第四章 衝突する陰謀

 アステリア魔法学校に入り、もうすぐで一か月がとうとしていた。

 最初こそ二属性適性によって孤立こりつしたウォンは、同じドラグーン寮の仲間である、ホルン、ジャック、ウルカと常に行動を共にしており、充実じゅうじつした学校生活を送っている。

 そんなウォンは、朝は少し早く起き、談話室だんわしつで仲間達と話すことを日課にっかにしていた。

 今朝けさも起きて制服に着替え、寝室から談話室に向かう。

 談話室に入ってまず目に入ってきたのは、ソファに座っている白髪はくはつの少年と金髪きんぱつの少女だった。

 ウォンは談笑している様子のジャックとウルカに声をかける。


「おはよう」

「おはようございます。ウォンさん」

「おはよ、ウォン」


 ウルカは当初とうしょウォンに敵対心てきたいしんいだいており、それによってジャックとの仲は最悪さいあくと呼べるものだったのだが、今となっては普通に談笑できるような仲になっている。

 すると、この場にはもう一人の仲間であるホルンがいないことに気付く。

 気になっていても聞くことが出来ない口下手くちべたなウォンをさっしてか、ウルカが口を開いた。


「ホルンさんならまだ寝ていますわ。昨晩さくばんも遅くまで勉強していたようでしたので」


 ホルンは一般家庭いっぱんかてい出身であり、ほとんどが魔法使いの名家めいか出身であるアステリア魔法学校ではめずらしい存在だ。

 それだけでもすごいのだが、一般家庭出身ではどうしても名家出身の生徒にはおとってしまう。

 その実力差を補うため、彼女は毎日必死に勉強をしているのだ。

 その頑張りを応援おうえんしないのは、友達としてあり得ないだろう。


「そういえば、ウォンさんはもう中間試験の話は聞きましたか?」

「聞いてない」


 ウルカの話はウォンにとって初耳はつみみだった。

 どこの学校でも定期試験というものは存在している。

 その内容は一般的に筆記ひっき試験が中心なのだろうが、ことアステリア魔法学校においては、そんなぬるいことはまずないだろう。

 日常的に行われている授業でさえ、の危険を十分にはらんでいるこの学校の試験。おそらく並みの試験ではない。


わたくしも先輩方から聞いたことなのでそこまでくわしくはないのですが、一週間後に一学期中間試験が行われるそうですわ」

「俺達一年生には聞かされてないよな。それって試験としてどうなんだ?」


 ジャックの質問は当然だった。

 通常、定期試験は試験前に十分に対策たいさくをしていどむものだが、ウォン達一年生には一週間後に試験をひかえているにも関わらず、それを知らされていない。

 だが、ウルカは考える瞬間しゅんかんもなく即答した。


「おそらく、私達の対応力たいおうりょくを試しているのでしょうね。あえて情報を流さないことで、上級生から情報を提供ていきょうしてもらう線や、即座に攻略法こうりゃくほうを編み出せるかなどの反応を見たいのでしょう」

「それで、今回は上級生からの情報提供ってわけだな」

「ええ。もちろん、私はこの情報をドラグーン寮の皆さんに提供いたしますわ。ですが、明確な内容はいまだに分かっていませんわ。いかにこの情報があったとしても、いそぎの対策をせまられるでしょうね」


 ウルカが上級生から聞いたのは、一学期中間試験が行われるという情報だけ。その内容まではまだ分かっていないため、試験内容を知ってすぐに攻略法を編み出すことを迫られるのも予想よそうされる。

 アステリア魔法学校の変則へんそく的な試験では、流石のウルカも寮全員をみちびくことは難しいかもしれない。ある意味この情報に一番焦っているのは、このウルカという少女なのだろう。

 すると、一年生女子の寝室から栗色くりいろの髪の毛をたずさえた少女が、ねむそうに目をこすりながら出てきた。


「おはよぉ」

「おはようございます、ホルンさん。もう少し寝ていてもよろしかったのですよ?」

「うぅん、、。でも、みんなは起きてるからさ、」

「無理して俺達に合わせなくてもいいんだぞ」

「うん」


 ホルンは本当によく頑張っている。

 ウォンも同じように努力を重ねてきたからこそ分かるが、確実に無理をしている。

 魔法という才能が九割の世界で、残りの一割の努力は一般的に言って意味がない。だが、それは努力自体の存在を完全に否定しているわけでは、決してない。

 ただ、努力が意味を成すまで積み上げられる魔法使い自体が一般ではない、という意味だ。

 ホルンを心配するウォン達だったが、ホルンは首を横に振る。


「私がしたいからしてるの。みんなが心配しなくても大丈夫」


 そう言ってうすく笑みを浮かべるホルンだったが、三人の不安はれないままだった。


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 「エスノーズ君。ちょっといいかい?」


 魔法実戦まほうじっせんの授業中、ウォンが試合を終えた後、魔法実戦の教師であるグランに呼び止められた。

 ウォンがグランの元へ向かうと、いつも通りのさわやかな表情のグランが口を開く。


「君はかなり優秀ゆうしゅうだね」

「お陰様かげさまで、、?」


 グランの言う通り、ウォンは入学してからの一か月間、魔法実戦の授業では試合に一度も負けていない。

 それは今までの努力に裏打うらうちちされたものなのだが、それを知るものはいない。


「だけどまだ一度も闇属性魔法を使っていないよね。折角せっかく他の生徒にはない二つ目の属性なのに」

「はい」


 ウォンはアステリア魔法学校に入り、初めて自分が二属性適性であるということを知った。

 二属性適性は魔法の名門、アステリア魔法学校でも二人目という異例いれい

 つまり、他の魔法使いにはない利点なのだ。

 しかし、元々火属性魔法のみをきわめてきたため、ウォンには闇属性魔法の使い方や、火属性との両立りょうりつの仕方がわからない。

 そのため、入学から一か月経った今でも、ウォンは一度も闇属性魔法を使っていないのだ。

 精一杯の相槌あいづちに対し、グランは苦笑する。


「いいよ、ギランもそんな感じだったから」


 ギランはアステリア魔法学校現生徒会長であり、ウォンと同じ二属性適性の生徒。グランの実の弟でもある。

 そして、本題ほんだいはここからのようだ。


「そこでなんだけど、ギランに魔法を教わってみるのはどう?きっと力になれると思うんだけど、、」


 ウォンからしてみれば、それはとても魅力的みりょくてきな話だ。

 アステリア魔法学校生徒会長とは、この学校で最強さいきょうであるということを表す。

 そんなギランに指導をされるのなら、ウォンもさらに強くなることが出来るだろう。

 だが、ウォンは別に強くなるためにアステリア魔法学校に入学したわけではない。

 他の生徒達よりも強いのは、入学するために必死に努力してきた副産物ふくさんぶつのようなものだ。

 拒否きょひしようとしたウォンだったが、それを伝える語彙力ごいりょくがない。

 すると、頭の中にこの状況を打開だかいする言葉が浮かんできた。


「、、大丈夫」

「そうか。なら、今日の放課後から教えてもらえるよう、ギランに言っておくよ」


 そう言って、グランは授業に戻って行ってしまった。

 ウォンはその場に立ち尽くすしかできない。

 グランは基本的にとても親切な教師で、生徒一人一人にできる指導はしまない、そんな教師だ。

 そのせいだろう。彼はウォンの口下手を理解し、素直すなおな意味の『大丈夫』として、ウォンの言葉を認識してしまった。

 こうして、ウォンはギランから魔法の指導を受けることになった。


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 昼休みになり、ウォン達四人は食堂で昼食をっていた。

 視野しやの広いウルカが授業でのウォンとグランの会話を見ていたようで、ウォンがたどたどしく三人に伝えると、ウルカが目を輝かせる。


「すごいじゃないですの!ギランさんに教わることができるなんて!」


 もはや本人よりも興奮こうふんしているウルカに、ジャックが首をかしげる。


「そんなにすごいことなのか?」

「当たり前ですわ!あの人の魔法はまさに芸術げいじゅつ!教えていただけるなんて、夢のようなことですのよ!?」


 もはやファンの領域りょういきに突入しているウルカに、ホルンが合点がてんのいったように声をかける。


「そっか。ウルカちゃんはギラン先輩とも昔から交流があるんだっけ」

「そうですわ。私のツヴァン家とギランさんのタリタ家は昔から交流がございます」

「へー。あの人は昔から魔法が上手かったのか?」


 ようやく落ち着いてきたウルカに、ジャックがテンション低くそう聞く。

 ジャックのテンションが低いのは、彼自身が少しギランに対して苦手意識があるからだろう。

 すると、ウルカはどこかを見つめながら答えた。


「ええ。私が十歳、ギランさんが十三歳の頃、ギランさんがパーティーでまい披露ひろうしたことがありますわ。精悍せいかんな表情で一挙手いっきょしゅ一投足いっとうそくたましいが揺れ、彼をいろどる魔力そのものが美しかったですわ。そして、彼が最後に放った光は、今でも私の心に残っているほどです」

「そんな風に思ってくれていたのか、ウルカ」


 熱く語っていたウルカにそう返したのは他の三人ではなく、いつの間にか近づいていたギランだった。

 しかし、ウルカは驚く様子もなく、ただ笑みを浮かべる。


「お久しぶりですわ。ギランさん」

「ああ、俺が一年生の時以来だな。二年生からは長期休暇も魔法省まほうしょうからの仕事でいそがしかったから」

「ご活躍はよく聞いていますわ。それで、ウォンさんに御用ごようがあるのでは?」

「ああ」


 ギランは視線をウルカからウォンに移した。


にいさんから話を聞いた。これから君を教える、ギラン・タリタだ。よろしく」

「、、よろしく」


 どうやらウォンは大変なことになってしまったようだ。


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 放課後になり、ウォンは第一競技場に向かう。

 ウォンが着いたころにはギランが既にいて、ローブをぎ、床に正座で座って何かをしているようだった。

 ウォンが近づいていくと、ギランが立ち上がる。


「来たか。早速始める」

「うん」


 ウォンがギランと同じようにローブを脱ぎ、たたんでから床に置いた。


「まずはエスノーズの適正属性を教えてくれ」

「火とやみ

「俺と似ているな。俺は火と光、まあ元々は光属性を使っていたんだがな。エスノーズと違って俺は、この学校に入学する前から自分が二属性適性であることを知っていた。だが、それが普通ではなかったからな。火属性魔法は人前ひとまえでは使わないようにしていたんだ」


 タリタ家はツヴァン家のような魔法の名家と交流があるほどの名家ではあるが、魔法を進んで子供に学ばせるような家ではない。なんとなくの感覚かんかく派が多いということだ。

 その中でもギランは珍しく、おさない頃から魔法を自発じはつ的に学んでいた。

 だが指導する人間もいないため、最初に彼が試したのは、手当てあたり次第にすべての属性の魔法を使ってみることだった。

 当然適正属性でない魔法を使うことはできないが、ギランに使えたのは火と光の二つだったということ。


「聞いたところによると、まだ闇属性魔法を使っていないようだな」

「うん」

「俺も一時期悩んだことがあるが、割り切るしかない。これはアンドリュー・グレイバーの体内精霊についての論文ろんぶんで得た知識だが、一人の人間に存在できる体内精霊の容量ようりょうには限りがある。そして、その論文の中で二属性適性の可能性について語られていた」


 ウォンは正直驚いていた。

 ギランが話している論文の執筆者しっぴつしゃが、今はもう死んでいるウォンの父親、アンドリューだったからだ。


「それによると、一人分の体内精霊で二つの属性を十分にあつかいきることはできない。だから、どちらかの属性を主軸しゅじくに添え、もう一方の属性を補助ほじょとするという方法が結論として出されていた」

「ギランも?」

「ああ。俺は火属性を主軸に、光属性で補助している感じだな。元々光属性を使っていたから分かるが、光と闇属性は補助的な魔法がほとんどで、まともな攻撃魔法が少ない。その結果だな。エスノーズは元々火属性魔法を使っているだろ。それを闇属性で補助する形にすれば良いだろう」


 ウォンが迷っていたのは、闇属性をどう扱うか。

 その答えが提示ていじできるのは、確かにギラン以外にいなかったかもしれない。

 ここからは本格的に指導を始めるようだ。

 まずは、ギランが床に正座で座る。

 ウォンも同じようにギランの正面に座ると、ゆっくりとまぶたを閉じた。


「魔法を使う時と同じで、全身に神経を集中させるんだ。この空気に含まれる魔素まそ存分ぞんぶんに感じ、それを体内で循環じゅんかんさせる。これを高速で繰り返すことで、体内精霊を酷使こくしすることに慣れさせる」


 神経を集中させることに関しては、ウォンは今までで死ぬほど鍛錬たんれんを積んできた。

 今まで局所きょくしょ的にしてきたそれを、全身で行う感覚に移していく。

 次第にウォンの体が空気と同化どうかするような感覚に至っていった。

 ここからは魔力循環だ。

 空気中から魔素を取り込み、体内をめぐる魔力の量を増やしながら、高速で魔力を循環させる。

 すると、ウォンの体が次第に熱くなっていく。

 この感覚をウォンは知っている。激痛げきつうの直前だ。


「ぐっ、、」


 ウォンが痛みにえながら少しずつ目を開けると、一目ひとめでわかるほど魔力が体からあふれ出していた。

 目の前のギランが声をかける。


「魔力が溢れ出しているな。体内精霊が負荷ふかに耐えきれていない。今日はこれくらいで、、」

「、、まだ」


 ウォンを止めようとしたギランだったが、ウォンの言葉で動きを止めた。

 その言葉には、どこか覇気はきが感じられたから。

 だが、魔力容量に関しては、完全に体内精霊に依存いぞんし、それ以外の要素が作用することはない。

 このまま続けたところで、結局は魔力暴走を起こして体がダメになるだけだ。

 ギランはいつでも止められるようにしていたが、その必要はなかった。

 ウォンは再び目を閉じ、神経をさらに集中させていく。

 もちろん激痛げきつうともなうこの状態で神経をまともに集中させることは、非常に難しい。

 おそらく一流の魔法使いでもできるのは一握ひとにぎりだろう。

 しかし、ウォンは普通ではない。

 少しずつ意識を心の深いところに落としていく。

 それに従って、急速きゅうそくに溢れ出ていた魔力が体の中に収まっていった。

 それも一時的なものではない。空気中から取り込む魔素の量も一定で何も変わっていない。

 ギランは目を見開く。


「驚いたな、、。見違えるように完璧な魔力循環だ」


 ウォンの体にはもう激痛は走っていない。

 魔力を完全に支配下しはいかに置いたのだ。

 次第にウォンは目を開けていく。


「どう?」

「完璧だ。何か魔法を使ってみろ」

「うん」


 ウォンは立ち上がり、右手を伸ばす。

 普段なら火属性の上級魔法『火炎』を放つところなのだが、なぜか頭の中に浮かんだ魔法は違った。


「闇」


 そう詠唱えいしょうすると、ウォンの目の前に巨大な闇が出現した。

 闇は伝播でんぱするように空間に広がっていき、既に第一競技場全体をおおうような規模にまでなっている。

 すると、ウォンの少し左から詠唱が聞こえてきた。


「発光」


 次の瞬間、闇の中に強烈きょうれつな光が現れ、第一競技場を覆っていた闇をすべて照らし切った。

 となりを見ると、右手を伸ばした状態のギランがいる。


「すごい威力だな。初級魔法のはずだが、中級魔法を使ってかき消すほどとは」

「そう?」

「ああ。初めて闇属性魔法を使った感想は?」


 ギランにそう聞かれ、ウォンは自分の両手りょうてを見下ろす。

 闇属性の魔法なんて学んだこともないのに、急に頭の中に浮かんで詠唱したのだ。

 戸惑とまどっているのはウォンの方。


「、、不思議ふしぎ?」


 首を傾げながら言うウォンに、ギランは苦笑くしょうする。


「そうか。これから慣れて行けばいい」


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 少し他の生徒よりはおそい夕食を終え、ウォンはドラグーン寮の談話室に向かった。

 魔法陣まほうじんによる転移てんいで入ると、多くの生徒は入浴にゅうよくに向かったのだろうか。ソファに二人の女子生徒が座っている。

 ホルンとウルカだ。


「魔法陣と魔石ませきって何が違うの?」

なるものですわ。まず、魔法陣の生成せいせい条件は?」

「えーっと、確か魔力を形として抽出ちゅうしゅつして、それで模様もようを描くんだよね」

「そうですわ。それに対して魔石は、魔素を多く含む土地で自然生成される、魔物まもののようなものですわね」

「それだと魔石の方が便利なように感じるけど、、」

「実際、魔石の方が現代では多くの魔法使いに普及ふきゅうしていますわ。魔法陣は手間も技術も必要ですのに、魔石は魔法を記憶きおくさせるだけですからね」

「でも、アステリア魔法学校では魔石使ってないよね」

「ええ。それには、魔石の特徴とくちょうが関わっていますの」

「どういうこと?」

「まず、魔石の最大の特徴として、魔石には使用回数に限りがありますの。これは魔石が魔素を取り込むという行為こういをできないからです。アステリア魔法学校は魔法使いが出現してすぐに創立そうりつされた学校ですから、その長い歴史の中で魔石を使っていたら、一体どれだけの魔石を消費しょうひするか、はかれないですわ」

「確かに。でもでも、魔法陣も魔素を取り込んだりはしないよね?」

「魔法陣は作者さくしゃによる魔法と定義ていぎされていますから、魔法が使われる度に作者から魔力を供給されますわ」


 どうやら勉強中だったようだ。

 ウォンは、音を立てないように二人に近づく。


「え、じゃあ作者が死んだらどうなるの?」

「変わらない」


 ホルンの質問に答えると、二人が驚いた様子で振り返る。

 胸をでおろしたウルカがあきれたように言った。


「ウォンさん、、いたなら声をかけてくださいまし」

「ごめん」


 ジャックならウォンの気配けはいに気づけないということはないだろうが、ウルカやホルン相手ならウォンの技術でも勘付かんづかせないことが出来る。

 ちょっとした悪戯いたずらだ。


「それで、変わらないってどういうこと?」


 ホルンがウォンの言葉を聞き返す。

 授業の再開さいかいだ。


「えーっと、入学式で校長先生がおっしゃっていたことを覚えていますか?」

「なんかあれだよね。死は魔法使いを強くする、みたいな」

「そうですわ。あれは文字通りの意味で、死んだ魔法使いは近くにいる魔法使いに力をたくすのですわ。つまり、魔法使いは真の意味で死ぬことはない。新たな体に宿やどされた力から、魔法陣の魔力は供給されますの」

「そういうことだったんだ、、。なんか怖い話だよね」


 ホルンは両手をひざの上で組み、ひとみらす。


「それが道理どうりなら、人を殺せば殺すほど、その魔法使いは大成たいせいしちゃうじゃん、、」


 三人の間に沈黙ちんもくが流れる。

 ホルンは基本的にやわらかな心の持ち主で、場をなごませる暖かな言葉が多い。しかし、別に優秀でないということではない。

 最低限の情報があれば、この結論けつろんにたどり着くだけの頭はある。

 だが、それを肯定こうていするのは友人としてあり得ない。

 ウルカがホルンの手を両手でつつみ、ホルンと目を合わせた。


「確かに、昔の魔法使いはその発想はっそうで殺し合っていましたわ。私達のようないわゆる名家は、そのころに多くの人を殺し、成長した家系かけいです。ですが、私達名家は協力し、今の魔法界の体制を整えましたわ。それは、人を殺すことが間違っているから。ホルンさんだってそう思うでしょう?」

「うん、、」

「つまりはそういうことですわ。現代の価値観かちかんでは、人を殺してはいけない。どんなに多くの人を殺して強くなったところで、魔法使いとして大成することはできませんのよ」


 昔からの大罪たいざい背負せおっているツヴァン家のウルカだからこそ、この言葉が重く聞こえるのだろうが、この考えがシャンラにないわけではない。

 アステリア魔法学校には多くの死の危険がある。実際に命を落とす生徒も少なくないだろう。

 級友きゅうゆうを亡くすことで気持ちからも、理論りろんからも強くなる。

 それはシャンラなりの優しさの考えのように思えた。

 すると、一年生男子の談話室から、白髪の少年が出てくる。


「ウォン、戻ってたのか」

「うん」

「もう一年生の入浴時間終わるぞ。入りに行かなくていいのか?」

「今行く」


 アステリア魔法学校では入浴時間を、学年で区切くぎっている。

 午後七時から一時間単位で一年生から順番に区切られていて、もうすぐで八時の今は一年生の入浴時間終了間際だ。


「あ、もうそんな時間でしたのね。私達も入りに行きましょうか、ホルンさん」

「うん、教科書だけしまってくるね」


 そう言って、ホルンはあしで一年生女子の談話室に向かっていった。


「ジャックは?」

「俺も今から。さっさと入るぞ」


 ウォンとジャックはウルカと別れ、談話室から繋がっている男子の大浴場だいよくじょうに向かう。

 ジャックは口では言わないが、きっとウォンが帰ってくるのを待っていたのだろう。

 ウォンはきっとそうだと感じる。

 脱衣所だついじょで制服や下着したぎを脱ぎ、貸し出しのフェイスタオルを持って、二人は大浴場に入った。

 入浴時間ギリギリということもあり、二人以外に生徒はいない。


「貸し切りなんて贅沢ぜいたくだな」

「うん」


 二人は横並よこならびにシャワーの前に座り、体をあらい始める。

 ジャックの体は運動神経のわりには筋肉きんにくが無いように見えるが、それでも十分にまっている方だ。

 何度見てもジャックの体は痛々いたいたしい。

 全身に切り傷や打撲だぼく火傷やけどなどの跡が散らばっている。


「どうかしたのか?」

「痛々しい」


 ウォンの視線に気づいていたらしいジャック。

 自分の体を見下ろすと、苦笑気味に答えた。


「これか。どれだけ時間が経っても消えないんだ。もうあきらめてるよ」


 体を洗い終え、二人は湯船ゆぶねに入った。


「前にも言っただろ。俺の魔法体質は異端いたんだ。どうしたって魔法使いとして認めたくなかったんだろうな。親からも親戚しんせきからも兄弟からも傷をつけられた。でも、それが最善さいぜんだったと、今でも思う」

「どうして?」

「、、いもうとがいるんだ、一つ下の。俺と違って魔法の才能がある妹に厳しい教育がされないように、俺が代わりにばつを負っていた。くだらないか?」

「ううん。かっこいい」

「そうか」


 ジャックは自分の正義感せいぎかんを恥じることがあるが、そんなことは決してない。

 ウォンはそういうところが好きだ。


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 一週間が経ち、ウォン達一年生の全生徒は第一競技場に来ていた。

 だが、いるのは普段授業でいるフィールドではなく、二階部分にある観戦席かんせんせきだった。

 寮ごとに座り、一年生全体としてざわついている。

 それもそのはずだろう。一年生には何も情報を伝えられていないのだから。

 それには反して、フィールドにいる四年生達は準備運動や精神せいしん統一とういつをしていて、落ち着いている様子だ。

 すると、フィールドに現れたのはシャンラ。

 突然現れたため、一年生たちは騒然そうぜんとする。


「あれは、、転移てんい魔法でしょうか」


 ウルカが冷静に分析ぶんせきしていると、シャンラが口を開く。


「一年生、四年生諸君。ただいまより、アステリア魔法学校一学期中間試験を行う」


 シャンラの宣言せんげんに、一部の一年生はさらに騒然とする。

 落ち着いている生徒達は何らかの方法で試験があることを知っていた生徒だ。

 だが、その内容を知る生徒は一人もいない。


「これより試験内容の説明を始める。四年生は寮対抗の殲滅戦せんめつせんを行い、一年生はどの寮が勝つのか、勝敗を予想してもらう。それでは、一年生は勝敗を予想し、頭の中でその結果を強くイメージしろ」


 一見いっけんしてこの試験は運任せの物に見えるが、そうではない。

 例えば魔力感知の技術を例にすると、各寮の魔力量を感知することで、実力を多少ははかることが出来る。

 つまりは、実力もからまったちゃんとした試験ということだ。


「私語は厳禁げんきん。各自で見極みきわめろ」


 何かしらの魔法を感じる。

 ためしに声を出そうとしてみるが、音が出ることはなかった。

 これは音を遮断しゃだんする魔法なのだろう。

 他の生徒達と同じように、ウォンも予想を始める。

 ウォンが使う技術は、経験則けいけんそく

 試合前の準備運動や精神統一の様子を見て、実力を推し量る。

 見たところ、四年生は全体としてそこまで強くはない。

 オーディン寮が少し格上かくうえといったところだろう。

 ウォンは心の中でオーディン寮を反芻はんすうし、音を遮断していた魔法が解除された。

 隣に座っているジャックとその隣のウルカも終わったようで、どの寮に投票したのかを聞く。


「どこ?」

「俺はオーディン寮」

「あら、私もオーディン寮ですわ」

「ウォンは?」

「オーディン寮」


 どうやらジャックとウルカもオーディン寮に投票したようだ。

 まあ二人ほど実力があれば、この結果は当然だろう。

 続いてウォンの隣に座っているホルンも投票し終わったようだ。


「ホルンさんは、どこに投票されましたの?」

「私はオーディン寮だよ。どう見てもオーディン寮が一番魔力量が多いからね」

「魔力感知か?」

「うん。魔力感知は得意なんだー」


 こうして四人全員がオーディン寮に投票し、次第に他の生徒達も投票を終えていく。

 アステリア魔法学校に入学できるほどの実力なら、すぐにウォン達と同じ結論に至るはずなので、きっとこれは投票する早さも要素に含まれているのだろう。

 あとはじっくりと観戦するだけで終わり。

 かなり簡単な試験だった。


「あまり身構みがまえる必要はございませんでしたわね」

「ああ、拍子ひょうしけってやつだな」


 ウルカとジャックがそう言ってしまうのも納得だ。

 ウォン達は死すらあり得る、危険な試験を想定していた。だが、実態じったいとしてはとても簡単なものだ。


「この試験内容よりも、私達に四年生の試合を見せることを優先ゆうせんしたんじゃないかな」


 確かにホルンの考え方もできる。

 四年生はアステリア魔法学校の中では最上級生であり、ウォン達一年生とは本来実力が遠く離れているはずだ。

 その試合を見ることは、魔法を学び始めたばかりの一年生にはおおいに意味がある。

 しかし、現実はそうではないだろう。

 それを感じていたらしいウルカが苦笑する。


「そうでしょうか。現在の四年生はしつの悪い生徒が多いと言われているほどですし、実際私達にはそこまで強く見えませんでしたわ。もしかしたらまだ、私達の試験は終わっていないかもしれないですわよ」


 ウルカはまだ試験が終わっていないという可能性すら見出みいだしているようだ。

 アステリア魔法学校なら十分にあり得る。

 そんな不安も残ったまま、四方しほうに寮ごとに散らばった後、五年生の試合が始まった。

 フィールドは魔法実戦の授業と同じ平面へいめんだったが、開始してすぐにヘラクレス寮の生徒が詠唱する。


環境かんきょう魔法ですわね」


 フィールド全体に多くの木がしげり、遮蔽物しゃへいぶつが生まれる。

 これで単純な魔法の撃ち合いにはならないだろう。

 しかし、森には火属性魔法が大きく作用することができる。

 ドラグーン寮の生徒が火炎を放ち、森が焼け始めた。

 地獄じごくのようなこのフィールドを走り回って戦う生徒はいないだろう。

 どこの寮の生徒も速度を殺して、索敵さくてきしながら慎重しんちょうさかる森を進んでいる。


「泥試合だな」


 ジャックがそう言うのも頷ける。

 環境魔法で場を整えるだけなら分かるが、その後の火炎は完全に悪手あくしゅだった。

 相手の動きを制限するための戦略的な魔法ではなく、自分たちの動きも制限する結果になる、自暴自棄じぼうじきな魔法。

 同じドラグーン寮ではあるが、これはいただけない。


「あ、でも何かやってるよ?」


 ホルンが指を指した方向には、何かしらの巨大な魔法陣を描いているオーディン寮の生徒達がいる。

 あの規模きぼは、大魔法だいまほうだ。


「大魔法?」

「そうですわね。少し読み取ってみましょうか。ホルンさん、レンズを作り出す魔法は使えますか?」

「バリアの応用おうようでやるやつだよね」


 光属性魔法は応用力がどの属性よりも高い。

 バリア一つでも魔法生物の初回授業で見せたようなおりや、適度な曲線きょくせんを描くことでレンズにすることもできる。

 その方法をすぐに思いつけたということから、ホルンの努力が分かった。


「バリア」


 右手を伸ばして詠唱すると、絶妙ぜつみょうな曲線を描いた小さなバリアをウルカの目の前に出現させる。


「どうかな?」

上出来じょうできですわ。それでは読み取りますわね」


 ウルカは魔法陣に書かれている文字を読み取っていく。

 この文字は魔法そのものを表すもので、ごく一部の魔法使いは読み取る技術があるらしいが、ウルカがその技術を会得えとくしているとは知らなかった。

 十数秒ほど視線を一定にし、視線を外す。


「まずいですわね」

「どうかしたのか?」


 ウルカの表情はけわしい。

 何か問題があるのだろうか。


「あの大魔法は雷属性で、広範囲こうはんいに雷を落とす魔法ですわ」

「それって問題あるの?」

「ありますわ。これは天候てんこうを変える大魔法ですから、この第一競技場の天井てんじょうを破壊して、雷が落ちるのですわ」


 その説明でようやくウォン達は納得した。

 少し雷を落とすくらいなら大魔法にはなっていない。天候を変えるほどの事象じしょう干渉力かんしょうりょくがあるから大魔法なのだ。

 第一競技場の天井はガラスりになっていて、魔法が命中めいちゅうすればひとたまりもないだろう。

 しかし、それには懸念点けねんてんがあった。


結界けっかいは?」

「そう、ですわね、。その発想はっそうを失うなんて、私もみだしていましたわね」


 ウォンが指摘してきしたのは、第一競技場に張られている結界魔法のことだ。

 フィールドを覆う結界魔法により、ウォン達一年生はフィールドに干渉することはできないし、四年生はフィールド外に干渉することはできない。

 つまり、このまま大魔法が行使こうしされそうになれば、結界魔法の制約せいやくによって中断ちゅうだんされるはずだ。

 その結論に落ち着いたところで、ウォン達に違和感いわかんが走り、即座にホルンが口を開く。


「今のって、、」


 ことを観測するため、ウルカが右手を伸ばし、結界にれようとするが、本来あるはずの結界がそこにはない。


「け、結界がありませんわ」

「結界が解除されたってことか?」

「え、ええ。ですが、結界魔法は大魔法で解除できるほど、やわな物ではないですわ」


 ウォン達があわてている間に、大魔法が行使され、多くの雷が天井のガラスをくだき、雷とガラスの破片はへんがフィールドにそそぐ。

 破片が飛び散り、観客席にまでせまってこようとするので、ホルンが立ち上がり、即座に詠唱した。


「バリア!」


 現在のホルンでは、一年生全体を守るほどの魔法を扱うことはできない。

 仕方しかたなくドラグーン寮の生徒だけを守れるようにバリアを展開した。

 しかし、次の瞬間には観客席から悲鳴ひめいが上がる。

 ドラグーン寮とリヴァイア寮は怪我けが人はいないが、ヘラクレス寮とオーディン寮の二つからは、流血りゅうけつした生徒がいた。

 中にはたおれている生徒もいる。

 フィールドの四年生もただでは済んでおらず、ひどい有様ありさまだった。

 ウルカが口許くちもとを両手で覆う。


「そんな、、」


 すると、ウォンの体に嫌な予感が走り、こわれた天井を見上げた瞬間、巨大な影がそこから入ってくる。

 同じく気配を感じ取っていたらしいジャックが目を見開みひらいた。


「あれは、、!?」


 それはとても大きな鳥のような生物で、二本ずつの手足と大きなつばさを携えている。

 ウォンは、この生物を知っていた。


「クルーシャード!」


 渡竜わたりりゅうクルーシャード。季節に応じて大陸を飛んで移動する、災害級魔物だ。

 その姿をみとめた瞬間、第一競技場にいた生徒全員が逃げ始めるが、ウォン達にはもう一度違和感が走ると、いち早く逃げ出していた生徒が声をあげる。


「なんだよこれ!」

「出してよ!」


 どうやら出入口を通ることが出来ないらしい。

 ウルカが天井を見上げると、うっすら空間にゆがみが生じている。


「結界が張り直されていますわ!これでは出られない!」


 地面に降り立ったクルーシャードは、一度咆哮し、その体に魔法陣が浮かぶ。

 次の瞬間、クルーシャードから非常に多くの羽が空中をい始めた。


「来る!」


 ジャックが言うまでもなく、ウォンはすでに行動に出ていた。

 観客席に向かってくる羽に右手を向けて詠唱する。


「火炎」


 巨大な火炎で羽を出来る限り燃やすが、すべてではない。

 火炎の範囲外はんいがいにいた一年生に、羽がおそかった。

 ホルンが慌てた様子で口を開く。


「ど、どうしよう!?」

「落ち着け。すぐに助けが来る」

「そうですわね。それまでの間、みなを守らなければ」


 ウルカは三人の顔を順番に見つめ、覚悟かくごを決める。


「私達で皆を守りましょう!」


 全員が頷き、すぐにした。


けん


 右手に剣を生成したジャックが、飛んでくる羽を切り落とす。

 かなりの速さではあるが、ジャックの反射神経で防げない速さではない。


雷電らいでん!」


 無数むすうの羽に、ウルカは正確に無数の雷を命中させていく。

 これはかなり魔法を操作する技術が必要だが、今のような非常時でもウルカはそれができる。

 羽からの攻撃を防ぎ、気が動転どうてんしている同級生に声をかけた。


「大丈夫ですわ。とりあえず物陰ものかげかくれていてください」


 ウルカは元々この試験で、同じドラグーン寮の生徒を導くと決めていた。

 これは、ウルカの戦いだ。


「バリア!」


 ホルンは観客席の最前列に立ち、バリアを展開する。


「みんな!このバリアの後ろに!」


 多くの生徒がホルンの背後はいご退避たいひし、羽の攻撃は大方おおかた防ぐことが出来ている。

 残りをウォン達三人で防いでいたが、それも長くは持たないだろう。

 ウォンが視線を向けるのは、フィールド。

 環境魔法が解け、完全に遮蔽物がなくなったそこは、ひかえめに言って地獄だった。

 クルーシャードから逃げ回る五年生達と、横たわって大量の血を流している四年生。

 まさに蹂躙じゅうりんとも言えるその現状を目の当たりにして、ウォンは生唾なまつばを飲み込む。

 このままではフィールドが全滅ぜんめつし、クルーシャード本体が観客席に襲い掛かってもおかしくないだろう。

 ウォンは走り出す。


「ごめん」


 それだけ三人に言い残して、ウォンはフィールドに飛び降りた。

 突然現れたウォンに、クルーシャードは興味きょうみを移す。

 真っすぐにウォンに向かって飛んできた。

 考える余裕よゆうなどない。


「闇」


 観客席には行かないように操作しながらクルーシャードの視界をうばった。

 この間に距離を取ろうとしたウォンだったが、嫌な予感がして大きく跳躍ちょうやくする。

 すると、次の瞬間にはウォンの足があった位置にかぜやいばが通った。

 クルーシャードの魔法で闇は完全にぎ払われ、正面からウォンと対峙たいじする。

 飛んでくる風の刃に右手を向けた。


「火炎」


 巨大な炎と無数の風の刃が衝突しょうとつし、押し合いになる。

 力比べは互角ごかくに終わり、発生した爆発でウォンは吹き飛ばされるが、バク転のような形で受け身を取った。

 クルーシャードは羽を飛ばしながら戦っていて魔力を消耗しょうもうしているはずなのに、全力のウォンとほぼ互角の力を見せる。

 この調子だとウォンもきっと、長くは持たない。

 クルーシャードの体に魔法陣が浮かんだ。

 魔法を放つ予備よび動作どうさだ。

 今度は数よりも威力いりょくしぼった、巨大な風の刃。

 火炎では今度こそ負けてしまうだろう。

 ウォンは右手を構え、詠唱した。


「火炎」


 さらに左手を構え、詠唱を重ねる。


「火炎」


 火属性上級魔法の二重詠唱ダブルキャスト

 簡単に言ってしまえば、先程の二倍の威力がある。

 上級魔法の二重詠唱はかなり高等な魔法の技術で、今のウォンができる最大火力の魔法だ。

 魔力量によっては三重以上もできるらしいが、相当な魔力量が必要だろう。

 超巨大な火炎と巨大な風に刃がぶつかり、今度は力くらべにすらならず、風の刃を打ち破った火炎がクルーシャードに迫った。

 火炎がクルーシャードを包み、咆哮ほうこうをあげる。


「ぐああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 鼓膜こまくが破れそうなほどの咆哮に、ウォンは顔を歪めるが、ここで魔法を解除するわけにはいかない。

 ウォンはほとんどの魔力を消費した。

 ここで仕留しとめなければ、すぐさまウォンはクルーシャードにやられてしまうだろう。

 すると、ウォンの耳に何かののようなものが聞こえてくる。

 とてつもなく美しい歌のはずなのに、どこか不安定で、心の中に入り込んできた。

 その瞬間には全身の力が抜けて、勝手に魔法が解除される。

 ひざからその場にくずれ落ちたウォンの正面には、羽が焼けげて苦しんでいるクルーシャード。

 なぜか力が入らなくて、ウォンは体を動かすこともできない。

 ゆっくりとウォンに近づいてくるクルーシャード。

 ただただ死が近づいてくるのを待つのみ。

 その様子を見ていたホルンが声を上げる。


「ウルカちゃん!ジャックくん!ウォンくんが!」

「わかっていますわ!このままだと、、」

「だが、羽の魔法はもう解除された!俺は行くぞ!」

「ま、待ってください、、!」


 ウルカが止めようとしたが、ジャックに続き、ホルンもフィールドに降りて行ってしまう。

 全速力ぜんそくりょくでウォンの元にたどり着いたジャックが、クルーシャードとウォンの間に立った。


「ウォン。動けるか?」

「力が入らない」

「くそっ、何かの魔法の効果か?」


 続いてウォンの元に到着したホルンが、ウォンの体をささえながら立ち上がる。

 ウォンの体は、まるで意識がない人のように重い。


「ウォンを運ぶ時間は稼ぐ。頼むぞ」

「うん!」


 ホルンがウォンを運び始め、ジャックがクルーシャードとの戦闘せんとうを開始する。

 もう魔法を使う余裕がないようで、クルーシャードは右手を振り上げ、ジャックに高速で振り下ろした。

 ジャックはそれを剣で受け止めるが、かなりの力で流石のジャックもはじき返すことが出来ない。

 なんなら押し負けているまである。

 腕の骨がきしむ。

 剣で腕を受け流し、即座に切りつけた。

 肉質にくしつも相当固く、深い傷を負わせることはできない。

 一度バックステップで距離を取り、ジャックは息を大きく吐き出した。


「やるぞ」


 ジャックは一秒も経たずにクルーシャードまで到達し、すれ違いざまに腹を横に一閃いっせん。振り向きながらのカギ爪を跳躍でかわしながら、左手でクルーシャードの肩に手をつき、着地しつつ背中を縦に一閃。

 次のアクションを起こされる前に、ありったけを叩きこむ。

 わずか一秒にも満たないほどの時間で、ジャックは目にも止まらぬ速さで数十か所の傷をつけた。

 だが、確実に欲を出し過ぎた。

 ジャックは次の瞬間には、ウォンが背中をあずけている壁に背中が叩きつけられていた。

 壁のレンガが崩れるほどの衝撃しょうげき

 激痛が走り、その場に倒れこむ。


「ジャックくん!」

「悪い、、。やらかした」


 相手は一線級の魔法使いで倒せる程度の、災害級魔物。

 一年生でここまで善戦ぜんせんできた時点で、ジャックは大したものだ。

 しかし、クルーシャードはウォン達の方へ向かってくる。

 このままでは、、、。


「雷電!」


 突如とつじょとして現れた無数の雷電が、クルーシャードをつらぬき、その足を止めさせる。

 ウォン達の目の前に降りてきたのは、金髪をなびかせた少女、ウルカ。


「お二人とも、大丈夫ですか!?」

「大丈夫じゃないけど?」

「今はふざけてる場合じゃないですわよ!」


 ジャックの言葉に本気で呆れるウルカ。

 今は命をかけた現場。この状況でふざけること自体あり得ないが、それをめる余裕もない。

 おそらく救助きゅうじょが来るまで残りわずか。


「皆さんがつむいだ時間。私が引き継ぎますわ!」


 すると、魔力回復を終えたようで、クルーシャードが巨大な風の刃を飛ばしてくる。

 これはウォンのように二重詠唱でないと、防ぐことが出来ない火力だ。

 ウルカは二重詠唱などしたことがない。

 だが、ここで引き下がるという選択肢せんたくしこそない。

 まずは右手を構えた。


「雷電」


 そして左手を構え、今までにないほど神経を集中させる。


「雷電!」


 超巨大な一つの雷電が、巨大な風の刃と衝突する。

 雷電は風の刃を打ち破り、クルーシャードに届こうとしたところで途切とぎれた。

 ウルカは全身に走る痛みに耐えながら、ゆっくりと膝をつく。


「すみません、、魔力切れですわ」


 ウルカは先程から上級魔法を連発していた。

 もうとっくに二重詠唱をする魔力など残っていなかったのだ。

 体内精霊が悲鳴ひめいを上げ、全身に痛みが走る。


「ホルンさんだけでも、逃げてください」

「そんなのできない!」


 クルーシャードはウォン達に向かって突進とっしんしてくるが、ホルンは逃げようとなどしない。

 両足りょうあしふるわして、必死ひっしに立っている。

 左手を伸ばした。


「バリア!」


 四人を守るバリアを展開し、クルーシャードの体を受け止める。

 とてつもない衝撃で、ホルンも顔を歪めた。

(私が、、みんなを守らないと、、、、!)

 もう限界げんかいに達してはいるが、引き下がることは絶対にできない。

 さらにクルーシャードが風をぶつけ、ホルンが吹き飛ばされそうになる。

 それでも、ホルンは全力でみとどまった。


「はあ゛あ゛あ゛あああああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 今までにないほどの咆哮に、ホルンの覚悟かくごが乗っていた。

 その姿を見て、何もできない友人ではない。

 ジャックが立ち上がり、ホルンの背中を支えた。

 次にウルカが立ち上がり、ホルンの左肩に手を添える。

 ウォンはずっと体に力が入らない。何かの魔法だと思われるが、ここで立ち上がれないのは、絶対に嫌だ。

 必死に力を込め、覚束おぼつかなく口を動かす。


「、、火」


 小さな火で自らの腕を燃やし、意識を覚醒かくせいさせる。

 ようやく少し動くようになった体でゆっくりと立ち上がり、ウォンもホルンの右肩に手を添えた。


「ホルン!」

「あと少しだ!」

「私達で支えます!」


 ウォン達の声が力となり、ホルンは右手も伸ばす。

 ウォンは火傷した右手をホルンの右手に重ね、一度目を合わせてから共に詠唱した。


「「かがやつらぬけ」」


 光の線がクルーシャードの頭に向けて発射はっしゃされ、クルーシャードの頭を跡形あとかたもなく撃ち抜いた。

 頭を無くしたクルーシャードがその場に倒れる。

 もう限界な四人もその場に倒れたり、座り込んだ。

 ウォンとホルンは、お互いの右手をつなぎながら、意識を失う。


**************************************


 目が覚めると、見知らぬ天井で視界が満たされた。

 ゆっくりと体を起こすと、そこがアステリア魔法学校の医務室いむしつであることに気付く。

 すると、白いローブに身を包んだ魔女がカーテンを開けた。


「目が覚めたか、ウォン・エスノーズ」


 ウォンはその魔女に見覚えがある。

 実家にかざってあった写真に写っていた。


「シュシュ、、ミルーゼ?」

「やはり私のことを知っているか、ペトラの息子」


 シュシュの言葉に、ウォンは目を見開く。

 なぜなら、昔のペトラと苗字みょうじが違うからだ。


「どうして知っている、という顔をしているな。ま、それだけアンドリューに似ていたら気づくよ」


 そこで、医務室のドアがノックされる。


「そろそろ起きるから呼んでおいた。入ってくれ」


 ウォンが寝ているベッドに現れたのは、ウルカだった。


「目が覚めたんですのね。よかったですわ」

「二人は?」


 ウォンがホルンとジャックの心配をすると、シュシュがウォンの両隣りょうどなりのベッドのカーテンを開けた。


「お二人なら、ここにいますわよ」

「え、えへへ~、ぬすみ聞きする気はなかったんだけどさ」

不可抗力ふかこうりょくだ」


 ホルンとジャックも医務室で治療ちりょうを受けているようだ。

 ホルンはウォンと同じ様子だが、ジャックは腕に包帯ほうたいが巻かれている。


骨折こっせつ?」

「これくらいで済んでいるのが不思議なくらいだ。この包帯も、明日あすには取れるだろう」


 ウォンの質問に答えたのはシュシュ。

 実際、ジャックは両腕りょううでとあばらを折っていたのに、今となっては右手の骨折のみになっている。それも一日で。

 それから、シュシュがそれぞれの容態ようだいについて説明を始める。


「ホルン・プリアルは無理に魔法を使ったため、体内精霊が拒否反応を示している状態だ。一週間ほどは魔法を使わない方がいいだろう。ウォン・エスノーズは何らかの魔法がかけられていた。体の自由を奪う効力こうりょく精神せいしん魔法だったが、魔法無効薬で徐々じょじょに解除している。今夜には寮に戻って良い」

「ありがとうございます、先生。私はただの魔力切れでしたので、もう大丈夫ですわ」


 すると、シュシュが医務室のドアを開き、首だけをウォン達に向けた。


「じゃ、ごゆっくり」


 そう言って、シュシュは医務室から出て行った。

 まだ騒動について詳しいことを聞いていないらしいジャックが、ウルカに聞く。


「それで、あれはなんだったんだ?」

「慌てなくても、順番に説明いたしますわ。私達が倒れた後、すぐにギランさん達生徒会の方々が駆けつけてくださいましたわ。まず、今回の騒動は試験には関係ありませんが、単なる事故ではないと、ギランさんは考えていますわ。クルーシャードは春にはもっと北の国へ移動するようで、この時期にティンベルにいるのは、まず異常です。それと、騒動のきっかけになった大魔法を使った生徒達は、その時の記憶きおくがないようですわ」

うそをついている線は?」

「ありませんわ。校長先生が直々じきじき尋問じんもんしたようですから」

「つまり、何者かにあやつられていた、と」

「そうなりますわね」


 いくら今の四年生が不良品ふりょうひんと呼ばれていても、ある程度の知識はあるだろう。

 さらに言えば、今回の騒動では非常に強力な結界魔法が打ち破られた。

 それほど強大きょうだいな何かが、ウォン達を襲ったということだ。

 どこか暗い顔をしている三人に、ホルンが笑いかける。


「とりあえずみんな無事でよかったよ!」

「そうだな」

「ええ」

「うん」


 それから夜までウォン達四人は、くだらない雑談ざつだんをしていた。

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