第二章 敵意の対象

 入学式を終えたウォンは、明日から始まる授業にそなえて、ドラグーン寮の談話室だんわしつに向かっていた。

 談話室は昇降口から入ることができ、全学年の共同きょうどうスペースとなっている。

 各学年の寝室しんしつにもつながっているので、アステリア魔法学校の生徒であれば、毎日必ず通る場所だ。

 昇降口の魔法陣まほうじんから談話室に入ると、すでに多くの一年生がゆっくりと過ごしている。

 ちなみに学年の判断は制服にかれたエンブレムのデザインから判断することが出来る。それぞれの数字を魔物がくわえているのだ。

 ウォンも同級生との良い関係を出来るだけきずきたい。

 他の一年生たちと同じように、近くにいる生徒に話しかけようと思ったが、今まで母親であるペトラ以外の人間と関わったことがないのだから、いきなり同級生ににぎやかに話しかけられるわけがない。

 完全に水を失った魚状態でおどおどとしているウォンに、一人の少女が近づいてきた。


「ねえ、どうかしたの?」


 そう声をかけてきた少女は、栗色くりいろのゆるふわな髪の毛の少女で、ウォンよりもかなり下から視線を向けてきている。

 ウォンは初めての交流こうりゅうに慌てながらも、ゆっくりと答えた。


「は、初めて」

「うんうん。緊張するよね」


 話すことが苦手なウォンの言いたいことを、最後まで言葉を聞くことなく理解してのけた。この少女はかなり人の心を読み取ることにけているようだ。

 柔らかな表情と声色こわいろで、ウォンも落ち着きを取り戻していく。

 そこで初めて少女と視線がぶつかる。

 蜂蜜はちみつのように甘い、黄色のひとみが閉じられた。


「私はホルン・プリアル。これからよろしくね」


 おだやかな笑みを浮かべる彼女に、ウォンも自然と微笑ほほえんで言う。


「ウォン・エスノーズ」

「ウォンくんか。いい名前だね」


 すると、ホルンはウォンの顔よりも少し上に視線を向けた。

 最初はその視線が何を示しているのか分からなかったが、すぐに気づく。


「髪?」


 そう聞くと、ホルンはあわてて両手をバタバタと左右に振る。


「い、いや、別にバカにしてるとかじゃないんだけど、、。黒髪ってめずらしいから」

「大丈夫。気にしてない」

「よかったぁ、、」


 魔法使いは魔力の循環じゅんかんの度合いを髪の毛の色として表す。一般的にはカラフルな色が多いのだが、ホルンが指摘してきしたように、ウォンは魔法使いの中では珍しい黒髪。

 この色は魔法使いとしてはあまりこのましくない色ではあるが、これは父親であるアンドリューから遺伝したものだと思われるので、ウォンは特段とくだん気にしているわけではない。

 加えて、ホルンはとてもやさしい少女であると、ウォンは直感的に判断した。だからきっと、そんなことで人を馬鹿にしたりしないだろうと思った。

 心底しんそこ安堵あんどした様子のホルンをながめていると、隣から別の生徒たちが寄ってきた。


「ホルンちゃん、お菓子かし食べない?」

「プリアルさん、この魔法なんだけど、」

「ベッドすごいよ!見に行かない?」


 その全員がホルンに対して用があったようだ。

 もう既にこんなに多くの生徒から信頼を得ている。

 人のあつに当人ではないウォンが気圧けおされるほどなのだが、ホルンは柔らかな笑顔でみんなに笑いかけた。


「ちょっと待っててね」

「え、」


 てっきりみんなの方へ行ってしまうと思っていたため、ホルンがことわったことがとても意外だった。


「どうかしたの?ウォンくん」


 ウォンを見上げるホルンはみんなに向けるのと同じ笑顔だ。


「なんで?」

「なんでって、。今、私が話してるのはウォンくんだよ?それをめる理由ってなくない?」


 その言葉にウォンは目を見開みひらく。

 どんなにこの少女の考え方は美しいのだろう、と。

 ウォンと話す理由ではなく、話さない理由で判断した。

 

「かっこいい」

「え、何が?」

「ホルン」


 ウォンは自然しぜんとそう口にしていた。

 すると、ホルンは慌てて否定する。


「そんなの言われたことないよ~。バカっぽいとかなら言われたことあるけど」

「ううん。いい人」


 ウォンが間髪かんはつ入れずにそう言うと、数瞬すうしゅん空けてからホルンが左右の髪をつかんでほほおおう。


「ありがとう、。でも、あんまりそういうこと、言わない方がいいよ?」

「なんで?」


 ホルンの瞳がギラギラとれる。

 二人の間に沈黙ちんもくが流れ、ホルンは慌てて去っていった。


「いいからっ。もう行くね」


 ウォンは首をかしげながらも、とりあえず寝室に向かうことにした。

 談話室から各学年の寝室に向かうことができ、一年生の寝室は暖炉だんろと正反対の位置にある絵を通り抜けて入れることができる。

 これは入れる寝室を制限するための魔法らしい。

 絵を通り抜けると、十五個のベッドが円状えんじょうに並べられた広い空間に出た。

 プライバシーの欠片もないと言ってしまえばそこまでだが、ウォンには夢にまで見た共同空間だ。

 ベッドの横にあるローテーブルには、どのベッドが誰の物なのかを示すためのネームプレートが置かれている。

 ウォンは自分のベッドを見つけると、おもむろに思いっきりダイブした。


「疲れた」


 ここまで長かった。あれから大変だった。だが、まだ足りない。まだだ。


**************************************


 目が覚めると、まだ寝室には微睡まどろみが満ちていた。

 ウォンは田舎暮らしが長かったせいか、毎日朝早くに自然と目が覚めるようになっている。

 魔法貴族出身が多い彼らには、考えられないことかもしれないが。

 ウォンはベッドから体を起こし、ベッドの下にある収納しゅうのうから制服を取り出した。

 音を立てないように制服に着替え、ウォンは談話室に向かうことにする。


「ホルン、、?」


 談話室に入ってすぐに視界に入っていたのは、ソファに腰掛こしかけている栗色の髪の少女だ。

 ウォンが声をかけると、ホルンが振り返って驚く。


「え、ウォン君?こんなに早くにどうしたの?」


 それはウォンの台詞せりふでもあるのだが、とりあえずソファに腰掛ける。


日課にっか

「そっか。私も早めに起きちゃうんだ」


 ホルンは自分の両手を眺めながら、開閉かいへいを繰り返す。


「寝てる時間がもったいなくって、、。私は一般家庭の出身だからさ。やっぱり、みんなと比べれば魔法も下手へたで、、」


 魔法使いの実力のほとんどは才能さいのうであることは、言うまでもない。特にアステリア魔法学校における一般家庭出身の生徒は、全体の十パーセントもいれば良い方だ。

 基本的には長く魔法の血統けっとうつむがれてきた、魔法使いの家系出身の生徒が多い。

 幼い頃から魔法を使い慣れている彼ら彼女らとは、一般家庭出身の素人しろうととではあまりにも実力差じつりょくさが開きすぎている。

 ホルンがあせってしまうのも無理はないだろう。


「何してた?」


 ウォンの視線が向くのは、ホルンのひざに置かれている一冊の本。

 ウォンも魔法を使い始めてれきはかなり浅い。だからこそ分かるが、魔法の練習にはかなりの工夫くふうが必要だ。

 闇雲やみくもに何かしたところであまり効果はない。

 ホルンは本の表紙ひょうしを見せた。

 その本の名前は『魔法初心者のための魔法技術』というもの。これはアステリア魔法学校の現校長、シャンラの名著めいちょでもある。


「これ、、なんだけど。前に魔法書店の人におすすめされて、、」

「ううん。大丈夫」


 ホルンは少し恥ずかしそうに言うが、これは魔法使いなら誰もが通る本物ほんものの魔法書だ。

 かくいうウォンも、最初はこれを読んでいた覚えがある。だが、、。


「魔法」

「え、、」

「使って」

「う、うん」


 ホルンは右手を差し出し、詠唱えいしょうする。


発光はっこう


 すると、ホルンの右手から強力きょうりょくな光がはっせられる。

 やはりウォンの思っていた通りの結果だ。

 これは光属性の中級ちゅうきゅう魔法『発光』。シャンラの名著であるこの本は、とっくに卒業そつぎょうして良いレベルだ。

 そもそもアステリア魔法学校に入学できた時点で、この本にたよる段階は大幅おおはばに超えている。

 ウォンは自分の記憶を頼りに、本の後ろの方を開いた。

 ホルンが流れる髪を耳にかけながら、そのページをのぞむ。


「えーっと、、『この本は初級しょきゅう魔法までをあつかっている。初級魔法を使える者は次のレベルに進め』、、。え、もう大丈夫なの?」

「うん」

「そうだったんだ、、。全然知らなかった」


 逆に初級魔法までしかっていないはずの魔法書で、どうやって中級魔法を使えるようになったのか。ウォンは頭痛ずつうを覚えそうだった。


「ありがとう。私、そういうのも全然わからなくって」

「大丈夫。すごいよ」

「えへへ。そっか」


 もし自発的じはつてきに初級魔法を昇華しょうかさせたのだとしたら、それは明確めいかくな魔法使いとしての才能だ。

 ウォンにはない。


「あれ?ホルンちゃん、早いね」

「おはよう。ちょっとウォンくんに魔法を教えてもらってたの」

「へ~。あんまりすごそうには見えないけど、意外とできるのね」


 そう視線を向けてきたのは、名前も知らない女子生徒。

 少しだけ気まずさを感じて、ウォンはソファから立ち上がる。


「そんなことない」


**************************************


 朝の八時。一年生ドラグーン寮の教室に生徒全員が集まり、初回の授業が始まる。

 いきおいよくドアを開いて教室に入ってきたのは、短い赤髪あかがみで少し身長が低い魔女まじょ

 魔女が教壇きょうだんに立つと、こしに手をえ、堂々どうどうと声を響かせる。


「これから魔法技術の授業を始めるよん。私の名前はルカ・スカーレット。一部では『灼熱しゃくねつの魔女』と呼ばれてるらしいよ。まず最初に、魔法技術の授業について説明するよん」


 ルカ・スカーレット。灼熱の魔女という通り名は、ウォンでも知っていた。

 純粋じゅんすい火力かりょく勝負では、現代の魔法使いで彼女の右に出る者はいない。


「魔法技術は文字通り、魔法の技術を学ぶ授業。で、初回はみんなの適正属性てきせいぞくせいの検査をしていくよん」


 適正属性は魔法使いにとって、最も重要な要素と言ってもいい。なぜならそれによって、使える魔法がかぎられるからだ。

 そして、適正属性には体内精霊たいないせいれいというものが作用さようしている。

 体内精霊の属性は、その人の人柄ひとがらや気持ちに左右さゆうされるもの。

 体内精霊の属性こそが、適正属性そのものである。つまりは、適正属性の検査というのは、体内精霊の属性を検査するということだ。

 ルカが合図あいずすると、ドアから人間の頭ほどの水晶すいしょうが運ばれてくる。

 水晶が机の上に置かれると、ルカが口を開いた。


「この水晶に手をかざし、魔力をながんでね。さあ、私が呼んだら前に出てきてよん」


 ルカはひらに収まる小さな水晶を取り出すと、その水晶を光らせ、空中に文字を浮かび上がらせる。

 それがアステリア魔法学校における、生徒名簿せいとめいぼだった。


「最初は、、ホルン・プリアル。前に出てきてね」

「は、はいっ」


 ホルンが緊張きんちょうした様子で前に出ていくと、右手を水晶にかざした。

 すると、水晶が光りだす。まばゆい光が部屋を満たした。


「おー。これは凄いね」


 ルカがそう言うのも無理はない。そもそも適正属性には、ある程度割合にかたよりがある。

 魔法属性は全部で七つ。火、水、雷、草、土、闇、光の中でも闇属性適性と光属性適性は極端きょくたんに少ない。

 そして、歴史に名をのこす魔法使いのほとんどが、そのどちらかである。

 光が収まると、ルカがホルンの頭をポンポンと叩いた。


「こんなに強い光属性なかなか居ないよん。いいね」

「あ、ありがとうございます」


 ルカが言った通り、ホルンほど強く光属性を示すことは珍しい。

 それは、まぎれもなく才能だろう。


**************************************


 ウォンの順番が回ってきたのは、二十九人目が終わった後、つまりは最後だった。


「次が最後ね。ウォン・エスノーズ」


 やっとの思いで呼ばれたウォンが前に出ていくと、ルカが不自然ふしぜんに視線を向けてきた。

 ウォンが首をかしげると、ルカは微笑ほほえみを浮かべる。


「どうかした?」

「いえ」


 ウォンが右手を水晶にかざすと、空中には火と闇が入り混じった何かが現れた。

 それを見て、教室中がさわはじめる。


「おい、あれって、、」

「噓でしょ!?」

「ありえない!」


 正直、ウォン自身もかなりおどろいていた。

 今までウォンが使っていた魔法は火属性の魔法。だが、これが示すことは一つの事実だった。

 ウォンの適正属性は火だけではない。闇属性の適正もあるということ。

 これにはルカもみを浮かべて、目をかがやかせる。


「出たね!二属性にぞくせい適性!」


 水晶から手を離すと、ウォンの前に適正属性を検査していた少女が手をげた。


「どうかした?ツヴァンさん」


 ルカに呼ばれて立ち上がったのは、金髪をなびかせる碧眼へきがんの少女。名前はウルカ・ツヴァン。ウォンもその家名かめいを聞いたことがあるほどの、魔法の名家めいかだ。

 ウルカはきびしい顔つきのまま口を開く。


「二属性適性とは、どういうことなのですか?」


 それは当然の疑問だった。

 ウォンも二属性適性なんて初めて聞いた。ウルカも知らなかったのなら、それは魔法界の一般的いっぱんてきな知識ではないということ。

 ルカはウルカに対して、みをくずさないまま答える。


「二属性適性は、その名の通り二つ適正属性があることだよん。と言っても、ほとんど居ないんだけどね。アステリア魔法学校でも数人しかいないんじゃないかな」


 だが、逆に言えば数人は居るということ。

 魔法界まほうかい全体で見れば、その知識が広がっていないこと自体おかしいが。

 その疑問はウルカも思ったようで、さらにルカに質問を投げかける。


「では、何故なぜその存在を私達が知らないのでしょうか?」

「自分達が知ってることだけが、世界の全てじゃないよ?これから勉強していこうよ」

「とぼけないでください」


 少なくとも良い雰囲気とは言えない。

 それはウルカだけではない。教室にいる生徒全体の雰囲気として、どこか敵意てきいはらんでいるように感じる。

 ルカも当然それを感じ取っているだろう。


「ま、知れるわけないって言った方がいいかな」

「それは、、」

「もういい?そろそろ授業を再開しても」


 ウルカの質問をかわし、ルカは授業を無理やり再開させた。


**************************************


 昼休みをはさんでからまた授業がある。

 ウォンは他の多数たすうの生徒と同じように、食堂しょくどうにいた。

 一人なのは当然なのだが、周りからの視線しせん異常いじょうなほど感じられる。

 この状態では、落ち着いて食事をることもままならないだろう。

 ウォンが席に座ってすぐ、となりに一人の少女がすわってきた。


「ウォン君。一緒に食べてもいい?」

「ホルン、、」


 ホルンからは他の生徒から感じるオーラがしない。ウォン自身も心をゆるしている影響もあるだろうが。


「ウォン君が心配しんぱいでさ。なんか、みんなの雰囲気ふんいきもおかしいし」


 ホルンもウォンが感じ取っていた異変いへんを感じ取っていたようだ。

 すると、三人の男子生徒が二人に近づいてくる。


「なあお前、ウォン・エスノーズだろ。一年の」


 そう声をかけてきた男子生徒達の制服の色は緑。エンブレムの数字は二。つまりは、ヘラクレス寮の二年生ということだ。

 明らかに穏やかな様子ではない。

 ホルンもそれを感じ取り、少しだけ目をするどくして言う。


「なんですか?先輩方せんぱいがた

「いや別に?ただ二属性適性の一年生が出たって聞いたからよ。どんなやつか見に来ただけだぜ?」


 男子生徒の一人がウォンの顔に自分の顔を近づけてくる。

 その目は完全にがわだ。


「どうだ?俺と模擬戦もぎせんしてくれよ。二属性適性っつったら相当そうとうな才能持ってんだろ?」


 そこでようやくウォンは彼らの目的もくてきを理解した。

 つまり、この二年生の男子生徒達は二属性適性をたおしたという、実績じっせきが欲しいのだろう。

 だが、これにウォンが乗るメリットも、必要もない。


「ウォン君。そんなのしなくていいからね」

「お前には聞いてねぇよ。んでろ」

「お前らこそ。引っ込めよ」


 急によこから口をはさんできたのは、ウォンやホルンと全く同じドラグーン寮の一年生の少年。

 白髪はくはつの髪の毛と緑のひとみは、まるで獲物えものを目の前にしたオオカミのようだ。


「なんだテメェ。先輩に対しての態度たいどじゃねぇよな?」

「は?そっちが先輩としての態度してないからだろ?」


 けっして上級生じょうきゅうせい三人に対して力負ちからまけしない少年。

 すると、さわぎを聞きつけた一人の男子生徒が近づいてきた。


「何をしている」


 それは、アステリア魔法学校現生徒会長、ギラン・タリタだった。

 ギラン相手はさすがにわるいか、男子生徒達の顔がゆがむ。


「な、なんでもないっすよ」


 それだけ言って、三人は去っていった。

 ギランはそれを見届みとどけてから、ウォン達三人の方を向く。


おくれてすまない。彼らになにかされなかったか?」

「いいえ。大丈夫です」


 ホルンが落ち着いた様子でそう答え、ギランは白髪の少年に視線を向けた。


「それは良かった。だが、君はもっと冷静になるべきだ。もし彼らが魔法を使っていたら、騒ぎではまなかった」

「その時はその時です。少なくとも俺には、あの三人に負けるビジョンは浮かばなかった」

「勝ち負けの問題ではない。以後いごは気をつけろよ」

「、、、考えときます」


 ギランに対しても素直すなおに引き下がらない少年。

 そんな彼にもこまったような笑みを浮かべ、ギランは去っていき、少年は二人の隣にどっしりと腰掛こしかける。


「、、あの人の相手はしたくないな」

「ありがとう」


 ためいきじりの少年に、ウォンはとりあえずおれいをする。

 すると、少年はななめ右を見上げながら答えた。


「別に。あいつらがうるさかったからな」

「ふふ。素直じゃないね」


 そうホルンが言うと、少年は大きく伸びをした。


「ま、俺よりも恥ずかしがり屋のやつもいるけどな」


 ウォンとホルンがその言葉の意味を知る間もなく、少年は言葉をつむぐ。


「俺はジャック・ガルデリア」

「私はホルン。こっちはウォン君ね」

「ああ。よろしく頼む」


 ジャックは立ち上がった。


めし買ってくる」


 そう言って券売機けんばいきの方向へ向かうジャック。だが、目的は昼食ちゅうしょくを買うことではない。

 一人の女子生徒の後ろで立ち止まると、視線を向けることなく声をかけた。


「助けようと思うだけなら、だれだってできる」

「、、わかっていますわ。言われなくても、、」

「そうか」


 それだけ言って、ジャックはウルカを通り過ぎた。


**************************************


 午後の授業は、魔法実戦。魔法を使った戦闘せんとうについて学ぶ授業だ。

 ウォン達ドラグーン寮の生徒達は、第一競技場にいる。

 アステリア魔法学校には魔法実戦の授業をはじめ、さまざまな用途ようとで使われる競技場が四つある。

 第一競技場もそのうちの一つだ。

 ウォン達の前に立つのは、まだ二十代と思われる若い男性。


「これから魔法実戦の授業をみんなに教えます。グラン・タリタです。今日は三人一組で一試合してもらおうかなと思っています。何か質問がある人はいるかい?」

「組む相手は自由ですか?」

「基本的にはね。じゃあ、三人組を組んでください」


 グランの合図でそれぞれにうごはじめる生徒達。

 だが、ウォンに近づいて来ようとする生徒は一人もいない。

 周りを見ると、同じように一人で孤立こりつしている生徒が二人だけいた。

 それは、ジャックとホルン。

 ジャックは人が寄ってきていないだけなのだが、ホルンにかんしては近づこうとする生徒もいるが、しかたなく近づけていない状態。

 なぜなら、ほとんどの生徒が昼休みでの騒動そうどうを見ていたから。

 必然的にウォン、ジャック、ホルンの三人で組むことになる。


「ごめん」


 ウォンは二人にまずあやまった。

 二人が同級生からけられているのは、間違まちがいなくウォンのせいだから。

 だが、それを受け入れるほど、ジャックとホルンは弱くない。


「そんなの気にしてないよ」

「ああ。お前が気にしてる方がみじめになるぞ」

「、、ありがとう」


 ウォンは二人に謝るのではなく、感謝した。


「よし、他のやつらを見返みかえすぞ」

「そうだね。ぎゃふんと言わせちゃうんだから」

「うん」


 ウォン達が決意けついを固めてすぐ、三人の男子生徒が近づいてきた。


「ウォン・エスノーズ。俺達と試合しろ」


 確実にウォンに対して敵意てきいを向けている。

 だが、今はウォンも一人ではない。


「わかった」


 すると、二つ返事だったウォンが気に入らなかったのか、男子生徒の顔がけわしくなる。


「二属性適性だからって調子ちょうしに乗るなよ、、!」


 男子生徒達はそれだけて、去っていった。

 ジャックがあきれたように言う。


「なんなんだ、あいつら。相手と自分の実力差じつりょくさもわからないのか」

「え、、」


 ウォンはジャックの言葉の意味が分からない。

 だが、ジャックは当然のようにはなった。


「ウォンは強い。俺の目に間違いはない」


**************************************


 ウォン達三人と、先ほどの男子生徒三人がフィールドに入る。

 フィールドは魔法陣式の結界魔法で作られた、教室四つ分ほどの空間。遮蔽物しゃへいぶつ傾斜けいしゃも何もない、正真正銘しょうしんしょうめいの魔法のいが行われる。

 ここまでの試合を見た感じ、どれだけ魔法を速く、正確に撃てるのかが勝敗しょうはいを分けていた。

 だが、ウォン達の作戦はその勝負しょうぶの中に収まらない。


「それでは試合、、、開始!」


 グランのごえで詠唱を開始するホルン。


「発光」


 フィールド中央で眩い光がはじけ、詠唱途中だった相手の視界をうばった。

 その瞬間しゅんかんにジャックが正面しょうめんから地面をって距離をちぢめる。驚くべきはそのスピードだ。

 およそ人間的に不可能ふかのうな速さ。しかし、これは魔法による身体強化ではない。

 これは、ジャックの魔法体質まほうたいしつによるもの。

 魔法体質とは、魔法使いがまれに持って生まれる特殊体質とくしゅたいしつのことで、遺伝などに左右されることがない、完全なさずかりものだ。

 ただ、そのほとんどは迫害はくがいの対象になるもので、魔法界で決して風当かぜあたりがいいわけではない。

 特にジャックのような『魔力が限りなく少なくなり、運動能力が人間の限界げんかい突破とっぱする』魔法体質は、迫害の対象として代表的なものだ。


けん


 走りながら詠唱し、ジャックの右手に一本の剣が形成けいせいされた。

 光の中から向かってくる魔法を剣で次々つぎつぎに打ち落とし、スピードを落とすことなく相手に近づいていく。

 光が消えた瞬間に一人をせたが、すぐに他の相手から雷魔法をはなたれた。

 ジャックは無駄むだな動き無く、その全てを剣技けんぎに乗せてながす。

 しかし、このままではもう一人も参戦さんせんし、手数てかずで押し切られてしまうかもしれない。

 ジャックはすかさずさけぶ。


「ウォン!今だっ!」


 ウォンは右手を相手二人の中間ちゅうかんに向け、詠唱する。


火炎かえん


 空中から放たれた火炎はフィールド全体をおおうほど強大きょうだいなものだが、魔法制御まほうせいぎょによってジャックやホルンに当たらないように制御せいぎょする。

 火炎は相手二人をみ、その瞬間にグランが叫んだ。


「そこまで!双方そうほう魔法を解除かいじょせよ!」


 全員が魔法を解除し、フィールドから出る。

 結界魔法が解除されると同時に負傷ふしょう治癒ちゆされ、六人全員が外に出た。

 すると、笑みを浮かべたグランがウォン達三人に近づいてくる。


素晴すばらしい戦いぶりでした。強力な光魔法や圧倒的な体術たいじゅつ披露ひろうした二人もすごいけど、エスノーズ君は流石さすがだね」


 その言葉を聞いて、全員の頭に疑問符ぎもんふが浮かぶ。

 だがそれを誰も正面から聞けないので、ホルンが代表だいひょうして質問を投げかけた。


「ウォン君が流石って、どういうことなんですか?」


 ホルンの質問に、グランはとぼけたような顔をする。


「え、知らなかったのかい?」


 グランがそう言うと、三人を他の生徒たちの方へうながし、堂々どうどうと話し始める。


今年度こんねんど新入生しんにゅうせいに魔法使いの名家出身の生徒が多いことは、薄々うすうすみんなも気づいていると思います。たとえばこの場にもいるツヴァン家は、魔法使いなら誰もが知ってる名家だ。だが、そのような名家を押さえ、今年度の入試にゅうし圧倒的あっとうてき主席しゅせき合格ごうかくした少年がいました。それが、ウォン・エスノーズ。現生徒会長かつ僕の実の弟、ギラン・タリタ以来いらいの二属性適性発覚者」


 グランの言葉に、その場にいる大半たいはんの生徒は驚きをかくせない。

 非常に珍しい二属性適性の魔法使いだが、魔力が体をめぐりにくい黒髪くろかみで、覇気はきのない少年。

 それがウォン・エスノーズ。

 一年生暫定一位の実力者じつりょくしゃである。

 

 

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