第三章 魔との会合

 アステリア魔法学校に入学して三日目。ウォン達は馬車ばしゃに乗って移動している最中だった。

 というのも、初回の魔法生物の授業は少し校舎こうしゃから離れた森で行うということで、四人一組の班で馬車に乗せられたのだ。

 ウォンと同じ馬車に乗っているのは、ホルン、ジャック、そしてウルカ。

 自分達で自由に班を組んでいいということだったのだが、どうしてもウォン達は残りの一人が見つからず、しょうがなく名乗なのりを上げたのが、ウルカだった。

 だが現在、何一つ言葉を交わさない、非常に気まずい状況が出来上できあがっている。

 言葉をはっしようとするならば、すぐさま体をつらぬかれそうなほどの威圧いあつがウルカから放たれているのだ。


「う、ウルカちゃんって魔法上手だよね」

「当然ですわ。ですが、そちらのエスノーズさんの方がお上手では?」


 ホルンがどうにかウルカにあゆろうとするが、彼女が心を開くことはない。

 上手くホルンの言葉がかわされるたび、馬車の中に嫌な空気がただよう。

 それを一番嫌うのはジャックだった。


「さっきから何なんだ。お前はただ人数合わせで共にいるだけで、慣れ合う必要などはない。だが、ホルンはそうじゃないんだ。ホルンの優しさをはらうのが名家ってやつなのか?」

「それこそおかしな話ですわ。必要でないことをするひまは、わたくし達魔法使いにはないはずですわ。名家だからこそ、わたくしにはそんなことをしている暇はないのです」

「は?お前こそおかしい」

「どうとでも言うといいですわ」


 ジャックとウルカの間には火花ひばなが散り始めている。

 このままではこの後の授業も、まともに行うことができないだろう。

 ウォンもそれはのぞむところではない。


「ジャック」


 ウォンがジャックの肩をたたきながらそう言うと、ジャックは一度大きく深呼吸しんこきゅうしてから頭を左右に振った。

 そして、ウルカのひとみを正面から見つめる。


「悪かった、、。だが、どうして俺達に対して敵意てきいを持っている。それは教えてもらわないと納得できない」


 ジャックは自分の心をせいし、冷静に言葉をつむいだ。

 この状態になったジャックなら何も問題はないだろう。ウォンは安心して二人を見ておくことにする。

 ジャックの言葉に対して、ウルカは苦虫にがむしつぶすような表情を浮かべ、ゆっくりと口を開いた。


「言いたくない、ですわ、、」

「そうか」


 それ以上ジャックは追及ついきゅうすることなく、車輪しゃりんが止まった馬車のとびらを開いた。


「なら、言わせてやる」


 地面に降り立ったジャックが振り返る。

 その目に敵意などはなく、純粋じゅんすいな決意のみがかがやいていた。


「俺達も魔法使いだ」


**************************************


 一年生ドラグーン寮の三十人が馬車を降りて、一人の男性の周りに集まる。

 糸目いとめで人のよさそうな笑みを浮かべている彼は、テト・ガリオン。アステリア魔法学校で魔法生物の授業を教えている教師だ。

 魔法生物は魔法に関連する生物の知識を深め、それを実践じっせんする授業。


「全員揃ってるね。これから今日の内容を説明するよ」


 初回しょかいから教室ではなく学校から離れた森の時点で少し異様いような感じがするが、アステリア魔法学校に普通を求める方がおかしいと、三日目にして少しだけ分かってきた。

 それはウォン以外の同級生達も同じで、確かな覚悟を持ってその先の言葉に耳をかたむける。


「今日は班ごとに分かれて『魔物まもの』を討伐とうばつしてもらうよ」


 その言葉に対し、その場にいた大半の生徒に緊張きんちょうが走る。

 生徒の様子を感じ取ったテオも、さらに言葉を紡いだ。


「みんな魔物については知っているね。確か君達が受けた試験にも出ていたはずだから」


 テオの言う通り、確かにウォン達が受けた入学試験に魔物に関する問題があった。それも基本問題の範疇はんちゅうなので、この場にいる全員が知っていると考えて何一つ問題はないだろう。

 魔法使いにかぎらず、すべての生物には魔力がかよっている。

 それは魔法を使える使えないに限らずに共通していることだ。

 そして、生物の魔力容量をえたとき、体が魔力によって変異へんいする。

 それが魔物。

 生物としてのかせを外し、強大きょうだいな力を得た存在の総称そうしょうである。


「何人かは気づいていると思うけど、この森に含まれる魔素まそは、アステリア魔法学校に匹敵ひってきするほど多い。だからこそ、生物の魔力容量を簡単に超えてしまうんだ。そこで、増えている魔物を討伐してもらおうかなと思っている」


 ヘラヘラとかたっているテオだが、生徒達の緊張がやわらぐことはない。

 それも無理はない。魔物が非常に強力な力を持っているということは、この場にいる全員が知っていることだ。

 どんなに魔法の名家出身が多いとはいえ、魔物との戦闘経験がある生徒はいないだろう。

 だが、テオからは緊張感の欠片かけらも感じられない。

 その態度たいどが気に入らなかったのか、ウルカが右手を挙げて発言する。


「先生。魔物は非常に危険な存在だと、わたくし達は認知にんちしておりますわ。わたくし達はとても先生のようにわらってはいられませんわ」


 ウルカの言葉にテオは首をかしげ、少し考える素振そぶりを見せてから答える。


「ああ、確か君はツヴァン家出身だったよね」


 依然いぜんとしてヘラヘラとしているテオに、ウルカは目をするどくする。


「それがどうかしたのですか、、!」

「いや、いかにも保守的ほしゅてきな考えだなと思ってね。でも、その感覚を持っておくのは大切だよ。魔法使いは足元をすくわれたら終わりだからね」


 ウルカの言葉もヘラヘラとかわす。

 しかし、態度は置いておいて、確かにテオの言っていることは納得させられるものだ。

 魔法使いは常に危険とひんしている。もしそれに対する恐怖心きょうふしんを忘れてしまったとしたら、きっと危険にまれてしまうから。


「ということで、今からもう一回馬車に乗って、スタート地点まで運んでもらうから、ごめんだけどもう一回乗ってくれる?」

「、、、、」


 その場にいた生徒全員があきれながら、仕方しかたなく馬車に乗り込んだ。

 テオとの口論こうろんによってさらに不機嫌ふきげんになったウルカ。

 馬車の窓からわりえの無い森だけをながめながら、ウルカは数秒に一度ため息をつく。


「なんか、、変な人だったよね」

「まあ、あれでも実力は確かなんだろ」

「そうでしょうかね」


 テオの実力を認めるジャックだったが、それにはんしてウルカはテオの実力に疑問を示す。

 ようやく会話をしてくれる気になったらしいウルカに、ホルンは急いで質問を投げかけた。


「う、ウルカちゃんはそう思わないの?」

「思いませんわ。名前も聞いたことないですし」


 魔法使いの実力をはか尺度しゃくどの一つとして、知名度ちめいどがある。

 例えばアステリア魔法学校現校長のシャンラであれば、魔法使いなら全員知っているほどの知名度があり、現代最強であることもうなずけるだろう。

 だが、ウルカが指摘してきした通り、テト・ガリオンなんて魔法使いの名前は聞いたことがない。

 それだけなら弱い魔法使いなのだろうが、テトもアステリア魔法学校の教師の一人。みの魔法使いにはとどまらないと予想されるが。


「いや、あの人は強いと思うけどな」

「その根拠こんきょはあるのかしら?」


 ジャックの言葉に、ウルカは視線を窓ではなく、ジャックの方に移す。

 かなりの剣幕けんまくなのだが、ジャックはそれに動揺どうようすることはなく、堂々と自分の目を指でし示した。


「俺は見れば直感的に相手の強さが分かる。その証拠に、俺はウォンを強いと思って仲間になった」

「では、他の級友きゅうゆう達とは関わる価値もないと?」

「そうは言ってない。俺はお前の実力も認めているつもりなんだが」


 まだウォンはジャックと関わり始めて間もないが、良い意味で言葉にかざがない。

 だからきっと、ジャックは本心からウルカのことを認めているのだろう。

 こうして素直に相手に伝えられるのも、ジャックの魅力みりょくだ。

 すると、ウルカは窓際にひじをついて、顔をそむける。


「え、えーっと、、、。わ、わたくしはあなたに認めてもらいたいわけではありませんわ」


 初めて動揺をあらわにするウルカに、ジャックは苦笑くしょうを浮かべた。


「やっぱり、恥ずかしがり屋だな」


**************************************


 五分ほどってからウォン達を乗せた馬車が止まり、森に囲まれた中で地面に降り立った。

 ウォン達を下ろした馬車はそのまま去っていき、森の中にはウォン達四人だけになる。


「なるほど。本当に私達だけで魔物を討伐するのですわね」


 馬車が去ったということは、何かあっても決して撤退てったいすることはできないということ。

 アステリア魔法学校はその特性上、死の危険に瀕する場面が数多くある。そして、おそらくこれがウォン達が初めてそれに瀕する場面だろう。

 少しの間目を閉じていたジャックが目を開き、静かに言う。


「気を付けて行くぞ」


 ジャックが先頭になり、まよいなく森を進んでいく。

 あまりにも止まらないので、不思議に思ったホルンがジャックに問いかけた。


「ジャックくん。もしかして、もう魔物の位置が分かってるの?」

「普通の生物とは違う音がする。それもこの森のあちこちから。例え場所が分かっていなくても、すぐに接敵せってきする」


 ジャックの魔法まほう体質たいしつが強化するのは、単純たんじゅんな運動能力だけではない。体の感覚すべてを鋭敏えいびんにするため、その聴覚ちょうかくは生物の拍動はくどうの音を感じ取れるほどにまで敏感びんかんになっている。

 その気になれば、森の中にいる対象たいしょうの位置を正確に把握はあくすることだってできるだろう。

 それほどの感覚を持っているのだから、魔物と接敵するのに時間がかからないのは、言うまでもない。

 森を進んでいると、ジャックが不意ふいに足を止め、全員に静かにするようにジェスチャーを出した。

 しげみからのぞいた先にいるのは、明らかに通常とは異なったオーラをまとっているおおかみ

 それも複数体。まあ狼はれで行動する生き物なので、当然と言えば当然なのだが。

 狼に聞こえないような小声でウルカがささやく。


魔狼まろう、、ですわね。驚異きょうい級魔物の一つですわ。下手に戦うと数の暴力ぼうりょく圧倒あっとうされますし、ここは作戦を立てますわよ」


 魔物には等級とうきゅうがあり、それによって強さを表している。

 下から平均へいきん級魔物、驚異級魔物、災害さいがい級魔物、そして、伝説でんせつ級魔物。

 平均級魔物は一般的な魔法使いで倒せる程度、驚異級魔物は熟練じゅくれんした魔法使いで倒せる程度、災害級魔物は一線いっせん級の魔法使いで倒せる程度、伝説級魔物は歴史に名を残すようなだい魔法使いが倒せる程度。

 つまり、今ウォン達の目の前にいる驚異級魔物の魔狼は、ウォン達のような未熟みじゅくな魔法使いが討伐するには、困難こんなんな相手だということだ。

 魔狼の数は五体。ウルカの言うように闇雲やみくもに戦ってはダメだろう。

 それに同意するのは、ジャック。


「そうだな。なら、それはお前に任せていいか?」

「わ、わたくしですか?わたくしよりもエスノーズさんの方が、、」


 動揺するウルカだが、ジャックは首を横に振る。


「いや、ウォンよりもお前の方が向いている。俺の目に間違いはない」

「で、ですが、、」


 なおも視線をただよわせるだけで受け入れることをしないウルカ。

 彼女は魔法使いであれば誰でも知っているほどの名家、ツヴァン家で生まれた長女だ。

 彼女の髪の色は、一家いっか相伝そうでん金髪きんぱつ魔力まりょく循環じゅんかんすぐれる証。

 彼女のひとみの色は、一家相伝の碧眼へきがん魔法まほう適正てきせいに優れる証。

 ウルカが家からもらったものは、確かに魔法使いとしては大きなものであったが、一人の少女としてはのろいでもあった。

 優れていなくてはならない。正しくいなくてはならない。偉大いだいでいなくてはならない。美しくいなくてはならない。強くいなくてはならない。孤高ここうでいなくてはならない。私でいなくてはならない。

 おとってはいけない?間違ってはいけない?平凡へいぼんではいけない?みにくくてはいけない?弱くてはいけない?みんなと居てはいけない?

 ウルカ・ツヴァンって誰?

 そんな呪いをウルカはかかえてきた。

 歴史が決めた道程どうていは、彼女を一人の少女として認識してはくれない。

 昔を忘れた家族は、彼女と自分を重ねてはくれない。

 下を向く彼女は、自分を肯定こうていできない。

 だが、ウルカの前にいる少年は違った。


「お前は確かにウォンに負けたかもしれない。もしかしたら人生で初めてだったのかもしれない。だがな。たかが一回負けただけで、お前の全てが消えるわけじゃない。今までの努力も、貰った才能さいのうも、つちかった経験も、お前の気持ちも、全部消えることはない」

「、、、」

「お前は強い。少しくらい、自分を信じてあげてもいいんじゃないか?」


 ジャックの言葉を聞いて、ウルカはようやく彼を正面から見る。

 その緑の瞳もまたウルカを見つめていて、二人の間には空気だとか身分みぶんだとかは全て排除はいじょされた。

 ただ同じ魔法使いとして、ジャックとウルカは言葉を交わす。


「私は、ツヴァン家の長女として、偉大な魔法使いにならないといけませんわ、、」

「ああ。だが、そのなり方まで制限せいげんされてはいないだろ」

「それは、、」

「お前はお前らしいやり方で近づいていけばいい。それをもし誰かが否定ひていしようとしたなら、必ず俺はそいつを許さない」

「、、そう、ですわね。私は私らしく、、。私のやり方で、私のかなえますわ」

「そうか」


 ジャックはその碧眼がこれ以上迷いにれることはないと判断し、ただ短く返事をした。

 一度目を閉じたウルカが目を開けると、微笑ほほえみを浮かべてジャックに指をす。


「ですが、否定した方は私が許しませんので、あなたがいかる必要はないですわよ」


 笑みを浮かべ合うジャックとウルカ。その様子を見て、ウォンとホルンは顔を合わせて笑みをこぼした。

 ウルカは笑みをめてから口を開く。


「今から作戦を立てますわ。皆さんについて教えていただけますか?」

「私は光属性の中級ちゅうきゅう魔法くらいまでなら使えるよ。ウォンくんは?」

「火炎とか」

「俺は土属性の初級」


 ジャックの言葉を聞いて、ウルカが思わず口を開く。


「え、あれだけ戦えていたのに?」

「ああ。俺は魔法体質で魔力量まりょくりょうが低い。魔法自体はあまり使えないんだ」


 ウルカはそれ以上追及することはない。

 そして、口を閉じてから一秒もたずに作戦を伝え始めた。


「まず、エスノーズさんの火属性魔法は森を燃やしてしまう危険性きけんせいがありますわ。ですので、最初にプリアルさんの魔法で魔狼達を閉じ込めてください」

「それって結界けっかい魔法、、?」


 ホルンの疑問は当然だろう。

 対象を閉じ込める空間を作る魔法は、現代の主流しゅりゅうでは結界魔法だが、結界魔法は本当に一部いちぶの限られた魔法使いしか使うことができない。

 もちろんホルンが使えるわけがないため、ホルンが聞くのも無理はない。

 だが、ウォンは知っていた。他の方法を。


「バリア?」

流石さすがですわね。そうですわ。プリアルさんは球体きゅうたいのバリアを形成けいせいして魔狼を閉じ込めてください。その内側なら火属性魔法でも周りに被害ひがいが出ませんわ」

「俺達は何をするんだ?」

「プリアルさんがバリアをっているとしても、おそらくエスノーズさんの火力かりょくならそれを壊してしまうでしょうから、取り逃がしたのを私達で殲滅せんめついたしますわ」

「わかった」


 ウルカの作戦に全員が納得した上でうなずいた。

 ホルンが右手を伸ばすと、全神経を集中して詠唱えいしょうする。


「バリア」


 魔狼を球体のバリアが包む。

 魔法の形成は魔法使いの中でも、得手えて不得手ふえてが分かれる技術だ。

 どれだけ鮮明せんめいに頭の中で魔法をえがけるか。そのイメージを現実にできる魔力量があるのか。

 つまりは、想像力と魔力循環が要求される。

 ここまでの規模きぼで正確に魔法制御ができているのは、ホルンの才能がある証拠だろう。


「今ですわ」


 ウルカの合図でウォンが立ち上がり、右手を伸ばす。

 ウォンは少しだけ神経を集中して詠唱した。


火炎かえん


 バリアの中を巨大な火炎が満たしていく。

 ウォンが詠唱してから数秒とたず、ホルンが顔をゆがめた。


「も、もうこわれる、、」

上出来じょうできですわ。行きますわよ」

「ああ」


 バリアが壊れると同時にウォンも魔法を解除かいじょすると、生き残った魔狼が二匹、四人に向かって走ってくる。

 ウォンとホルンをにしたウルカとジャックが同時に詠唱した。


いなづま

「剣」


 雷属性の中級魔法である電が一匹の魔狼を貫き、右手に剣を形成したジャックが残りの一匹の首を切り落とした。

 あらしのような時間が過ぎ、森の中に静寂せいじゃくが戻る。

 四人は一様いちようよろこびを浮かべた。


「やったねっ。ウォンくんっ」

「うん」


 剣を振ってはらったジャックに、ウルカが左手のひらを差し出す。

 それに気づいたジャックも同じように左手の手の平を差し出そうとした瞬間、ジャックが背後はいごを向いた。


「どうかしましたの?」

「ああ。悪いな、喜ぶのは後になりそうだ」


 ウルカがそれについて追及する暇もなく、ジャックが走り出した。

 残りの三人もそれに合わせて走り始める。


「ジャックくん!どうしたの!?」

「説明してる暇はない!戦闘準備!」


 ジャックの走りに魔法体質ではないウォン達が追いつけるわけがなく、どんどんとジャックの姿が遠ざかっていく。

 ジャックを追って茂みを抜けると、そこには巨大な魔物と、地面に尻餅しりもちをついている別の班の生徒達がいた。

 どうやらおそわれているようで、ジャックがその音を聞きつけたようだ。

 四人が生徒と魔物の間に入る。


「大丈夫?げれる?」


 ホルンの判断は適確てきかくだった。

 先ほどの魔狼は作戦があったからこそ討伐することができたが、今回は突然とつぜん出来事できごとであり、作戦を立てる暇がない。

 ここは、逃げることが賢明けんめいだろう。

 立ち上がる三人の生徒とは裏腹うらはらに、残りの女子生徒一人は立ち上がることができない。


いたっ、、!」


 足首が遠目とおめでもわかりやすくれていて、とても逃げることなどできないだろう。

 魔物を正面から見つめるウルカがふるえる口を開く。


「さ、サーベルベアー、、」

「それってすごいのか?」

「驚異級魔物の中でも災害級魔物に近い位置にいる魔物ですわ、、。特徴とくちょうは見ての通りですけど」


 サーベルベアーはくまが元になっている魔物で、その特徴はその背中。

 熊は冬になると冬眠とうみんすることになるが、その際に魔力循環に失敗する個体がたまに現れる。土から直に魔素を吸収きゅうしゅうしている熊は、土属性の中の金属きんぞく魔法を体に付与ふよされる。

 それがサーベルベアーの背中に生えた、剣山けんざんだ。

 ジャックも目の前にいる存在が強いことは気づいていたが、一応ウルカに解説かいせつを求めた方が良いと判断した。

 すで臨戦りんせん態勢たいせいにあるウォン達に、サーベルベアーは咆哮ほうこうし、背中から剣を伸ばして攻撃してくる。

 金属のはずなのに自由じゆう自在じざいがってせまる剣を、ジャックが剣で受け止めた。

 かなり重い攻撃のはずだが、ジャックがける様子はない。


「ガルデリアさん!」


 となりで心配してくるウルカに、ジャックは視線を向ける。


指示しじを出せ。このままだと全員死ぬ」


 ジャックの言葉は本気ほんきだった。

 ウルカは先程さきほどのようにおびえることはない。

 一瞬いっしゅんしいこの状況で、ウルカは確かにその期待にこたえた。


「エスノーズさんとプリアルさんは、皆さんを連れて避難ひなんを。私とガルデリアさんで、サーベルベアーを足止あしどめいたしますわ」


 きっと授業の前の状態でそう言われたなら、ホルンやウォンは絶対にそれを了承りょうしょうしなかっただろう。

 相手は熟練した魔法使いでも上位の実力者が相手取るような、強力な魔物。

 まだ魔法をまなんでいる途中であるウルカやジャックが、相手取って良いような相手ではない。

 しかし、魔狼を倒したことで、ウォンとホルンは既に二人の実力じつりょくを認めていた。

 だから、今は二人を信じることにする。


「わかった」

「二人とも気を付けてね」


 ウォンが立ち上がることができない女子生徒をきかかえ、ホルンがまわりを警戒けいかいしながら、ジャック達の背後に消えていった。

 緊張した様子のウルカが、ジャックに問いかける。


「よかったのですか?私の指示にしたがってしまって」

「どうしてだ?」

「死ぬかもしれないですわよ」

「俺達は魔法使いだ。死ぬなんていつでもありるだろ」


 それに、とジャックが白い歯を見せる。


「お前を信じてるからな」


 無駄むだにかっこつけて言うジャックに、ウルカが苦笑する。


「これで死なせたら、私はとんだ悪女あくじょですわね」

「なら死なないようにしないとな」


 ウルカが右手をサーベルベアーに向ける。


少々しょうしょう本気を出させていただきますわ」


 ウルカ達と同じ年代ねんだいなら、中級魔法を使えたらたいしたものだ。

 それは魔法の名門アステリア魔法学校でも同じことで、中級魔法を使えるのは学年に二桁ふたけたいるかいないかだろう。

 その中で上級魔法を平然へいぜんと使っているウォンが異常なのだ。

 ウルカからすれば確かにくやしかった。

 幼い頃から才能にもめぐまれ、魔法の鍛錬たんれんんできたウルカに対し、魔法を使うのにてきしていない体で、平然と並んでくるウォン。

 悔しくないはずがない。

 だが、まだ一度しか、アステリア魔法学校の入学試験でしか負けていない。

 ウルカはまだ負けていない。


雷電らいでん


 広範囲こうはんいに広がった雷電が、サーベルベアーを全方位ぜんほういからつらぬく。

 しかし、流石に手強てごわい。

 雷属性の上級魔法だったとしても、一撃いちげきで倒すことはできない。

 激昂げきこうしたサーベルベアーが、背中に生えた無数むすうの剣をすべて伸ばして、二人を切り殺そうとする。

 この規模はまさに先ほどのウルカが放った魔法のよう。

 ジャックが少し前に出て剣を振る。

 剣をらすだけでいい。速く正確に剣をジャックとウルカに当たらないように逸らしていった。

 だが、この数を一人が一本の剣でふせぐのは難しい。

 ギリギリのがした一本が、ウルカを貫こうと迫る。

 ウルカも詠唱が間に合わない。

 目を閉じて痛みを覚悟したが、何も感触かんしょくがなかった。


「クソッ、、」


 そんな声が聞こえ、ゆっくりと目を開けると、ウルカの目の前にはジャックの背中があった。

 剣が間に合わなかったジャックは、無理やりウルカと剣の間にみ、剣を持っていない左手で剣を受け止めたのだ。


「ガルデリアさん、、!?」


 ジャックの左手から血が流れる。

 地面に音を立てて落ちる血液けつえきに、ウルカは目を見開いた。


とどめをせ!」


 ジャックは血を流している左手に力を込め、受け止めていた剣を粉砕ふんさいした。

 ウルカは逡巡しゅんじゅんし、覚悟を決めてから歩き出す。

 サーベルベアーを目の前にして、右手を差し出し、神経を集中させた。


「雷電!」


 先ほどよりも巨大な電流が一直線にサーベルベアーの方へ向かっていき、その心臓しんぞうを確かに貫いた。

 口を開いたまま、サーベルベアーはその場に倒れる。

 ウルカは確かな達成感を感じながら、肩で息をした。

 しかし、すぐにウルカは座り込んだジャックに駆け寄る。


「大丈夫ですか!?」

「ああ。これくらいなら、、」


 ウルカはすぐにネクタイをはずし、ジャックの左手を手に取る。

 きずはそこまで深くはないが、かなり広範囲におよんでいた。

 状態じょうたいを確認したウルカが、ネクタイを包帯ほうたいわりにして手当てあてをしていく。


「バカですか、あなたは」

「お前を守り切れなかったのは、俺の責任せきにんだ。だから、これくらいは当然だ」


 ジャックはこの場に残った時点で、ウルカを守ることを最優先さいゆうせんに考えていた。

 だからサーベルベアーに突っ込むことはしなかったし、自分の体をていしてまで攻撃を防いだ。

 ウルカは思い切りネクタイを結ぶ。


「少し痛いんだが」


 そう呟くジャックを、ウルカはなみだはしに浮かべて見上げる。


「私を信用してるって、、言ってたじゃないですの、、、」

「ああ。信用はしてる」

「じゃあなぜ、、!」

「、、俺は、お前をもう仲間だと思ってる。俺にとって仲間は、何よりも大事なものだ」

「自分よりも、ということですか、、」

「そうだ。それに、このケガは俺の実力不足だ。お前は悪くない」

「ジャックさんっ!」


 ウルカは気が付けば名前を呼んでいた。


「私のことを仲間だと本当にお思いになるなら、あなたを心配する私の気持ちも考えてください、、!」

「、、、」


 ジャックはつねに自分の中の感覚かんかくたよりにして生きている。

 それは、ジャックの感覚や直感が間違うことが少ないからだ。

 だからこそ、他人たにんのことを考えたり、他人に自分を開示かいじすることが極端きょくたんに少なくなる。

 この場に駆け付けた時も、自分が分かっているからウォン達が知っていても知らなくても、どうでもよかった。

 だが、彼の目の前にいる少女にはもう、そんなことは思えなくなっている。


「、、悪かった」


 謝罪しゃざいべ、ジャックは立ち上がった。


「ウォン達も心配だ。合流ごうりゅうしよう」

「そ、そうですわね、、」


 ジャックが多少たしょう強引ごういんに切り上げ、二人はウォン達が進んでいった方向へ進んでいく。

 すると、ウルカがどこか落ち着かない様子でジャックに言葉を投げかけた。


「さ、先程のことは、恥ずかしいので他の方々には言わないでいただけますか?」

「ああ。約束やくそくする」


 そんな会話をしていると、ウォン達が乗ってきたような馬車が二台あり、ウォンが負傷ふしょうしている女子生徒を乗せている最中だった。


「大丈夫?」

「うん。ありがとう」


 四人全員を乗せた馬車は、走り始めてすぐに姿が見えなくなってしまった。

 まだ気づいていないウォン達に、ジャックが声をかける。


「ウォン。ホルン。大丈夫だったか?」

「うん」

「ジャックくん達こそ大丈夫?」

「ええ。サーベルベアーは私達で討伐いたしましたわ」


 会話をしながら、ウォンの視線がジャックの左手に向かう。


「ジャック。

「ああ。少し無茶むちゃした。大した事ないから安心してくれ」


 ウォンは本当によく周りを見ている。

 本人の性格がこころやさしいこともあるのだろうが。


「ウォンくんが魔法で先生に知らせて、馬車に来てもらったの。私達も早く行った方がいいよね」


 少し開けた場所に出たウォン達は、テトに知らせるために魔法を使った。

 火を空中に放つことで、簡易かんい的な救援きゅうえん信号しんごうを作り出したのだ。

 ホルンから馬車に乗り込もうとした瞬間、ウルカがそれを止める。


「待ってください」


 ウルカと三人が向き合い、視線が交差こうさする。


「どうかしたの?ウルカちゃん」


 ウォン達三人には全くこころたりがなかったが、ウルカはゆっくりと言葉を紡ぎだした。


「私は、勝手にウォンさんを敵対視てきたいしして、皆さんに不快ふかいな思いをさせてしまいましたわ。本当に、申し訳ありません」


 ウルカがウォンを名前で呼んだ。

 先程ジャックを名前で呼んだのは突発とっぱつ的に出たものだが、これは三人を仲間なかまだと、心から認めた証だった。

 っすぐに頭を下げるウルカの肩を、ウォンが優しく叩く。

 ウルカが顔を上げると、ウォンが微笑みを浮かべていた。


「大丈夫」


 それに呼応こおうするように、ホルンとジャックも口を開く。


「うんうん。私も気にしてないよ」

「俺も」

「皆さん、、。私は、めんどくさいですわよ」


 アリスは歪みそうになった顔をどうにか元に戻して、くずれた笑みをこぼした。


「少し、、恥ずかしがり屋ですから」


**************************************


「サーベルベアーをこの時期じきに討伐するとはねぇ、、」


 サーベルベアーの死体を目の前にして、テオはあごに手をえながらつぶやいた。


「今年の一年生、誰か魔人まじん化しないかな」


 人がまれた存在、魔人。

 アステリア魔法学校ではどの学年にも出現する、殺害さつがい即座そくざ要求ようきゅうされるである。

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