうする」


 ジャック先頭に歩き始めたが、どこか歯切はぎれの悪いジャックに、ウルカは首を傾げる。


「ジャックさん、どうかしたのかしら?」

「ジャックくんはくやしかったんとちゃうか?」

「悔しい、というと?」


 本気で分かっていないらしいウルカに、アッシュが苦笑しながら答える。


「自分の作戦にジャックくんを含めなかったやろ?男っちゅうのは負けず嫌いやからなぁ。力不足だとでも思っとるんよ」


 アッシュの言葉に、ウルカは明らかに動揺する。


「え、私はそんなこと、、」

「ウルカちゃんがそう思っとっても、それをジャックくんに伝えな分からへんよ。ええ?」

「は、はい。そうですわね、、」


 ウルカは歩きながら、考え事を始めた。


**************************************


「着いたぞ」


 ウォン達がたどり着いたのは、少しひらけた広場のような場所。

 中央に一つの石碑せきひがある。

 ウルカが石碑に触れると、そこに文字が浮かび上がってきた。


「これは、、『バーカ♡』?」


 耳をうたがうような発言をした瞬間、ウォン達の背後に何かが現れる。

 振り返ると、そこにはシャノンがいて、右手を石碑に向けていた。


「錬金『魔物』」


 詠唱されると、石碑が次第に形を変えていく。

 それは巨大な木となり、そのみきに顔が現れた。

 それを認識するより前に木がえだを伸ばし、ウルカに振り下ろす。

 いきなりの出来事でウルカも反応できなかったが、枝がウルカに当たることはなかった。

 気が付くとウルカはうでの中にいて、見上げるとジャックの顔がある。


「ジャックさん、、?」


 どうやら反応できなかったウルカをジャックが助けたようで、ゆっくりと下ろされる。


「あれくらいけろ」

「む、無理言わないでください!」


 ジャックの反射神経があったからこそウルカは助かったが、ジャック以外は全く反応できていなかった。

 至近距離で不意打ふいうちを受けたウルカが、反応できるわけがない。

 ジャックが木を見つめて言う。


「あれは何だ?」

「、、ウィップウッドですわ。驚異級魔物の中でも上位の」


 ウルカは少し間を空けてから答えたが、わざとではない。

 すでに思考中だからこそ、返事がおろそかになったのだ。

 返事をしてすぐに顔を上げたウルカに、ジャックが視線を向ける。


「それで、作戦は?」

「え、、」

「もう思いついてるんだろ?」


 ジャックは悪戯いたずらっぽく笑って見せる。

 数瞬すうしゅん驚いて何も言えなかったウルカだったが、すぐに口許くちもとを緩めてから、真剣な表情になった。


「ええ。今回は働いてもらいますわよ」

「ああ。どんと来い」


 一度ウィップウッドから距離を取ると、ウルカはみんなに作戦を伝え始めた。

 その様子を、シャノンがニマニマと笑いながら見つめる。


「さて、どうするかにゃん?」


 作戦を伝え終えると、すぐにウォン、マナ、ジャックが走り始めた。

 三人はウィップウッドを正面から相手取あいてどり、時間を稼ぐ役割。

 最初にジャックが詠唱する。


「剣」


 右手に剣を生成し、前から迫ってくる枝を切り落とす。

 左右からも次々に枝が振り下ろされるが、目にも止まらぬ太刀筋たちすじで全てを切り落としていると、次第に手数が多くなっていった。

 ジャックは走っていた足を止め、防御ぼうぎょ専念せんねんせざるを得なくなる。

 だが、サーベルベアーと戦った時のジャックとは、もう違った。

 隙を見せたジャックに背後からせまった枝を、ジャックは目で見ることもなく切り落とす。

 ジャックにとって視覚しかくなど必要のないものだ。

 例え見ていなくても、枝が空中を切り進んでいく音は聞こえている。

 ならば後はそれを迎え撃つのみなのだ。

 しかし、流石に驚異級魔物の中でも上位の魔物。

 今度は数多くの枝をたばね、一本の巨大な枝としてジャックを正面からつらぬこうとする。

 それを断ち切ることはできず、受け止めるだけでかなり後方まで動かされた。

 普通にまずい状況ではあるのだが、ジャックは凶暴きょうぼうな笑みを浮かべる。


「あいつの言った通りだな。やるぞ!」

「りょーかい!爆!」


 ジャックが呼びかけてすぐに、マナが詠唱する。

 ジャックを襲っていた枝を爆破し、ウォンとマナがジャックと並んだ。

 すると、今度はウィップウッドに大量に生えている葉がウォン達ウォン達目掛けて飛んでくる。

 これはクルーシャードの羽を飛ばす魔法の劣化版れっかばんではあるが、この数をマナとジャックは防ぐことが出来ない。

 ならどうするか。その答えは明白めいはくだ。


「火炎」


 巨大な火炎が葉を全て飲み込み、ウィップウッドに迫っていく。

 このまま燃やし尽くせると思われたが、そう甘くはない。

 細い枝を高速で動かすことで火炎を打ち消したのだ。

 だが、この攻撃はジャックが全て防ぐことが出来る。

 こうしてサイクルが回されていく。

 ウルカが作戦を伝えた時に言っていたウィップウッドの特徴とくちょうは、あらゆる魔法への適応てきおう。つまりは、相手によって変幻自在へんげんじざいな戦い方をするということ。

 そこで、ウォン達三人はお互いの魔法の弱点をおぎない合う形で戦っているのだ。

 着実にダメージを与えることが出来る戦法せんぽうではあるが、ことウィップウッド相手では決定打けっていだにはなり得ない。

 太陽の光をび続けているウィップウッドは光合成こうごうせいによってダメージを回復かいふくし続ける。

 ウォン達が折角与えたダメージが全て元に戻ろうとしたが、それを防ぐのはアッシュの仕事だ。


「闇」


 ウィップウッドの上に闇を生み出し、太陽の光をシャットアウトした。

 もちろんこれだけでは先程の火炎のように晴らされてしまうが、そこはしっかりと考えられている。


「バリア」


 ホルンが闇とウィップウッドの間にバリアを展開し、ウィップウッドが闇に干渉かんしょうできないようにする。

 これで回復はできない。

 そして、この闇には別の役割もある。

 ウォン達三人がウィップウッドの注意を引き付け続けていると、ウルカが声を上げた。


「できましたわ!皆さん、私の合図で退避たいひを!」


 ウルカが地面に書いた魔法陣に魔力をそそぎ込むと、魔法陣が光り始めた。


「今ですわ!」


 ウルカの合図でウォン達もバックステップで、ウィップウッドと距離きょりを取る。

 困惑するウィップウッドに、ウルカは笑みを浮かべた。


「気づかなかったでしょう?」


 それはウルカ達がつい二日前に見た魔法。


「大魔法、落雷雨らくらいう!」


 空から大量の雷がり注ぎ、ウィップウッドに直撃ちょくげきした。

 ウィップウッドはあらゆる魔法に適応することができるが、例外れいがいも存在する。

 雷には適応できないのだ。

 黒くげたウィップウッドは動かなくなり、次第に元の石碑に戻っていく。

 しかし、石碑に浮かび上がったのは文字ではなく、魔法陣だった。

 それに触れたウォン達は、駅に転送される。

 転送されると、シャノンが笑みを浮かべて待っていた。


「脱出おめでと。まさかこんなに早く出てくるとは思わなかったにゃん」

「魔物をけしかけておいて良く言いますわ、、」

「はて、なんのことかにゃ、、、?」


 目線をらすシャノンに六人は呆れた。

 そんな生徒達の様子に気付いたのか、シャノンがあわててローブから何かを取り出す。


「こ、これ、約束してたご褒美!」


 それは何かのつつみだった。

 可愛らしいラッピングであり、マナが興味きょうみ津々しんしんに聞く。


「これなんですか?」

「ふふん。私特製のクッキーだよ」


 胸を張って言って見せるシャノンだが、六人は真顔だ。


「え、みんなどうかしたの?」


 全く見当けんとうがついていないシャノンに、六人の言葉がシンクロする。


毒物どくぶつ!?』

「な、失礼だよ!」


 結局シャノンの特製クッキーを受け取る者はいなかった。


**************************************


 昼休みに入り、ウォン達四人が食堂で昼食をり始めてすぐ、ジャックが席から立ち上がる。


「水取ってくる」

「あ、私も行きますわ」


 ウルカは突発とっぱつ的に立ち上がり、ジャックと二人で水をもらいにカウンターに並ぶ。

 ちょうどみ合う時間でもあるので、少しだけ待つことになりそうだ。

 ウルカはアッシュの言葉を思い出す。


「ジャックさん、先程はありがとうございました」


 ウルカはウィップウッドから守ってくれたことについて、感謝をべた。


「別に。大したことじゃない」


 目線を逸らすジャックに、ウルカは笑みを深める。


「照れているの、丸分まるわかりですわよ」

「照れてない」

「ふふ。ではそうしておきましょうか」


 二人は四人分の水を受け取ると、ウォンとホルンの元へ戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る