Tier43 ローテーション

 玄関を出て、エントランスに向かう途中にマノ君の後ろ姿が目に入った。


「マノ君、おはよう!」


「……あぁ、おはよう」


 マノ君は振り返りながら眠そうに言った。


「眠そうだけど、どうしたの? もしかして、寝不足?」


「まぁ、そんなところだな」


 僕はマノ君に適当にはぐらかされた。


「それにしても、初めてだよね。マンションで偶然に会うことなんて」


「そういや、そうだな」


「こうして同じマンションに住んでることだし、これからは一緒に学校に行っても良いかな?」


 僕はこれを期にマノ君のことをもっと知りたいと思った。


「……時間が合えばな」


 少しはあったけれど、嫌な素振りは見せずに快諾とも言えない快諾をしてくれた。


「ありがとう。そのうちに六課の他の皆とも一緒に登下校出来たら良いね。あ、丈人先輩は大学生だから無理でけど」


「ローテが合えばな」


 ローテ?

 ローテってローテーションのことなのだろうか。


「ローテってどういうこと?」


「なんだ、手塚課長から聞いてないのか?」


「う~ん、多分だけど聞いてないと思う」


 手塚課長はどこか抜けているところがありそうな雰囲気がある。


「なんで説明してないんだよ……これぐらいはちゃんと説明しとけよ」


 マノ君の手塚課長に対する愚痴の声が心から駄々洩れていた。


「俺達六課の学生は最低限学業を両立するためにローテーションを組んでいるんだ。学校に行って授業を受ける組とマイグレーションに関する事件や情報に即座に対応出来るように六課などで待機している組に分かれている。これから学校に行く俺と伊瀬、あと那須先輩は授業を受ける組、要は今日は非番というわけだ」


「へぇ~そういうふうになってるんだ」


 確かに、事件はいつ起きるか分からない。

 大半が学生の六課では事件などが起きた際にローテーションを組んでおかないと対応出来ないということみたいだ。


「とは言っても、学生は学業優先ってことで基本的には手塚課長と深見さんが対応してくれる。最近は、丈人先輩も割りと時間に融通が利くらしく頻繁に対応してくれているしな。状況によっては、どうしてもマイグレーターが必要な場合もあるからな。そういう時は丈人先輩が動きやすくて本当に助かっている。生憎、マイグレーターは全員学生だからな」


 僕はマノ君に言われて改めて気付いた。

 そうなのだ、マイグレーターなのはマノ君と市川さんと丈人先輩だけで全員まだ学生なんだ。

 けれど、そうでもなければ学生を六課に任命したりしないもんね。


「手塚課長達だけじゃ対応出来ないから、どうしてもローテーションが必要なんだね」


「そういうことだ」


「あれ? でも、僕が転校してきた日はマノ君も僕も学校にいたのに緊急要請が来たよね?」


「あの日は、ちょうど事件の現場に俺達が一番近くにいたからだ。運の悪いことに俺達以外は皆、現場から離れていて現場に急行出来るのが俺達ぐらいしかいなかったからな。それに事が事だったのもある」


「それもそうだね」


「警察も一介の公務員だから所詮は『規則、規則』のお役所仕事だが、六課は残念ながらそうは言っていられない。正真正銘、臨機応変に対応しないとやっていられないってことだ」


 言い方はともかく、マノ君の言っていることは的を射ていると思う。

 いつどんな時に何が起こるか分からない。

 そういった状況に対応するには臨機応変に動かなければならないはず。


 ファッーーーーーン!


 ローテーションについての説明を受けながらマンションのエントランスを出ると、道路を挟んだ向こうで車体全体が黄色い電車が警笛を鳴らして駅に停まろうと減速しながら通り過ぎようとしていた。


「あれって乗らないと駄目な電車じゃない!?」


 遅刻の予感が頭でいっぱいになった。


「落ち着け。あれは方向が違う。逆の電車だ」


「本当!? 良かった~」


 学校に通い始めてからまだ数日と経っていないのに遅刻するのはさすがに良くない。


「え? でも、僕達が乗らないといけない電車って8時14分発だよね?」


「そうだな」


 僕とマノ君はほぼ同時に六課から支給された腕時計で時間を確認する。


「今、8時13分だよね?」


「だな……伊瀬、走るぞ!」


 マノ君は言うやいなや走り出していた。


「あっ、ちょっと待って!」


 僕も慌ててマノ君を追いかけた。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「ふぅーーー良かった、間に合った」


 僕は肩を揺らしながら、ゆっくりと息を吐いた。

 駅のホームにはもう電車が到着しており、あと一歩遅かったら乗り遅れるところだった。

 マンションが駅からとても近くて本当に良かった。


「ここは単線区間だから上下で待ち合わせをするんだが、大抵いつもは上りが少し遅れるせいで乗る下りの発車時刻も遅れるんだがな。どうも、今日は時刻通りに来てしまったみたいだな」


「上りの電車って、さっき警笛を鳴らしながら通っていった電車のこと?」


「そうだ」


「え? それじゃあ、もっと早く急がなきゃいけないことに気付けたんじゃないかな?」


 マノ君は少しだけばつの悪そうな顔をしてから、こう言った。


「……寝不足のせいだな」


 さっきは、はぐらかしていたマノ君が寝不足をあっさりと認めた。

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